006話
自分が使っているそのテの魔法はほぼ完全なオリジナルだ。
身体制御とでも言うべきモノで、世に身体強化系の魔法と言われるモノとは一線を画す、超絶難易度のモノなのですよ。
しかしそんな事が出来る理由の根幹には深刻な問題がある。
それはワタシが本当は重度の魔力症患者だと言う事だ。
魔力症とは自分が生み出す魔法力の制御が出来無くて、遂には暴走した魔法の発動で自分を殺しちゃう病気を言う。
大きな魔法力を持つ人は大なり小なりこの症状があるのだけれども、昔の自分の場合はそれに加えて魔法力が不安定で、幼児の頃は片時も目が離せなかったらしい。
普通に考えたら詰んでますな。
だって生物は全ての魔法力が抜けちゃうと死んじゃうので、通常この病気への対処に使われる魔法力を常時吸い出す仕掛けが使えないのだからね。
お陰で常に誰かが付いてて、魔法力が暴走する発作が起こった時のみ対処する形で乗り切ったのだと聞いてる。
しかし、実は乗り切れたのはこのワタシ個人の力なのですよ。
確か三歳位だったか、何故か周りに誰も居ない状況でホントにヤバい状態になった時があって、そのときワタシは苦しさから無意識的に純魔法生物であるクーちゃん達精霊の真似をして自分で自分の意識を実体化させる荒業を使っちゃった事があった。
クーちゃんやピーちゃんがワタシの魔法力で実体化する事が何となく判ってたから、自分も同じ事をすれば死んでも復活出来るんじゃないかと思ったようだ。
『流石は三歳児、ムチャな事をやるわ!』
と、今考えたらガクブルな話なんだけど、これをやったお蔭で自分は生き残る事が出来た。
しかもその直後から、何故か色々とコツみたいなのが判っちゃって、以降は自分の魔法力に振り回される事も無くなったと言うオマケまで付いた。
但し、この精霊の真似ってヤツは後のワタシの人生に二つの大きな難問を作ってくれちゃったのですよ。
一つ目は、この時に「見えない尻尾」が生えちゃった事だ。
今では勝手に「魔法分身体」と名付けてるこの尻尾は本当にお尻の上から生えてる感じで、感覚的にアレな上にかなりの大きさがある。
物凄く苦労して、何とか分散して散らす事が出来る様になったから良かったけれど、出来なかった頃は毎日がツラかった。
何しろ手足と同じ様に実感があるので何かに座れば違和感が凄いし、寝る時も大変だし、立っても始終引きずって歩いてるしか無かったからね。
誰にも相談出来ないし、本当に大変だった。
その上この尻尾は純粋に自分の魔法力で出来てるからバカみたいに魔法力を食う。
お陰で試行錯誤を繰り返して何とか一体化のワザを編み出すまで、長い事全魔法力の三割程度しか魔法を使えなかった。
公の魔法力判定をやらされた時に割と低い数値になったのもコレのせいだ。
本当に苦労しましたよ。
二つ目は、肉体を魔法で動かす様に成っちゃった事で、実はこっちの方が尻尾よりずっと深刻だ。
生物の肉体は確かに魔法力が無いと保てないけれど、別に魔法仕掛けで動いてるワケじゃ無い。
でも幼児に魔法と他の区別は付かないから、ラクな方に流れちゃった結果、説明出来ない様なプリミティブで感覚的な魔法を常時大量に行使して、肉体を動かす様に成ってたんだよね。
『何だよ、その珍妙な生物……』
思い出すだけで、そんな言葉と共に溜め息が出ちゃうわ。
何たって「疲れる」と言う言葉は何かの挨拶だと思ってた位、昔の自分には肉体的な感覚が薄かった。
だから六歳の時、ちょっとした事件からそれに気が付いた瞬間は真剣にアセったからねぇ。
とにかく日常生活じゃそんな感覚になった事が無かったので、先ずはその「疲れる」と言う感覚を掴む為に走り込む事から始めて、それから毎日毎日、始終身体を鍛え捲くりながら、肉体感覚と魔法の感覚を別けて行くと言う、何かの修行ですかと言う日々を続けた。
三年位経って、やっと他の人達と肉体感覚を共有出来るようになった時には、合言葉は「押忍!」って感じの立派な脳筋少女になってて笑いましたわ。
ブロイ家の脳筋姫と言えば領民は当然の事、王都の貴族達の間でも有名な変人に成っちゃってたしなぁ。
(一応王族の末席に居るので、十八歳で成人するまでワタシの公称は「姫」だ)
しかし、この「プリミティブで感覚的な魔法」と言うヤツを一つ一つ解読する作業はとても説明の出来ない感覚的な方法論でしか無いものの、自分に肉体を魔法でコントロールする独自のノウハウを与えたワケで、これがワタシが使ってる魔法の正体なのですよ。
怪我の功名と言うのか、今じゃとっても高度な肉体の操作や制御の魔法が呼吸同様の感覚で使えちゃう。
ぶっちゃけて言えば、即死級の重症(上半身右半分消失とか)でも治癒魔法使いながら歩き回ったり出来ると思うよ。
大体十年以上常にやってるから熟練技もイイトコだし、件のオーガ戦で生き残れたのも実はコレのお陰なんだよね。
◇◇◇◇◇◇◇
おっと、考え込んでるとまたししょーに怒られる。
「ししょー、そう言う話になるのなら攻撃魔法を教えて下さいよ。ワタシ、そのテは全然からっきしなんですからぁ」
考え込んでた場の誤魔化しも兼ねて、何時も思ってる心の叫びをさり気なく出してみる。
ワタシは所詮十五歳の仮成人でしかないので、魔法の幅広い知識どころか、世の魔法学そのものにまだまだ疎い。
だから物語に出てくる様な攻撃魔法なんて一切知らないし、それが使える様になる日を心待ちにしてるのですよ。
ファイヤーボールとか、ソコまで派手じゃなくても、似た様なモノは絶対あると思うんだよね。
だと言うのに、高等学院の魔法過程じゃ攻撃魔法なんて結局最後まで教えてくれなかった。
ししょーが今までに教えてくれたヤツも地味でショボいのばっかりだ。
その上実母サマの研究書も尖り捲くったモノばかりでアテにならない(一部は何とかモノに出来そうだけど)と来たら、後はもう魔法大学院にでも期待するか、知識と経験のありそうな魔法士に師事するかしか方法が無い。
でもどうせなら、騎士であると同時に結構な魔法士でもあるししょーに教えて貰いたいのが本音なのですよ。
暫くは会えないんだから、出来ればヒントの一つも貰いたいのだけど……。
「ぬぅ。騎士に攻撃魔法を訊くとは無粋よの」
おお!
