我が研究の成果その二 【解離性同一障害的存在】
テーマは「自分は何時から何時まで自分だろうか」。
これだけ見るとただの中二病ですね。ぶっちゃけ内容もよく練られてない中二病くさい小説(笑)なんですけど、はい。
皆さんご存知のとおり、人間を含む地球上の有機生命体は、基本的に成長、或いは変化し続ける生命体です。人間の場合には、四ヶ月で身体全体の細胞が新しいものと変換されている、といわれております。
では、ちょっとした前置きを一つ。
仮定とし、十八歳のAさんという人がいるとします。そのAさんの今とその二年前の様子を比べてみましょう。
「今」のAさんは十八歳ですから、大学に行っているか、早いと就職活動をしているかもしれません。
ではそれより二年前のAさんはどうでしょう。十六歳というと、中学校を卒業して、晴れて高校生になったあたりでしょうか。なれない世界、なれない友達、初めての義務教育ではない学校生活に戸惑いを感じている時期かもしれません。
この「二人」のAさんを比べ、これが同一であるという確証はあるのでしょうか?
十八歳のAさんは、大人ですから、十六歳のAさんに比べれば幾らか冷静な判断をする事が可能でしょう。一方体力の面では十六歳のAさんの方が高いと考える事が出来ます。
違いはこういう精神面・体力面だけでなく、外見などにも表れます。
違いが有るという事は同一ではないという事ではないでしょうか?
では此処で質問です。
あなたは「何時から」あなたですか?
朝起きると、私は私ではなかった。私は私でない私になっていた。なぞなぞでも、言葉遊びでもなく、言葉通り、私は私でない私になっていた。
私で無い私を仮に「奴」としよう。奴は私から生まれた私である。何故なら私も本来の私とは違う私だからだ。
本来の私を仮に「彼」としよう。彼は私を生んだ私である。そして私は、奴を生んだ私である。奴は、私から生まれた私である。
私は私であるが、このままだと誤解が生じるので、私である私を「俺」としよう。
俺は一年前に生まれていた。俺自体の記憶は彼と繋がっている為、明確な境目はなかろうが、恐らくその位で俺は生まれたのだろう。
俺は最近奴を生んだ。奴の記憶も俺と繋がっている為、明確な境目はないが、起きた時には、もう俺は私ではなかった。
「私」とは、外部からの観測により、「基本的な構造・思想・思考・行動が彼である」ものである。しかし、恐らくは彼も彼より先の存在から生まれたのであろうから、完全な彼=私ではない。俺は彼でないので、彼を生んだ私については判らない。彼と話でもできたのならと思った。
奴は朝食を取り始めた。奴は俺と同じ嗜好をしているから、朝は納豆を食べる。俺も彼も、歯が臭くなるのは、何時も歯磨きをした上で、口内清涼剤をダメ押しして誤魔化していた。奴もその様にしてから、背広に着替えた。今日は会社があるのだった。この状態では、社長にどう言われてしまっても仕方ないが、行かないわけにも行くまいと、残念に思った。
奴は俺の様に車を走らせると、近くの公園に向かった。水道代が勿体無いのでトイレに行くのだ。トイレに行った後、奴は俺の職場に着いた。厳密には彼の職場でもある。恐らく彼を生んだ私もこの職場で働いていたのかもしれない。奴は車を駐車すると、オフィスに足を踏み入れた。
ショウコが話しかけてきた。ショウコは同僚であった。恐らく彼も、彼を生んだ私も同僚だった女だ。
「おはようございます」
元気な声だった。
「おはようございます」
奴はそう応えた。
そして奴はショウコから離れると、部長の席に向かった。本来、こういう時は社長に言うべきなのだろうが、奴は初めてだったから、そこまで気が回らなかったのだろう。
「おはようございます」
奴がそういうと、部長は低い声で唸る様に返事をした。
「おはよう」
しかしそれは怒っているのではなく、部長は低血圧であったから、少し機嫌が悪いだけであったのだ。俺がそう奴に教えようとする前に、奴は会話を続けた。
「部長、どうやら私は新しい私のようです」
