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王族伯令嬢は出奔しました  作者: 緒丹治矩
リプロンの大街
13/33

013話


 その後、討伐士協会を出たワタシ達は歩いてすぐの魔法士協会に入った。

 リプロンの魔法士協会なんて初めて来たし、ししょーの用事の邪魔をする気も無いので、やたらと豪華な内装を観賞して大人しくヒマを潰してたら、何故か突然係りの人に初位(十位)の魔法士章を渡されちゃってビックリ!


「えっ、コレ本当なんですか!?」

「何を驚いて居るか。当たり前であろう」


 いや、ただ当たり前とか言われちゃってもなぁ。

 物凄くシブ顔になっちゃったししょーを見ながら心の中で溜め息。

 魔法士協会なんて、てっきりししょーの用事で来たんだとばかり思ってたのに、こんな超級サプライズがあるなんて思わなかったわ。

 だって魔法士になれるのは基本的に貴族かその係累が主で、普通なら士族だって初位を取るのがせいぜいなのだ。

 何しろ初位以上の魔法位を持たないと成れない騎士ですら特別な試験を受けないとその初位を貰えないのだから、連中の貴族偏重っぷりは有名なんだよね。

 そんな「お貴族サマ以外御断り」の魔法士協会が、士族どころか流民上がり風情に魔法位を出すなんてどう言う事なのか?

 そう思って渡された魔法士章を良く見たら、それはなんと師の名前の入った弟子章だった。


『なぁるほどぉぉぉ、こう来たか!』


 思わず心の中で叫びながら渡された魔法士章をしげしげと見る。

 魔法弟子と言うのは六位以上の魔法師のヒトに任命された師の補佐をする弟子(代理人)を指す。

 これは六位以上の魔法士が持つ特権で、犯罪者とかじゃ無い限りどんなヤツでも任命出来るので、魔法士なんて逆立ちしたってムリな流民上がりでも成る事が出来るんだよね。

 八位以上に上がらない限り師の名前は取れないものの、コレだって立派な魔法士だ。

 普通なら家庭教師で入った王侯貴族の子弟に魔法位を出す際に使われるやり方をこんな風に使うなんて思わなかったわ。

(高等学院に通わずに魔法位を取る数少ない手段なのですよ)

 でもこんなのは大分前から色々な準備(協会への見習い登録とか)をしてなければ絶対にムリな話でもあるから、恐らくししょーは今日の為に一年以上前から様々な書類を出したりして用意をしてくれてたに違いない。

 そう結論付けたワタシは勿論その場でペコペコとお辞儀し捲くって、お礼も言い捲くったけれど、何だかビックリ仰天しちゃったままボーッとしてる内にししょーに連れられて魔法士協会を出ちゃった。


「しかし本当にびっくりしました」


 次の目的地とやらがあるらしく、さっさと進むししょーに歩きながら訊いてみたら、理由はやっぱり魔法位が無いと騎士に成れないからで、正式な討伐従騎士は何時でも仕官が出来る様に回国修行に出る前にそれを取得するモノらしい。

 だから魔法位を持っていない人は正式な討伐従騎士と見なされないのだそうだ。

 そこで一計を案じたししょーが密かにワタシを見習いで登録しておいて、今日正式な弟子にしたとの事だった。


「ワシの正式な魔法弟子なぞお主以外にはおらぬ。感謝せよ」

「いや本当に超絶感謝してます! 有難う御座いましたっ」


 恩着せがましく言うししょーの言葉も全然気にならず、ペコペコとお辞儀しながらお礼を言い捲る。

 全くもって本当にありがたい事ですよ。

 魔法位なんてサラ経由な上に三年計画で取ろうと思ってた位だから、こんな裏技で貰えるなんて望外の喜びだもんな。

 ただ……。

 シブ顔で踏ん反り返るししょーはともかく、自分に対する魔法士協会あそこの職員の対応がやたらと丁寧だったのは気持ち悪かった。

 魔法士協会の連中なんて何処でもエリート意識丸出しな貴族あほう共ばかりなのに、貴族どころか上級騎士でしかない筈のししょーが「センセイ」なんて呼ばれてちょっとした人気者っぽかったのもヘンだったしね。

