003話
「お主は自重を学ぶ必要があるのかも知れぬ」
地面にしゃがみ込み、さっきの「野焼きの魔法陣・改」の痕跡を調べていたししょーが妙な表情になって呟いた。
むむぅ。
ソレってある意味ブーメランじゃない?
ちょっとムッとしちゃうんですけど。
「ええー? だってワタシをこう鍛えたのって、ししょーじゃないですかぁ」
ムッとしてますよーと言う態度をちょっとだけ出してししょーを見返す。
この「ちょっとだけ」と言うところがミソ。
あんまり大胆にやっちゃうと、本気で寿命が縮んじゃうからね。
具体的には六、七十年くらい。
「確かにそうではあるが……」
うむ。どうやら上手く行ってくれたようだ。
ホッと一息。
微妙な態度が功を奏して、ししょーはどうやら反省モードに入ってくれたらしい。
自分でやっておきながら、ちょっとチビりそうになったのは内緒だ。
しかし今回はその反省がちょっと大きいみたいで、ししょーはズボンの裾のホコリを払いながら立ち上がると、何故か居心地悪そうに目を逸らした。
「お主に類稀な才能があると思ったのは事実だ。しかし此処迄キテレツな討伐士になるとは、全く想像の埒外であった」
「それってどう言う事なんですか?」
何だか話が妙な方向へ行き始めた気がして、ちょっとチャチャを入れてみるテスト。
と言うか、キテレツってどうなの?
少なくとも、非常識が服着て歩いてる様なこのヒトに言われる程じゃ無いと思うんだけど……。
訝しげな目でししょーを見ながら心の中で溜め息。
でもまあ、言われる通り最初の頃にししょーが色々と褒めてくれたのも事実だ。
それまで他人に褒められた事がほとんど無かった自分にとって、それは本当に嬉しい事だったから良く覚えてるんだよね。
「元々ワシはもう弟子など取る気はなかった。偶にやって来る弟子入り志願者も叱り飛ばして追い返しておった位でな」
かつての褒め言葉を思い出してニマニマしていると、盛大な溜め息を吐いたししょーから興味深い話が出て来た。
ししょーはこんな凄い強者で、更に旧聖王国の元騎士長だったのに、弟子は自分一人だと聞いてたから謎だったんだよな。
「そうだったんですか。それは知りませんでした」
「うむ。しかし先にも言うた通り、お主を見て気が変わったのよ。コヤツならば、と言う思いがあった」
取り敢えず適当に答えて様子見すると、即答で切り返して来たししょーの言葉に納得。
そもそもワタシは弟子入りしたと言っても始終ししょーの側に居た訳じゃ無い。
それどころか、高等学院に通いながら合間合間に家を抜け出して来てたワケなので、行動が共に出来たのは実に年の内三割未満だ。
道場なんかの通い弟子より酷いと思う。
それでもししょーはバッチリとこっちのスケジュールに合わせてくれた上、自己練習の課題なんかも用意してくれたので本当に助かったんだよね。
どんだけヒマ人なのかと思ってたけれど、そこまで買ってくれてたと言うのならその厚遇にも納得が行く。
「元々はあの日、貴族の子供が山中を徘徊しとると言う噂を確かめに出ただけであったのだがな」
うげっ、何ソレ?
驚いて顔を見返すと、ししょーが厳かに肯いた。
「そんな裏があったなんて知りませんでしたよ……」
どんな面白い話が出るのかと思ってたら、面白すぎる事実がバラされてガックリ。
まさか「強くなる為の修行(笑)」が噂に成る程バレバレだったとは思わなかったわ。
◇◇◇◇◇◇◇
実はワタシは結構な御大身貴族家の御令嬢サマだ。
隣国マルシル王国のロスコー伯爵ブロイ家ってヤツで、魔物を駆逐して開いた領地は国内最大。
更に父上は「殿下」の王族称号まで持ってるから、その権威は結構なモノがあるし、資産だって馬鹿みたいにある。
もう溜め息が出ちゃう様な氏育ちなんだけど、更にそこの跡継ぎ姫(聖王国系の国の貴族は長子相続が基本)だったりもするからシャレにならん。
本当なら朝から晩まで侍女や従者に囲まれてホホホと笑って過ごしながら、目端の利きそうなおエラいさんの息子でも物色してる様な立場なんだからね。
でも人間、何事にも向き不向きってモノがあるのですよ。
昔は漠然と、将来は女伯爵になるのかなぁと思ってたものの、貴族の世界はもう絶望的に自分の性格と合わない。
小さな頃から大失敗の連続で、普通なら処刑されちゃう様な超級の失敗をした事だってある位だ。
お陰で世間からは廃嫡間近の烙印を押されちゃって、脳筋姫なんて有り難くも無い渾名まで付けられてた。
そんな状態だったから段々と悩み始めて、無理言って入った初等学園(普通貴族は行かない)を出る頃には精神的にかなり追い込まれてたのですよ。
母上は色々と庇ってくれてたけれど、父上は逆に丸っきり敵だったから、家中じゃ常に針の筵だったしさ。
そしたら丁度その頃、亡き実母サマの遺品相続の話があった。
実母と言うのはワタシが三歳の頃に病気で亡くなった人で、正直言ってほとんど記憶に無い人(ワタシが母親だと思ってる人は父の後妻だ)だ。
だからまあ、遺品とか言われてもピンと来なかったんだけど、その人がワタシが十二歳に成ったら渡してくれと父上に頼んでた物らしい。
『受けるも受けぬもお前の自由にせよ』
なんて腹黒サンな父上が神妙な顔で脅して来たせいでちょっとビビッたものの、世の中では何の実績もないただの主婦だった人の物だし、どうせ大した事は無いだろうと思って受ける事にしたのだ。
ところが貰ってみたらビックリ仰天!
