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王族伯令嬢は出奔しました  作者: 緒丹治矩
リプロンの大街
10/33

010話


 伝票を受け取った後は建物の内側を表側に抜ける通路へ向かう。

 関係者以外立ち入り禁止の建物内も、獲物の納入伝票を持ってれば通り抜ける事だけは出来るからね。

 入り口前に立ってる兵士に伝票を見せて通路に入れば、休日のせいか中も本当に人が少ない。

 前来た時は時間も遅かったせいか人でごった返してて、中々前に進めなかったのに凄い違いだ。

 そんな感じで通路を抜けると、表玄関から続く一階大ロビーの端っこに出た。

 だだっ広い大ロビーは横がずっと向こうまで各種受付のカウンターが続き、上は出入り口からちょうどカウンターの辺りまでが吹き抜けになってる。

 そのカウンターの上、ベランダの様になってるところの奥が、確か騎士用のロビー&受付になってる筈だ。


「でも記憶通りなら階段ってアレだけなんだよね」


 大ロビーを挟んで丁度反対側にある、デカくてやたらと豪華な階段を見て溜め息。

 幾ら何十人もの人が一度に使えそうな規模とは言え、関係者以外が二階へ上がる方法が一つだけなんてまるで何処かの城だ。

(大抵の城は篭城戦を考えて造られてるので内部への進入経路は限られているのですよ)

 まあ此処は基本的に武張った組織なんだから、そこらの城なんかよりずっと防衛に気を使ってるのだろうけれど、だったらあんな金の掛かった造りにしなくてもイイと思う。

 何だかどっち付かずだと思いながら歩いて行けば、前はそんな所を見てる余裕が無かった高ーい天井にも、一面にやたらと豪華なレリーフが刻まれてる事に気が付いた。

 更に良く見ると、外に向いた数多ある高窓も装飾がハンパ無い感じだ。

 凄ーくガックリ。

 一体何なんだよ、コレ!?

 虚飾を廃した武の組織を自らを持って任じてるクセに、こんな馬鹿みたいにお金の掛かる西聖王国様式で内装を造るってどうなの?

 そんなお金があるのなら、他にやる事一杯あるよね?

 あの高窓の窓枠一式でも質の良い長剣が二十本は買えると思うぞ!


「小僧! 無礼にも程があるぞ!」


 へっ!?

 周囲から気が逸れてたせいか、何だかいきなり怒鳴りつけられちゃってドッキリ!

 首を竦めて振り返れば、其処には如何にも貴族サマ風の一行(貴族サマと従者サン達)がいらっしゃって、先頭にいる若造従者サンが真っ赤な顔でこっちを指さしてた。

 あちゃあ。どうやら貴族サマの前を横切っちゃったみたいだね。

 面倒臭いコトになっちゃったわ。


「ああ、すいません。つい上を見ておりまして……」

「それで謝っている積りか! お前の様な下賎が閣下の前を横切るなど、言語道断であるぞっ」


 すかさず若造従者サンに謝るものの、エラそうに踏ん反り返ったソイツの返事を聞いて心の中で溜め息。

 さっさと流せばイイのに馬鹿だなぁ。

 何処の田舎貴族かは知らないけれど、此処は討伐士協会の中だから基本的に治外法権だ。

 そんなトコで貴族風を吹かせ捲くったら、笑われるのはお前の御主人サマだって気が付かないのかな。


「無礼はお前の方だぞ、サンズ。お前が下賎などと言う言葉を使って良い相手では無い。下がっておれ」


 あーあ。御主人サマにお手数をお掛けしちゃってるよ、この若造。

 顔色が面白い様に青くなって行ってるし、バカ丸出しだわ。

 でもそんな風に心の中で笑ってたら、当の貴族サマが目の前までやって来ちゃった。

 ちょっとヤバいかも知れない。


「討伐騎士の従者殿と見受けるが、どうか笑って許してやってくれ。アレは初めて領内を出たので勝手が判っておらんのだ」

「ははっ、無礼は私めの方にて。閣下におかれましては、こちらの方こそ御見過ごし頂けると幸いに御座います」


 ヤバいので速攻で跪いて騎士の礼を取ると、貴族サマが話し掛けてきたので聞いた風な事を言って誤魔化しに入る。

 ちなみに、ホントは閣下と言うのは幕下の人(要は部下)が呼ぶ場合だから、関係無い人が呼ぶ場合は○○様となるんだけど、こっちは向こうの名も知らないし、何爵かも判らないからしょうがない。

 まあパっと見た感じ、結構質素な雰囲気だから騎士爵辺りだと思うけどね。


「いやいや、将来のある武人に対して下賎などと言わせてしまったのだ。公の場で貴殿の名誉を汚してしまった以上、こちらに謝らせて頂きたい」


 げげぇっ。

 此処は「うむ、今後は気をつけよ」とか言って終わるトコなんじゃないの?

