017話
さて時刻は午後十時。
草木も眠る丑三つ時には大分早いけれど、夕食もとっくの昔に終わって、屋敷の皆様も少し気が緩んでる時刻になりましたよ。
荷物と装備のチェックも終わったワタシは準備万端、用意は全て終了の状態だ。
ではそろそろ、隠蔽系の魔導具も起動して出奔と行きましょうか!
何時もの皮鎧姿にこれまた何時もの外套を羽織り、そっと自室を出る。
もう初夏も近いのに馬鹿じゃ無いの? と言う無かれ。
一般人と違って己の周辺気温を弄れる魔法士に暑さ寒さは関係ない(でも暑い時はやっぱ暑いけどね)のだ。
隠密性を高める為に肌の露出を抑える方が大事なのですよ。
ささっと部屋を出た後は、即座にしゃがみ込んでそのまま移動。
幾ら今いるウチの従士連中がボンクラでも舐めたらイカン。
仮にも士族なんだから、ちょっとした拍子でバレないとも限らない。
慎重に屋敷の建物を出ると植物の茂みなんかは避けて、そっと敷地の外壁まで移動する。
茂みだの物陰だのは何が仕掛けてあるか判ったモンじゃ無いからね。
「ホッ!」
外壁に辿り着いたら、その場でスパッとそれを飛び越える。
勿論、こんな所で感知系の魔導具に引っ掛かったら目も当てられないので手を掛けたりはしない。
完全に敷地外に出て速攻で街路樹の中に潜むと、これでやっと一息だ。
「じゃあ最終準備開始ね」
ワタシは呟きと共に何時もはバカみたいに広げて散らしてる魔法分身体の尻尾を集め、それを着る様な感じで一体化した。
この状態にならないと本当の全魔法力を行使できないので当然の処置と言える。
不便と言えば不便だけど、こうして日頃は自分の魔法力を分散してるからこそ、例の魔力症の症状から免れてる所も大きいのでしょうが無い。
しかもコレ、家でやると魔法士連中が気づくから、外じゃないと出来ないんだよな。
そっと辺りを伺えば、耳じゃない耳に色々な音が聞こえて来た。
風系魔法で音を拾ってる様な感覚に近いけれど、これは実を言えば精霊魔法もどきだ。
ピーちゃんとの付き合いの中で身に染み付いちゃったクセなんだよね。
そんな具合で周囲に何の異常も無い事を確認して更に感覚を広げる。
こちらは世の中で探知魔法と呼ばれる魔法に近い感覚だ。
コレはかなり反則に近いワザで、実はクーちゃんに教えて貰ったワザなのですよ。
コボルトのクーちゃんは地精と言うだけあって、地面とそれに繋がる無機物の上とか下なら色々な事が手に取る様に判るらしい。
そこで「ワタシにも出来ないかなー?」と訊いたら「くぅーん」と言う可愛いお返事と共に手を握ってくれてね。
それ以来、こう言ったコトが出来る様になってしまいました。
もっとも、クーちゃんの感覚自体は「ムリムリムリィー!」と叫んじゃう程の膨大な情報量で、ダイレクトに繋がった最初の時は即座に手を離して吐き捲くっちゃったんだけどさ……。
だから結局使える様になったのは、色々試行錯誤して情報量を極端に薄める事が成功してからの話だ。
お陰でほとんど勘でやってる様なモノになっちゃって、他人には教えられないワザに成ってしまったのはちょっと不本意である。
「さってと」
ふわっと皮膚感覚の様な感覚が広がって、自分の周囲の大きな生物が手に取る様に判り始めると準備完了。
これで自分から半径五十ヤード(約45m)の大型生物は全て感知出来る。
いよいよ爆走の開始ですよ。
先ず最初は何時も通りに西聖王国まで突っ走り、そこからセヴンの山岳大森林地帯にある自分の狩り小屋を目指す。
