011話
一頻り騒いだ後、後からやって来た魔石(買い取り依頼も出せるけど保留)に討伐賞金+さっきの伝票のお金を受け取ると、それを見たししょーがお姉さんにお礼を言って席を立った。
自分もお礼を言ってそれに続き、騎士用の受付所を抜ける。
でも廊下に出たら、何だか夢でも見てた様な気分に襲われて、思わず握り締めていた手の中のブロンズを引っ張り出した。
どれどれ……。
周囲の人達が見るのもお構いナシに何度かためつすがめつするものの、称号の所にはやっぱりエスクワイアと入ってるし、名前の所もマリア・コ-ニスで間違い無い。
どうやら大丈夫な様ですな。
夢じゃなくて良かった!
やったー。
コレで家を堂々と出奔出来るるるーって、堂々と言うのもヘンか。
まあいずれにせよ、ブロンズの鈍い輝きに約束されたワタシはこれで天下の従騎士サマだ!
これからの新しい生活に夢を見ちゃうのも仕方の無い事だよね。
「身分を持つ者がそれをひけらかすなど愚行であるぞ」
おおっと!
早速、ししょーからお小言の洗礼を受けちゃったけど、全然気にならないですよ!
むしろコレが現実だってコトを再認識出来て余計に嬉しくなっちゃう。
「ふむ。仕方が無い事やも知れぬが、本来討伐従騎士への任命は緊張を強いるものなのであるぞ?」
お小言を言われたのにまだニマニマが止まらないワタシを見て、ししょーが溜め息を吐いた。
まーねぇ。
確かにししょーの言う事は判るよ。
討伐従騎士は普通の従騎士と違い、ある程度仮の主である討伐騎士に仕えたら自分独りで諸国を転戦しながら級を上げ、仕官先や討伐騎士に推してくれる貴族の人を探さなきゃいけないんだもんね。
世間ではそれを回国修行と言うらしいけれど、自分の場合はそんなの元から予定通りだし、そもそも仕官なんてする積りも無しに世をうろつこうとしてるのだから今更感の強い話だ。
とは言えししょーの言う通り、何時までも討伐士章をピラピラと見せびらかす様にしてるのもヘンではある。
しかも人が少ない中でのそんな行動は十分に目立っちゃったらしく、気が付けば周囲の人達ほぼ全員がこっちを見てますよ!?
流石にこれはマズイわ。
ちょっと名残惜しかったけど、ワタシはそれをダッシュで胸の奥に仕舞い込み、何食わぬ顔でししょーに続いて一階の大ロビーに続く階段を降りた。
「そう言えば、件のお主の友人は大丈夫であるのか?」
んん?
階段を降り切った所で、何気無くも唐突にししょーが妙な事を言い出した。
流石のししょーもワタシの行く末を心配してるのかな?
「ああ、ハイ。それは大丈夫だと思います」
ししょーに心配を掛けたくないので即答しておくけれど、ワタシはこの後出奔したら、取り敢えずは友人であるサラの所に行く積りだと言ってある。
(勿論固有名詞は出さず、単に「貴族の友人」とだけしか言って無いけどね)
但しソレはししょーが思う様な理由とは違って、単にブロンズを見せる約束があるからに過ぎない。
元々こっちは彼女に騎士にして貰おうと思ってるワケじゃないし、そもそも従騎士になった事だって予想外なんだもんな。
それにサラのヤツはホントはすっごい大貴族の跡取り姫サマなので、ヘンに頼って迷惑を掛けたく無いから尚更なのですよ。
「ふむ……」
こちらの返事に軽く唸ったししょーを横目で見ながら、サラの実家の事を思い出す。
現在では三つに分かれてる旧聖王国王家の内、聖王国の国璽を隠し持ってるとまで言われる直系中の直系であるランクスバーグ大公家を支える大立者、スベンボーグ伯爵家がサラの実家だ。
ゴットリープ商会と言う超巨大商会を支配するせいで「商伯」と呼ばれるその伯爵家は、目も眩む様な莫大な富と各国に跨る強力な政治力を併せ持つ。
その力たるや、ランクスバーグ公国(聖公国)を独立させただけに留まらず、東西聖王国と正面から張り合う程の力まで持たせちゃったのだからシャレにならない。
元が一旦王位継承権を放棄したグランツェンさん(剣公と呼ばれてる英雄)が率いるランツブート家と言う公爵家である公国は、広さもマルシルと変わらない小さな国なのに凄い事だと思う。
まあ英雄グランツさんの力も大きいとは言え、サラはそんな凄まじい事をやってのける大貴族サマの一人娘なのだ。
でもそんな凄い大貴族の跡取り姫ともなれば色々と苦労もあるようで、進学するにも聖王国直系の国の高等学院はパスするしかなかったらしい。
そこで田舎で比較的安全度の高いマルシル王都の学院に来た所を知り合ったのですよ。
全く関係無い家名を名乗ってたから最初は判らなかったけれども、お互い世に数少ない「伯爵家の跡取り姫同士」だからと、割りと早い内から仲良くなった。
(後にホントの家名を聞いた時はマジでビビった)
まあ学院にいた三年の間に色々とあったものの、気の置けない友人なんて自分にはサラくらいしかいないので、そう言う意味でもホイホイとは頼れないんだよな。
「もしもの場合は例の書状を渡す際にストガート侯を頼れ。侯爵ならばお主を悪い様にはせぬ」
え? ああ、ハイハイ。
シブ顔で決めセリフの様な事を言うししょーに適当な返事をして、そっと溜め息。
悪いけど、ワタシはししょーのコネにも頼る気は無い。
ここまでして貰っただけでもシャレになんない恩義なのに、更にコネまで使わせて貰うのも悪いじゃ無い?