 六位の魔法士になると「士」が「師」になって一応ギリで高位魔法士に入るから、そのせいだとは思うのだけれど、あの対応は謎だ……。

 そうこう考えてる内にししょーとワタシは何かとっても豪華な施設に入った。

 小邸ながも贅を凝らした高位貴族の別邸って感じの此処は、ししょーによると料理屋兼宿屋らしい。

 ほほうと思いながらも付いて行けば、玄関から出て来て挨拶したギャルソンの人が中に案内してくれた。


「うわぁ」


 案内されるままに一つのお部屋に入ると、そこは小さいながらも花の咲き乱れるお庭を一望出来る素晴しいダイニングだった。

 とっても質感の高い内装に、それに合わせたらしい各種の家具や調度品も凄い豪華で、まるで本当に貴族の館に招待されたような感じがする。


「この部屋の続きにリビングと寝室があるから今日は此処に泊まって行け。勘定はこちら持ちだから気にせんで良い」


 えっ、マジでイイの?

 未だかつて無かった厚遇に驚いて顔を見ると、ししょーがうむと肯いた。

 おおおー!

 てっきり今日も何時もの安宿だとばかり思ってたのに、こんな素晴しい扱いが待ってるなんて思わなかったよ。


「今日は何から何まで有難うございます!」


 取り敢えずお礼を言いながら席に着いて溜め息。

 いやー、こんなお店に入ったのは生まれて初めてだよ。

 そりゃワタシだってマルシル王都じゃ幾つか贔屓の料理屋はあるけれど、それらは特殊な料理を出す所謂いわゆる隠れ家的なお店ばかりだから、こう言ったオールドクラシックな雰囲気のお店には行った事すら無いんだよね。

(主に家では絶対に食べられない様な料理を出すお店に通ってたのだ)

 一息吐いたところで、メイドっぽいカッコの人が持って来た食前酒を舐めながら改めて見渡すと、一見どうでも良さげな天井にまで装飾が入ってたりして、この部屋は本当に何から何まで貴族趣味でバッチリ決まってる感じだ。

 うーん。こりゃホントにハンパじゃないな。

 こんな所で食事した上に泊まったりしたら、一体幾らくらいするのでしょうか?


「ここは料理もそうであるが菓子類が有名でな。お主なら気に入るであろう」


 おおっと!

 とても料理屋とは思えない豪華な内装に感心していると、ししょーから素敵なお話が出て来た。

 か、菓子類ってマジですか!?

 一体どんな菓子類なんでしょうかねぇ。

 にゅっふふふ。

 何だか笑いがこみ上げて来ちゃいましたよ。

 屋台で買い食いパラダイスなんて、やらなくて本当に良かった!


「本来であれば、弟子を回国修行に出す際はそれは盛大に祝うものだ……」


 メイドの人が頭を下げていなくなると、ニマニマ顔の止まらないワタシを差し置いてししょーがしみじみとした口調で話し始めた。

 おや。何だか妙な雰囲気だけど、もしかしてこの歓待の裏に何かヤバい話でもあるんですかね?


「師やその主である王侯貴族が各方面から招待客を呼んで派手にやるのが慣わしである。しかし、引退した身である今のワシにはその様な機会を設けてやる事が出来ぬ。寂しい出立となってしまうが許せ」


 なあんだ、そんな事か。

 ヤバイ話じゃなくてホッとしたよ。

 そりゃ確かに、以前ししょーがそんな事を言ってたのは覚えてるけれど、出奔が絡んでるせいで派手な事を避けたいこっちからすれば、こう言う地味でもスペシャルな感じが漂うお祝いの方がずっと嬉しいんだよね。


「ワタシとしてはこんな店に連れて来て頂いただけでも大感謝ですので、あまりお気になさらないで下さい」


 速攻で答えて、ついでにニッコリと笑ってあげる。

 いやホント。

 もう従騎士叙任と魔法士章の件で土下座も当然な程に感謝してるのに、更にこんな「菓子類が有名な店」までおごって貰って、文句なんてあろう筈も無い。


「まあお主の場合は伯にバレぬ様にせねばならぬから、そう答えるとは思っておったがな」

「はぁ!?」


 ぶほっ!? は、伯ってナニ?

