012話
「そうそう。先程もお会いしましたが、新たな弟子を取られたとか? オマリー殿が健在で嬉しい限りですよ!」
ぶふっ!
傍観者的な立場で気楽にしてたら、いきなり風向きがこっちにやって来ちゃいましたよ。
勘弁して下さいな。
「はっ、それは確かに。まだまだこれからの者ですが、この度、討伐従騎士として任命させて頂いた次第であります」
と思ったのも束の間、ししょーが話題をこっちに切り替えてくれやがったせいでマジに青くなる。
ししょーってば、自分の話は婉曲に逃げてたクセにこの話にはノるんですね。
体の良い生贄ってヤツですか?
ええ、判ります、ハイ。
「おおっ、従騎士位を持たれたのか。ではこれから回国修行ですな?」
しょうがないので近寄ると、遂に子爵サマがこちらを向いちゃいましたよ。
こんな感じで話し掛けられれば嫌でも返事を返さないと不敬になっちゃうから、もう傍観者ではいられない。
「ははっ。拙い身でありますが師の教えを守り、諸国を回って腕を磨き、民人を魔物の脅威から救う為に精進いたす所存で御座います」
しょうが無いのでこちらも速攻で跪いて騎士の礼を取り、もっともらしい事を口にしてみた。
まあこれからの予行演習もあるしね。
もうししょーの陰に隠れてる訳に行かないのだから、これ位は出来無いとマズいわな。
「うむうむ、立派な心掛けよ。マリア殿と申されたか? ではコレを暫く預かって頂きたい」
「閣下! それは!」
おやん?
何か知らねど、貴族サマが御手ずからナニかを渡して来ちゃいましたよ。
まあ預かるだけならイイかと気楽に受け取ると、何故か直後に従者の人(さっきの若造じゃないよ)がアセった声を上げた。
「何を驚いておるか? 優秀な討伐騎士と友誼を持つ事は貴族の務めではないか。当然の事であろう」
ぬう。
どうやらコレは厄ネタ臭いブツの様ですな。
そそくさとししょーの陰に隠れ、嫌な予感と共に渡されたモノを確認すれば、ソレは派手な紋章が鮮やかに輝く金製の指輪だった。
ぐへぇっ。
ナニかと思ったら貴族の印章指輪じゃないの!
シャレになんないよぉ。
「子爵様、幾らなんでも御ふざけが過ぎるのでは?」
あまりと言えばあまりの暴挙に、それを見たししょーも流石に子爵サマを嗜めた。
当たり前だよなぁ。
何かのシャレかも知れないけど、こんなの速攻で返さないと不味過ぎるわ。
「オマリー殿にも色々とありましょうが、魔物に対抗出来る力を集めるのは私の務め。此処で何の約束も無く貴殿の愛弟子を見送ったと知れれば、後に兄に叱責されるは必定!」
でも当の子爵サマは驚く周囲もガン無視で、ししょーを口説き始めちゃった。
マジでゲロヤバイんですけどっ。
「しかし……如何に某の弟子とは言え、元は流民。その様な者にこれほどのご厚情を与えては子爵様の御名に傷が付きましょう」
おおっ! シブ顔のししょーが、それでも子爵サマを諌めんと声を上げてくれましたよっ。
そうそう。
ワタシは元流民のマリア・コーニスちゃん十二歳ですよ。
貴族の印章を預かるなんてムリムリ!
後ろの従者の人達もウンウンと頷いてるし、ししょーには頑張って貰いたいところだ。
「ハッハッハッ! らしくないですぞぉ、オマリー殿? 元が何であれ、今は貴殿と言う後見もある立派な討伐従騎士。この程度の事はサラっと流して頂かないと!」
流せるかぁぁぁっ!
もうシャレにならなさ過ぎだってのっ。
貴族の印章指輪を持ってる人はその貴族の特別代理人に成っちゃうんだよ?
こっちにそんな気は全く無いけれど、悪いコトもし放題なのだ。
ふんとに何とかならんかね。
「確かに仰る事にも理が御座いますな。では子爵様がコヤツめの最初の支援者に名乗りを上げられた、と解釈しても宜しいので?」
なにゅうん!?
子爵サマの剣幕に押されたのか、何だかししょーの雲行きが怪しくなって来ちゃったよ。
一体どう言う事なの?
「無論、その積りですぞ! 立派な討伐騎士であれば、友誼のある貴族の指輪の一つや二つ、当然の如く所持しておるのが当たり前。私がマリア殿の後援者として先鞭を付ける幸運に恵まれたのも、まさしく天の配剤と言う物でしょう!」
うわちゃぁっ、そう来たのかぁ……。
子爵サマの言葉にピンと来てゲンナリ。
要はこの子爵サマ、回国修行で見つける筈のワタシの討伐騎士推薦者として名乗りを上げたと言う事ですよ。
いやー、従騎士に成った直後にこんな事になるなんて考えてもなかったわ。
こっちの実力なんてこれっぽっちも知らないだろうに、ししょーの弟子はそんなに価値が高いのかな?
「閣下!」
「黙っておれ。今は大事な所であるぞ」
さっきの従者サンが声を上げたのを片手で制し、子爵サマがこちらを見た。
何かしら? と思った瞬間に思い出した。
そう言えばさっき、ワタシってばこのヒト(ししょーのダチならどうせ人外に決まってる)に手を握られちゃってるよ!
