001話
前からゴブ(ゴブリン)とオークが突っ込んで来た。
オークが左にゴブが右、ゴブの方が数歩先を取ってる。
ゴブなんてザコだけど、猪のバケモノみたいなオークだって今の自分にはザコの範疇だ。
「シッ!」
ワタシは息を吐いてカウンター気味に突っ込んで迎え撃った。
勢いのままゴブの頭に足技で蹴りをブチ込んでブッ飛ばし、その反動で瞬間的にオークの懐近くに入り込む。
空中で一瞬待って瞬き半分。
オークが振り込んで来た右腕をいなして、左側面から両手で握ったバスタードソードで首を飛ばす。
更にまだ振り抜いてもいないオークの右腕に一瞬乗って、血飛沫を躱しながら後方に着地っ。
百点満点!
「遅いわ馬鹿者っ。右じゃ!」
連続技が決まってナイスと思ったら、後方からししょーに怒鳴られてビクッとする。
見れば四つん這いのオークが凄い勢いで右斜め前から突っ込んで来てた。
「げっ!」
気が付いちゃいたけど、こんなんアリかよ。
そう言えばオークって四足の方が速いんだったね。
バスタードソードを右手一本に持ち替えて一閃、寄って来たゴブ二匹の首を一気に切り飛ばすとワタシは左に跳んだ。
「ブフォッ!」
一瞬で立ち位置が変わったこちらに驚いたオークが立ち上がった直後、爆速の踏み込みから一気に距離を詰めて突っ込み、口にバスタードソードの切っ先を叩き込む。
「ゲハッ!」
一撃で頭蓋骨までぶち抜いて、これでトドメだ。
「なぁにをやっておるかっ、無様な!」
オークの後ろに隠れてたゴブに気付き、苦し紛れのスラッシュでソイツを潰したら更なる怒鳴り声が響いた。
ううむ。
ししょーってば、結構おかんむりな御様子ですよ?
自分にすれば割りに上出来だったと思うんだけど……。
「えー、でも返り血とか一滴も浴びてないですよ? 上出来じゃないですかぁ」
後ろを向いて両手を挙げると、ワタシは取り敢えずの言い訳をしながらアピールしてみた。
「この馬鹿者がっ。一々相手を目で見るなと何度言ったら解るのだ!」
うっ……。
ソレを言われると結構ツラいかも。
カッコ良く確実にと考えてたから、つい見ちゃってたよ。
確かにポイントだだ下げかも知れない。
「しかも剣での突きは死に技だと何度も言った筈であろう!」
あー。
ソレを言われちゃうと、もう何も言えないわ。
何だかガックリ。
そもそも最後のオークの首を飛ばしてれば隠れてたゴブでアセる事は無かったので、そこを怠慢と言われたら言い訳は出来ない。
ラクな方を選んだと言うか、見栄えのする形を追っちゃったのが敗因だよな。
「はぁ」
取り敢えず用の済んだ剣を仕舞って溜め息を吐く。
今日は強い魔物と当たらないせいか、どうも気合が空回ってる気がする。
記念すべき弟子卒業討伐だと言うのにツいてないわ。
そう。
実はこの討伐を最後に、ワタシはししょーから離れて一本立ちする事になってるのですよ。
まだまだししょーに遠く及ばない腕ではあるけれど、高等学院卒業をきっかけに独立したいと言ったら許してくれたんだよね。
討伐士としての位階もブラス(真鍮章・12級~10級)をカンストさせて貰ったので、それを持って討伐士協会の支局に行けばブロンズ(青銅章・9級~7級)に上がるから、以降はもう立派な職業討伐士として生きられるしさ。
「まったく……」
隠れてた木々の向こうから背の高い痩せた老人が現れ、ブツブツ言いながらこっちにやって来た。
こんな魔山の只中なのに、街中を歩くような普通の服装はまるで散歩でもしてる様に見える。
この一見騎士っぽく見えないおじいさんがワタシの師匠、オマリー・ブーツェン卿だ。
旧聖王国の元親衛騎士長だそうで、とにかくバカみたいに強い。
何しろ最初に会った時、普通なら騎士が何人かで組まないと相手が出来ないオーガ(大鬼)を笑いながら一刀で斬り捨てちゃった位の腕だ。
その時こっちはそのオーガから逃げてる最中だったから、もう呆気に取られちゃってね。
思わず「人間ですよね?」と訊いちゃったのが出会いなのですよ。
まあその時は即座に怒られて、色々説教された上にゲンコツまで貰っちゃったけれども、何はともあれその出会いのお陰でワタシはこのヒト(人じゃないよ。討伐騎士なんて人外魔境の住人だしさ)の弟子にして貰えた。
当時「討伐士になる!」と息巻いて山中で孤独な修行もどきに勤しんでた割りに、全然強く成れなかった自分にとっては渡りに船だったのだ。
「ただなぁ……」
ボソッと独り言を呟いて溜め息。