 もしかしてししょーってばワタシの身元を知ってるの?

 ちょっとイイ気分になってた中、突然出て来たししょーのセリフに飲んでた食前酒を吹きそうになってググっと堪える。


「何を妙な顔をしておるか。お主の身元なぞ大して調べんでも判るわ」

「ええっ!? じゃあししょーはワタシの身元を知ってて今まで修行に付き合ってくれてたんですか?」


 ここは妙な探り合いをしてる場合じゃないと即座に聞き返せば、ししょーがニヤッと笑って片手を振った。


「無論じゃ。アンナ・マリアンヌ姫よ」

「ぶっ! ……ま、まさかモロに本名まで御存知だとは思いませんでした」

「ふむ。前に貴族の子供が山中で、と言う話をしたであろう」


 サラッと本名をバラされたせいでアセりながらも答えると、フフンと鼻で笑ったししょーから忌むべき黒歴史の話が……。

 で、出来ればその話は軽めにお願いしたいです、ハイ。


「その際に左様な事をしでかしそうな貴族家の子弟を調べたのよ。でなくば連れて帰れぬであろうが」


 うげぇ。

 言われてみれば、全く持ってその通りじゃんか!

「お主は阿呆か?」と言う顔になったししょーを見ながら、今更ながらに自分のバカさ加減に気が付いてダウナーな気分になる。

 なんだかなー。

 そんな事、今の今まで思いもしなかったわ。


「はぁ……何か自分の脳筋さ加減に真剣な疲れを感じますです、ハイ」


 がっくりとうな垂れてると、ギャルソンの人が最初の料理を運んで来た。

 そっと給仕されたお皿を見てみると、大きなお皿には色々なサラダ系の料理が少しずつ盛られてて、何だかとても華やかな雰囲気だ。

 うんみゅ。折角のお料理なんだし、取り敢えず手を付けてみるか。

 ワタシはダウナーな気分を振り払う様に顔を上げると、取り敢えず外側にあった山菜っぽい物から口に入れてみた。

 げっ、ウマい!

 ナニこれ? って、山アスパラなんだろうけどさ。

 山アスパラと言うのは、この季節に数本メインディッシュのお皿の片隅に付いて来る飾りみたいなモノで、普通はこんな風に出て来るモノじゃない。

 世の中では庶民の味覚の代表格とされるモノでもあるし、こんな貴族趣味のお店で単体の料理になるなんて思わなかったよ。

 でもさっと茹でてドレッシングの様なモノで和えられたコレは、何と言うか今まで持ってた概念を打ち破るような味と食感で、シコシコしてちょっとヌルっとしてる所も何とも言えずにウマい。

 むう。野山で摘んでくる庶民の味覚も、こんなんすると高級料理っぽくなっちゃうんだねぇ。

 なんかちょっと元気が出て来たかも知れない。

 そう思って改めてお皿を見てみれば、乗ってるものはどれもこれも単純なサラダじゃなくて、とても手の込んだ品々って感じで好感が持てる。


「お主は自らの外側に対して受身過ぎる。内側の事柄だけで精一杯なのであろうが、周囲を見渡す度量も持たねばな」


 ギャルソンさんが去ったのを見計らって会話を続けて来たししょーの嫌味にもメゲず、ワタシは次の料理にフォークを伸ばした。


「そのままでは出来ぬなら、出来る様に変えてしまえば良いって話ですかぁ?」


 しかし何も答えないのもナンだと思って、何度も聞かされたししょーの持論を言ってみるテストをして様子見。

 おや、これは蕪かね?

 フォークで指した白色系のブツを目の前で見れば、それは薄く切られた蕪の上に何かナマっぽいモノが乗せられたマリネ風のブツだ。

 何も考えず口に入れると、上品な酸味の中に蕪特有のお味と新鮮な海の貝独特の風味が合わさって、素晴しいアンサンブルが響いちゃう。

 にゅうん。これもまた何とも言えずデリシャス!

