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王族伯令嬢は出奔しました  作者: 緒丹治矩
リプロンの大街
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009話


「ふへぇぇぇ」


 服屋の大店から歩く事しばし、討伐士協会リプロン支局の門前に着いたワタシの第一声はヘンな声になった。

 だって討伐士協会の支局って本当にデカいんですよ。

 ついバカな声が出ちゃうのもしょうがないと思う。


「何時もながら仰々しい建物であるな」


 ししょーもワタシに釣られて呟く。

 まあ誰だってそう思うよな。

 白い石造りの建物は何処の大貴族様の城かと思う大きさで、高さはそれ程では無いものの、規模は彼方にそびえ立つ伯爵サマのお城とイイ勝負だ。

 こんなのが野中じゃ無い街中に突如としてそびえ建ってるんだから、目立つどころか違和感の方が凄い。

 しかも十フィート(約3m)はある高さの塀に囲まれたその敷地も、ずっと向こうにある次の大通りまで続いてるんだからシャレにならん。


「本当にそうですよねぇ」


 ししょーに適当な返事をしながら道の先にある車両用の門に目を移せば、そちらには屈強な兵士の人達が何人も屯ってた。

 人が勝手に出入りするこちらと違って、そちらは門兵が陣取って乗ってる人の誰何すいかなどをするんだよね。

 王侯が抱える騎士団や戦闘団のピラピラした服装とは明らかに違う、虚飾を廃した独特の制服を着る彼らは討伐軍とか協会軍と呼ばれる協会が独自に持つ軍隊の人達だ。

 王侯に仕えてる訳じゃないから傭兵団扱いで、なおかつ魔物討伐に特化した存在ではあるけれど、その実力は他の軍隊を圧倒すると言われる上に、五万を超える総兵力は何処の王家の軍隊よりも規模が大きいのですよ。

 実を言えば、此処の敷地や建物が大きいのは彼らが千人規模で駐留してるからで、協会の支局は何処もそうなのだと聞く。

 そりゃそんな規模の人数が居るんなら、ただ生活するだけでも結構な敷地や建物の規模が必要だし、更にそれが軍隊と来れば、装備や車両の置き場から練習施設まで色々と必要だもんね。

 魔物の狂奔スタンピードに備えての事だそうだけど、そんなトンデモ無い事に積極的に関わる積りが無いこっちからすれば、正しく御苦労さんって感じだよ。


「先に行っておる。お主は用事を済ませてから来い」


 おっと。

 突っ立って考え事をしてたら、ししょーがさっさと建物の入り口に向かっちゃったので我に返る。

 まあこんな所にいても通行の邪魔なだけだし、こちらもとっととやる事を終わらせますかね。

 ワタシは大通りに出直すと、支局の塀に沿って裏に回る小道を小走りで走った。

(勿論、騎士走りじゃないよ。迷惑だからね)

 休日のせいか、ほとんど人気ひとけの無い裏通りをパパッと走り抜け、裏通りにある搬入出口に来て見ると、やったーって感じで更に人気が薄い。

 気を良くしてそのまま入って行けば、奥の荷受カウンターも二人の中年オヤジ共が暇そうにダベってるだけだった。


「すいませーん、獲物の引き取りをお願いしたいんですけどー?」

「おお、やっと客が来たよ! 閣下のお誕生日だってのに討伐支局は開けなきゃなんねえなんて疲れる話だぜ」


 他に誰も居ないので、先に声を掛けてからカウンターに向かうと、おっさんの一人が愚痴もダラダラな雰囲気で前にやって来た。


「小僧も大変だな。あるじサマのお使いか? 少しは休む事も考えろと言ったやった方がイイゼ」

「それがオレの獲物なんで、さっさとやって来いってししょーに言われちゃってさ……」

「かぁーっ、お前サンが獲ったブツか!? そりゃそう言われるゼ。師匠だって休みたいんだから、弟子のお前サンが考えてやらんとイケねえ」


 うーん。何だかトロそうな人だなぁ。

 お酒でも入ってるのかノロノロとした動きで、口だけは良く喋るおっさんにゲンナリ。

 身体がデカい割りに動きの良さそうな見た目なんだけど、休みでダレてるのかね。

 ワタシはブツブツ言い続けるおっさんを頼りにせず、ストレージもどきから荷受台(ベルトコンベアーになってて、大物でもそのままカウンター内に入る)に処理済のオーク死体を一つホイっと載せて顔を上げた。


「って、アレか!? 師匠ってコトはお前サン、従騎士サマか?」


 今頃になってびっくりした声を上げたおっさんを白い目で見つつ、片手を振って「早よせいや」と催促してやる。

 こっちは最初っから師匠と言ってるよね?

