015話
話の続きを待っているこちらを余所に、ししょーが虚空を睨んで笑った。
「その勝負でワシは負けた。結果その男の従騎士にされ、剣技だの武技だのを叩き込まれて三年間、各地の対魔物戦場を駆け巡らされた」
ほほぉ。
やっぱ負けたのかと思いながらも、高貴な方がそんな戦場巡りをするなんてちょっと信じられない。
お付の人達も居ただろうし、かなりの疑問だ。
まあ高貴な方にも色々居るから、やんちゃに振り回されたのが真実なのかも知れないな。
「しかし剣技だの武技だのも、やってみれば興味深いモノであった。素養があったのであろうな。ワシは三年の約束を過ぎても研究者に戻る気など全く無くなり、夢中になって更に剣技を磨く為に各地の剣豪を巡って旅から旅を続けた。討伐士の級を上げる事すら忘れておった程だ」
ちょっと懐かしげな雰囲気で話を続けるししょーが「意外だろう?」と笑った。
でもこっちにとってはそんなの「だろーな」としか思わない。
バカが付く程の凝り性であるししょーがそうなったら、もう絶対に剣技や武技の研究に没頭して当たり前なのですよ。
だから討伐級なんて頭から完全に抜けてておかしく無いし、その研究にある程度満足する迄は他の事なんかに行くワケも無い。
「お陰で当時、剣名だけは跳ね上がった。数年後にあの男、まあ先の高貴な方であるが、に呼び出されて騎士団に入れられた時には白ナントカ騎士などと呼ばれておった。笑える話だ」
「えっ!?」
とんでもない言葉が出て来た事に驚いて話をブッた切り、ワタシは即座にししょーを睨んで片手を挙げた。
「はーい、せんせぇ質問でーす。白騎士って、あの白黒騎士の白騎士ですかぁ?」
英雄グランツの両翼を務めた白騎士と黒騎士と言えば、劇や御話にも必ず出て来る超が付く有名人だ。
ししょーがもしそうだと言うのなら、これはもうタダ事じゃない。
「あんな派手者と一緒にするな。確かにバカが付く程強かったが……」
嫌そうな顔で片手を振るししょーの答えにホッとして溜め息。
いやー、マジで本当だったらどうしようかと思ったよ。
だってそんな超有名人の直弟子が世に出ちゃったら絶対に目立つもんね。
でも今の口ぶりだと、どうやらししょーは白黒騎士も英雄グランツも知ってる臭いな。
どんな繋がりがあったのかと考えてみれば、あまりにも当たり前な事に気が付いてガックリ。
そりゃ聖王国親衛騎士団にいたのなら皆同僚だよ。
親衛騎士長なら王宮にも普通に出入りしてただろうし、当時のエラ方サン達の大抵は見知ってておかしくないわ。
「だがワシを騎士にしたのは我が父であった」
ぬぅ?
話を続け始めたししょーの言葉に新たな疑問が湧く。
旧聖王国の親衛騎士団と言うのは近衛騎士団同様、王サマが勅任する騎士の騎士団だ。
内向きの近衛、外向きの親衛と学校の歴史で習ったから間違い無いと思うのだけれど、どう言う事なのでしょうか。
「父はな、聖王国分裂の最前線に首を突っ込んでいるワシを危惧しておったのだ。馬鹿であったよ。何も気が付かなかったのであるからな」
疑問符の付いた顔で聞いてると、ししょーはそう言ってから目を閉じて暫く黙った。
ああ、そっか。
当時は聖王国分裂前夜なんだ。
それはまた何と言うか、時代が悪かったよなぁ。
聖王国最後の王が門閥貴族連中に操られた傀儡で、好色を絵に描いた様なブタ野郎だった事は誰だって知ってる。
コイツがクソなせいで門閥貴族達が好き勝手絶頂やっちゃって、国をボロボロにした挙句、当の本人は十代の愛人と同衾中に突然死しちゃったんだよね。
そこで跡目を巡って蜂起した各勢力と門閥貴族連合が大戦争ならぬ大紛争をやった結果が今の状況だ。
かつての王都を含む王家直轄領は蜂起した直参貴族(要は官僚)達が押さえ、その西側は門閥貴族達が押さえ(彼らの所領が西に集中してたから)、東側は新興貴族達やバカ王の王系に反感を持つ大貴族達が押さえ、他は群雄割拠の状態。
西側はバカ王の子供を担いで西聖王国に、東側はバカ王の従兄弟の筋が頭を取って東聖王国に、東聖王国の北にある半島が聖公国にと、聖王国の王系も三つに分かれちゃった。
約三十年経った今じゃこれが固まってて、各勢力は睨み合いながらも大きな手出しが出来ない感じになってる。
「例の三年が終わる直前、ワシは父に呼び出されてその場で討伐騎士にさせられた。意地でもあの男に叙任などされたくなかったワシはそれを素直に受けたのだ」
うーん、意地って言われてもな……。
当時の時代背景について色々思い出してる内に、目を開いたししょーが更に良く判らない事を言った。
決闘で負けたくらいだから、実は結構仲が悪かったのかも知れないけれど、話の内容は判らない事だらけだ。
高貴な御方は討伐騎士だから叙任なんて出来無い筈だよね?
