005話
「先ず相手を待つ余裕を持て。自らが先に動かば、その後の選択肢が極端に狭まるであろうが……」
ししょーのお説教はその後から下山中、ずーっと続いた。
勿論独特の走法で山中を爆走し続けながらだから、付いて行くこちらも大変だ。
何しろこの走法、足で地面を蹴って走るのでは無く、独特な風系魔法を使って大気の海の底を泳ぐ様にして走る。
お陰で一歩一歩が長大になるから平地でも着地に気を使うのに、それが山岳地帯と来れば尚更だもんね。
思えばこの走法を習得するのは大変だった。
『これが出来ねばワシの弟子では無いわ!』
とか言われて、崖から突き落とされたりもしたしさ。
「ムチャ言うなよじいさん!」と、何度心の中で突っ込んだコトか!
自主練を重ね捲くって何とか出来る様になったから良かったけれど、ししょーの基本技の中では覚えるのに一番苦労したんだよな。
しかし……。
お説教三昧のししょーを見ながら心の中でまた溜め息。
何も知らなかった昔ならいざ知らず、十五歳の仮成人後に騎士達と仕事をする様になった今の自分には、ししょーの要求基準のハンパ無さが良く判る。
この走法だって他にやってるヒトは全く見た事が無いし、他に無理矢理突っ込まれた様々な技術だって、世の中ではシャレにならないレベルにあるんだからね。
と言うのも、いつぞや試しに剣の簡単な型稽古を見せたら、母上の腹心中の腹心である騎士卿級の護衛騎士が呆然としちゃった事件があってさ。
訝しく思って訊いたら、そんな剣の振りが出来るのは何十年も現場で現役張ってる様なヒト達だけなんだそうですよ。
しかも……。
『姫様は既に千を超える魔物を斬っておられますね?』
『いやぁ、そこまで褒め称えて貰わなくてもぉ』
『妙な謙遜はお辞め下さいっ。これは只事ではありませんぞ! 奥方様も此度は見なかった事でお願い致します』
『確かに凄い迫力でしたけど、それ程の物なのですか?』
『今姫様にお見せ頂いた剣は、自らを捨てる覚悟を持つ事で一切の迷い無く魔物を斬り捨てる強者の剣であります。数々の死地を掻い潜り、生き残って来た者のみが振れる剣と言えましょう。王族の姫様ともあろう御方が一体何処で、何時の間に、斯様な荒行に身を置いておられたのかと……』
『……(母上絶句)』
なんて感じで、色々と見破られて怒られ捲くっちゃった。
しかもその後幾つか詰問されて、散々死線を潜り抜けてた事がバレた挙句、母上には抱き付かれて泣かれちゃったと言うオマケ付きですよ。
騎士のヒトはともかく、母上には色々話してるのにおかしいと思ったら、ワタシの言う「修行」がそこまで過酷な内容だとは考えて無かったらしい。
仕方が無いので、とにかく「ゴメンなさい」と謝り捲くって許して貰った。
滅多に泣く事の無い母上があんなになる位だから、さぞかし酷い話に聞こえちゃったんだろうしね。
でも自分だって、好き好んでそんな荒行とやらをやってたワケじゃ無い。
全ては毎回毎回死にそうになる「修行」を課してきたししょーのせいだ。
今思えば、幾ら一生懸命だったとは言え、良くあのトンデモ修行に付いて行ったなと、昔の自分を褒めてあげたい位だよ。
特に、今でも脳裏に焼き付いてる最初の大鬼討伐の時は酷かった。
何しろそれまでオーガなんて見た事しか無かったのに、いきなりソレと一騎打ちされられたんだからね。
巷間、強い魔物と言えばまず真っ先に名前が挙がるこのオーガと言う魔物は馬鹿が付く程に強い。
パワー、スピード、魔法抵抗力、物理抵抗力、どれを取ってもオークなんかとは比較にすらならない本当のバケモノだ。
そんな化け物とオーク程度しか知らない小娘がガチでヤったらどうなるか?
当然ながら、死地と言う言葉が可愛く思える程の死地に自分から突っ込むハメになる。
なんせ突っかけて斬り込んだら、簡易魔法剣化して強化した剣が一撃で折れ飛んだ上に、棍棒でお返しを貰ってフッ飛ばされちゃったくらいだ。
さすがにその時は「ああ、マジで終わった」と思ったもんなぁ……。
勿論、今こうやって生きてるんだから、結果的には何とかなった。
でもその時には身体はもうボロボロになってて、普通なら死んでもおかしくない位の重症になってた。
しかも座り込んで辺りを見たら、ししょーが笑いながらオーガを一撃で真っ二つにしててね。
ついでに他の魔物も一匹残らず仕留め終わってて、辺り一面魔物の死体だらけですよ。
自分がオーガと一騎打ちしてる間、ししょーが他を全部引き受けてたんだと気が付いた時は、そのあまりの差に心が折れそうになった。
ところが……。
『おお、殺し切ったのか!? 良くやったぞ!』
こっちに気付いたししょーが爽やかな顔でそう褒めてくれてさ。
教わった回復魔法や治癒魔法を全開にしてたら、それまで褒め捲くられるオマケ付きですよ。
その上、その後に街道沿いの小さな町でお祝いまで開いて貰った。
『その歳でオーガを仕留めたのは正に殊勲じゃっ。ワシは素晴しい弟子を持って誇らしいぞ!』
その席でも珍しく上機嫌になったししょーにそんな風に褒められちゃったの。
普段は滅多に褒めないヒトにそこまで言われちゃったら、誰だってその気になっちゃうよね。
お陰で、今じゃオーガどころかハイオーガですら一騎打ちならイケる程になっちゃいましたよ。
ホント、最初の頃とは隔世の感があるよな。
でもまさか、ソレが世間の感覚とは著しくズレる程の実力だなんて思わなかったのだ。
強くなろうとして成ったんだから嬉しいんだけど、もう女子としては終了しちゃってる気がするのは気のせいなのでしょうか。
「コレ、聞いておるのか?」
うおっと!
