何百回目のプロポーズ?
「結婚しよう」
目一杯きりっと顔を引き締めて、彼は言った。
うむ。キマった。
彼は確信とともに内心で頷いた。
対して、対座する彼女は、半眼で彼を見据えながら口許へ運びかけていたスプーンを下ろし、
「Time.お昼時。しかもお客さんの一番たくさん入って出入りが激しい時間帯。マイナス10点」
彼女の声は、極めて淡々としている。
「Place.近所のファミレス。時間帯のために席がなく喫煙席。煙い。マイナス15点」
彼は自分のカレーをスプーンですくい、口に運ぶ。
「Occasion.どう贔屓目に見てもプロポーズは成立しない。雰囲気とか全無視か。マイナス30点」
言った後で、少し考えてから、
「……やっぱりマイナス40点」
「うわあ、もう半分なくなったねえ」
おどけて見せた彼に対し、彼女はきゅっと眉根を寄せると、
「服装はいつもと同じマイナス5寝ぐせもそのままマイナス7口の端にカレーついてるマイナス7――」
「うあぁわぁあもういいッスわかった勘弁してください」
慌てて低頭した彼に、彼女は不機嫌な表情のまま一応は口を閉じた。
彼は、頭を下げたままちょいっと視線だけ上げて、
「……ダメ?」
「それで通ると思ってるなら、一体どれだけおめでたい国で生まれ育ったのかを拷問したい」
「拷問!?」
「是非」
半ば本気で震えあがった彼をしり目に、彼女は自分のカレーを一口食べた。
彼女が指摘した通り、お昼時。繁忙期のファミレス。
混み合っていたため喫煙席しか空いておらず、座った席の隣では中年のおっさんがずっぱっぱと煙草をふかしている。
まあ確かに、全くプロポーズできる状況ではない。しかし、
「もーダメだ。何にも思いつかないよ」
プロポーズはこれが初めてではない。どころか、何度目かも忘れた。
どれほど考えセッティングしても、一向にOKしてもらえないのだ。
一回目などは、高い服を買い揃え高い指輪を購入し夜景の綺麗なレストランを予約するなどありがちな状況を作り出し、夜行フェリーの遊覧船のチケットまで用意して周到にセッティングして、プロポーズして、採点され、膝をついた。
彼女は厳しかった。何がって採点が。人格が変わったみたいに冷淡に採点された。
減点法だった。
減点法だ。
膝をついた時には、もうなんかいろいろと終わったな、と思ったのだが。
真っ白になっている彼に、彼女は受け取った指輪をその場で左手の薬指にはめて、その後で彼へ手を差し出し、
「次回作に期待」
と言った。
それから早数か月。
「ネタ切れですよぅ」
スプーンを加えて、ふがふがと彼は唸った。
金がかかったらダメかと、その次にはほとんど金をかけずに(ちなみに図書館。近くにいた男子高校生が盛大に転んだ)実行したが、やはりダメだった。
その後も地味にやったり笑いを追求したりしてみたが、全部ダメ。
減点方式なのに30点を越えたことがない。
「せめて、せめて何かヒントを。方針を」
「そんなもの、自分で考えなさい。何年一緒にいるのよ」
五年だ。
うーむ。
ない頭を絞っても、もう埃くらいしか出ないのだが。
彼が唸っている間にも彼女はひょいひょいとカレーを食べていく。何だか、さっきまでよりも妙にキレのあるイイ動きをしている。
「………」
ふむ。
彼は、自分の手許にあるカレーを一匙すくい、隙を見て彼女に、
「ねえねえ。――はい、あーん」
不意打ちで思わず開けた彼女の口に、スプーンを突っ込む。ぱくっと口を閉じて驚いた表情の彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
「結婚しよう」
腹筋から声を張って、力強く言った。隣の煙草のおっさんが思いきり噎せこちらへ目を剥いた。
彼女は。
彼女は、おっさんと同じく俺の顔を凝視し、眉間にしわを寄せ、両目を閉じ、むにゅむにゅと唇をうごめかし、きゅぽっとスプーンを口から抜いた。
「……あの?」
彼女は難しい表情のまま、ごくり、と口の中のカレーを呑み込んだ。
そのまま、動かない。
「……もしもーし」
「不合格」
「あう」
にべもない。まーダメだよなあ、とか彼は椅子の背に寄りかかりかけたが、
「で、」
彼女の言葉にはまだ続きがあった。
「31点」
お? と彼は彼女を見た。30点越えた?
何がよかったのか、実のところ彼自身にもよくわかっていないが。
お、おう、と思わず拳を握る。
彼女は、と言えば。
未だに両目は閉じ、眉間にしわも寄ったままだが。
頬がやや紅潮し、唇の端がひくひくと動いており、そわそわと指先がテーブルを叩いている。
そんな彼女が見られただけでも、彼としては嬉しくなった。
だから、
「次回作に、」
「乞うご期待!」
満面の笑みで応える彼に、彼女は恥ずかしそうに赤くなった頬を掻いていた。
時空モノガタリと重複投稿。