表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

第五話

 1942年11月、久方ぶりに寄港したシンガポールにおいて、独東洋艦隊を待ち受けていたのはある程度の人々の歓呼であった。ある程度と言うのは、埠頭を埋め尽くすほどではないが、まばらでもないということである。


「出迎えてくれているのは、同胞ばかりのようだな」


 艦橋の張り出しからその様子を見たリンデマンは、自分たちを熱烈に歓迎しているのは8割方白人と言うことに気づいた。おそらく在シンガポールの独伊市民、或いはペナンあたりから急遽駆け付けた軍人たちだろう。


 本来この地の支配者であり、同盟国人たる日本人の出迎え数は少なかった。


 もっとも、その理由はリンデマンでなくとも、ドイツ海軍軍人ならある程度予想がついていた。


「日本海軍は思った以上に頑迷のようだな」


 出撃前、リンデマンらは散々日本海軍から戦艦の通商破壊戦への投入に反対の声を聞かされていた。彼らにとって、戦艦とは艦隊決戦に使ってナンボなのだ。


 今回の作戦で、1カ月あまりの間に独東洋艦隊は、同時に活動したUボートや日本の潜水戦隊、それから日独の仮装巡洋艦部隊と合わせて、7隻の艦艇と60隻近い商船を撃沈し、6隻の拿捕に成功していた。


 大西洋で言えば、大規模コンボイを丸々一つ殲滅したに等しい大戦果である。しかも味方の損害は「ビスマルク」含め数隻の艦艇が軽微なダメージを負っただけだ。まさにパーフェクトゲームであり、ドイツ本国からヒトラー総統名で賛辞の電文が送られてきたくらいである。


 それなのに、帰還した独東洋艦隊を出迎える日本海軍軍人の少なさに、リンデマンならずとも、もはや落胆を通り越して、日本海軍の頑迷な艦隊決戦主義に呆れるしかなかった。


 この後のことだが、それは日本の新聞に載った自分たちの記事でも裏付けられていた。このインド洋における通商破壊戦の勝利は日独の共同作戦の成果として、日本の新聞やニュースに取り上げられはしていた。しかしながら、そこに「ビスマルク」の写真はおろか名前すらなく、まるで潜水艦や仮装巡洋艦だけが活躍したらしいような内容に仕上がっていた。


 表向きは北極経由で「ビスマルク」が回航された事実を機密にするため。日本海軍の高官からはそんな言い訳を聞かされたが。


「上層部としては、戦艦が通商破壊戦で活躍したような印象を国民に与えるのはよろしくないと思っているようです」


 と独海軍の活動に理解を示した珍しい日本海軍の士官がヒソヒソ声で耳打ちした内容に、リンデマンは失笑するしかなかった。


「これだと、罵倒しているとはいえ我々の活動を認める敵の方が本質をわかってるんじゃないかと思ってしまうよ」


 インド洋で行動中から、リンデマンらはインドやオーストラリアの放送局から発信されるラジオ放送を受信し、カイロやパースの放送局が東洋艦隊を口汚く罵っているのを聞いていた。しかしながら、東洋艦隊と名指しをしている時点で、東洋艦隊が重大な脅威となっているのを認めているのと同義である。しかもそうした放送の端々に、東洋艦隊が連合軍輸送船団に打撃を与えていることが示唆されていた。


「ここまで恨まれるなら、軍人冥利に尽きるというものだよ。確か、東部戦線でも人民の敵とかソ連から名指しされているパイロットがいたね」


「ビスマルク」を降りたリンデマンは、宿舎のサロンで他の士官たちとオーストラリアから発信される放送を聞きながら、上機嫌で言った。


 彼と同じく、他の士官たちも自分たちの艦隊が精強な部隊と認定されているのだから、嬉しくない筈がなかった。


「オーストラリアは「コルモラン」と「シドニー」の事件もありましたからね。市民に相当な恐怖心が蔓延しているとも聞きます」


「確かにな。オーストラリア西部の住民からしたら、我々が沖合に出現しないかと戦々恐々なわけだ。しかも今度は戦艦と来ているからな」


 一人の士官の言葉に、リンデマンは笑いながら答えた。


 ちなみに「コルモラン」と「シドニー」と言うのは、1年前の1941年11月にオーストラリア西部沖のインド洋で発生した両艦の遭遇戦の話だ。


「コルモラン」は貨物船改造の仮装巡洋艦で、1940年10月にドイツのキールを出撃後、大西洋を通商破壊戦をしつつ南下して突破、その後インド洋に侵入してそこでも暴れ回った。


