結び
電撃二千字お題【桜の下で待ってるあの人】に沿って書いた作品、第二弾です。
私の記念すべき掌編十作目です。
両端を森で挟まれた石造りの階段。私はそこを早足で登る。先にある神社に用事があった。
「こっち」
「そんなに慌てなくても……」
「いいから、早く!」
悟は諦めた様子で私の後をついてくる。男のクセに、相変わらず頼りなく見える。
そんな悟に恋心を抱いている私も私だが……。
きっかけは単純だった。高校に入学してすぐ、彼に一目惚れしたのだ。
中性的な顔立ちに、優しい笑顔。少し気弱だけど、それがまた可愛い。クラスの用事で初めて話して以来、私は彼に一方的に言い寄っている。頼みごとを断れない彼の性格を見抜いてのこと。
「男なんだから、もっとしっかり登りなさいよね」
「そんなこと言ったってさぁ……」
まあ実際は、こんな刺々しい態度ばかりとっている。
もっと優しく接したいはずのに、何でだろう。こんな自分が嫌になる。
階段を登り終えるまで約十分を要し、やっとの思いで鳥居をくぐった。拝殿の右手に大きな桜の木が植わっている。
その桜には「縁結びの神様」が宿っているらしい。
でも、この噂を知っている人はこの地域でもごく僅かだそうだ。さりげなく悟にこの神社の話をしてみたが、彼は桜の言い伝えは知らない様子だった。
そこで私は、彼を無理やり引き連れて神頼みにきたのだ。
彼が私の方へ振り向いてくれますように、と。
境内は静まり返っていた。木々の擦れる音だけが耳に入ってくる。
ふと桜の方に目をやると、信じられない光景が映った。
――オジサンが一人、桜の木の下に立っていた。
見た目は五十歳くらい。小太りで上半身裸。白いふんどしだけを身につけている。
「あれ……誰だろうね」
「さ、さぁ……。私に、分かるわけないじゃない」
ふんどしの布が揺れていた。風のせいではない。オジサン自身が左右に揺れているのだ。そしてどこか遠くを見つめている。何かを悟ったような瞳は、神々しくさえ見える。
普通、あんな格好してたら即通報されるはずでしょ。なのにあのオジサンは、この神聖な場所に平気でその身を置いている。
……まさか、あれが縁結びの神様じゃ、ないよね。
ない。
まず私のイメージ上、縁結びの神様は黒髪の美人で、巫女さんの姿で、お淑やかで。決してあんな小太りのふんどしではないわけで……。
彼のふんどしに黒字で書かれた「ネ申」の文字が、私のイメージに侵入してくる。
――縁結びの神。
――ふんどし結びのネ申。
絶対ない!
神様なんて、実際にいる訳ないじゃん! あれ? じゃあ私は何しにここへ来たの?
「倉橋? 大丈夫か?」
悟の言葉は聞こえたが、返事することができなかった。
あいた口が塞がらない。私はつい、右手に持っていた鞄を落としてしまう。
「一体、何なの……」
目の前が真っ白になる。
私の、縁結びの神様像が、音もなく崩れて――
「お父さん! こんな所にいたよ~」
急に、私たちの背後から声がした。
小学生くらいの女の子がオジサンの方へ駆け寄っていく。すると、オジサンは弱々しい声で話しはじめた。
「お母さん、もう怒ってなかったか?」
「平気。さっきはひっぱたいて悪かったって言ってたよ。お父さんもこんな所でイジけてないで、帰ってきて。一緒に夕ご飯食べようよ」
「あ、ああ」
女の子に手を引かれつつ、オジサンは私たちの横を通り過ぎていく。こっちは全然気にしていない様子だった。
二人が階段を降りていく様子を、私はただ眺めるしかなかった。
みっともない。子供に迎えにきてもらうなんて。
ところであの人、ただの家出オジサンだったんだ。
何だ……安心した。てか紛らわしいよ! そして、帰り道で絶対捕まるよ!
――ふと、違和感を覚えた。
さっき鞄を落としたはずなのに、右手が何かを掴んでいる。
私のより一回り大きな手。悟の左手だった。
言葉を発することができず、私は悟の方を見る。彼は顔を赤らめながら呟いた。
「なんか辛そうな顔して震えてたから、つい……。ごめん」
「い、いや……。うん」
胸の奥が脈打ち、それが手まで伝わる。私の緊張は、恐らく悟にも伝わっているだろう。
……まあ、それはそれでいいのかも。
境内の裏の鐘が鳴る。夕方五時を知らせる合図。
「僕たちも、帰ろうか」
「う、うん。そうだね」
私の手を引き、悟は早足で歩き出す。私は小走りで彼の後につく。彼の後ろ姿は、何だかやけに頼もしく見えた。
結局、あの変なオジサンを見に来ただけだった。
でも彼は、私にとって「縁結びの神様」だったのかもしれない。
右手から伝わる温もりが、そう思わせてくれた。
「「あっ」」
階段を降りようとしたその時、私と悟は同時に声をあげる。
「あ、あれ……? あの二人は?」
「まだあれから、何分も経ってないよな……?」
長い階段の途中に、あの親子の姿はない。
下界から吹き上げる春風が、桜の花びらを数枚運んできた。
ただ、書籍化すると読めない部分が……。