 気が付かない方がおかしいと思うよ。

 討伐士の従者があるじを「師匠」とか「先生」と呼ぶ場合、そのあるじは討伐騎士と決まっているし、従者の方は従騎士かその見習いだ。

 コレは身分に関わる話なので結構明確な規定があって、例え仕えてるのが騎士でも、戦闘従者で無い者があるじをそう呼ぶ事は禁止されてるのですよ。


「まあ従騎士認定はこれからだけどさっ。取り敢えず、今回のでブロンズに上がれそうだよ」


 でも漸く話が進む雰囲気になって来たので、自分の討伐章を出すと身分を示す為にししょーの指輪も見せた。

 ただこのおっさん、ちょっとおかしい。

 今、オーク死体を見て驚かなかったか?

 正確に言えば「オーク死体の首の切り口」を見て驚いた感じだ。

 まさか切り口からソイツの腕を測れるような凄ウデなのですかね。


「そりゃスゲえな、オイ!? その歳でブロンズって事はその内こんなして口も利けなくなっちまうかもなぁ」


 おっさんは訝しげに見るこっちを無視する様に大げさな声を上げながら、討伐章を受け取って簡易認証機で確認に入り、すぐにそれを返して寄越した。

 もっともやった事はそれだけで、全くちっとも先に進まない。


「そんな事はどーでもイイんだけど、ソレ回してくれないと次のヤツが出せないよ?」

「オイオイ、一体何匹オークを仕留めて来たんだ!? テメエら、従騎士サマが獲物を持ち込んだぞっ。何人かこっちに来てくれ!」


 ちょっとイラッと来たので嫌味混じりの声で催促すれば、コンベアのローラーに付いてる取っ手をグルグルと回し始めたおっさんが背後に大声で叫んだ。

 うーん。少し考え過ぎだったのかな。

 考えてみれば、唯の荷受人が一刀で仕留められたオークなんて見ちゃったら、それだけで驚くところだもんね。

 やっと動き出した荷受台の上に、如何にもストレージの魔導具から取り出してますよーと言うお芝居をしながらドンドンとオーク死体を乗せて行くと、おっさんの声に応える様に他の連中がわらわらとやって来た。


「へへっ、こいつはイイぜ」

「全くドヒマで困ってた所だ」

「ばっか、もう下処理とか終わってるくせぇぞ」


 そしてそいつらがカウンターの向こうで次々とオーク死体を台車に乗せて運んで行き、あっと言う間に六体の引渡しが終了。

 うんむ。おっさん連中ってば、意外に仕事が早いな。

 一時は危ぶんだけど、何だかとってもスムーズに終わりそうな気配で嬉しい。


「凄えな。計六体、しかも全部が綺麗な上モノじゃねえか。こりゃ査定もデカいぜ。期待しててくれ」


 オークが運ばれて行くと、ワタシの相手をしてたおっさんがニコニコしながらそう言って、裏に入って行くのを見てちょっとビックリ。

 あのおっさん査定師だったのか。

 だったら切り口からソイツの腕の良し悪しくらいは判るわ。

 しかも査定師となれば唯の荷受場の人とは世界が違うので、正に「お見それしました」の世界ですよ。

 なんたって支局の査定師と言えばモロに士族で、ヘタすると騎士叙任を受けてる可能性だってあるんだからね。


「ようよう、従騎士サマ。他には無いのかい? ゴブなんか持ち込まれても迷惑なだけだけどよう、こんだけの腕ならズリー(グリズリー。熊の魔獣だね)とかだってイケるんだろ?」

