表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

電撃二千字お題作

結び

作者: はなうた

電撃二千字お題【桜の下で待ってるあの人】に沿って書いた作品、第二弾です。

私の記念すべき掌編十作目です。


 両端を森で挟まれた石造りの階段。私はそこを早足で登る。先にある神社に用事があった。


「こっち」

「そんなに慌てなくても……」

「いいから、早く!」


 さとるは諦めた様子で私の後をついてくる。男のクセに、相変わらず頼りなく見える。

 そんな悟に恋心を抱いている私も私だが……。


 きっかけは単純だった。高校に入学してすぐ、彼に一目惚れしたのだ。

 中性的な顔立ちに、優しい笑顔。少し気弱だけど、それがまた可愛い。クラスの用事で初めて話して以来、私は彼に一方的に言い寄っている。頼みごとを断れない彼の性格を見抜いてのこと。


「男なんだから、もっとしっかり登りなさいよね」

「そんなこと言ったってさぁ……」


 まあ実際は、こんな刺々しい態度ばかりとっている。

 もっと優しく接したいはずのに、何でだろう。こんな自分が嫌になる。


 階段を登り終えるまで約十分を要し、やっとの思いで鳥居をくぐった。拝殿の右手に大きな桜の木が植わっている。

 その桜には「縁結びの神様」が宿っているらしい。

 でも、この噂を知っている人はこの地域でもごく僅かだそうだ。さりげなく悟にこの神社の話をしてみたが、彼は桜の言い伝えは知らない様子だった。


 そこで私は、彼を無理やり引き連れて神頼みにきたのだ。

 彼が私の方へ振り向いてくれますように、と。


 境内は静まり返っていた。木々の擦れる音だけが耳に入ってくる。

 ふと桜の方に目をやると、信じられない光景が映った。


 ――オジサンが一人、桜の木の下に立っていた。


 見た目は五十歳くらい。小太りで上半身裸。白いふんどしだけを身につけている。


「あれ……誰だろうね」

「さ、さぁ……。私に、分かるわけないじゃない」


 ふんどしの布が揺れていた。風のせいではない。オジサン自身が左右に揺れているのだ。そしてどこか遠くを見つめている。何かを悟ったような瞳は、神々しくさえ見える。

 普通、あんな格好してたら即通報されるはずでしょ。なのにあのオジサンは、この神聖な場所に平気でその身を置いている。

 ……まさか、あれが縁結びの神様じゃ、ないよね。


 ない。


 まず私のイメージ上、縁結びの神様は黒髪の美人で、巫女さんの姿で、お淑やかで。決してあんな小太りのふんどしではないわけで……。

 彼のふんどしに黒字で書かれた「ネ申」の文字が、私のイメージに侵入してくる。


 ――縁結びの神。


 ――ふんどし結びのネ申。


 絶対ない!


 神様なんて、実際にいる訳ないじゃん! あれ? じゃあ私は何しにここへ来たの?


「倉橋? 大丈夫か?」


 悟の言葉は聞こえたが、返事することができなかった。

 あいた口が塞がらない。私はつい、右手に持っていた鞄を落としてしまう。


「一体、何なの……」


 目の前が真っ白になる。

 私の、縁結びの神様像が、音もなく崩れて――


「お父さん! こんな所にいたよ~」


 急に、私たちの背後から声がした。

 小学生くらいの女の子がオジサンの方へ駆け寄っていく。すると、オジサンは弱々しい声で話しはじめた。


「お母さん、もう怒ってなかったか?」

「平気。さっきはひっぱたいて悪かったって言ってたよ。お父さんもこんな所でイジけてないで、帰ってきて。一緒に夕ご飯食べようよ」

「あ、ああ」


 女の子に手を引かれつつ、オジサンは私たちの横を通り過ぎていく。こっちは全然気にしていない様子だった。

 二人が階段を降りていく様子を、私はただ眺めるしかなかった。

 みっともない。子供に迎えにきてもらうなんて。

 ところであの人、ただの家出オジサンだったんだ。

 何だ……安心した。てか紛らわしいよ! そして、帰り道で絶対捕まるよ!


 ――ふと、違和感を覚えた。


 さっき鞄を落としたはずなのに、右手が何かを掴んでいる。

 私のより一回り大きな手。悟の左手だった。

 言葉を発することができず、私は悟の方を見る。彼は顔を赤らめながら呟いた。


「なんか辛そうな顔して震えてたから、つい……。ごめん」

「い、いや……。うん」


 胸の奥が脈打ち、それが手まで伝わる。私の緊張は、恐らく悟にも伝わっているだろう。

 ……まあ、それはそれでいいのかも。



 境内の裏の鐘が鳴る。夕方五時を知らせる合図。


「僕たちも、帰ろうか」

「う、うん。そうだね」


 私の手を引き、悟は早足で歩き出す。私は小走りで彼の後につく。彼の後ろ姿は、何だかやけに頼もしく見えた。

 結局、あの変なオジサンを見に来ただけだった。

 でも彼は、私にとって「縁結びの神様」だったのかもしれない。

 右手から伝わる温もりが、そう思わせてくれた。


「「あっ」」


 階段を降りようとしたその時、私と悟は同時に声をあげる。


「あ、あれ……? あの二人は?」

「まだあれから、何分も経ってないよな……?」


 長い階段の途中に、あの親子の姿はない。

 下界から吹き上げる春風が、桜の花びらを数枚運んできた。



ただ、書籍化すると読めない部分が……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