031話
その後、今度はキッチンから料理を運んで来たおばちゃんに驚かれる騒ぎを経て、ワタシは漸く食事にありつける事になった。
「御免なさいねぇ。こんな妖精みたいな女の子を男の子と間違えるなんて、本当にどうかしてたわ!」
「いや、おばちゃん。そう言う魔導具を使ってたんだから、おばちゃんが謝る事じゃ無いよ」
自家製と思しき大きなソーセージにマスタードを擦って頬張りながらおばちゃんを慰める。
そもそもおばちゃんに非は全く無い。
隠蔽魔道具の件も含めて、生意気小僧の芝居をして騙してたこちらの方が悪いんだからさ。
そのせいでこの気の良いおばちゃんがヘコむのは勘弁だよね。
「マリーちゃんは女の子なのに寛容なのねぇ。その年頃の娘は傷付き易いから外見の事は禁句なのに……」
「何年も討伐の現場で生きてたら外見なんてどうだって良くなるって。強くなる事が第一なのに他に構ってる余裕なんて無いでしょ?」
お約束的な自爆台詞を吐いて更にフォローを入れると、おばちゃんは少し哀れむ様な視線でこちらを見た後、気を取り直した様にどんどんと料理を勧めて来た。
うむ、ケア成功ですね。
ドレッシングがかけられた野菜をサラダボウルから皿に取り出し、肉の合間にムシャムシャ食べながらニッコリ。
ちなみに料理はどれもウマい。
典型的な山村家庭の田舎料理風なのに、南部特有の量に質が追い付いてて幾らでも食べられそうだ。
「マリーちゃんは健啖ねぇ。良い事だわぁ」
一旦キッチンに引っ込んだおばちゃんが、ジュウジュウと音を立てる焼きたての肉を持って帰って来た。
「ウチの子達も最初は細くて小さかったけど、その年頃は凄い食べたのよ。今じゃ嫌って程に大きくなったから、貴女も大きくなるわねぇ」
「ありがとっ。こっちも早く大きくなりたいから、そんな風に言って貰えると嬉しいよ」
油ではぜたニンニクの香りも麗しい分厚いステーキを貰い、ナイフで切り分けつつ口に入れる。
ほほう。
これ、羊肉かと思ったら子羊だわ。
料理は庶民的なのに食材はエラく豪華ですね。
こんなのがホイホイ出て来るとなると、豚だけじゃなく羊もかなりの規模で飼ってるんだろうなぁ。
もし残す様な事があったら勿体無いので、食べようとさえ思えば幾らでも入るらしい身体に感謝だわ。
「それで……」
「だからな……」
此処の人達は何時もこんな食事をしてるのかと思って前を見ると、しぶちょーと次官氏が額をつき合わせて喋り合いながら、何かの作業の様に食事をしていた。
何だかちっとも美味しく無さそう。
料理を作ってくれてるおばちゃんに申し訳無いと思わないのかな?
……なんて、そんな素直な性格ならあんな喋り方で生きてないか。
『マリーちゃんは健啖ねぇ』
さっきのおばちゃんの言葉を思い出して溜め息。
あれがしぶちょーだったら、間違い無く「大喰らい」と笑い出したと思う。
田舎のオッサン丸出しの風貌ならイザ知らず、あのダンディな外見でそんな物言いをしてたら、まず女性陣に好かれない事間違い無しだ。
そんな状態がいつもの事ならば周囲の女達にはとっくに見放されてるだろうし、その手の事に煩そうなおばちゃんが文句を言わないのも肯ける。
「……しかしお前が来るとは思ったが随分と早かったな」
「ああ、そちらのお嬢さんがボキューズをからかってくれたお陰さ。偶然前を通り掛ったら、衛士隊に捕縛命令を出せとエラい剣幕で詰め寄られてな」
「馬鹿丸出しだが、奴等の気を逸らすには丁度良かったかも知れん」
「確かにそうではあるな……」
しかしまた面倒臭そうな話をしてますな、この人達。
肉を置いたおばちゃんがさっさと厨房に戻ってからこっち、三人だけになったせいか男二人の話が良く聞こえる。