 片膝ついてる姿勢から見える貴族サマの足も全然動こうとしないし、こりゃ斜め上の方向から因縁を付けられた感じなのかなぁ。

 仕方無いので恐る恐る顔を上げると、なんとこの貴族サマ、そのタイミングでこっちの手を取って立たせて来ちゃったよ!

 どーしよう!?

 と思ったら、何か貴族サマが掴んだワタシの左手を見て固まってますよ。

 左手って……もしかして、ししょーの印章指輪ですか?


「大変失礼だが、名を御聞かせ願いないか? 印章指輪を持っているのならば討伐従騎士殿であろう?」


 ああ、そう言う事か。

 一瞬ししょーの知り合いかと思っちゃったよ。

 ハハハ、アセるなぁ。


「ははっ。私は四級討伐騎士ブーツェン卿の従騎士見習いでマリア・コーニスと申します」


 指輪を見られちゃった以上はししょーの名を出さないとヤバいので、取り敢えず出してみる。

 ししょーからもトラブルの時はそうする様に言われてるしね。


「ほほう、成る程。しかし見習いに印章指輪を渡すとは、その騎士殿もまた酔狂な御人の様だ」


 こちらが名乗ると、納得したらしい貴族サマが漸く動き出してくれたまではイイけれど、遂に因縁らしい因縁を付けられちゃってムッとする。

 自分の事ならともかく、ししょーの悪口は聞き捨てならない。

 これはマジで御相手する事を考えないとダメですかね。


「これは偶々、使いを果たす為に持っている物でありますれば……」


 んん!?

 因縁のお返しに少し剣気を飛ばしながら答えてやれば、さっきの若造従者にモロに当たっちゃいましたよ。

 青い顔のバカが更に真っ青になって尻餅をついたのを見ながら心の中で笑う。

 ただそんなことよりこの貴族サマ、今ワザとそっち方向を意識して避けなかったか?

 だとしたら、ししょーには遠く及ばないまでも、意外にやりそうな気がするんですけど……。


「成る程、考えてみればそうか。いや、失礼した。重ねてお詫び致す」


 なんて事を考えてたら、呆気に取られる程簡単に納得した貴族サマが詫び言を口にして微笑み、一瞬だけウインクしてそのまま離れて行った。

 何だかドッとお疲れぇって感じだ。

 もしかして、単なるナンパだったのかな?

 だったら気負ってソンしたわ。

 自分で言うのもナンだけど、ワタシは結構顔がイイらしいので、偶にそう言う事があるのですよ。

 サラのヤツも「中身とのギャップが酷すぎるっ」とか言うくらいだから、結構需要の有る顔立ちみたいなんだよね。

 但しそれは「美少年として」なので、残念ながら女子としてナンパされた事は唯の一度も無かったりする。

 単純にモテるのは嬉しいけれど、何だかとっても微妙かつ切ない気がするのは気のせいなのでしょうか?




 ◇◇◇◇◇◇◇




 下らなくも切ない事を考えながら、貴族サマから解放されたワタシはササッと二階へ上がった。

 ロビーに入ると、カウンターの一つでししょーが手招きをしてるのを見つけて小走りで近寄る。

 騎士用のカウンターは一つ一つが個室になってて扉が付いてるから、その扉を開けて待っててくれてたみたいだ。

 ぬにゅう。何だか結構待たせちゃったっぽい雰囲気ですな。


「随分と時間が掛かったようであるな?」

「ちょっと貴族サマの従者に因縁付けられちゃいまして……」


 小走りのままししょーが待つカウンター個室に入れば、即座にお小言の前触れ的な質問が降って来たので、エヘヘーっと頭を掻いて誤魔化しを試みる。

 すると、ししょーが呆れた様な顔をしてくれた。

 おおラッキー! どうやらお咎め無しっぽい。


「まあ良い。ワシの名を出したのであれば問題は無いであろう。適当に忘れておけ」


 さっきもそうしたけれど、ワタシは公の場で何かがあった場合、直ぐにししょーの名を出せと言われてる。

 その方が収まりが早いからだ。

 何しろ公の場で起こった事ともなれば、未成年の元流民が何か言っても大抵は色々とこじれるだけだもんな。


「さて。では先ずこれに署名して血判を押せ」


 うおっと、何コレ?

