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Fly*Flying*MoonLight  作者: あかし瑞穂
再び……今の満月
8/88

PM11:00 私の家

「これは……」

 車の窓を開けた和也さんが、呆然としたように言った。


 むせかえるような、薔薇の香り。背の高い、鉄の門を開けると、暗闇の中から葉の擦れる音がした。


「……こちらです」

 私は車を停めるところを指図した。和也さんが車を停めている間に、玄関の鍵を開ける。

ホールの電気を付ける。和也さんが、スーツケースを持って、古いオーク材の扉を開けて入ってきた。


「……すごいな」

 瞳がさっき空を飛んだ時と同じように輝いてる。


 古い洋館。玄関ホールには、大きな振り子時計。ステンドグラスの飾窓、壁のランプ。アンティーク調のテーブルの上には、水晶のクラスターや瑠璃。

……多分、アンティーク好きだったら、たまらない家なんだと思う。


「へ、部屋は二階をどうぞ。祖父が使っていた部屋がありますから」

 ……男の人が寝られそうなベッドって、あの部屋しかないのよね……。

私はゆるやかなカーブを描いた階段を先にのぼり、左に曲がって奥の部屋へと案内した。

 

 つきあたりの左手にあるドアを開け、和也さんを中に通した。

ダブルベッドに作業用机が一つ。シンプルな家具。

「……」

 和也さんは、黙ったまま、視線をあちらこちらに走らせた。……壁にしつらえられた、大きな暖炉を見てる……?

「すみません、その暖炉、もう使えないんです」

 和也さんは、はっとしたように私を見た。

「いや、構わない」

 ……また、じっと部屋を見る和也さん。


「……この部屋で、いいのか?」

「はい?」

「俺が使っても?」

「……はい。祖父はもう亡くなりましたし、男性が寝られそうな部屋ってここしかないので」

「……」

 強引に来た割には、なんだか躊躇ってるみたいに見えるけど……。

「……お前のおじいさんは……愛されてたんだな」

「え……?」

「この部屋は……この部屋の主は、大事にされてたんだって、わかる」

「……和也さん?」

 和也さんは天井を仰ぎ見た。磨きこまれた、艶のある木材の天井。

「主がいなくなっても、家具も……壁も床も、丁寧に扱われてる」


 ……びっくり、した。


 この俺様な人から、こんな言葉を聞くとは思ってなかった。


(美月さんが、社長は勘が鋭いって言ってたっけ……)

 私は思わず微笑んだ。

「……ありがとうございます。祖父と祖母は、本当に仲の良い夫婦でした」

「……」

「この部屋は……祖父を守るために、祖母が……」

 言いかけて、ふと、止まる。


「……おばあさんがどうした?」

 和也さんが聞く。私は、ちょっと目を瞑って、呼吸を整えた。

「……祖母が、魔法をかけた部屋、なんです……」

 今まで誰にも言った事はなかった。魔法の話をしても、馬鹿にされるだけだったから。

でも、この人なら信じてくれる。

……なぜか、そう、思った。


「そう……か……」

 和也さんは、どこか遠い目をした。


 ……なんだろう。

俺様で、強引で、仕事もやり手で、背も高くて、顔も綺麗で、恋人だっていっぱいいて、お金持ちで……。


 ……なのに。


 私が持ってるものを……私が当たり前に手にしているものを……

 ……この人は、何も、持っていないのかも、しれないって……思った。


「あの……」

「……」

 和也さんは、黙ったまま私を見下ろした。

「祖母の魔法は、まだ有効です。だから……」

 私はそっと背伸びして、艶やかな髪をなぜなぜした。

「きっと、あなたを守ってくれるはずです」

 ……和也さんが目を見開いた。


 ふと、我に返った。

 わ、私、小さい子にするみたいに、和也さんの事なぜてた……っ!!


「あっ、す、すみませんっ!」

 思わずぱっと離した手を、和也さんの右手が掴んだ。

「あの……?」

 和也さんが、じっと私を見つめてる。

「お前……」

「はい?」

 和也さんはしばらく何も言わなかったけど、やがて、はあ、と大きなため息をついて、私の手を離した。


「あ、この部屋の隣にシャワーがあるので、そこを使って下さい。私は一階を使いますから」

「……」

「では、おやすみなさい」

 回れ右して部屋を出て行こうとした私の耳に、

「……おやすみ」

と言う低い声が聞こえた。


「ふう……」

 閉めた扉に、背中を預けた。き、緊張、した……。


 和也さん、無事……だったよね……

(……ってことは、受け入れられたってことよね……この家に……)


 おばあちゃんの魔法。悪しき心の持ち主が、足を踏み入れると、この館が拒絶反応を示す。

そこまで行かなくても、無意識のうちに魔法にかかって、酔ってしまったようになる人も少なくない。


 ……でも、何ともなかった。

(認められたってこと……?)

 それはそれで、複雑な気持ち……。


 よく考えたら、男の人がこの家にいるのって……おじいちゃんが亡くなって以来、なんだ……。

(なんだか、慣れない……なあ……)

 まあ、魔法のシールドが張り巡らされてるから、勝手にあちこち入れないし、安心は安心なんだけど。

 

ふあああ、とあくびが出た。


 ……とりあえず、もう、寝よう。明日も朝、早いし……。


 私は、自分の部屋の扉を開けて、中に入った。

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