狩り小屋と言えば聞こえは良いけれど、実を言えば例の黒歴史をやってる時に作った樹上の秘密基地(笑)だ。
意外に便利だったから色々と手を入れて使って来たアレも、出奔する今回で処分しなくちゃ不味い。
黒歴史の清算はきちんとしておかないとねっ。
そんなワケで目標と道程を再確認したワタシは街路樹から飛び出すと、励起してた走法に必要な魔法を速攻で発動して即座に爆走状態に入った。
コレをやると風系精霊魔法もどきと相俟って、それだけで気配が薄くなったり、夜の闇の中ならある程度姿を隠蔽出来ちゃうから便利だ。
夜のマルシル王都は基本人影なんてほとんど無いものの、出奔である以上、人に見られる事は出来る限り避けたい。
なので勿論、夜でも人出のある歓楽街は避けるし、出来る限り人気の無い道を通る必要がある。
「ふっ!」
静かな気合と共に人の姿を避けながら裏通りを爆走すれば、何だか今夜は思ったよりも人気が多くてゲンナリ。
幾ら探知魔法もどきがあるとは言え、完全に躱し続けるのは大変だ。
あぁホント、ちゃんとした隠蔽系の魔法とか魔道具とかマジで欲しい。
でもヤバい職業の人ならイザ知らず、その手の即軍事だの諜報だのに転用できる技術はガードが固いんだよな。
王族姫の称号を持ってる現役の子爵サマ(要は自分の事だ)でも、正面からは手に入らないなんて悲しくなって来るわ。
今ワタシが使ってる、せいぜい顔が認識し難い程度のブツだって、サラにやっと都合して貰ったんだしさ。
「ピピッ!」
「うわっ」
余計な事を考えてたら、突然耳元で小鳥の鳴き声がして一瞬ビビる。
しかしこれは視線を落とすまでも無くピーちゃんだ。
本物の小鳥さんは夜は寝てるもんな。
こうして風系魔法を使った爆走状態に入ると、ピーちゃんは呼ばなくてもやって来て色々とフォローしてくれるから嬉しい。
可愛いくも頼もしい同行者は常に歓迎なので、肩に止まった彼(彼女?)を何時もの様に片手で優しく掴み、外套の胸ポケットに入れた。
ココはこういう時のピーちゃんの指定席なのだ。
さすがに肩に止まらせたまま突っ走るのも気が退けるからね。
「おっと」
夜間巡回中の衛士隊を見つけて即座に裏路地に入る。
酔っ払って寝コケてるおっさんとかいるけど気にしない!
こんな爆走状態でも足音はほとんどしないから、せいぜいちょっとした突風が抜けた程度にしか感じないだろう。
ちなみに、実はこれも完全にししょーのお陰だ。
でも今考えると結構酷い話でさ……。
『無駄な力が入っとるから余計な音がするのだ!』
等々と初期の頃に怒られ捲くったんだよね。
今なら「十二歳の子供にムチャ言うなよじーさん」と思うけど、当時は真剣だったから、バッカみたいな自主練を繰り返してコツを掴んじゃった。
大気の底を泳いでる様な感覚が身に付いたのもそのお陰で、今じゃ地面に足を着けるのは重力に引かれて落ちない為でしかない。
要は自分で風系魔法を操ってるんだから、ただソレに乗って風と一体化しちゃえば良いと言う話だね。
しかしそれは人間の筋力で出せるスピードなんて所詮知れてるのだから、初めからそんなのに頼るなと言う話に繋がる。
うん。今になって思えば、コレって完全に騎士の考え方じゃ無いわ。
騎士なら強化系とか補助系の魔法で筋力とかの底上げを図るのが普通だもんな。
ちっくしょう。
この事に気が付いてれば、少なくともししょーの正体に薄々でも気が付けた筈なのに……。
昔の自分のお間抜けさ加減が憎い!