香箱のデカいヤツ(大金貨を収納する箱。小箱で二十五枚、大箱だと百枚)や各種小物と一緒に受け取った鍵で指定された領地の城の地下部屋を開けたら、大量の魔法書を筆頭とする山盛りの魔法関連のブツが唸ってて、その時は唖然としてしばらく立ち竦んじゃったくらいですよ。
(実母サマは何者だったのかと、その後に父上を含む色々な人に訊いたけど、当然ながら誰からも答えは貰えなかった)
この謎の地下研究室で、その時ワタシは机の上に放り出されてた一冊の魔法書の最後のページに走り書きを見つけた。
「アン、私は勇気が無かったけれど、貴女は自分の人生を生きなさい。自分で自分の人生を作りなさい」
ちなみに「アン」と言うのは自分の本名「アンナ・マリアンヌ」の事だ。
実はこの時密かに、実母様の本名「コーネリア」もその署名から初めて知ったのだけれど、そんな事より、これを見たワタシはもうドカンと頭をブン殴られた様な衝撃を受けた。
だってコレは「貴族として生きなくてもイイんだよ」って事なんだもんな。
自分で自分の人生を作るなんて、それ迄タダの一度も考えた事は無かったし、そんな心の余裕も無かった。
そもそも貴族の嫡子にそんな自由な発想は許されないモノだからね。
でも追い込まれてた自分にとって、この一文は本当にデカかったのだ。
「あー、もう貴族なんてヤメだヤメ! ワタシはワタシの人生を生きる!」
だから読んだその場で心にそう誓っちゃいました。
そしてその後直ぐに討伐士を目指して(強くなれば成れる簡単な職業だと思ったんだよ)山中に修行に出たのですよ。
まあ、山中の修行とやらは黒歴史と言うコトで、出来れば無かった事にしたいんだけど……。
◇◇◇◇◇◇◇
ワタシは独演会の様に説教を続けるししょーの顔をチラっと見た。
このヒトと出会わなかったら、多分、今でも自分は大して使えない子供のままだったんだろうなーと思うと感慨深いモノがある。
そう言う意味では本当に感謝してるんだよね。
とは言え、ししょーも結構ナゾのヒトだ。
こっちがお金を出しても受け取らないし、今の職業だって教えてくれない。
まあさっきの話で自分を鍛えた理由は判ったけどさ。
「コレ! 聞いておるのか!?」
げげっ!
ボーッと考え事をしてたら、何時の間にやらししょーがこっちを睨んでましたよっ。
不味い。
ちょっと只ならぬ雰囲気ですわ。
冗談でも「聞いておりませんでした」なんて答えたら、マジギレ確実の気配だ。
ゲロヤバいです。
「勿論聞いておりましたけど、ししょーのお話って、長すぎて肝心な部分がボケるんですよ。もう少し纏めて貰えると嬉しいんですけど?」
仕方無く、必殺お茶濁し&要点だけ聞きたい攻撃で誤魔化しを試みる。
最悪はシゴキだな。
あーあ。
「ふむ。言われてみればそうかも知れぬの」
するとまさかの誤魔化しが成功して、ししょーが頭を掻いた。
あー良かった!
ししょーがシゴキでよくやる「本気のスラッシュ十連撃」とか、マジでハンパないから本当に助かったよ。
この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。