「ハイハイ、すみませんね。でも斬らなくて良かったって所?」
ラムステーキを食べ終わって二人の会話に割って入ると、次官氏が飲んでた水をちょっと噴いて咳き込んだ。
「ゴホッ、ほ、本気で言ってるのか、このお嬢さんは?」
「ああ、全くの本気だろうな。信じられないかも知れんが、このマリーは俺よりイイ腕をしてる。幾らボキューズでも相手にするのは苦しいだろう」
「正直に言うがね、この千載一遇の状況に面倒を持ち込むのは感心せんぞ?」
しぶちょーの言葉を聞いて天を仰いだ次官氏の言葉に「おやっ?」と思う。
どうやら代官排除計画は既に進んでるみたいですよ。
「コイツが何処の御落胤かは知らないが師匠は俺が知ってる。中央との繋がりなど絶対に無い事は保証してもイイ」
「お前がそこまで言うのなら間違いは無いだろうが、良いのか?」
「ああ。こっちに使える騎士がほとんど居ない以上、こいつの腕は頼りになる」
ふむ。
話の内容から察するに、どうやらしぶちょーは本気でワタシを戦力として使いたい様だ。
屑貴族を斬ってそのまま消える程度ならウエルカムだけど、余計な事には関わりたく無いなぁ。
「あのさぁ、協力してもイイとは言ったけど、具体的に何をやらせる積りなの?」
「この後で関係者を集めた会議を開く。その席で言って皆にも知らせる積りだが、お前さんにはボキューズを筆頭とした代官の手下共を倒して貰いたい」
「ふうん。あのクラスなら十人居ても楽勝だから、それだけでイイならノるよ」
「君、下手な強がりは怪我では済まんから……」
「いや、多分大丈夫だ。恐らくは抜き打ち勝負になってもコイツが勝つだろう」
こっちのセリフに次官氏が苦い顔をすると、しぶちょーが自信満々に割って入って笑う。
「使い手が十人以上いるなら魔法や銃で粗方片付ける積りだよ? 試合じゃ無いんだから効率重視だね」
「それもまた身も蓋も無い話だな」
「要はヤれるかヤれないかなんだから、ヤれる確率を上げるのは基本だと思わない?」
「お前さんにはお手上げだよ」
遂に両手を広げてやってられないポーズになったしぶちょーに次官氏まで追従して更に笑った。
半大陸の南部では会話に身振り手振りを付けるのが当たり前とは言え、そんな事に縁の無さそうな次官氏までもがやってくれるとは思わなかったわ。
◇◇◇◇◇◇◇
誰も居なくなったダイニングで独り、紅茶を堪能しながら会議とやらを待っていると、しぶちょーに呼ばれたのでそのまま廊下に出る。
案内された部屋は会議室と言うよりは取調室の様な小部屋で、中に入るともう満杯に人が座ってた。
「こいつが話をしたマリーだ。見てくれはアレだが、腕は信用出来る」
「流れの討伐従騎士をやってるマリア・コーニスってモンだ。宜しく」
まるで盗賊アジトにやって来た飛び入り用心棒みたいな紹介をするしぶちょーに合わせて、こっちもカッコ付けのセリフを吐いてみる。
この容姿じゃサマに成らないかも知れないけれど、一度は言ってみたかった台詞なのでちょっと嬉しい。
何だかワクワクしちゃうわ。
何故か皆がほのぼのとした雰囲気になっちゃったのは謎だ。
「ところで肝心のギガリッパーの話なんだが……」
一つだけ空いてた椅子に座り、止まってた会議を再び進め始めた次官氏の言葉を聞きながら周りを見れば、狭い部屋の中には自分を含めて計八人の人間が居た。
しぶちょー、次官氏、おばちゃん、査定師のおっさんは知ってるから良いとして、さっきの挨拶への返事からすると、後は支部長補佐氏とおばちゃんの旦那氏に支部専属の討伐騎士殿だそうだ。
うん。
とてもじゃないけれど、代官排除なんてヤバいネタを話し合う面子には見えないね。
気合の入った面構えをしてるのは専属騎士殿くらいだし、これで大丈夫なのかな?
