008話
なんたってこの討伐士章は本物だからね。
偽名だけど本物なのだ。
血と汗と涙を流し捲った末に手にした努力の結晶ですよ。
にゅふふふ。
今の自分は西聖王国の討伐士、マリア・コーニスちゃん十二歳だ。
マルなんとか国の伯爵令嬢なんかじゃないんだぜ?
最近だと結構普通のコトになりつつあるものの、自由な立場はホントに嬉しい。
ちなみに、実年齢と三歳差を付けたのはこの年代の三歳差が大きいからだ。
ぶっちゃけ手配が掛かってもバレ難い。
後は舐められない為かな。
ワタシの五フィート四インチ(約163cm)の身長だと、女子としては普通なれども討伐士としてはチビもイイところだ。
でもコレが十二歳男子と考えたら、結構立派な体格となって舐められ難いんだよね。
支部や支局のオペレーターには女だってバレちゃうけれど、パっと見だけなら幾らでも誤魔化せる。
「おっと、余裕かましてるヒマは無い」
ワタシは討伐章を仕舞うついでにポケットから財布を出して、銀貨を一枚(約千円)窓口の衛士の人に渡した。
所謂入城税と言うヤツだ。
そして交換で渡されるチケットを貰い、財布の中に仕舞い込む。
このチケットが無いと出る時も似た様な認証手続きをやらされる上に、入城税も再度払わないとイケナイので失くせ無いのですよ。
「ししょー、終わりましたよー」
インベントリに財布を放り込むと、速攻でししょーに声を掛けて小走りで近寄った。
「うむ。では参るぞ」
こう言う時、ししょーは毎回必ずこっちの認証が終わるまで見て待っててくれる。
ワタシが何かやらかすとでも思って、監視してるって感じだ。
自分もそうそうバカばかりやってるワケじゃないと思うんだけど、所詮は世間知らずの小娘だからね。
傍若無人っぽい所のあるししょーも、公的な場所ではヒヤヒヤしてるのかも知れん。
そんな風に考えつつししょーの後に付いて街中に入ると、もうこれでもかって位に色々な人達でごった返してる城門前広場の喧騒に放り込まれる。
出る人、入る人、売る人、買う人、もう色々だ。
ソレを何とか抜けると、次は石で舗装された大きな道を真っ直ぐに進んで行く。
以前来た時に教わった、これが人口三十万を超える大都会リプロンを南北に貫く大通りだ。
通りは「行く方」と「来る方」の真っ二つに分けられ(右側通行だよ)、更にそのそれぞれが歩道と車道に分けられてる。
全部合わせると、その道幅は実に百フィート(約30m)位はありそう。
まさしく大都会に相応しい大通りだよね。
「ふむ。今日はなんぞ静かな部類の様な気がするな」
先を歩くししょーの呟きに気が付いて周りを見回せば、言われる通り前に来た時よりも明らかに人出が少ない。
おかしいなと思って更に街並みを見回すと、前は見なかった小旗が店先などにくっ付いてるのが目に入った。
あ、コレってアレじゃないかな?
「ししょー、何か祝日っぽいですよ? 店先に小旗が飾られてます」
ワタシがそう指摘すると、ししょーが何か難しい感じの顔をした。
「ふむ。そう言えば、本日は当代リプロン伯の誕生日であったか?」
「えっ、ソレってヤバくないですか? 役所とかそう言う所は皆休みなんじゃ……」
しかし言い終わる前にししょーがクルっと振り向いて、目にも留まらぬ早業でゲンコツをくれた。
痛いです。
「討伐士協会は王侯貴族達とは独立した組織じゃと言うておるであろう! 何度同じ事を言わせるのかっ」
ええーっ、ソコってそこまで怒るトコなんですか?
世間知らずなんだから許して下さいよぉ。
「全く、お主は……」
ゲッ。
いきなりの鉄拳制裁に涙目で抗議しようと思ったら、ししょーってば説教と言う名の更なる追撃体勢にまで入って来ちゃいましたよ!
不味いっ。
速攻で話題を逸らさないと……。
「あははは、すいません。しっかし、さすがにリプロンですよね。お店のクオリティが高いです」
「ふむ。確かにそうであるが、お主もやはりあの様な服に興味があるのか?」
機先を制す様に放ったしょっぱい逸らしが成功して「やったー」と思ったのも束の間、不意に立ち止まったししょーがとんでもない事を言って来た。
何しろ今自分達の目の前にあるのは、木製の等身大人形達が思い思いのポーズで様々な衣装を着て飾られてる「如何にも大店の服飾品店」と言った雰囲気の店だ。
外壁が巨大なガラスのショーケースと化してる豪華な作りは、流石大都会の高級店と唸らされちゃう風情ではあるものの、問題なのは木製の彼女達が着てる服にある。
何せ季節が初夏ですからね。
皆さんとっても涼しげで、露出度高めなお召し物を着てらっしゃるのですよ!
