第一話
短編のつもりが長くなったので分割!3~4話程度の予定です。
「前方距離1万5千!敵輸送船団!」
「主砲残弾数!第二主砲100発、第三主砲120発!」
「目標前方敵輸送船団!残存各火器は任意の目標に対して砲撃せよ!目標は一々報告せんでもいい!周囲は敵だらけだ!」
「ヤー!」
ドイツ海軍戦艦「ビスマルク」艦長兼ドイツ東洋艦隊司令官、エルンスト・リンデマン少将は、目の前に広がる光景を感慨深げに見守っていた。
(まさか本当にたどり着けるとはね)
今や彼の指揮する「ビスマルク」は激しく傷ついていた。第一主砲は敵戦艦の砲撃によって大破し、火災は消し止めたものの全損した痛々しい姿をさらしている。さらに直接見えないが、後方の第四主砲は魚雷の命中による誘爆を避けるため、弾庫に注水して使用不能になっていた。
さらに副砲や高角砲、機銃群は7割方が破壊されて使用不能となっていた。最高速力も浸水などにより20ノットまで落ちている。
それでも、鉄血宰相の名を継いだこの艦はまだ戦闘力を維持し、乗員たちの士気も保たれていた。
その時、距離が離れているにも関わらず、轟音と振動が伝わってきた。
「ヤマト発砲!」
同盟国日本海軍の象徴たる戦艦「大和」が、その世界最大の46cm主砲を敵輸送船団目がけて撃ち始めた。
何度見ても、その迫力にリンデマンは畏敬の念を感じずにはいられない。
(相変わらず凄まじい迫力だ。彼らが輸送船団に戦艦を使いたがらない理由もわからなくもないな)
東洋に派遣されて接した日本海軍の士官たちは、リンデマンからすると狂信的なまでの艦隊決戦主義者に見えた。敵の補給線を叩いて効率的な戦いをする。そんな論理的な考えなどどこ吹く風とばかり、ひたすら敵との艦隊決戦を指向する彼らに、リンデマンはついていけなかった。
そんな彼らが、今敵の輸送船団に向けて世界最大の主砲を振りかざしている。その姿に、今さらながら日本人が艦隊決戦と言うロマンをとことんまで追い求めたことを、受け入れている自分がいた。
(我が国も大海艦隊が健在だったなら、もっと早く同じ気持ちになってかもしれないな)
屈辱的な前大戦の敗北と、それによる艦隊戦力の消滅。リンデマンもそのドイツ海軍の悲劇をわが身で体験している。だからこそ、日本の呉に到着して連合艦隊の戦艦群を見た時、年甲斐もなく胸がときめいたものであった。
その連合艦隊の戦艦が、国の存亡をかけて戦っている。艦隊決戦を捨ててまで。リンデマンは同じ海の男として感じ入らずにはいれなかった。
(そのためにも、我々も最後まで尽くさないとな)
「砲術長!同盟国の最強戦艦の前と言えど憶するな!彼らにドイツ海軍魂を見せてやれ!」
「ヤヴォール!艦長!!フォイアー!」
「ビスマルク」の健在な38cm砲が、フィリピンの海に吼えた。
時を遡ること約4年前、リンデマン大佐は戦艦「ビスマルク」艦橋に立っていた。そして彼が双眼鏡で眺める先には、敵の最新鋭戦艦がこの世に残した最後の証が空に向かって立ち上っていた。
「リッチェンス提督。撤退を進言いたします」
リンデマンは戦隊を指揮するギュンター・リッチェンス提督に意見具申した。
「うん」
リッチェンスは不機嫌そうな顔で、リンデマンの言葉を是とした。
1941年5月。ドイツ海軍戦艦「ビスマルク」は重巡洋艦「プリンツ・オイゲン」とともに大西洋での通商破壊のために出撃した。ライン演習作戦である。2隻はドイツ本国を出撃して北海を通り、ブリテン島北方を回り込んで大西洋に南下する予定であった。
しかしながら、敵国イギリスは強力な本国艦隊を始めとする圧倒的な数の艦艇を有しており、これらに捕捉される可能性があった。そして案の定5月24日、アイスランド沖デンマーク海峡において、2隻は英国海軍の巡洋戦艦「フッド」と新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と会敵した。
戦艦2対戦艦、重巡各1の砲撃戦。数だけ見るとドイツ側の劣勢に見えたが、蓋を開けてみると短時間で「ビスマルク」の砲撃が「フッド」の弾薬庫を撃ちぬいて轟沈に追い込んだ。そしてその後は、「ビスマルク」と「プリンツ・オイゲン」2隻と、「プリンス・オブ・ウェールズ」との戦いになった。
しかし当初の通商破壊作戦を優先し、さらには上層部より艦艇の喪失を控えるよう言い渡されていたリッチェンス提督は「プリンス・オブ・ウェールズ」との戦いに消極的であり、「プリンス・オブ・ウェールズ」が撤退に入ったなら迷わず逃げる姿勢を見せていた。
これは前年のノルウェー攻略戦中、敵空母撃沈はしたものの当初の作戦予定の輸送船団攻撃に失敗したマルシャル提督が更迭されたという前例も影響していた。
リンデマンとしては「プリンス・オブ・ウェールズ」を葬りされる好機だと、リッチェンスに散々意見具申したが、元々馬の合わないリッチェンスがそれを受け入れる様子はなかった。
しかし、リッチェンスにとっては不幸な、リンデマンにとっては幸運なことに、「フッド」撃沈で怒り狂ったのか、一旦は退避するかに見えた「プリンス・オブ・ウェールズ」が、反転して積極的に仕掛けてきた。