何時もと違って、ししょーの反応がちょっと前向きっぽいか?
「しかしお主、魔法に対して妙な誤解をしとらぬか?」
ワクワクしながら返事を待ってたら、ししょーはそう言って並足の馬と同程度の速さにスピードを落とした。
おっといけねぇと自分も続くけれど、この程度のスピードだともう修行じゃなくて唯の移動だよな。
「誤解って、例えば何がですか?」
勿論、聞いてますよアピールも忘れず、即座に聞き返す。
「まさかファイヤー何とかなどと言う物が現実にあるとは思うまいが、お主はどうもその様な絵空事にかまけている風がある」
はあ?
何ですとおぉぉぉ!?
思わず大きな声が出そうになっちゃったところをググッと堪える。
するとこっちの驚いた顔を見たししょーが心底呆れたような顔をした。
「お主……幾ら何でも、魔法士の端くれであろう。空中に火の玉を召喚して飛ばす芸なぞ、手品師の領分ぞ?」
えっ? そんな、まさか……。
「で、でも似た様な派手な攻撃魔法ってあるんですよね?」
長年の夢が打ち砕かれるイヤな予感を淡い期待と共に聞き返す事で誤魔化す。
デカい魔法力を持って生まれて来た自分にとって、派手な攻撃魔法で魔物を蹂躙する事は密かな夢だ。
馬鹿みたいに魔法銃に拘り、友達のサラまで巻き込んで火薬不使用銃の開発に心血を注いだのも、元はと言えば攻撃魔法の代わりにする為なんだからね。
「有り得ぬわ! そもそもその様な魔法があるのならば、ワシがとうに使っておる!」
しかし地獄の裁判官の如き表情になったししょーがバッキリと夢を打ち砕いてくれて呆然。
マジで大ショック!
もうショボボーンって感じ。
こ、これからワタシ、一体何を心の支えに生きて行けばイイんだ……。
「ま、まあ、その様に見える魔法や魔術はあるであろうがな……」
全身で呆然を表現したかの様になってると、哀れに思ったのかししょーが続けて来てくれた。
え!? ホントに?
チョットだけ元気を取り戻して次の言葉を待つ。
「例えば先程お主が使ったアレを地面で無く空中で横にしたら、さぞかし凄い魔法に見えるであろう」
えっ、アレってのはもしかして野焼きの事ですか?
それって理論上、絶対有り得ない事なんですけど……。
超ガックリ。
「ええいっ、門外漢には魔法や魔術の行使はそう見えると言う事よ! そもそも物語なぞ全くの空想虚言の類、少々でも考えれば判る話であろうがっ」
はぁ。なんかししょーは呆れ顔が更に深まって、呆然とした表情で怒ってるけど、茫然自失はこっちの方ですよ。
脱力感がハンパ無いです。
何だか疲れて来ちゃったので、このまま今日の修行は終わりにしちゃってイイですか?
「……仕方が無い。後で渡す積りであったが、今進ぜよう」
うな垂れながら走ってると、そう言ってししょーが横から何かをホイっと渡して来た。
反射的に受け取ったそれは分厚い本で、何だか仰々しい装丁がされてる高級品だ。
何ですかね、コレ?
「ワシは世に攻撃魔法が無いなどと言うた積もりは毛頭無いっ。それは騎士が知って置くべき攻撃魔法を解説した書である。少しは役に立つであろう」
えっ、ソレホントですか!?
思わず顔を見返すと、ししょーが「うむっ」と肯いた。
うぉぉぉ! ししょー、かっけー! すげー! おっとこまえぇ!
「マ、マジですか。凄い攻撃魔法ってホントにあるんですね! ししょー、ありがとうございましゅー!」
感激のあまり鼻水が出て来ちゃった。
即座に手鼻をかんで、ぽいっと道の脇に捨てる。
なんか女子辞めてる気がするけど、取り敢えずは魔法の行使で手や鼻に鼻水が付いたりはしない。
生活魔法って便利だよね!
「お主と言う奴は……まあ、その綺麗に手鼻をかむ技術は教えて貰いたい所ではあるが」
はっはっはっ。
ししょーがくれた本の対価にはぜーんぜん足りないと思うけど、何時でも言ってやって下さいよ。
自分が教えられるコトだったら何でも教えますよぉー!
急に元気になったワタシを心底呆れ返ったような顔で見ると、ししょーが行く手を指差した。
「見よ、もうすぐリプロンであるっ。本は仕舞っておけよ?」
顔を上げれば対魔物用の高い城壁がもう間近に迫って来てた。
おおう。道理で馬車とかチラホラと追い越すと思ったよ。
リプロンの大都会はもう目前だ。
この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。