【競作/起】長い長い一日:肝試し
「ねえ、もうやめようよぅ……」
か細い声が、俺の後ろから聞こえてくる。
俺たちは今、近所の寺にある墓場で肝試しをしている。
すぐ後ろにいるのは、幼馴染の鈴木宗見だ。ちなみに同級生の女子。
クラスは残念ながら違うが。
さて、何はともあれ、夏といえばという他愛もない話で始めた会話の流れで、俺たちは肝試しをする羽目になった。
俺と鈴木の友達たちの合わせて6人だ。
2人1組になって、お昼前に置いた物を写真に撮って行くというものだった。
「これで2枚目か」
携帯で写真を撮ると、袖を引っ張っている鈴木にいう。
震えているのがはっきり分かるほどだ。
おそらく、後ろを振り向けば、つーサイドトップにした髪も、先端が震えているだろう。
「なに、だいじょーぶだって」
俺がいるからと言おうとした時、どこからともなく音楽が聞こえてきた。
「とんてけちん、とんてけちん。
旨き者とぞ一目みん。一目みん。
我が目にはそれしかなく、何もなく。
我が子の嫁は、いずこいる。いずこいる。
なにはともあれ宴会じゃ。話を聞こう。聞こう」
その歌詞は、聞き覚えは少しもなかったが、少なくても楽しそうに聞こえた。
「…なに、あの曲」
鈴木は、立ち止りながらも、気になっているようなそぶりを見せる。
「見に行く?」
曲は、だんだんと大きくなりながらも、ずっと続いている。
「え、でも…」
「大丈夫だろ。きっとあいつらが仕掛けたやつだろうし」
俺はその時は、そんなふうに簡単に考えていた。
あいつらというのは、もちろん俺たちの友達だ。
あいつらなら、きっとやるだろうという考えも、頭のどこかにあったかもしれない。
「うん……」
鈴木は、結局俺と一緒になって、曲のところへ聞きに行くことにした。
でも、その時は、まだ俺たちは知る由もなかった。
この世界には、裏があることを。
曲が聞こえた方向へ、歩いていくと、広い土地に出た。
そこでは、今まで絵の中でしか見たことがないような妖怪の人たちが、宴を開いていた。
「…おう、そこの人間も入れや」
ふと、一人の妖怪が、墓石の後ろに隠れている俺たちを見つけ、ヒョウタンの形をした焼き物の中に入っている、どうもお酒のような透明の液体を俺たちに無理やり飲ませる。
それで、俺はこれが現実だと気付いた。
「お、これはべっぴんさんやなぁ。まだ人間界にもこんなええ娘がおるんかぁ」
明らかに酔っぱらった妖怪が、鈴木に絡んでくる。
「やめんかっ」
それを、すぐよこにいた妖怪が止める。
「150年前の契りを、よもや忘れたわけではあるまい」
それが何かは分からなかったが、その3mはあろうかという妖怪が、俺たちを向く。
「失礼した客人方。どうか、この非礼を許していただきたい」
「いえいえ、そんな。勝手に入ったのは俺たちの方ですし」
「ならば、このうたげに入ればよかろう」
最年長のような、亀の妖怪が、俺たちを値踏みするように言ってくる。
「長老がそうおっしゃるであれば、異議はありません」
「ならば、ほれ。これへ」
パンパンと短い脚で柏手を打つと、あっというまに、女人たちがお膳を運んで来てくれる。
そこには、見たことがないような珍味美味なるものがぎっしりと詰まっていた。
「さて、では宴の続きとしようじゃないか」
長老がそう宣言をすると、あっという間に元の騒がしさを取り戻した。
そのさなか、髪が痛いと言いだした鈴木が、髪留めに使っていたゴムバンドを俺に渡してきた。
「おい、大丈夫か?」
俺は鈴木に尋ねる。
「大丈夫、きっと大丈夫。でも、ちょっと暑くなってきちゃったかなぁ」
鈴木が言うと、両方のゴムバンドを外し、右側の赤色のバンドを鈴木の右腕に巻きつけ、左側の青色のバンドを俺の手に巻きつけてきた。
「これで、大丈夫だね」
何が大丈夫なのかは、よく分からなかったが、俺はそろそろ帰ろうと考え、長老に挨拶をすることにした。
「…そうか、ならば、次会う時まで楽しみにしておこう。お嬢さんは、まだ帰る気がないようだから、おいていくのがよかろう。なに、何も心配することはない」
「鈴木を置いて行くなんてできませんよ」
「いや、おぬしはお嬢さんを置いていくことになる」
それから、どんと俺の胸を強く突くと、一瞬で意識を失った。
次目が覚めると、家のベッドに寝転がっていた。
何も変わらない窓から見える朝の風景。
夏の暑い、とても暑い日差しがすでに部屋の中に入り込んできていて、それが自然と俺の体も熱くさせる。
ふとみると、左手に昨日の肝試しの時に鈴木が着けたゴムバンドがしっかりと結びつけられている。
まるで今はやりのミサンガのような感じだ。
起きて窓の外を見ると、強烈な違和感を感じる。
それがなぜなのか、わずかに脳が理解するのに時間がかかった。
鈴木の家が違っているのだ。
部屋の中を見回しても、一緒に撮った写真の顔が違っている。
「うそだろ……」
でも、それが現実だった。
下から声が聞こえるが、それは俺を呼ぶ女の子の声だ。
「河島荘司くん、まだ寝てるの?」
その声は聞き覚えがある。
だが、がらりと開けるドアから見える顔は、なんとなく、違うようだ。
「鈴木かぁ」
「そうじゃないわよ、行くよ。学校」
学校?
夏休みかと思ったが、壁のカレンダーを見るとどうも今日は登校日になっている。
「分かった、先に行っててくれないか」
「下で待ってるからね」
どうやら、俺はこの世界で生きていくことになりそうだ。
だが、本当の世界ではないことは、はっきりしている。
何時の日にか、俺は向こうに戻る必要がある。
それが、これからの指針となった。