PM7:00 食堂~居間
*** PM7:00 食堂
「……美味そうだな」
和也さんが、食堂に入って来た。
(……よかった、いつもの和也さんだ)
テーブルの上に咲いたケーキの花を見ながら、そっとため息をついた。
……和也さんが、こっちを見た。
目が合う。ふっと自然に微笑まれた。
……とびきり、優しい笑顔。
……心臓が、一瞬、止まった。
「どうしたの、楓ちゃん?」
晴人さんの不思議そうな声。私は慌てて首を振った。
「な、なんでもないですっ」
みんなでわいわい、ケーキを分ける。
私は薔薇のジェルがかかった、レアチーズケーキ。和也さんは、ミントの効いた濃いめのチョコケーキ。美月さんはスイートバイオレットの花が乗ったレモンケーキ。
おじいさまは、薄紫や黄色が混ざったハーブゼリー。晴人さんはキャラウェイを混ぜたパウンドケーキ。
「ほう、なかなかの味じゃな」
「本当、美味しいわ」
「……甘さがちょうどいいな。コクがあって」
「だろ~? まだまだ開発中だから、意見があったら言って欲しいんだ」
和也さんと美月さんが、晴人さんにいろいろ意見を言ってる。
その様子を見ながら、スプーンでケーキを食べる。とっても美味しいって思いながら、まだ、心臓がどきどきしてる……。
和也さん……
ちらりと隣の和也さんを見る。淡い空色のVネックのセーターが良く似合ってる。
雑誌のモデルみたい……。
……和也さんみたいに、スタイル良くて、なんでもできる人から『余裕ない』って、言われても……。
(実感、わかないなあ……)
そんな事を思ってた。
*** PM9:00 居間
「……ふう」
どさり、と和也さんがソファに腰を下ろす。
「あいつら、いつもああなのか?」
あいつらって……おじいさまに、またいとこさんに、お友達ですよ?
「そ……うですね……?」
ソファの前の低めのテーブルに、コーヒーを載せたトレイを置く。
……ケーキの味見ついでに、みなさんに夕御飯も食べていってもらった。
『このスープ、美味しいよね。うちの店でも出したいなあ』
……って、いつも晴人さんは言ってくれるけど……。
(魔法をかけながら、しか作れないから、お店に出すのはムリかなあ……)
「楓。無理はするなよ? 疲れてたら、追い返してもいいんだから」
「追い返すって……」
私は首を振った。
「疲れてなんか、ないです。私より、和也さんの方が……」
……大きな手が私の腕を掴んだ。
そのまま引っ張られて、ソファの上に座る。
ごろん。
「……和也さん?」
和也さんの頭が、私の膝の上、に。
「……俺は、こうしてるだけで、疲れとれるから」
「……コーヒー、冷めちゃいますよ?」
「……後で」
そう言って、和也さんは目をつむった。
……すぐに静かな寝息。
そっと綺麗な髪をなぜながら、皆の事を思い浮かべた。
美月さんと晴人さん、いつも顔合わせるたび、あーだこーだ言い合ってるけど……。
結局、晴人さんが美月さんを送ってくれてるし。案外、お似合いかも。
おじいさまは、いつも葉山さんがお迎えに。
『楓様。和也様をよろしくお願いしますね』
……って。葉山さんは和也さんの事、ずっと気にかけてくれてるんだなあ。二十二年前のあの時もそうだったから。
和也さんの中の、あの子はこの頃姿を見せない。寂しくなくなったのかな。
『楓。いつかあなたも……』
おばあちゃんの言葉。
『運命の人に出会うから』
……うん。おばあちゃん。
安心しきった和也さんの顔を見ながら、思った。
……私、あの時、本当の魔女にならなくて良かった。
人として生きるのを、やめてたら……
……こんなに、大好きって思える人の、傍にいる事もできなかった。
(和也さん……)
窓の外を見る。今日は満月。銀の光に薔薇園が照らされて……。
「……あ……」
そっと和也さんを揺り動かす。
「和也さん、起きて?」
「ん……?」
和也さんが、ゆっくりと目を開ける。
「……一緒に来て下さい」
和也さんが頭を起こし、目をこすった。
「……どこに?」
私はにっこり笑って言った。
「……薔薇園です」