 見れば重厚な木のカウンター机の上に、何だか高級そうな紙を使った書類があった。

 即座にサラッと流し読みしてみたら、なんとこれは従騎士登録の書類であるらしい。

 うわっ。

 これ、まさか、ワタシを本物の従騎士に任じちゃうって事!?


「何を考え込んでおるか。銅章に成る以上、同時に従騎士に任ずるのは当たり前であろう」


 はぁぁぁ……。

 何か言ってるししょーの声も全然耳に入る余裕は無い。

 だってコレは大変なコトなんだよ。

 同じブロンズでも、討伐士章に「従騎士エスクワイア」の文字があるのと無いのとじゃ、世間の扱いは天と地ほどにも違う。

 何故なら正規の従騎士は士族の頂点である騎士の身分を持つ人が責任を持って任命した人なので、ソイツは公式にそれなりの官位を持つ人達と同じ扱いになっちゃうからだ。

 そもそも従騎士が仮のあるじである騎士の印章(権利の委任状)を預かるのは、実はそう言う事の証明なんだよね。

 しかも世に言う従騎士とは大抵の場合、所謂職業従騎士(軍隊の下士官とか)とか身分だけの従騎士(騎士の家来の人とか)がほとんどであるのに対して、討伐従騎士は騎士に成る予定の存在だからシャレにならない。

 何を言いたいかと言えば、要するにこの書類にサインして承認されちゃうと、唯の流民あがりでしか無かったこのワタシが公的に「討伐騎士候補生」の身分にジョブチェンジしちゃうと言うコトなのだ!


「まさか本当に従騎士に叙任して頂けるとは思ってもおりませんでした!」


 心の底からの言葉を口にしてググッと拳を握る。

 今までししょーの従騎士役をやっては来たけれど、それは便宜上のモノだとばかり思ってたから、こんな事になるなんて夢にも思ってなかったよ。

 ちょっとと言うか、凄い感慨が湧き上がって来て泣きそうになっちゃうわ。

 こんな幸運、逃してたまるか!

 何時ししょーの気が変わるかも判らないし、もしかしたら唯のドッキリかも知れないとアセったワタシはちょっと震える手でインベントリからペンとナイフを出すと、速攻で書類に名前を書いて血判を押し、カウンターの向こう側にいるお姉さんに渡した。


「ぬう。討伐章と伝票はどうした? 魔石もどうする?」


 うあっと、ししょーに言われるまで忘れてたよ。

 即座に討伐士章と討伐の証拠品である魔石もインベントリから引っ張り出し、傍らに置きっ放しだった伝票と一緒にお姉さんに渡す。

 こっちの剣幕にちょっと呆けてたお姉さんは、それでもそれらを受け取るとホニャっと微笑み、「しばらくお待ち下さい」と言って手続きに行ってくれた。

 むう。何だかお姉さんには迷惑を掛けてしまったみたいですな。

 しかも笑われてもしょうがない醜態だったと言うのに、微笑で返すなんて出来た人だわ。


「お待たせ致しました」


 と思った直後に、速攻で戻ってきたお姉さんがブロンズの討伐士章が乗ったトレイを差し出して来た。

 仕事早過ぎ!


「何を驚いておるか。何の用意もせず、ただ待っておるだけなど有り得ぬであろう」


 うっ、そう言われてみればそうだったよね。

 何だか呆れ顔になっちゃったししょーに言われ、自分のアホさ加減にドッと疲れる。

 でもでも、それだけビックリしたって事で、どうか許して下さい!

 ワタシは心の中で叫ぶと、恐る恐る、ブロンズに鈍く輝く討伐士章を手に取った。

 何と言うか、重さは前のブラスと変わらない筈なのに妙な重さを感じる。

 見れば表面には古代文字で九を表す「Ⅸ」の下に「エスクワイア」とあって、最後に自分のモノである事を示す「マリア・コーニス」の名前が浮き出てた。


「あ、ありがとうございますっ!」


 ワタシは討伐士章を握り締め、お姉さんとししょーにペコペコ頭を下げ捲くった。

 もう感激で泣きそうだよ。

 だってワタシっ、家とは関係無く、遂に自分の力で九位の官位(相当だけど)を取ったんだもん!

 これからは自分で自分の人生を切り開くんだい!

 気が付けばお姉さんが小さく拍手までしてくれてるし、もう胸が一杯だ。

 ありがとー、ありがとー、ワタシ、頑張るよ!

 ししょーが微妙な目で見てるのがちょっと気になるけど、勢いに乗ったワタシは心の中の誓いを新たにした。



この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。

読んで頂いた方、ありがとう御座いました。


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