それに此処から先の自分にししょーを関わらせるのは、ちょっとマズいと思うのですよ。
「書状なら大切に持たせて貰ってますけど、ぶっちゃけた話、そこまでワタシに関わるのってマズくないですか?」
良い機会なので思ってる事をちょっとだけ言ってみるテスト。
何しろ出奔予定なんだから、この先の自分に関わるのはあの父上に喧嘩を売るのと同じだもんな。
ウチの父上はイケメン中年だし、殿下の王族称号を持ってるだけに気品とかも凄くて、見た目だけなら軟弱貴族を絵に描いた様なヒト(あんなヒトは人じゃない)だ。
でも実はマルシルでは超大物なヒトで、東西聖王国にも文武の両方で顔が利いたりするコワモテ伯爵なのですよ。
こっちとしては、ししょーにはそんなヒトに関わって貰いたくないんだけど……。
「子供がいらぬ心配をするで無いわ。そもそも討伐騎士が従騎士を育てるのは義務であろう」
心配な気持ちが顔に出ちゃったのか、ししょーがシブ顔から睨み付ける様な顔になった。
うーむ。何だか余計な事を言っちゃった臭いな。
まあ確かにこのヒトにとっちゃ、貴族のエラいさんなんて究極的には斬るか斬らぬかの二択だろうからね。
心配するだけ余計な御世話なのでしょう。
それに討伐騎士の義務とやらも言われる通りではある。
ソレを主張すれば、例え父上がししょーに迫っても、言い逃れが出来る可能性は高い。
でもその件で言い逃れは出来たとしても、攻め方は他に幾らでもあるもんな。
「ねえししょー、一応ワタシの本名を教えておきたいんですけど……」
不機嫌顔になったししょーに何か言うのは勇気が要るけど、流石にマズいと思ったので声を掛ける。
少なくとも敵の正体ぐらいは教えとかないと、幾らなんでも気が咎めちゃうしさ。
多少のしごき位は覚悟の上だ。
しかしその言葉は最後まで続けられなかった。
「オマリー殿! まさかこのような所でお会い出来るとは!」
げげぇっ!
さっきの貴族サマがまだ大ロビーにいやがりましたよ。
しかもこのヒト、やっぱりししょーと知り合いだったみたい。
「これは子爵様、ご無沙汰いたしております」
声を掛けられたししょーは貴族サマの前にササッと進み出て、膝を折って騎士の礼をとった。
おお、ししょーも真っ当な騎士の挨拶が出来るんだね。
初めて見たよ!
と言うか、まさかこの貴族サマが子爵サマだとは思わなかったわ。
質素な感じだから騎士爵辺りだと思ってたのに、これはちょっとヤバいかも知れませんな。
「何をまた他人行儀な事を! 世が世であれば、我々は似た様な立場の者同士であった筈ではありませんか!」
ちょっとだけ緊張の度合いを上げつつ見ていると、子爵サマが妙な事を言いながらししょーの手を取って立たせた。
オヒオヒ、妙にアツいなこのヒト。
どうやら結構仲良しだったっぽいけれど、このテの人に公の場でそんな対応をされれば幾らししょーでも困ると思う。
何しろ子爵は主に伯爵家以上の家の嫡子が名乗ったり貰ったりする爵位で、簡単に言えば高位貴族家の跡取りが持つ爵位なんだからね。
普通じゃあまり聞かないから一般では知らない人が多いものの、宮廷だと良く聞くし、そのテの人は大抵エラいのだ。
ぶっちゃけて言うと、城で行われるイベントで頭にティアラを付ける事が出来る自分と同等にエラい。
(末端でも王族だから、儀式的な場でティアラを付けるのは権利じゃなくて義務なんだけどね)
何故かと言えば、ワタシも子爵位を持っているからだ。
十五の仮成人の式典を何故か王宮でやった時、その後で初めて公式に王サマに謁見したら、準四位の官位や何かの称号と一緒に貰ったのですよ。
どうでもイイから細かい話は忘れちゃったけれど、殿下の王族称号を持ち、更にロスコー伯爵である父上の跡取り姫だからこそ貰えた爵位であるのは間違い無い。
だからこの子爵サマ、西聖王国ではかなりのエラ方サンになると思うんだけど……。
「いえ、こうしてかつての友誼を尊ばれる事は、私にとっても身に余る光栄で御座いますが、今の私は引退した一騎士でありますれば、どうか公の場でのご厚情は避けられる事をお願い致したく思います……」
ししょーの口から出たとは思えない殊勝なセリフを聞いて、心の中でウンウンと肯く。
そりゃそうだよね。
幾らししょーが元聖王国の親衛騎士長だったと言っても、その聖王国系の高位貴族サマ相手じゃ世界が違い過ぎるもんな。
ただ「似た様な立場」とか言ってた子爵サマのセリフはちょっと気になる。
ソレって、ししょーが高位貴族家の出と言うコトなのかな?
ちょっと謎かも知れん。
「ああっ、いや、申し訳ない。私も遂に兄上から爵位を押し付けられてしまって困っておるのですよ。もうほとんど実戦に出る機会も奪われてしまって……」
うおっと!
ししょーの言葉で大人しくなるのかと思ったら、アツい子爵サマが今度は謝り出しちゃいましたよ!?
なんだかなー。
コレ、誰か止めてくれないかなぁ、マジで。
この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。