部長はそれを聞くと、面倒だとでも言う様に禿げた頭を掻いた。
「またか。君は周期が早いんだな。判った。直ぐに書類は出しておこう。君は持ち場に戻りたまえ」
「はい」
奴はそう言って俺達――俺や、彼や、その生みの私の総てが座っていた――の席に着いた。隣でケンジがにやにやしながら此方を見ていた。
「なんだよ」
奴は少し不機嫌に言った。
「お前もか」
ケンジはまたにやにやして言った。お前も、という事は、ケンジも変化周期に入ったのだろうか。
「お前もか」
奴はケンジに言われた事をオウム返しした。
「おう、俺も今日が周期だったんだ。だが俺はお前とは違ってローテーションだからな。多分、お前の前の前の前の前か……多分その位に出てきた俺だよ」
今回のケンジは、彼の生みの私の生みの私の時のケンジらしい。ケンジは私とは違い回数が少ない分、周期が長いから、俺は前回と今回のケンジしか知らなかった。
奴は少し関心した後、直ぐに仕事に戻った。手際が悪かったが、それは俺にも言えた事だったので黙っていた。
昼になった。太陽が紫色になって、いよいよ夏の暑さを身に知らせる様になった。奴も暑そうにファイルで自分を煽っている。そうしていると、ショウコがやってきた。
「一緒にお昼、しない?」
奴は舞い上がった。ショウコは課の中でも一番に美面だったからだ。俺も嬉しかった。
「あ、はい、いいですよ」
奴はしどろもどろにそう言うと、ショウコと一緒に食事処に行った。とても安い所だったが、ショウコは喜んでくれていた。奴も俺もほっとしていた。
食事の席で、ショウコは呟いた。
「ねえ、付き合ってくれません?」
奴も俺も一瞬理解が出来なかった。
「え、それってどういう……」
「あはは、一応言うけど、そういう意味じゃないですよ。買い物ですよ、買い物」
そう聞くと、奴は少し安心した様な、残念な様な溜息をついていた。勿論、俺はこんな事だろうと高を括っていた。俺はそれでも買い物デートなるものが出来るのだから、いいだろうと奴に教えると、奴はよし、とガッツポーズを決めていた。
食事を終えると、奴は席に戻ると、猛スピードで仕事を片付けていく。余程ショウコとデートが出来るのが嬉しいのだろう。俺も嬉しかった。奴はさっさとノルマを達成すると、ショウコの仕事も手伝い、そのままデートを行うのだった。
デートが終わり、ショウコと別れた奴は、何をするわけでもなく、車の中でぼーっとしていた。実際は、思考がショウコの放った言葉を反芻する事で精一杯なだけだったのだ。
「結構いい人なんですね。また今度遊びに行きましょうか? 今度は、もうちょっと違う所に」
奴はにやにやしながら思考を反芻に預ける。傍から見ればただの変態であった。俺は残る力を振り絞ってそう伝える。奴ははっとなって顔を叩くとにやにや顔を押さえた。
「とにかく今日はいい日だったな」
確かにそうだな。俺はそう囁いた。
奴が車のエンジンをかけた。
「それじゃ、後は任せてくれよ」
お願いする。俺はそう言えた。
車のライトが付き、宵闇を照らす。
「明日からは一緒だな、さ、行くか」
…………。俺はもう何も言わなかった。いや、言えなかった。奴が言おうという気がなかったから、俺はもう言えなかったのだ。
奴は――『俺』は、自分の家に向かって車を走らせる。半年後に、『彼』の様に『奴』になる存在に何か一つでも残せたらいいと、雪景色の中思った。
「……これは一体なんなんだ?」
教授が言った。いや、確かに自分もなんなのだろうと思う。翻訳機はエラーしている様に見えないし、何かによって変質したにしても、こんなにも一貫性のある変化様があるのならそもそもこのプロジェクトは失敗だった事になる。
自分はモニターに映った思考エネルギーの塊が映した映像の最後――先程まで見ていた生命・ポリープノイド(オス)の記憶――を見る。そこには、フジツボの様な物が至る所に貼り付けられた様なデザインの自動車の様な物の内部が映し出されていた。画面端に見えるポリープノイドの手は触手が人間の手を真似た様な形をしていて、空に大きな太陽がてらてらと光っているのに地面から標高五メートルの範囲が薄暗くなっていて、しかも雪と言っているそれは真っ赤に染まっていた。