 そんな同船であったが、1941年11月にオーストラリア西岸沖を航行中に、オーストラリア海軍の軽巡洋艦「シドニー」と遭遇した。


 同じ巡洋艦と名を持つが、「コルモラン」は所詮は貨物船改造の仮装巡洋艦、対して「シドニー」は15cm連装砲塔4基を備えたれっきとした巡洋艦であった。


「シドニー」に接近されて誰何された「コルモラン」は脱出は不可能と判断し、「シドニー」が「コルモラン」の船籍確認を行っている隙を衝いての奇襲作戦に出た。


 偽装として挙げていたオランダ国旗を降ろすと、ドイツ海軍旗を掲げ、隠匿していた砲や機銃、魚雷発射管により「シドニー」へ攻撃を開始した。


 もちろん「シドニー」側も反撃を行ったが、先手を取られて無数の砲弾と魚雷を被弾したことが致命傷となった。


「コルモラン」は「シドニー」の反撃により全艦炎上して総員退避が発令されたものの、沈没まで時間があり8割方の乗員は脱出することができた。


 対して「シドニー」は生存者0という最悪の結果に終わった。


 仮装巡洋艦対巡洋艦の戦いにいて、正規の軍艦側の巡洋艦が撃沈されるというのも前代未聞であったが、生存者が一人もいなかったというのも、オーストラリア国民に大きなショックを与えたのは想像に難くない。


 仮装巡洋艦1隻でこれなのだから、戦艦や空母を有する現在の東洋艦隊が出て行けばどのような結果になるか。しかもオーストラリア海軍は戦艦や空母を有しておらず、残る艦艇も多くを地中海やソロモン方面へ派遣していた。


 もし「ビスマルク」がパース沖にでも現れれば、やりたい放題の艦砲射撃を加えられるかもしれない。


 とは言え、リンデマンはそこまで楽観はしていなかった。


「ま、ライミ―どももオーストラリアが離反するようなことは避けたいだろうからな。戦艦か空母の1~2隻を回航してくるんじゃないかな」


「そうなると、我々も少々狩りがし難くなりますね」


「なあに。それならそれで、地中海や大西洋で我が軍やイタリア軍が動きやすくなるから好都合だ。それに我々はシンガポールに篭るか、まあ手近なベンガル湾あたりで暴れればいい。何も外に出ていくだけが戦いじゃない」


 通商破壊戦においては、直接攻撃するだけが能ではない。そこに存在しているという事実、あるいは存在しているかも知れないという存在感を示すことも重要になってくる。それだけで敵に有形無形のプレッシャーを与えられるからだ。


 そしてリンデマンの予想通り、彼らの存在は連合国を慌てさせていた。


 インド洋を彼らが暴れ回ったことで、オーストラリアのみならず、同じ英連邦を形成するニュージーランドや、大英帝国の植民地であるインド、英軍が占領したマダガスカルなど各地に動揺が走っていた。


 神出鬼没の独東洋艦隊は、前大戦の「エムデン」の如く、突然現れて自分たちの国や商船、航路を攻撃するかもしれない。


 一体英国海軍も米国海軍も何をしているのか?いざとなったら自分たちを守ってくれないのではないか?


 こうした声に、流石に英米海軍も動かざるを得なかった。


 両海軍は計画を見直して、英海軍は最新鋭戦艦とまでは行かないまでも、ベテランの巡洋戦艦「レナウン」と空母「インドミダブル」をインド洋方面に派遣することとした。また米海軍も最新鋭戦艦「サウス・ダコタ」に大西洋から回航した空母「レンジャー」を加えた。


 それぞれ戦艦、空母1隻ずつであったが、これでもなけなしの艦艇であった。


 英国海軍にしてみれば、いまだドイツ本国艦隊やイタリア艦隊は健在であるため、これらに対抗する戦力を削るのは痛いところであった。また、戦艦空母以外にも巡洋艦以下の艦艇をインド洋方面の船団護衛に分派せざるを得ず、これもまた痛い出費であった。


 また米国海軍としては、この頃ガダルカナル方面で日本の激しい攻撃をギリギリのラインで凌いでいるところであった。しかし、10月26日の南太平洋海戦で太平洋方面の空母が0という危機的な状況に陥っていた。


 そんな状況下で貴重な戦力である戦艦と空母をインド洋方面に割くのは、ガダルカナル防衛を危うくしかねないものであった。


 しかしオーストラリアの窮状を考えると、やむを得ないことであった。


 連合国側にこのような深刻な危機を惹起した独東洋艦隊であったが、結局のところ11月一杯は艦隊の整備と補給、乗員の休養に全力を上げており、連合国側の不安はすぐには現出しないこととなった。


 だが、ガダルカナル方面では11月12日から発生した第三次ソロモン海戦で、日本の戦艦「霧島」を道連れにしたものの、戦艦「ワシントン」を含む多数の艦艇が喪われており、その影響は小さくなかったのである。


御意見・御感想お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