007話
リプロンの街は対魔物用のデカい城壁に囲まれた五エーカー(約20平方km)を超える大きな城塞都市だ。
西聖王国でも指折りの大都会と言って良く、近くを流れる大河ロダーヌ河のお陰でこの辺り一帯の物資の集積所みたいな役割も担ってる。
討伐士協会の支部は割と何処の町にもあるけれど、討伐士章を作成出来る支局はこう言う大きな街にしか無いんだよね。
秘密の固まりと言われる討伐士章作成機は数が限られてるから仕方の無いところだ。
「何をしてる、行くぞ?」
「あ、ハイィ」
さっさと士族用の門に向かったししょーに促され、ワタシもササッと後に続く。
様々な人達が入場の為に列を成すリプロンの街の城門はデカい。
今は閉じてる軍用の大門なんて、片方の門の幅だけで五十フィート(約15m)位はある。
ワタシ達が並んだ士族用の門も片側二十フィート(約6m)位あるし、他にも商人用、平民用、貴族用ってあるんだから、如何にこの城門の規模が大きいかそれだけでも判ろうってモンだ。
「失礼いたします。御身分をお伺いしても宜しいですか?」
わんさか人が並ぶ列に並んでボケーっと門を見ていると、ししょーに若い衛士の人が声を掛けて来た。
身分至上主義の世の中だから、待ち列に並んでるとこう言う下っ端衛士がやって来て身分だの目的だのを訊いて来る事がある。
特にこう言う時のししょーはエラい人オーラが出るから尚更なんだけど……。
「ちと魔法師協会に用がある」
シブ声で答えたししょーが討伐士章と一緒になってる魔法士章を出すと、それを見た衛士君が石化した様に固まった。
にゅふふふ。
やっちまったようだね、お兄さん?
ししょーの魔法士章は銀章六位だ。
貴族偏重主義に凝り固まってる魔法士の世界で銀章を持ってるヒトは下級の爵位や王与の称号を持ってるのが普通だから、この身分至上主義の世の中じゃ、それが例え職務であっても衛士風情が直接口を利いて良い御方じゃ無い。
隣に如何にも従者風の自分が居るのに、横着してそっちに直接声を掛けちゃったらゲロヤバいよね。
「ももも、申し訳ありませんでしたぁー!」
しかし若くても大都市で役人をやってる人は一味違う。
謝罪の言葉をデカい声で叫び、最敬礼状態で腰を折ったと思ったら、今の今までししょーの方を向いてた筈の衛士君が何時の間にやらこっちに向いちゃってますよ。
「ア、アッシが声を掛けたのはそちらの従者サンの方ですぜ!」と身体を張って主張する責任回避ワザだっ。
この若造、中々にやりよる!
「た、大変失礼いたしましたっ。こちらへどうぞっ!」
その上彼はししょーにペコペコと頭を下げ捲くりながら、声だけはこちらに掛けると言うアクロバティックなワザまで披露しつつ、ワタシ達を先導する様に列をショートカットして歩き出した。
「うむ」
おっと。
衛士君の連続パフォーマンスに呆気に取られてると、肯いて歩き始めてたししょーに気付いて後を追いかける。
今の「うむ」と合わせて考えれば、これは「気にしてないぞ」と言う意思表示だ。
お陰で衛士君も目に見えてホッとした雰囲気で、ビビリ捲くってた最初とは別人の様に悠然とした態度になっちゃいましたよ。
いやー、ちゃっかりしてると言うか、しっかりしてると言うか、色々と凄いモノを見せて貰いましたわ。
しかしこの状況は色々とマズい。
何しろ今の騒ぎでトンデモ無く目立っちゃった上に並んでる士族の人達をオールでブチ抜いちゃってるんだから、小心者のこっちはビビリ捲くりだ。
騎馬の役人風の人なんかこっちを思いっきり睨んでるし、冷や汗が出ちゃう。
『ししょー、マジで勘弁して下さい!』
思わず心の中で叫び声をあげると、ししょーがチラっと並んでいる人達を見て軽く片手を挙げた。
何だかすっごくエラそうだけど、それを見た士族の人達は皆一様に肯いちゃって納得した雰囲気になる。
さっきの騎馬の人なんて、恐縮した様に頭を下げちゃってますよっ。
慣れないよなー、こういうのって。
前に聞いた話では、今のはこう言う時にエラい人がやる挨拶なんだそうで、デカい態度は必須なんだそうだ。
自分だったら逆にキレそうになると思うのに、申し訳無さそうにするのは返って駄目なんだと言われた。
全く判らん世界だわ。
王族伯家令嬢である自分はこんな状況に出くわした事が無い。
貴族同士なら大抵は従者の人(士族って大抵は貴族の従者だしね)の間でやりとりが終わっちゃうので、こんな直接的に人々にアピールする機会なんて無いから良く判らんのですよ。
「相変わらずであるが、もう少し堂々とせい」
キョドり捲る自分を見てししょーが溜め息をついた。
まあ判りますよ?