この思考エネルギーはアガルタ――あると言われている地底都市の方でなく、最近見つかった地球と異なる文明の生命体が繁殖していたと言われている惑星――で発見された所謂『遺思』と呼ばれるものである。
何らかの影響で放散せずに残った思考エネルギーの塊である遺思は物質混合的な神秘体となり、ある特定の放射線を当てるとその思考エネルギーの一部は電子情報化され、この様に動画、劣化がひどい場合には静画として取り出すことが可能なのである。電子情報化処理されなかった部分は被爆し、情報は全部消えてしまうが、その時その時の詳しい出来事を知る為の良いサンプルとする事が可能な為、今日では他惑星の歴史について知る際には遺思学も使用されている。勿論その生命の思った事が思考エネルギーになる為、多少事実と曲解された物が情報化される訳だが、全くの精神異常者でもない限りその歴史に基づいた思考が汲み取れる筈である。勿論、物語を作成していたりしていた場合は、他の思考エネルギーを情報化する手間が出来る為、運と勘が頼りな面もあるのだ。
今回の物はアガルタで見つかった三つ目の思考エネルギーなのだが、この思考エネルギーは全て一貫性があり、それが先に言った『ポリープノイドの生態』『空に常時照る惑星系の中心恒星』『季節の感覚がバラバラ』という点である。逆を言うと、それ以外は同じ時代にあった筈のNo.1とNo.3――先程の物と、一番最初に見つかった物――のポリープノイドの視界に映る世界観が全くもって違った。No.3は人間の歴史で言う旧二十世紀の最後と旧二十一世紀最初期の社会人の一日に近い物であったが、No.1は旧中世時代の農民の様な暮らしが延々と流れたのだ。
「……全くもって理解が出来ない。アガルタは……死ぬ前はこんなにも訳のわからん星だったのか?」
「そうだったんじゃないでしょうか……。それにしても、此処まで人類の歴史と似ていると、何か親近感を覚えますね~」
「暢気な事を言っている場合か。……はあ、君、これをどうやって解釈して各コロニーの学者共に発表すればいいか、考えておいていてくれ」
「ええ~~!? 何でですか~! 自分ができない事を自分に任せて何が楽しいんです~!!」
「黙れ。丁度いいだろう、君、何の成果も出来てないのだからな。無事成功したらその評価は全て君にくれてやろう」
「え! 本当ですか~! ラッキィ~~!」
「代わり、一緒についてくる褒賞金とこのコロニーの西エリア管理権は私が頂くからな」
「あ! そんな酷いですよ教授~!」
まったく、教授は何時もそうだ。自分を奴隷か何かと勘違いしているんじゃないのかな。
新しく生えたポリープが、古いポリープを吸収していく映像をちらりと見た。ポリープノイドは長い生命活動をする代わりに、何年か毎に入れ替わり、擬似的に自分の体内でも種の進化の真似事をして、自分をより良い存在にしている。……自分もこんな風に、もっといい自分だったら良かったのに。それがもし昨日までの『自分』じゃなくても、自分が自分と思うなら、きっとそれは『自分』だろうし。
そう思いながら自分は、目の前の悪代官を睨み付けていた。
作中のポリープノイドは、ある一定の周期で外面・内面を一新させる事で、長い寿命と新しい文化の発展を目指す様に進化した生命体でした。
人間もある意味そうです。細胞分裂が行われなくなれば、人間は一週間かそこらで死に至るでしょう。
前書きから持ってくれば、四ヶ月で身体全体の細胞が入れ替わるというのが、ポリープノイドではある一定周期で新しい自分のコピーと入れ替わるというだけに過ぎません。
逆を言うなら、人間は四ヶ月で新しい自分のコピーと入れ替わっているのです。
なら、「私」は原初の「私」ではないのだろう。
なのに「私」は「私」であると誤認している。
それは何て気色の悪い。
まるで解離した人格に乗っ取られている様。