「ギガリッパーのガッシュ(魔物湧き)が来てるのは間違いない。まだ表には出て来てないが確認は取れてる」
「問題はその場所だ。本当に過去とは反対の方角なんだな?」
「ああ。現実にザリガニ共が湧いたのは南西の渓谷だから全く正反対になる」
関係者達の迫力の無さに疑問を感じてる間にも話は続く。
話の主体は衛士の隊長さんから聞いてたザリガニ魔獣だ。
正式にはギガリッパーと言う名前なんだね。
やっぱあの話はフラグだったかーと思いつつ聞いてれば、計画の骨子はそいつらを使って代官とその手勢を追い詰める作戦らしい。
「ガッシュが起きれば恐慌状態になった魔物が真っ先に殺到するのは魔山側の北門になるだろう。更にあらかじめ反対側の南門に戦力を集めておけば、それを頼みに代官がそちら側に向かう公算は高い。元々北門から大きな街へは遠回りだしな」
「そうだな。大規模な商隊でもデッチ上げれば数少ない騎士を南に集める事は簡単だ。そうなれば代官も討伐隊を組み易いから安心して逃げてくれるか」
ふむ。
どうやらガッシュが起きれば屑代官サマが逃げるのは確定要因らしいですな。
心の中で溜め息を吐きつつ、それも仕方が無いかと目の前のコップを持って水を飲む。
本来、代官たる者の最重要任務は魔物討伐だ。
だからガッシュが確認されたら討伐隊を組織して立ち向かうのが義務なのだけれど、大抵は討伐隊を魔物に当たらせるだけで、当の本人は「城塞都市の騎士団に応援を頼む」とか何とか言って逃げちゃうんだよね。
西聖王国の貴族、それも王家の直参貴族は屑じゃなくてもそんなモノなのですよ。
「確かにそうだがガッシュの規模が問題だ。町の外で代官一行を足止めさせるレベルで無ければ、逆に蹴散らされてしまうぞ?」
「ここ数日で地下から出て来るとは思いますが、南西の渓谷では十三フィートを越える複数の化け物が確認されてます。恐らくは十体を超えるでしょう」
「おおっ!」
専属騎士殿の説明に周りから驚きの声が上がり、こっちもそれに釣られて声が出ちゃう。
ザリガニも十三フィート(約4m)を超える大きさならシャレにならない化け物だ。
討伐騎士でも余程の武器が無きゃ単体じゃ相手にならないよ。
「マリー、お前さんの方から何か無いのか?」
「んー。話の内容は判るんだけど、どうにも釈然としないよね。結局代官をどうしたいワケ?」
デカいザリガニに想いを馳せてると、しぶちょーが急にこっちに水を向けて来たので思ってる事を口にしてみた。
ザリガニ魔獣が湧いた方向に屑代官一行を向かわせ、町の外で足止めして何かする話は判るものの、その「何か」がさっぱり判らない。
南門に集めた戦力をぶつけるにしても、そんな事をしたら防備が薄くなって町が危うくなっちゃうしさ。
「最終的に代官一行は捕縛して中央に突き出す計画だ。この町でかなり無茶なカネ集めをしてるからな。死人も結構出てるので証拠も証人も多い」
は? 捕縛ぅ?
腕を組み、こっちを睨み付ける様な態度のしぶちょーが言う話に眩暈がした。
代官を逮捕して王宮に罪を告発するなんて行為は王の勅許でも無ければ絶対に許されない。
特に王侯貴族絶対主義であるここ西聖王国ではそれが顕著で、例え万が一成功しても、証拠など一切関係無く向こうが無罪で告発側が有罪になるのが関の山だ。
白い物でも黒くしてしまう程の権力を持つ貴族を相手にするのはそう言う事なのですよ。
だから士族風情が貴族に逆らう場合は色々と工夫を凝らして裏側から攻めなくてはならないのに、公の場に出ちゃったら何もかもが終わってしまう。
「バッカじゃないのか! マジで言ってんのかよっ?」
甘い考え云々と言うより、余りにも世間知らずな話に憤ったワタシは思わず立ち上がってしぶちょーを睨んだ。
直後に他のメンツも見回すように睨み付ける。
当り前だよねっ。
子供のお遊びじゃあるまいし、貴族をナメ過ぎだわ。
「ちょ、ちょっと、マリーちゃん、幾ら何でも、支部長に向かって、ソレはないでしょ?」
「いや、おばちゃん。こいつ等が言ってる事が本気だとしたら世間を舐め過ぎてるよ。貴族ってのはそんなアマい連中じゃないんだっ」
こっちの酷い物言いをフォローしてくれようとするおばちゃんを制し、更に強い口調で言い切る。
幾ら何でも討伐士協会の支部長をやってる程のヒトがこんな舐めた話を本気で考えているとは思えない。
となれば、この男が舐めているのは王宮じゃ無くワタシだ。
適当な嘘をついて丸め込もうと考えてるのに違いないわ。
ワタシは気配の押さえを少し解くと、再度、全員を見回すようにして睨み付けた。
この辺りで終わりにさせて頂きます。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。