抜かれた側だって相手が明確に格上の人物だからこそ納得するんだし、ちゃんとエラいヒトだと判る様にするのは世の中で大事なコトだからね。
でもワタシなんて屋敷から出たら唯の小娘ですもん。
身分どころか爵位や称号だって一応持ってるけれど、大勢の前で自分がエラいなんて主張する度胸は無いですよ。
「はいぃ、努力致しますですぅ」
「斯様な所、深窓の姫君らしいが一般には通じぬぞ? こそこそしておっては逆に要らぬ妬みや恨みを買うだけよ。少なくとも、今抜いた者共は例外無くお主より実力が劣るのであるから、世への貢献度を鑑むればむしろ当然だと胸を張るところであろう……」
城門の目前で立ち止まったししょーの陰に隠れつつ返事をしたら、再びお説教が始まっちゃってゲンナリ。
しかも言ってる事がやたらと正論なのでハイハイと答える事しか出来ませんよ。
心の中で溜め息。
常に魔物に脅かされてる人の世にあって、魔物に対抗出来る力を持つ個人はそれだけでエラい。
そもそも王侯貴族がエラいと言われる理由もそれなんだから当然なんだよね。
そう考えれば、対一ならハイオーガにすら手が届くようになった自分は確かにエラい筈なんだろうけれど、だからと言って簡単にそう思い込める程単純な性格じゃ無いんだよ。
微妙なお年頃のお子様と言う事で、ここは許して貰いたいところだ。
ちなみに、最初のセリフにもあった様にししょーはワタシがどっかの貴族家の令嬢である事は知ってるものの、本名などは全く知らない。
そりゃ話して無いのだから当然だけれども、ししょーって人は、そう言う事を本当に気にしない人なのですよ。
弟子になった最初の頃に「将来お家騒動になるのが明らかなので、その前に家を出奔する予定だ」と自分の説明をサラっとしたらそのままで、それ以降、詳しい事とか全然訊いて来ないんだよね。
「何をしとる。早うせいっ」
怒られてハッとして顔を上げると、ししょーは何時の間にか臨時に開けられたカウンターで手続きを始めてた。
あらっ、何時の間にやら説教は終わってた様ですよ?
しかも衛士の人達の仕事が早い。
気が付けば、そのすぐ後ろにいる自分にも別の衛士の人が書類を差し出してた。
「すみませーん!」
ペコペコと謝りながら入城申請の紙を受け取ると、インベントリからペンを出してダッシュで書き始める。
まず速攻で名前を書く。
次に生年月日、その次が出身地、最後に入城目的。
「外国人じゃない」から、余計な所は書かなくてもイイ。
そして最後に、ししょーから貸して貰ってる印章指輪で印章を押せば終了だ。
「終わりましたぁ。よろしくお願いしますっ」
記入済み用紙を窓口に渡すと、衛士の人は何かホニャっとした感じで微笑みながら受け取って、先に進む様に促した。
むぅ、今の笑みはなんだね。
もしかしてナンパか?
多少訝しく感じたけれど、そんな事に構ってはいられない。
もうししょーは認証が終わって出口付近にいるのだ。
ササッと先に進み、カウンターの出口側最後の部分にある白い石台の上に討伐章を置いて右手も置く。
コレ、そうは見えないけど、魔導機械なんだよね。
討伐章のデータの一部(名前程度しか判らないみたい)が窓口の裏側の表示板に映るので、それで記入された内容との照合を行うらしい。
その上で、更に討伐章が本人のモノであるかどうかも調べる。
置いた右手から魔法力を検知して、そのパターンと討伐章のパターンを照合するそうだけれども、こんなデカい機械の割りに出来る事がショボいと思うのは自分だけなのかな。
「結構です。ありがとう御座いました」
あっと言う間に終わった認証にホッとして、ワタシは討伐士章を仕舞った。
当たり前の話だけど、ホントは偽名だからちょっとドキドキしちゃうんだよね。
この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。