それとも騎士卿にでもなってたのかな。
まあ元王族なら王家の推薦なんて楽勝だから、実力さえあれば成ってても不思議は無いか。
「だがワシが人間同士の下らぬ争いに嫌気がさして親衛騎士団を辞める際、それはとても役に立ったのだ。所詮只の一討伐騎士であるから簡単に辞去出来た」
「旧聖王国の親衛騎士は勅任騎士だから、そんなのムリなんじゃないですかぁ?」
更に疑問を深める話が出た所で、もうイイやと思ったワタシは疑問のド真ん中を口にした。
王に勅任された騎士でないと入れない筈の親衛騎士団は、それ故に簡単に辞める事なんて出来無い。
例え討伐騎士の位を持っていても、それとこれとは全くの別問題だ。
「うむ。だからワシは最初から最後まで派遣騎士扱いであった。王の叙任を拒んだのでな」
「はぁっ!?」
いや、ソレはちょっと凄い話ですよ?
幾ら高貴な方の推挙でも、派遣騎士のままで王の親衛騎士団に居続けるなんて普通なら無理だ。
ししょーの凄まじい実力のせいもあるとは思えど、多分その高貴なお方の発言力も凄かったんだろうな。
でもそう言う話なら納得出来る。
おエラいさんのお声掛りで外から呼んだ凄腕の討伐騎士が騎士長待遇で居ただけと言う事になるからね。
「しかし辞めようと思った時はもう遅過ぎたのだ。気が付けばワシは父や兄やあの男ですらも盾にして生き延びておった事に気が付いて、慄然としたモノよ」
「うわぁ……」
そりゃシャレになりませんよね。
「自分の力で!」と頑張ってたら実は周りに大迷惑を掛け捲ってたなんて、それこそ人生全否定だよ。
黒歴史どころの騒ぎじゃないわ。
「ワシがこんな話をしたのはな、未だ気が付いておらぬであろうが、お主も既に様々な人間達の思惑に組み入れられ始めておるからよ」
とっても残念な話にダウナーな気分になってると、クワッと目を見開いたししょーが葉巻を揉み消し、いきなりこっちを睨んで話を振って来た。
いやー、ナニそれ?
やだなぁ。
自分なんてそんな大物じゃ無いですよ。
「まあ今は判らんでも良い。その内、嫌でも判る日が来るであろう」
うわっ、まだ続くんですか!
「ハイハイ、判りましたよお爺ちゃん」と気楽に受け流すと、何故かししょーが予言めいた話で追い討ちを掛けて来てグッタリ。
良く判らないけれど、これって新たなお説教の形態なのかな。
「お主は強い。おそらくは群を抜いた強者に成るであろう。だが群を抜く強者と言う者は他者に幸福も不幸も齎す。良いな、周囲は必ず見よ。しかし振り回されるな。どの様な事が起こっても絶対に己を見失ってはならぬ。ワシの遺言と思って聞いておけ」
メンドいと思いながらもしょうが無く真面目な顔で聞くワタシに、ししょーは凄い迫力のままで一気に教訓めいた事を言うと、また目を閉じて椅子に身体を預けた。
ぷはぁー。
何だかキツい話になっちゃったなぁ。
まあ覚えてはおくけども、そんな話になるのなら、強いと言うだけで将来はそう成ると言いたいのかな?
自分なんてぜーんぜんまだまだの人間だから、全く実感が無いのだけれど……。
「さて、訓示は終わりじゃ」
しんみりとした雰囲気の中、ししょーが目を開けて紅茶の残りをグイっと飲み干して立ち上がり、ホイっとこちらに剣を投げ渡して来た。
「あのぉ、コレってししょーの愛剣では?」
「ああソレな、もうイランからやるわ」
「はぁ!?」
思わず口が開いた。
「随分昔にバカみたいに金を突っ込んで造ったんだがの、特殊過ぎて売れんし、使えるヤツも居らんし、もう邪魔でしゃーないわっ」
しかも何が起こったのか理解出来なくてキョドる自分にししょーが有り得ない口調で喋り出してビックリ!
な、なにが始まったんだ、コレ!?
「わしゃ元々剣なんか研究が終わればイランのよ。お主なら、まー使えるじゃろ?」
目を見開いて見直しても、目の前にいるししょーはバカみたいに軽いノリのままで、ヘラヘラと笑いながら喋る姿はまるで別人だ。
ワタシは激変した空気に付いて行けず、立ち上がってししょーの剣を受け取った状態のまま、呆然と立ち尽くした。
こ、これってまさかししょーの新しい攻撃形態ですか?