「おっと」
下らない事を考えてる内に、気が付けば街並みの切れ目が近づいて来てた。
ううむ。
何だか毎度毎度、爆走する度に速度が少しずつ上がってる気がするわ。
何時も通りと言えば何時も通りであるものの、前よりまた少し早くなった城壁までの到着時間に唸る。
ここまで走って来た距離を考えると、時間当たりで三十マイル(約50km)位は出てるんじゃないのかな。
手間取る城内でこれだけのスピードが出せるなら、そこらのヤツじゃ絶対に追いつけないと思う。
ただね。
それ程のスピードだと言うのに、何か追って来てるっぽい連中がいるんだよね。
ちょっと前から、こっちの探知圏内ギリギリを出たり入ったりしてる連中がいて、そいつらもほぼ同じスピードでワタシと同方向を目指してるのですよ。
普通に考えたら追手だけど、今のウチの屋敷にこんなスピードが出せそうなヤツなんてまず居ない筈だ。
「うーん、なんだろう?」
別件で動いてる乱破か何かと考える方が余計なトラブルを呼ばないと判断して、取り敢えずは保留。
対人強者な上にド汚い戦闘をやる乱破な連中とは、出来る限りお近づきになりたく無いからね。
とか何とか考えてると、もう城壁が目と鼻の先に来ちゃいましたよ!
良しっと気合を入れ、一気に城壁を飛び越える為に加速してスピードを上げた。
一発に飛び越えないとバレる確率が上がるし、折角ノッたスピードも殺しちゃうからここでビビるのは悪手だ。
そして城壁がグングン間近に迫って来た所を、頃合を見計らってジャーンプ!
『うっひゃー!』
思わず心の中で叫ぶ。
ちょっと前までは苦労してた大ジャンプなのに一発でラクラク成功ですよ!
嬉しくて気持ちも超盛り上がっちゃうわ。
二十フィート(約6m)位はある城壁を軽々と飛び超えたワタシは向こう側に着地すると、そのまま爆走を再開した。
にゅふふふ。
のっけから最高の気分だわ。
この調子なら夜中過ぎ頃には例の狩り小屋に着けちゃうかも知れない。
そしたらそこで一泊出来るので、その後の計画はずっと楽になる。
「ピピッ」
可愛らしい声に目を向けると、ピーちゃんが楽しそうな感じにポケットから頭を出してキョロキョロしてた。
街道に出て更にスピードが上がったせいか、彼(彼女?)もノリノリになって来ましたな。
ピーちゃんの可愛い頭を指でナデナデして、ちょっと気分もリラックス。
うんうん。
高等学院の卒業式には出られないけれど、自分にとっては学院入学と同時期に始めたこの道行の走り納めが卒業式みたいなモノだ。
何しろワタシの討伐士修行は常にこの「夜間の長距離突っ走り」ありきだったのだからね。
毎度毎度、夜の内に走って走って走り捲くって国境を抜け、西聖王国の領内に入るのが基本なんだから無茶苦茶な話だわ。
黒歴史をやってた最初の頃なんて国境に着くのが朝方だったもんなぁ。
国内で修行(笑)してたらバレると思って始めた事だけど、よく続いたと感心するよ。
お陰で足腰は強くなるわ、この爆走で行使する様々な魔法は巧くなるわで結果的には良かったけれど、冷静になって考えると無謀の極みだよね。
「でもこれが最後かと思うと感慨深いわ」
独り言を呟きつつ、ピーちゃんと同じ様に閑散とした周囲を見回す。
夜の街道なんて人っ子一人いないから気楽でイイ。
魔物は夜に活動が活発になるので、こんな王都の近くですら出歩けば何があるか判らないからだ。
それがどんな村だろうと、夜になれば人は必ず対魔物壁に囲まれた中で過ごす。
常人にとって魔物はそれ程恐ろしい敵だし、討伐士だって作戦中じゃなきゃ、夜間に出歩いたりはしないから人気なんかあるワケが無い。
実際、今までに出くわしたヤツは大抵が盗賊とかの屑共だったからね。
そんな連中相手なら、例え見られたとしても無視して通り過ぎて問題無しだ。
襲ってくれば魔物と同じ様に斬り捨てるだけだしさ。
「しかし夜盗と言えば、さっきの連中はまだ付いて来てるな」
一度完全に探知圏内から消えたさっきの連中が、何時の間にかまた圏内ギリギリの距離を挟んで付いて来てる事に気がついてゲンナリ。
これはひょっとすると、ひょっとするかも知れないな。
この辺りで終わりにさせて頂きます。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。