中でも一際豪華に着飾ったお人形サンは如何にも当世風のミニドレスで、貴族の夜会服を普段向けに仕立て直した様なヤツを着てた。
そう。
昨今流行の胸周りがドーンと開いていらっしゃるブツだ。
『冗談じゃ無いよ!?』
心の叫びと共に横に目を転じれば、妙な唸り声まで上げ始めたししょーはモロにその服を見てやがった。
えっと……コレってマジでセクハラだよね?
怒ってもイイですか?
「ええーっと、ああ言うのってドコに着て行くんでしょうねぇ。ワタシなどは地味なんで、ははは……」
しかし、勿論このワタシに「ししょーを怒る」なんて選択肢は全く無く、ヒクヒクと引き攣りながら乾いた笑いで誤魔化すのが精一杯である。
やっぱり命とかそう言うのって大事にしないといけないしねっ。
ししょーがマジギレしちゃうと、自分なんて瞬き一回の間に三回くらいは殺されちゃうから此処は仕方の無いところだ!
「ほお、そう言うものなのか。言われてみれば、この様な装束の娘御など見掛ける事は無いが……」
ぬぅ。
抑揚の薄い返事から推測するにどうも悪気は無いようだが、あんな胸周りが開いてる服、このワタシのささやかなお胸サマでは絶対に着れん!
だからって、他の肩紐系のワンピとか、ノースリーブなシャツとかが着れるのかと言われれば、そっと俯く以外は無いんだけどさ。
ホント、あのテ(胸強調系)の服は自分にとって正に死地の領域なのですよ。
筋肉は育っても、何故かお胸サマだけはマジで育たなかったからねぇ。
出来ればそっち系統のコトは真剣に放っておいて欲しいと切に願うところだ。
(ちなみに腹筋なら綺麗に割れてます、ハイ)
「ぬう……」
折角説明してあげたのにそのまま動かず、またもや唸り声を上げてお人形さん達を睨み付けるししょーに溜め息。
なんだかなぁ。
通り過ぎる人達がクスクス笑ってるし、酷い羞恥プレイですわ。
こう言う時、巨乳なサラのヤツならフフンと鼻で笑って腕組みでもしてれば恰好が付くのかも知れないけれど、自分にはそんな度胸もお胸サマも無いのでタダ立ち竦むのみだ。
「しかしお主とて貴族家の姫。幾ら出奔するとは言え、なんぞ服位は持っておった方が良かろう」
え! この話、まだ続けるんですか?
と言うより、どうやらししょーはアレを自分に買ってくれる積りらしい。
超勘弁して欲しいわ。
どうせ奢りならこの先の小広場で屋台の買い食いの方が何百倍もマシだ。
大体これから魔物とガチバトルの日々が待ってるってのに、服なんぞに構ってられる余裕は無いですよ。
「いやぁ、服とかてきとーに実家から持って行きますんで、ハハハ……。そんなコトよりししょー、この先の広場と思しき所からほのかに良い匂いがっ!」
即座にスパっと誤魔化し、ししょーの腕を引いて強引に大店の前を去る。
去るったら去る!
でもさ、ししょーって奥さんとか娘さんに服の一枚も買って上げたコトないのかなぁ。
愛人相手と言うならともかく、あんなせくしー系の服を着る本人の前でガン見するなんて、センスだの何だの以前の問題な気がする。
上級騎士サマだよね? ちょっと信じられないんだけど。
「ぬう。色気より食い気か。お主の実家もさぞかし大変であろうな」
腕を引っ張られてワタシに連行されるししょーが呆れた感じで声を上げた。
なんだかなぁ。
その言葉ブーメランですよ、ししょー?
「要らぬと言うのなら良いが、食事は後にせい。支局での手続きが先である」
ええ!? 此処まで来てからダメ出しですか?
視界の先に小広場が見えて来た所で、拒否勧告を出したししょーにガックリ。
今ちょっと頭とお腹が「全オゴリで屋台買い食いパラダイス」に入りつつあったのにソレは無いよなぁ。
ワタシはちょっとションボリして、また先を歩き出したししょーの後ろに付いて歩き出した。
この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。