「はぁ? グリズリーなんて季節外れもイイとこじゃんか」


 残ったおっさんの一人がトンチンカンな声を掛けて来たのでかなりガックリ。

 うーん。この人っておっさんのクセに新人なのかな。

 その割りには手馴れた雰囲気だし、謎だ。


「ばっかか、おめぇは! 魔山の奥地で冬眠しちまった熊が魔物化しちまうのがズリーだぞ? 春先の名物じゃねえか。今ならトカゲ野郎(リザードマン。結構強い魔物)とかハイオーク(オークの希少種。コレもかなり強い)だろがっ」


 おうふ。何だかダッシュで戻ってきた査定師のおっさんが凄い剣幕で怒り出してますよ。

 ただ、言われてる方のおっさんは恐縮した様な感じになってるだけだから、これが平常運転なのかも知れない。

 何だかんだ言っても所詮荷受場の人なんて唯の人足みたいなものなので、所謂プロフェッショナルな人らとは世界が違う。

 そんな連中を統括しなきゃいけないんだろう査定師のおっさんの苦労が偲ばれるわ。


「シロート臭えコト言ってると支局のツラ汚しになっちまうぞ? ヒマならさっさと裏の連中を手伝って来いってんだ」


 言われてたおっさんが「す、すいませんっ」と謝って裏に行くと、査定師のおっさんがこっちに来た。


「悪いな。まあ支局なんて所は直接大物を持ち込む討伐士もそうそういないし、ボケてるヤツも多いんだ。ガチでやってる連中から見たら笑い話なんだろうが、そんなモンなんだと思ってくれ」

「やー、別に気にしてないけど、そんなモンなの?」


 おや、それはちょっと驚きな話だ。

 討伐支局って直にデカい獲物が集まるのかと思ってたよ。


「まーな。どっかの支部からやって来る処理済の獲物を仕分けするのが連中の普段の仕事さ。だから連中からすりゃ、お前サンみたいなのに顔を繋いで、偶にでもイイから直に持ち込んで貰えば成績が上がるって話だ」


 なるほどねぇ。

 何だかセコい事情だけど、確かに直に持ち込まれるブツを処理すれば手数料が発生するもんな。

 と言うか、そんな話ならさっきのおっさんは人足じゃなくて、アレでも立派な解体士なのか。

 あんなトンチンカンな知識しか持ってない人でも解体士が務まるんなら、支局って所も随分と平和な所な気がするね。


「ふーん、そうなんだ。でもオッサンは違うんだろ?」

「ああ、まあな。と言っても、オレは元バッツ(討伐騎士のコト。語源は知らん)の落ちこぼれさ。査定師の免許があるからここで連中の頭みてえなコトをやってる」

「げげっ。それはなんて言うか、御見それしましたって感じ?」


 ありゃりゃ。

 査定師と言うだけでもお見それだったのに、元討伐騎士と来ちゃいましたかぁ。

 色々あったんだろうなーとは思うものの、その割りにはこのヒト、やたらと気配が薄い気がする。

 もしここまで強者つわものの気配を隠せるとしたら、それはかなりの使い手だと思うんだけど、どうなのでしょうか?


「オイオイ、そんなんお互い様だろ? っと、師匠を待たせちゃいけねえ。さっさとコイツを持って行かねえとドヤされちまうんじゃないか?」


 おっさんの実力に付いてちょっと思考に沈んでると、目の前のカウンターにホホイと伝票が置かれた。

 うおっと。

 強そうなヤツを見ると、ついついその実力を測ろうと考えちゃうのはヤな習慣だよな。


「ああ、ウン。そうなんだけどさ……って、これ何か高めだけどイイの?」


 見ればおっさんがカウンターに置いた伝票には結構な値段が書いてあった。

 ぶっちゃけ、今まで自分が収めてたオーク死体の平均額より三割ほど高い。


「勿論だ。今ちょっと辺境の方からの物資が途絶えがちでな。肉類が不足気味なんだ。それにあの状態なら皮だってマジに使える。イイ腕だよ、ホント。羨ましいゼ」

「ふうーん、そうなんだ」


 不恰好なウインクをしながら言うおっさんに苦笑しながら伝票にサインを入れ、ししょーの印章を押せば取引はこれで終了だ。


「あんがとっ。じゃあねぇ」


 思わずマジで笑いそうになるのを堪えて伝票を懐に仕舞い、ワタシはボロが出ない内に礼を言って踵を返した。



この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。

読んで頂いた方、ありがとう御座いました。


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