014話
「うむ、中々の出来であった。が、お主にはこれからが本番であろう」
ほへーっと料理の余韻に浸っていると、ししょーがそんな事を言ってワタシはハッと我に返った。
そーだよそーだよソースだよ!
絶品の菓子類がワタシを待ってるんじゃないですかっ。
「ご満足頂けた様で幸いです」
ゴッツい期待に胸をときめかせながら待つ事しばし、ギャルソンさんがワゴンを押して入って来た。
大きな蓋が乗った四角くデカい銀色のトレイが、二段になったワゴンの中を完全占領してますよ!
これは一体……。
と言うか、ワゴンってナンだよ、ワゴンって?
そりゃま、確かにそう言うモノなんだけど、この料理のクオリティで菓子がワゴンと言うのも凄くないですかね?
一気に興奮が襲って来る中でギャルソンさんが開けてくれた蓋の中を覗きこむと、トレイの中では素晴しい見た目の様々なケーキ類が「いらっしゃーい」と手を振ってた。
おうふっ。
コレ全部とか言ったら、流石に怒られちゃいますか?
さりげなく視線を送れば、ししょーは珍しくホニャっと微笑んで頷いてくれた。
ヨッシ。スポンサーからもOKが出た事だし、行くぜ!
「えっと、出来ましたら一つずつ全種類でお願いしたいのですけれど?」
うっしゃー! 言った言った言ってやったー!?
さて反応はどうだぁ?
コレでマジで全部来ちゃったらワタシ、マジで人生の勝者っ。
「ははっ、では」
おおぅ!
こっちのムチャ振りにも全く動じる雰囲気無く、ギャルソンさんは何事も無い感じで次々とワゴンからテーブルに菓子類を出し始めてくれた。
何時の間にか背後にいたメイドの人が鮮やかな手付きで紅茶をサーブし始めてるし、これは勝ったな。
「そう言う所を見るとお主も女子なのだな。ワシは菓子類なぞ御免であるが」
一瞬で片付けられたテーブルの上に菓子類と紅茶をセッティングしたギャルソンさん達が去って行き、さあ本番と目を光らせてると、シブ顔に戻ったししょーが嫌そうな顔でこちらを見た。
無論、そんな戯言なんぞ聞く耳は無い。
こっちにはテーブルの上に勢揃いした可愛いコちゃん達を愛でる義務があるからね!
とは言え、取り敢えずどれから行くか、ソレだけで困っちゃうよな。
改めて見れば、テーブルの上は単体のモノから切り身のモノまで各種ケーキ類が所狭しと並べられてて、何だか目移りがしそうだ。
こんなケーキ食い捲りパラダイス、家でもまず有り得ない事だから悩んじゃうわ……。
ワタシは取り敢えず最初に目を付けた、とっても素晴しい出来栄えのミルフィーユの切り身を後回しと決め、先ずはベリー系のタルトと思しきブツに手を付けてみた。
クリームやムース(?)の断層も見事なその切り身にはストロベリーを筆頭に各種のベリーがみっしりと乗ってて、見た目だけでも美味しそう。
ヨシっとばかりにフォークを入れると、ゼラチンで固められてるベリー類も型崩れする事無くスルッと切り離せたので、そのままホイッと口の中へ入れる。
「にゅっふぅぅぅ」
おっとイケない、つい妙な声が出てしまった。
見た目から激甘そうだと覚悟してたのに、実際に口に入れると、抑えられた甘みのクリーム類が各種ベリーの織り成すハーモニーを下支えする、とっても繊細なお味でビックリ。
自己主張は少ないながらも、意外にサクッと感の残る脇役のタルト生地もイイ仕事してくれちゃってますよ!
いやー、ナニこれ?
こんなの品評とかしてる場合じゃないわ。
あまりの美味しさに興奮状態となったワタシはあっと言う間に無くなっちゃったベリータルトの次にフォレノワール(チョコ系のチェリーケーキ)と思しきブツにフォークを刺し、そのまま次から次へと怒涛の如くケーキを食い捲くった。
合間に飲む紅茶がコレまたンマい!