このヒト、説教以外は基本無口で始終ムッとした顔してる上にとにかく厳しい。
いや厳しいなんて生易しい話じゃなくて、マジでヤバいレベルだ。
最初の頃は比喩でも何でも無く毎回死にそうになってたし、特に今日みたいな魔物と戦う実戦訓練は酷くて、お腹がブチ抜かれて自分で自分の腸を見ちゃった事すら何度かあるんだからシャレにならない。
自分がバカみたいな魔法力を持ってて、数々の医療系魔法をししょーに詰め込まれてるから何とかなるけれど、普通ならとっくの昔に故人になってるわ。
ホント、今まで何度「終わった!」と思ったことか……。
ところが、そうやって自分が泥や血塗れでエラい目に会ってる中でも、当のししょーは何処吹く風だ。
ガンガン魔物を倒し捲くりながらも怪我なんて全くしないし、それどころか返り血一滴浴びる事すら無い。
そもそも、常に一切何の防護も無いただの平服のままなんだから次元が違うんだよね。
最初にその理由を訊いたら……。
『騎士たるもの、何時如何なる時にあってもオーガの一匹や二匹は瞬殺出来ねば成らぬ。防具など無用よ』
なんてニコリともせずに答えてくれちゃって、あまりのカッコ良さに眩暈がしちゃいましたよ、エエ。
以降、こんな強者に成りたいと一生懸命に修行を続けて早三年。
やっと独り立ちを許して貰う所まで漕ぎ着けたワケです。
「何をやっておるかっ、獲物はさっさとバラして片付けい!」
おっと。
物思いに沈んでるとまた怒られちゃってドッキリ。
マズいマズい。
すっかり忘れてましたよ。
ワタシは即座に「ハイッ」と返事をして解体用のナイフを抜きながら、散らばる魔物達の死体に駆け寄った。
◇◇◇◇◇◇◇
「此度の討伐に点数を付けるのであれば、せいぜい三十点と言った所か……」
ゴブの死体を一箇所に集めて人差し指の頭程度の魔石を抜き抜きしていると、いつものししょーのお説教が始まった。
ししょーってば、手持ち無沙汰になるとすぐコレだから疲れるんだよな。
でも大人しく聞いてる振りをしないと、後でどんなシゴキが待ってるか判らないので此処は我慢のしどころだ。
「そもそもお主は動き過ぎだ。何度も言っとるが、理想は一歩も動かん事ぞ?」
神妙に聞いてる振りをしていると、ししょーの説教も段々と何時もの名調子(?)になって来た。
ああ、これはまた長くなりそうな話だ。
ちょっとグッタリ。
大体ねぇ、ししょーは理想が高すぎるんだよ。
今の動きの話なんて世に言う「後の先」ってヤツだ。
相手に先に攻撃させて、その動きを見切ってからこっちが手を出す達人技の世界なのですよ。
そんなの剣を振るスピードからして異次元の領域に入ってないと、どう考えても有り得ない。
だからワタシは、相手より先に動いて向こうの動きの選択肢を狭める様なやり方で、何とか似た様な事が出来る様にしてる。
今の自分じゃそれが精一杯なんだから許して欲しい所だ。
「はぁ」
グダグダと考えながらもお説教にハイハイと相槌を打ちつつ、ゴブの処理を終わらせて一息。
次はオークの処理だ。
あれ?
そう思ってオークが転がってる方向を見たら、何時の間にやら二体のオークが一緒にされてる。
ふと見れば、半透明な可愛い薄茶色の犬もどき(狸だと思う)が親指の頭くらいあるオークの魔石をこっちに差し出してた。
両手(前足かな)で魔石を掴んで差し出す姿が何とも可愛いらしい。
『クーちゃん、ありがとー!』
心の中でお礼言って魔石を受け取ると、クーちゃんは「キュッ」と鳴いて地面に溶ける様にいなくなった。
彼(彼女?)は一般的に「コボルト」と呼ばれる地精の一種で、実体化しないと普通の人には見えない魔法生物だ。
でも自分にとっては小さい頃から普通に見える遊び相手なんだよね。
しかもすごーく便利な能力を沢山持ってて、何時も色々と助けてくれる頼もしい相棒でもある。
その上、見た目が物凄く可愛いの。
うん、可愛い事は重要なコトだ!
「コレ、聞いておるのかっ!」
クーちゃんの可愛らしさにニマニマしていると、ししょーのスラッシュが飛んで来て頭に当たった。
地味に痛い。
幾ら手加減バリバリでも、スラッシュなんて騎士ワザを人間に向けないで欲しい。
普通の人なら昏倒してますよ!
「う、ゴメンなさい。ちょっと血抜きの魔法をやろうとしてたんで……」
ちょっとムッとしながらも言い訳を言って、仕方無くワタシは目の前にあるオークの死体の処理に入る事にした。
この辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。