黙って回想に浸ってたら、またししょーがイラついて来ちゃいましたよっ。
「勿論聞いております。でもワタシは小さい頃から肉体派なので、つい自分から動いちゃうんですよね」
「お主は人間で、しかも女子であろう。そもそもの魔物との肉体的な性能差を考えぬと、その内に取り返しの付かん事になるぞ」
脊髄反射の速度で返事をすると、モロに全否定の切り返しを貰ってガックリ。
ううっ、痛い所を……。
六歳の頃から身体を鍛え続けて来た脳筋バカ一代な自分には人間の限界が低い事は良く判ってるから、そのテの話は真剣に痛い話だ。
「ううっ。やっぱり一瞬待って、後の先狙いに徹するのが正道なんですか?」
「何も必ずそうせよとは言うておらぬ。自ら先に仕掛けるのであれば、相応の覚悟を決めてからにせよと言うておるだけよ」
まあねぇ。
確かにししょーの言う事は正しい。
例えば最近はもう剣すら使わずにやってるスラッシュなんて、本来は風の魔法系剣技の内で牽制の技だから、相手の出方を一瞬待ちたい時に使うのが本来の使い方だし、そうやって相手を削りながら泰然と構えてた方が絶対的に有利なのは当然だ。
他にも水系の魔法で視界を奪うとか、火系の魔法で耐久力を奪うとか、やり様は様々にある。
結局最後は剣に頼るとしても、そこに至るまでの魔法攻撃で相手を弱らせたり、選択肢を奪ったりするだけで勝率は跳ね上がるもんな。
でもこっちは考えるより感じろって性格だから、ついつい身体感覚に頼っちゃうのですよ。
自分が知ってる魔法攻撃は見た目もショボけりゃ効果もショボイので、そんなのをチマチマと当てて削って行く戦いも性に合わないしね。
「お主はその魔法力を最優先に生かす事を考えねば先は暗いぞ?」
おふぅっ。
ししょーってば、ここで更なる追撃で御座いますか。
どうもこっちの考えが読まれちゃってる感じだけど、最後のせいか今日は何時もよりお説教が胸に刺さるわ。
しかも言ってる事が正にその通りだから何も言えん。
厳しい言葉に胸を押さえ掛けてると、ししょーが目の前でホホイと足を止めた。
こっちも釣られてそこで止まり、改めて周りを見回してみると、そこはもう山の中じゃ無かった。
あぁ、もう街道に出ちゃったのか。
ししょーの走法に限らず、元々騎士の走法は周りに大迷惑だから、後は普通にランニングだね。
「ふむ。斯様な所を見れば、お主の身体強化系や補助系の魔法は正しく達者の域ではあるな」
後に続いてほとんど足音無く停止したのを見て、ししょーが珍しくワタシを褒めた。
ちょっと嬉しい。
特に今日みたいにガミガミ怒られ続けた時はキクよね。
この身体強化系の魔法と言うヤツは人間の身体能力を底上げする魔法で、騎士にとっては最も基本の魔法だ。
ある程度以上の魔法力を持つ人なら基本セットの術式を習得するだけで使う事が出来るので、士族なら大抵皆使える魔法だと言って良い。
しかし同時に、これはとっても奥が深い魔法技術だとも言える。
だって身体を強化すると言っても、それは何処か一箇所を強化すれば良いワケじゃ無いからね。
筋肉や腱、更に骨や血管、果ては各種内臓から脳に至るまで、他の全ても同様に強化しないと肉体が保たない。
それら物凄ーく面倒臭い事柄を先人達が万人向けに纏め上げたパック術式が先の基本パックなのですよ。
但し、それはあくまでも万人向けだ。
出来るヤツはソレで満足せず、自分専用に最適化したりカスタマイズしたりして行くのが普通で、一定線以上の実力を持つ連中は研究を重ねて延々とアップデートを重ねて行くと言われる。
そんな背景があるから、最後の最後にししょーも褒めてくれたんだろうと思う。
ただし、それはあくまで見た目の結果論なのですよ。
何故ならワタシは生まれてこの方、身体強化魔法なんて唯の一度も使った事が無いんだな、コレが!
この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。