「なんじゃ、訓示は終わりじゃと言ったろ? さっきのはメンド臭い事から逃げられる様にしてくれた父に感謝しとるって話で、お主も一時の気の迷いに振り回されちゃイカンぞって事じゃ!」
「は、はぁ……」
ポップでライトな軽ノリじーさんに変貌したししょーが、そんなワタシを見て楽しそうに笑う。
今までの結構な話が急速にアレな感じになって行く中、全身から力が抜け始めちゃってまともに立ってるのも辛い。
ぬにゅう。この攻撃、シャレにならない破壊力だわ。
「しかしお主は近来稀に見る面白いヤツじゃから色々と楽しかったわー。仕事がヒマじゃから、ついつい深入りしてしもた。ま、最初のお主の問いの答えはそんな所かの?」
「はぁっ」
でも攻撃と思ったのも束の間、軽ノリじーさんがとんでもない暴露話を言い出して絶句。
超絶ガックリしたついでに一気に全身から力が抜けちゃって、そのまま椅子にヘタり込む。
しかし絶対に聞いておかなくてはならない疑問が浮かんで、カタナ剣を杖にして何とか上体を上げて声を出した。
「ししょーの仕事って何なのですかっ?」
「うむ、リプロン大学院の魔法学教授じゃよ! もう二十年位やっとる。これでも複数の博士号持ちじゃぞ?」
えっ?
ま、魔法学教授ぅ!?
「しかし今は名誉になってもーてのぉ、普段からヒマでヒマで叶わんのよ!」
ヘラヘラ笑いどころか、珍妙なゼスチャーまで入れ始めたおどけるじーさんにドッと疲れて意識が飛びそうになる。
こ、これがあの基本無口なししょーだなんて信じられない!
しかも本業が大学院の先生だったなんて……。
もしかしてワタシ、三年掛かりで盛大に騙されてたワケですか?
脱力感から机に突っ伏すと、その様子を見た軽ノリじーさんが笑いながら肩を竦めた。
「だってのぉ、お主が『討伐騎士に成りたーい!』と言うから、ワシも昔を思い出して、ソレっぽく騎士の真似事して付き合ったんじゃぞ? 感謝して貰いたい位じゃ」
軽ノリじーさんの言葉でさっきの魔法士協会での対応が脳裏に浮かんだ。
そりゃ魔法学の名誉教授なら対応も丁寧に決まってるわ!
ドッとお疲れぇって感じだよな。
「しかしのぉ、何時気が付くかと思っておったのに、お主って全然気が付かないんじゃもん。何つーか引っ込みが付かなくなってのぉ、ついココまで引っ張ってしもうたわい」
くくくくっそぉ!
あんなトンデモ修行の最中に、一体どうやったらそんな事に気が付ける余裕が出来るんだよ!
声を大にして言いたい所だけど、余裕がある時もあったんだし、そもそも色々な疑問を放りっぱなしにしてた自分が悪いのは明白だ。
あーあ。
何だか本当に自分の脳筋さ加減に呆れ果てて来ちゃいましたよ。
「でもまあ、このままじゃとアレだし、最後に教えておこうと思ったんじゃよ。ま、悪く思うな。ちゃあんと従騎士に任じて、道も開いてやったじゃろ?」
テーブルに突っ伏し、頭だけを上げたワタシの恨みがましい目を見たのか、軽ノリじーさんがちょっと申し訳無さそうな顔をした。
「え、ええ。ソレは、ホントに感謝して、ますけど……」
身体中から力が抜ける中で何とか口を動かして返事をすると、軽ノリじーさんがワタシの背中をバンバンと叩いて笑った。
ぬう。何か全然駄目だ。
悔しさとかそう言うのより脱力感がハンパなくって身体に力が入らんわ。
「ま、そんなワケで燻し銀の騎士ごっこも終わりじゃが、そんなにソレっぽく見えてたかの? ちょっと訊いておきたいのぉ」
「ああ……エエ……はい、まあ、それなりに……」
「フオッ、フォッフォッフォ! そーかそーか、うむっ! ワシも満更捨てたモノでは無いってコトじゃな!」
珍妙な仕草で胸を張る軽ノリじーさんが、もはや口を開くのも億劫になったワタシの切れ切れな返事に高笑いする。
いや、もうこの攻撃、お腹一杯なんでそろそろ止めてくれませんかねぇ?
「さて、教授連との酒宴が待っておるからワシはそろそろ行かねばならぬ! お主も程々に頑張っておけよ? あ、それと騎士に成ったら、ちゃぁんと指輪を返しに来るのじゃぞ?」
上機嫌な軽ノリじーさんは最後にそう言って、足取りも軽やかに部屋を出て行った。
去り際に軽く手を振られたけど、こっちは脱力感でもうまともに動けず、何も返せませんでしたよ。
「はぁぁぁ……」
独りになったダイニングで魂が抜け出ちゃうような溜め息を吐く。
ヤラレた。
真剣に全身から力が抜け捲くって倒れそうだ。
考えて見れば、修行がほとんど山中だったり、滅多な事じゃ討伐士協会の支部に行かなかったのも、ししょーが顔の売れてる教授サマだとすれば納得だ。
何時も平服で防具のボの字も装備した事が無かったのも、多分そっち絡みの方が真相なんだろう。
更に良く考えたら……って、何だか色々考えようとすると、どんどん身体から力が抜けちゃって眩暈がして来たわ。
この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。