PM6:40 俺の部屋
……ったく……。
ネクタイを外し、スーツを脱ぐ。ワイシャツのボタンを一つ二つ外す。
(あいつら、いつもあんな感じで集まってるのか)
もやもやしたような、すっきりしない感情。
……こんこん。
「……和也、さん?」
遠慮がちに扉が開いて、楓が入ってきた。エプロン姿が似合ってる。
楓は、とことこと俺に近寄ってきた。
「あの……」
楓がじっと俺を見上げた。
「和也さん……大丈夫、ですか?」
「……別に体調悪くはないが」
「でも……なんだか、様子が……」
心配そうな瞳。
俺は、また一つ、ため息をついた。
「……何でもない。ただ、俺の心が狭いだけだ」
「え?」
楓が目を丸くした。
……楓があんな風に皆から慕われるのが、誇らしい気持ちもあるのに
……一人占めしたい気持ちの方が強い。
「余裕……ないんだ」
独り言のように、俺は言った。
「お前に関しては……どうしたらいいのか、わからない事の方が多い」
「……」
楓は黙ったまま、俺の言葉を聞いていた。
ははっ……と自嘲気味に笑った。
「カッコつかないな、これじゃ」
……ふわっ
……薔薇の香り、が俺を包んだ。
「かえ……で?」
楓が俺を抱きしめていた。
「和也……さんは、そのままでいいんです」
柔らかくて、温かい感触。
温かい……何か、が心に流れ込んでくる。
「楓……」
そっと抱きしめる。痛くないように。
「……和也、さん」
「ん?」
「……私の、心臓の音、聞こえますか?」
とくん、とくん、とくん……。
伝わってくる鼓動。
「……ちょっと速い、な」
「……和也さん、だけです」
楓が顔を上げ、俺を真っ直ぐに見た。
「……こんな風に、どきどきするのは」
……。
…………。
……何も、言えない。動かない。身体が。
楓が手を伸ばしてきた。俺の左頬に、楓の右手がそっと触れた。
「……和也さん……」
そのまま、背伸びをして……
……俺が固まってる間に……
唇に、柔らかくて、甘い感触、が。
……やがて、そっと身体を離した楓が、にっこりと笑って言った。
「……大好き、です」
……!!
「か……」
思い切り抱きしめようとした時――
「ねー楓ちゃーん? ケーキ食べようよ~」
のんきな晴人の声が下から聞こえた。一気に力が抜けた。
「はーい」
楓が返事をする。彼女の頬が赤くなってる……?
「先に行きますね」
たたたっと楓が小走りに部屋を出て行く。
……俺は、呆然とその場に突っ立っていた。
……絶対、真っ赤……だよな、俺。
……一撃でやられた。まいった。
(……楓には一生、頭が上がらないんじゃ……)
そんな気がした。
ふっと笑みがこぼれた。強張っていた心が……ほぐれている。
俺は、ワイシャツを脱いで、薄手のセーターに着替えた。




