PM6:30 食堂
「……ただいま」
「「「「おかえりなさい」」」」
……は!? なんで……。
俺は目の前の光景を疑った。
「よっ、和也。今日は早いんだな」
楓の隣に立っていた茶髪の男が、右手をひょいっと挙げた。
「……晴人」
相変わらず、軽そうな奴。
「和也さん、晴人さんがまたお土産持ってきてくれて……」
楓がにっこりと笑った。
「とってもおいしそう! 目移りしちゃいます」
……テーブルの上に開けられた、白い箱の中。
色とりどりの小さなケーキが並んでいた。
「これ、今度俺がプロデュースするレストランで出そうと思ってるケーキなんだ」
……女性が好きそうだな。宝石箱のようだ。
晴人が説明を続けた。
「ほら、いろんなケーキを食べたいけど、カロリーが……って女性は気にするだろ? 一口サイズにすれば、いろいろ選べるし……」
晴人がちら、と楓を見た。
「……でも、それだけじゃ、つまらないから、楓ちゃんに協力してもらったんだ」
……楓ちゃん。
多分、俺のこめかみに青筋立ってる。
「……題して、『美しくなるケーキ』。ハーブで美容効果のあるものを楓ちゃんに選んでもらって、うちのパティシエがレシピ考えたんだ」
晴人が楓に笑いかけた。
「本当、楓ちゃんのハーブ好評なんだよ。このまま、うちの会社のフードプロデューサーにならない?」
「え?」
楓が目を丸くした。
「……で、でも、私、ハーブの資格ぐらいしか持ってないんですけど……」
戸惑ったような楓を晴人が遮る。
「大丈夫だよ~。俺もついてるし……」
……俺が言葉を発するよりも前に、やや冷たい声が響いた。
「……それは困りますわ、晴人さん。楓さんはわが社とタイアップ中ですの」
「美月さん!?」
伶子が楓の肩に後ろから手をまわした。
猫の様な伶子の瞳が、晴人を捕らえている。いつものきりりとしたパンツスーツ姿、だ。
「……お前、社長になってから偉そうだよな」
晴人が伶子を睨む。伶子はふふん、と晴人を横目で見た。
「あら、楓さんの才能に目を付けたのは、私が先ですわよ?」
伶子が言葉を続ける。
「楓さんの作った、『月の薔薇水』すごい人気よ? 作ってもらっても、すぐ売り切れて、手に入らない~って苦情が来てるくらいなの」
……そうなのか。
「ねえ、和也? S・I・コーポレーションの未来のためよ? 楓さんに、協力してもらってもいいわよね?」
「……お前が俺の邪魔をしないならな、伶子」
はあ、と伶子がため息をつく。
「楓さん、こんな心の狭い男でいいの?」
「あの……」
楓が困ったような顔をした。
「その意見には、俺も賛成だな」
「無駄口叩くな、晴人」
ぴしゃりと言い返す。
……はっはっは、と高笑いが響いた。
「まあまあ、楓さんが困っておるじゃろう。その辺にしておいたら、どうじゃ?」
伶子と晴人が黙る。
「……で、どうしてあなたが俺より先にここにいるんです?」
俺は、食堂の机に座っている、羽織袴姿のじーさんに冷たい視線を投げた。
「和也さん、おじいさま、仕事のし過ぎでめまいを起こされたんですって」
楓が俺を見ながら言った。
「なんでも、いつもの何倍ものお仕事が回ってきたって……それで早退されたって……」
「……へえ……そうなんですか? 会長」
――どう見ても、元気そうにしか見えないが。
俺の視線にも全く動じずに、じーさんが楓に言った。
「いや~……和也の調子も今一つでなあ……今日はもう切り上げて帰った方がいいと判断したんじゃよ」
……。
はあとため息が出た。
「……着替えてくる」
俺は食堂を出て、ニ階に向かった。