「うむ。どうやら口に合ったようであるな」
ただお茶を飲んでるだけなのに胸焼けでもしそうな顔のししょーを見て肯く。
ちょっと行儀は悪いけれど仕方が無い。
幸せ一杯状態の口を開けて返事しちゃうよりはマシだろう。
その位にここのケーキ類はレベルが高いと言う事で、ししょーには御納得頂きたい所だ。
しかし……。
怒涛のケーキ食い捲りパラダイスも遂に残りは例のミルフィーユだけとなった所でワタシは漸く正気に戻った。
これまでの話を冷静になって考えてみれば、今までの自分が如何に世間に対して無防備であったかが良く判る。
だって話の通りなら、結局自分は最初からずっとししょーに護られてた形になるからだ。
黒歴史が噂にまでなっていた言う事は、山中でバカをやってたワタシを追ってたのはししょーだけでは無かった筈。
なのにこっちはそんな奴らの存在にすら気付けなかったのだからね。
恐らくししょーが止めさせたか排除したんだろう。
そしてそれは多分、その後の修行がほぼずっと人里離れた場所(主に山中)で行われ続けた理由にも繋がる。
事情を知るししょーが世間の目からワタシを隠す為だったと考えるのが当たり前だわな。
と言うか、今まで適当に流してたししょーの何気無い行動も、そのほとんどがワタシを護るためだったんじゃないだろうか?
「うーむ」
無言のまま涼しい顔で茶を啜るししょーをチラ見して軽い唸り声を上げる。
今までロクに考えて来なかったものの、こう色々なピースが嵌って来ると考えずには居られない。
ししょーは何故に、そうまでして自分に構ってくれるのだろうか?
普通ならブロイ家との関わりを疑う所だけど、今までの付き合いでししょーが父上と繋がってる可能性がほぼ無い事は判ってる。
それはあの父上が「関わりたく無い」とハッキリ言う、数少ない苦手相手であるオストマーク家を今後の庇護者として紹介(アレはもう絶対に仕込みだと思う)した所からも良く判るからね。
ワタシは思った通り絶品などと言うのもバカバカしい程に素晴しいミルフィーユに勇気を貰うと、疑問を口にしてみた。
「ししょーって、どーしてココまでワタシに構ってくれるんですか?」
「ふむ……そうであるな。出立祝いの席でもあるし、少々昔話でもするか」
真顔で聞いてみると、少し困った様な顔になったししょーがその場を立ち上がり、窓際にある籐椅子に向かった。
何事かと思ったら、そのまま椅子に座って何処からか出した葉巻の吸い口を切ってる。
ちょっとガックリ。
こりゃ長い話になりそうだ。
同じ煙草でも紙巻きと違って葉巻は吸い終るまで一刻(約一時間)くらい掛かるからねぇ。
「ワシは元々魔法士が本職であった。だから討伐士協会より魔法士協会の方が古馴染みでな」
へぇ。
あの異様な数の剣技を使い捲くるししょーの元の本職が魔法士?