敵の方から仕掛けてくる以上、反撃はやむを得ない。特にこの時「ビスマルク」は艦首部に被弾し、速力を落とさざるを得なかったのだから。
こうして「ビスマルク」は再び「プリンス・オブ・ウェールズ」との熾烈な砲撃戦に入った。英独最新鋭戦艦同士の砲撃戦である。
「ビスマルク」の38cm砲が吼え、「プリンス・オブ・ウェールズ」の36cm砲が唸り、その間をかき分けるように「プリンツ・オイゲン」も20cm砲を撃ちまくった。
最終的な軍配は「ビスマルク」に上がった。竣工から日がなく、練度が不足していた「プリンス・オブ・ウェールズ」は多数の38cm砲弾と20cm砲弾を受け、ダメコン能力を十分に働かせることができず、ついに屈したのであった。
対して「ビスマルク」は36cm砲弾を3発被弾したが致命傷には至らず、「フッド」に続いての宿敵英戦艦の撃沈に、士気はこれまでになく高まった。
しかし、乗員の爆発するが如く士気とは裏腹に、リッチェンスやリンデマンら艦隊上層部は重苦しい雰囲気に包まれた。と言うのも、確かに致命傷こそ受けていなかったが、敵戦艦との砲戦で「ビスマルク」は艦首部、燃料タンク、水上機カタパルトと言う、通商破壊作戦を中止するには充分なダメージを受けてしまった。艦首部の被弾は速力発揮を阻害し、燃料タンクからの燃料漏れは長距離航行を不可能とするばかりか、自艦の位置を暴露する要因となる。そして水上機カタパルトの破壊により水上機の使用が不可となることで、広い洋上での目を削がれてしまった。
ここに、「ビスマルク」が通商破壊を続行する道は絶たれた。
「ビスマルク」と「プリンツ・オイゲン」は元来た航路を戻るしかなかった。リッチェンスとしては、せめてフランス沿岸部の基地まで行きたかったが、強力な英艦隊が待ち構えていると分かっている状況に、手負いの「ビスマルク」を突っ込ませるのはさすがに躊躇われた。
結局、2隻は元来た道を帰るより他なかった。
そして5月31日、2隻はキール軍港へと帰還した。大群衆の歓声を浴びながら。
「よくやったぞ!提督!!」
リッチェンスとリンデマンが桟橋に降りると、そこで待っていたのは何と現在のドイツのトップ、総統アドルフ・ヒトラーであった。
実質的な作戦失敗に、リッチェンスは前任者同様の更迭を覚悟していたのであるが、歓喜の笑みを浮かべるヒトラーから差し出された手に、思わず唖然としてしまった。もちろん、すぐに手を出して握手したのはさすがであったが。
「いやはや。戦艦を2隻沈めたので、作戦失敗の多少の穴埋めになるとは思っていましたが、総統自らの歓迎とは」
「君たちが英国海軍の鼻っ柱をへし折ってくれたからな!」
リンデマンの質問に答えた海軍総司令官レーダー元帥も御満悦であった。
リッチェンスとリンデマンたちは知らなかったのだが、ドイツ海軍の最新鋭戦艦が単艦で大英帝国の戦艦2隻を沈めたことに、ドイツ国内はお祭り騒ぎ、イギリス国内はお通夜状態となったらしい。
通商破壊作戦はダメになったものの、英国海軍でも長年愛されてきた巡洋戦艦と、最新鋭戦艦を撃沈したという事実は、それ以上の効果をもたらしていた。特に国民の士気と言う点では、比べ物にならないほどに。
この点が、昨年英本土上陸作戦を阻止され、北アフリカでも枢軸軍相手に善戦するイギリスの鼻を明かせたと相俟って、ヒトラーの自尊心を大いにくすぐったのであった。
「総統もゲッベルスも、今回の戦果に大満足でな。おかげで「グラーフ・ツェッペリン」と「ペーター・シュトラッサー」の建造促進も決定したぞ」
「なるほど」
第二次大戦開戦以降、ドイツ海軍の艦艇建造計画は大幅な縮小を余儀なくされ、大型艦艇は軒並み建造中止となっていた。そんな中、空母「グラーフ・ツェッペリン」と「ペーター・シュトラッサー」のみは、レーダー元帥の懇願により、なんとか細々と建造工事が進んでいた。その結果「ツェッペリン」は80パーセント、「シュトラッサー」は30パーセント程度の完成度とリンデマンは聞いていた。
しかしその2隻にしても、いつ建造中止になるかレーダー元帥は気が気でなかったと聞く。それが一転促進となったのだから、喜ぶのも当然だった。
「ただデーニッツは渋い顔をしたがな」
「でしょうな」
潜水艦隊を指揮するデーニッツ中将からすれば、水上艦の建造はその分の資材や乗員を潜水艦から持っていかれることを意味する。早急に大潜水艦隊を整備したいデーニッツとしては、承服しがたいことに違いない。
「とにかく、英海軍もしばらくは出てこんだろうし、「ビスマルク」は最低4カ月はドック入りだ。その間に「テルピッツ」の整備を万全にして、さらに「ツェッペリン」と「シュトラッサー」を完成させねば!」
リンデマンとしても、それは正しい意見だと思った。ロイヤル・ネイビーは強力な海軍だが、さすがに2隻の戦艦を一気に沈められ、さらにその沈めた張本人が未だ健在となれば、慎重に行動せざるを得ないだろう。その間の時間を、ドイツ海軍は有効に活用しなければならなかった。
御意見・御感想お待ちしています。
なお「ビスマルク」の主砲塔呼称ですが、自信がなかったので日本式の前から1番、2番としています。