 しかもコレって生のホタテですよ!?

 こんな内陸の場所で海の生モノを出せるなんて、流石リプロンの店は違う!


「うむ、そうであるな。だが別に今直ぐ出来る様に成れとは言わぬ。暫くはまだ余裕があろうからな」

「余裕ですか、はぁ」


 ししょーのセリフに溜め息混じりで答えると、ワタシはフォークをそっと置いた。

 素晴しいお味の連続に次々とダッシュで料理を食べ切っちゃったお皿の上は、もう余裕以外に何物も無い。

 ぱぱっとパンでお皿を拭いて口に入れるも、何だか全然物足りませんよ。

 ううーむ。まだ前菜と判っているものの、全然食い足らないわぁ。

 そう思ったら、ギャルソンさんがスープを持って来た。

 綺麗に何も無くなった皿が下げられ、湯気を上げるスープ皿が代わりに置かれる。

 ぬう、これはコンソメかね。

 見ればスープ皿の中は薄い琥珀色のスープの中に可愛らしい鞘インゲンが少しあるだけだ。

 無論、来たものは速攻で頂きますよ!


「……」


 むはぁ、何だコレ?

 ゲロ旨いと言うか、旨みが凝縮されちゃってますよ!

 一体全体、このスープはなんなのでしょうね。

 これがコンソメだと言うのなら、普段自分がそうだと思ってるモノは全く別の塩湯か何かだよ。

 少し行儀が悪いと思ったけれど、テーブルに置かれたバスケットから小さめのパンを摘んでスープに付けて食べてみる。

 おおう。思ったよりイイ感じ!

 本当ならこんなのは硬いゲロ安パンを仕方無しに食べる時のやり方だと言うのに、上物ですよと言わんばかりのパンが更にお上品な味になっちゃって正に別物だ。

 鍋ごと持ってこさせてパン粥にでもしちゃいたい位のお味ですわ。


「ふむ。成る程言われるだけの料理ではあるな」


 スープを飲み終わったししょーの溜め息にも似た一言に激しく同意。

 しかしワタシはそこで、ふとある事を思い出した。

 ししょーの高位貴族御出身疑惑だ。

 だってししょーってば、スープが来てからひとっ言も会話をしていないんだよね。

 食事の時、その間が無言になっちゃうのは「話しながらの食事ははしたないと躾けられる」貴族特有のクセなのですよ。

 それは当然ながら自分もそうで、一般人の間に入る事に慣れた今でも、こう言う高級っぽい食事の時は地が出ちゃう。

 コレ、もしししょーも同じなのだとしたら、貴族出身である事は紛れもない事実になるのだけど、どうなのかな?

(まあ貴族は皿をパンで拭いたりはせんけども!)

 そんな事を徒然つれづれ考えながらも、ワタシは次々とやって来る料理を堪能する事に専念した。

 それはどうやらししょーも同じ様で、合間に少しの会話はあるものの、基本は無言だ。

 どうせ本名までバレてるんだし、もう地が出ちゃっても気にしない!

 そんな感じで溜め息が出る程ウマかった豚肉(オークなんかじゃないんだぜ?)の焼き物を、またもやパンで皿を綺麗に拭き拭きして終わらせると、満足感から少し眠気がさして来て目を細めた。

 いやー、素晴しかったわ!

 自分だって伯爵家の総領姫だし、美味しい物なんて食べ慣れてる筈なんだけど、ここの料理はちょっと次元が違う。

 一つ一つの料理が物凄く凝ってて、正に料理人の執念が込められてる様な手の入れられ様だ。

 こう言うのを体感すると、自分が如何に世間知らずであるかが嫌でも判りますな。

 直後にやって来た可愛らしい各種のチーズをそれぞれパンと一緒に食べ終わり、これでバスケットのパンも遂に終了。

 ワタシはほおっと満足の溜め息を吐いた。



この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。

読んで頂いた方、ありがとう御座いました。


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