口切りのセリフにちょっと驚いてると、ししょーは何時の間にか片手に持ってた紅茶のカップを傍らの小テーブルに置いて葉巻に火を点けた。
「ワシの父は旧聖王国のさる公爵家の次男であった。息子が言うのもナンであるが、まぁうだつの上がらぬ男であったよ。ワシはそれが嫌でな。この生まれ持った魔法力を頼みに魔導師を目指そうと志し、シルバニアの魔法大学院に入ったのだ」
ほほぉ。
そりゃまた今のししょーからは全く想像も付かない話だね。
しかも魔法世界では最高峰と言われるシルバニア魔法大学院と来ちゃいましたか。
インテリタイプと言うより脳筋タイプのししょーには似合わんよなぁ。
「大学院に入ってみれば、当時黄緑級の魔法力を持っておったワシは同輩からも教授連からも注目され、もう有頂天であった。家の力など無視して自らの力で人生を切り開いてやると、それは息巻いておったものよ」
「うっ、それはまた何処かで聞いた様なお話ですね、アハハハ……」
油断して余裕ブッこいてたら、いつものししょーの嫌味が炸裂してワタシはやや目線を逸らした。
乾いた笑いで誤魔化しながら頭を掻いてそのまま流す。
ちっ。流石はししょー、油断も隙も無いわ。
「そして幾つかの論文を書き、実証実験に明け暮れておる内に八位まで魔法位を貰った。そうなれば卒業時は七位となる。あと一つでも位を上げれば教授職すら転がって来る状態であった。無論、ワシは卒業後も研究者として大学院に残る積りであったし、周囲もそれを期待しておった」
しかしそんなこっちの態度もつるっと流し、ししょーは何事も無かった様に葉巻の煙を吸い込むと、目を細めながら吐き出した。
むう。
何時もなら此処から説教に入るのに不気味ですな。
意外に思いながらも気が付くと、ししょーが吐いた葉巻の煙が細めに開けられた窓から外に出て行ってるのが目に入った。
風系魔法の行使だ。
ゲゲッ。
全然気が付かなかったよ。
さっきの嫌味もそうだけど、何だか今日はホントにやられっぱなしだわ。
「だが人生は判らぬ。卒業を控えたある日、ワシはさる高貴な方と敗者が勝者の従者を三年間務める事を賭けて決闘をする事になった」
「ぶっ!」
何時の間に風系魔法なんて励起してやがったのかと真剣に今までの事を思い返してたら、いきなりの爆弾発言が出て来てちょっと吹く。
し、ししょーってば、やっぱり若い頃から脳筋だったんですね。
しかも子爵家(多分)の息子であるししょーがわざわざ「高貴な方」なんて言う位だから、相手はシャレにならない高貴な人の筈だ。
まさか自分からケンカを売ったのでしょうか?
「無論、決闘を申し込んだのはこちらであった。所詮は人間を魔法仕掛けで動かしておるだけの騎士など、当時のワシは全く認めておらなかったからな。であるから、例え実戦でも魔法士の方が絶対に有利だと思っておったのよ」
「うわぁ。それはまた随分と……」
「うむ。まあ笑わば笑え。しかし当時のワシは既に討伐士として銀章を持っておったのだ。一々人体に魔法を掛けなくとも、攻撃魔法と守備魔法があればオーガ程度は笑いながら潰せると粋がっておった位でな」
あまりと言えばあんまりな話に呆れた声を出すと、こっちの言葉を遮って話を続けたししょーが自虐的に笑った。
成る程ねぇ。
確かに魔法士として銀章討伐士になる方法もあるもんな。
魔法師協会が「魔法討伐士」とか銘打って、その手に力を入れてるのは結構知られた話だ。
その場合、魔法士協会がソイツを銀章に推薦するんだけど、ししょーの場合は多分大学院がバックに付いたんだろう。
でも攻撃魔法だけで笑いながらオーガを潰せるなんて、ちょっとハッタリ効かせ過ぎなんじゃない?
それともやっぱ、攻撃魔法には凄いのがあるのかな。
「だから余計に討伐騎士などと言う者が許せなんだ。それ程の魔法力があるなら何故魔法で戦わぬのか? そう言って喧嘩を売ったのよ。今思えばある種のコンプレックスでもあったのやも知れぬ。己も元々は公爵家の血筋だ、などとな」
「その高貴な御方って討伐騎士だったのですね」
適当な返事を返してワタシは肩を竦めた。
ししょーの物言いから察するに、どうやらその御方の素性は王族らしい。
普通の騎士では無くそれが討伐騎士だと言うのなら、成人して臣下に降りた王族が王族爵位を蹴って成ると言うケースは稀にある。
何故なら実質ただの素浪人である討伐騎士に成っちゃうと、政治事などに限らず、社交とか付き合いとかの面倒臭い事を全部ブッ千切る事が出来るからだ。
勿論、相応の実力が無いとムリな話だけれど、逆にソコに自信がある面倒臭がり屋サンにはもってこいの生業なのですよ。
つまり話の通りなら、その高貴な御方は実力にだけはめっぽう自信がある事になるので、そんなヒトに正面から喧嘩を売るなんて並みのバカさ加減じゃない。
ワタシは呆れた顔でししょーを見ながら話の続きを待つ事にした。
この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。