それが討伐騎士級の実力を持つ者なら、大抵の場合手を握れば相手の力量なんて測れる。
ましてやそれが人外級のヒトなら当然だ。
と言う事は……。
チラ見すると、目が合った子爵サマが高速ウインクをカマして来てガックリ。
どうやらこの子爵サマ、ワタシが現状でハイオーガと一騎打ち出来る腕だと知ってスカウトして来たらしい。
そりゃそのクラスは本職の討伐騎士にだってそうそういないんだから、さもありなんだわ。
恐らくししょーの指輪を見た際に気になって力量を測ったのだと思うけれど、やられたーって感じですよ。
「しかし未だ従騎士である者に御印章を預けなくとも、一筆添えた書状でも渡せばそれで済むのではありませんか?」
考え込んでると、手で遮られたのに意外と頑張る従者サンがごく当たり前な事を言って粘った。
ナイス従者サン!
ムチャ振りには正面から道理を示して対抗するのが基本だもんね。
その線で押せばイケる感じがするよ。
「魔物に対抗出来る力を集める」と子爵サマがのたまった通り、自由騎士(ぶっちゃけ浪人)である討伐騎士にツバを付けといて、イザと言う時に呼べるようにしておくのは確かに地封貴族としては当たり前の行為だ。
何しろ幾ら貴族と言っても、常に魔物の大規模侵攻に対抗出来る戦力を保持し続ける事は財政的に難しい。
だから何処の貴族家でも、複数の討伐兵団や傭兵騎士団と契約してるのは当たり前で、それ以外にも領主が個人的に強者な討伐騎士と繋がりを持って保険にする話も良くある。
でもね、大抵の場合それはあくまでも契約の話なので、その証は書状であるのが普通なんだよ!
大体さぁ、実績があって付き合いも長い討伐騎士のヒトならともかく、知り合ったばかりの従騎士に大切な印章指輪を預けるなんて、もうムチャ振りとか言うレベルじゃ無いよね?
「馬鹿者! これはマリア殿さえそう望めば、こちらは何時でも親衛騎士として召抱える用意があると言う証なのだ。書状などと無粋な真似をすれば、後に彼女の後ろに付くであろう他の者達に当家が笑われる事になるぞ!?」
はぇぇぇ!?
従者サンの言葉に肯いてたら、一瞬視線を移した子爵サマが結構な剣幕で怒り出しちゃってビックリ!
怒った事自体はどうでも良いけれど、その言葉の内容はシャレにならない話だ。
だって討伐騎士への推薦どころか仕官、それも側近としてお取立てと言う意味ですよ、コレ。
だから印章指輪を預けるワケですか?
マジでシャレになってないわ。
「マリーよ、子爵様もああ言っておられる。ここは御厚情をお受けしておきなさい」
あまりと言えばあまりの話に呆気に取られた従者さんが黙ると、間髪を入れずにししょーがダメ押しを……。
心の中で盛大な溜め息が出ちゃうわ。
でもこんな公の場で此処まで言われちゃったらしょうがない。
それに自分を騎士としてそこまで買ってくれるヒトに文句なんて言い様が無いしね。
「ははっ、この非才の身に真に有り得ぬ御厚情で御座いますが、お受け致したく思います」
あーあ、言っちゃった。
もっともいきなりだったから驚いただけで、ししょーの筋ならヘンなヤツじゃ無いだろうし、この先で貴族共に因縁を付けられた時の保険にもなるから、冷静に考えれば良い話なんだよね。
「うむうむ。私はジュヴェーヌ公カスパー・オストマークの実弟アーベルだ。今後とも宜しく頼むぞ」
へぇ、公爵家のヒトかぁ……。
いやちょっと待て。
ジュヴェーヌって独立城塞都市ジュヴェインの事じゃないの!
これは結構儲けモノかも知れない。
ジュヴェインは大魔山脈に囲まれた一大城塞都市で、東西聖王国からも独立を宣言してる所だから逃げ込むには格好の場所だ。
しかも強い魔物が多くて討伐士が優遇されてるとも聞いてるから、自分みたいなヤツには正しく天国みたいな所ですよ。
「ははっ。このマリア・コーニス、必ずや御期待に沿える討伐騎士となって御覧頂けるよう、精進致す所存です」
聞いた風な返事をして指輪を仕舞い込みながら心の中でニンマリ。
いやぁ。コレは何て言うか、最初の行き先が決まった感じですよ。
外国と言えば西聖王国しか知らない自分にとって、様々な国や地域の文化が入り混じる旧聖王国南部交易の中心点だったジュベインは憧れの地の一つでもあるんだよね。
美味しい食べ物も一杯あるだろうし、色々と期待しちゃうわ。
そんな風に心の中でニマニマしてる内に、アーベルさんがししょーと二、三のやり取りをしてワタシ達から離れた。
何だか忙しないなと思ったら、彼はリプロン伯の誕生日を祝う席に呼ばれてるらしい。
貴族サマって忙しいよね。
あー、ワタシってば貴族サマじゃなくって良かった!
(まだ出奔はして無いんだけども)
「何を呆けておるか。次は魔法師協会に行くぞ」
おっと。
アーベルさんと別れたししょーがさっさと動き出したので、こちらもそれに付いて出口に向かう。
でもししょーとアーベルさん、別れ際に視線だけで妙なやり取りを交わしてたな。
討伐騎士じゃないと判らないスピードだったものの、何かの合図っぽかったからちょっと気になる。
もしかたらこの件、ししょーの仕込みだったのかも知れん。
アーベルさんに謁見以外の形で会う機会を作って、ワタシを売り込んでみた、とかね。
だとしたら、もう何も言えない。
完全にしてやられた感じだし、心の中で改めてししょーにお礼を言うだけだ。
そんな風に思いながらも、ワタシは建物を出ようとしてるししょーを追いかけた。
この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。