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女騎士の憂鬱  作者: ヒロ
7/8

祭りの終わり

前回はほぼ蚊帳の外だったクロードにちょっとだけいい思いをさせてみました。

 思わぬアクシデントと意外な人物の登場で、生誕祭2日目はつぶれてしまった。


 今日は最終日。

 生誕祭のメインイベントと言っても過言ではない、好きな人に手作りお菓子をわたす日だ。

 本当は陛下が城から花をまくのがメインイベントなはずなんだけど、きっとみんなジンクスのことしか頭にないんだろう。

 年頃の男女の目の色が違う。


 そう言う私はというと、今日もクラリスについて城内のあちこちを回っていた。

 最終日ともなると、遠くにある領地へ帰る準備をする賓客や、逆にようやく仕事を片付けた貴族がやってきたりと、様々な人間が城に出入りする。

 おかげで警備に当たっている兵はもちろん、祭りの間その兵たちを統括するクラリスの忙しさもピークに達していた。

 おまけにクラリスには王女としてやらなければならないことも山積みで、朝からゆっくり腰を落ち着ける時間もないほどだった。

 ようやく一息つけた頃にはすでにとっぷり日は暮れていて、さすがのクラリスもげっそりとした表情だった。

 自室に戻った途端、乱雑にヒールを脱ぎ捨て裸足になった。

 もちろん私以外の人間を締め出したから出来る芸当だ。


「ク、クラリス、大丈夫?」

「さすがに疲れた…」


 それきり椅子に座ったまま黙り込んでしまったクラリスに、さすがに心配になった。

 いくら普通の王女(見かけ)より体力があるとはいえ、今日のハードスケジュールは堪えるだろう。

 実際、クロードは眉根を寄せたままこめかみを抑えている。


「あのー、これ。良かったら食べる?」


 そう言って差し出してみたのは、小さなマフィン。

 疲労回復にと、生姜とハチミツを練りこんだものだ。

 クロードはたっぷり十秒は沈黙したまま私の手のなかのものを凝視すると、実に複雑怪奇な表情で尋ねた。


「…これ、お前が作ったのか?」

「うん。そこらへんにあるものでちゃちゃっと」


 クロードは忙しい中私の休憩時間はとってくれたので、その時間で作ってみたのだ。

 本当はクロードについていたかったけど、私がいても手伝えることはなにもなく、せめて食事をとる時間もないクロードのために手早く口にいれられるものをと思ってマフィンにした。

 幸い最終日の手作りお菓子のジンクスのおかげで材料や道具には事欠かなかったし、場所も厨房を借りられた。生姜を入れたのは、その時そこにいた料理長のアイデアだ。

 そして肝心の私の腕だけど、実は私はけっこう料理上手だったりする。

 料理を始めたきっかけは、騎士学校時代の野営訓練だ。

 同僚が作った野外料理があまりにもまずくて、無理矢理交代してつくってみると、自分でもびっくりするほどおいしくなったから、もっと色んな料理をおいしく作ってみたいと思うようになったのだ。

 それ以来暇な時間を見つけると様々な料理を作るようになり、その延長でお菓子も全般作れるようになった。

 これで少しは女の子らしくなったかとも思うけど、きっかけがきっかけなので微妙なところなのが悲しい。


 …話がそれた。

 そうして作ったマフィンだけど、休憩から戻ったときにはクロードはすでに軽食を済ませていた。

 朝からなにも食べていない王女を見かねた侍女のうちの一人が、簡単につまめるものを作って食べさせたらしい。さすが、王宮に仕える侍女は仕事ができる。

 それでなんとなくマフィンのことは言い出せず手元に持っていた。

 本当はもう渡すつもりもなかった。

 でも、あまりにもクロードが疲れているので気休めでも疲労回復になればと差し出してみた…んだけど。


「……………」

「えーっと…」


 固まってしまったクロード。

 なんか変なこと言ったっけ?


「あー、味のことなら心配しなくても、私一応料理できるし。それとも、生姜とハチミツ嫌いだった?」


 穴があくほどマフィンを見つめている(にらみつけている?)クロードに何故か焦って、取り繕うように言葉を重ねるけど、それでもクロードは動かない。

 うーん、これは一体…


 石像のように微動だにしなかったクロードが、ふいに動いた。

 女の私よりもよっぽど愛らしいその頰を、同じく女の私よりも細長く白い指で掴んで、つねった。

 小さく「痛ぇ…ってことは、夢じゃない…」と呟いているのが聞こえる。

 …なにやってるんだろう。


「お腹いっぱいだったら、食べなくてもいいよ。私食べ」

「食う」


 私食べるよ、まで言えなかった。

 即答ですか。いままでの沈黙はなんだっんだろう。

 というか目が怖い目が! 早くよこせと言わんばかりにぎらぎらしてる!


 差し出された手にマフィンを乗せると、クロードは満足そうに口元を緩めた。

 そのまま食べようとした手をふと止めて、私に念を押す。


「これはお前の『手作り』なんだな?」

「そうだってば。もう、いらないなら返してよ」


 いつまでも食べようとしないクロードに焦れてマフィンを奪おうとしたけれど、私の手はあっさりよけられ、小さなお菓子はあっという間にクロードの口の中に消えた。

 数回咀嚼しただけですぐに飲み込まれ、口の端についた小さなくずは指で拭き取られた。


「量は少ないが、腹の足しにはなるか」

「なにそれ」


 別に感謝されたくて作ったわけじゃないけど、そんな風に偉そうに文句をつけられるとカチンとくる。味に対する感想もなしか!

 やっぱりあげなきゃ良かった。

 仏心を出してしまったことを激しく後悔していると、ふいにクロードが微笑んだ。


「うまかったよ」

「え?」

「うまかった。…ありがとう」


 それは、いつもの意地悪い笑いでも、王女スマイルでもなかった。

 長く一緒にいる私でも何度かしか見たことのない、クロードとしての心からの笑み。

 不意打ちでそんな笑顔とともにお礼を言われたものだから、私はうっかりドギマギしてしまった。


「べ、別に、おいしかったならいいけど。お礼言われるほどのことでもないし…」


 生まれたときから一緒にいるから時々忘れるけど、クロードも十二分にイケメンの部類に入るんだよね。ああ、心臓に悪い。

 顔が赤くなるのを誤魔化そうと、意味もなく手でパタパタ扇いだけれど、何の役にもたたなかった。

 クロードはそんな私をしばらく面白そうに眺めていたけど、いきなりニヤリと笑い出した。


「本当にうまかったよ。これでようやくセシリアも俺のものになることだしな」

「はっ!?」


 なに言ってんのこの人。

 疲労で限界を迎えておかしくなっちゃったんだろうか?

 唖然としている私を尻目に、クロードは楽しそうに続けた。


「手作りお菓子、ってことはそうだろ?」

「えぇ! あのジンクスのこと!? いやいやいや、そのために作ったんじゃないし」


 確かに『最終日の夜』『手作り』『お菓子』とジンクスの条件は揃っちゃってるけど、そんな意味はない。断じて。


「他の奴にもやったのか?」

「あげてない…けど」


 だって、クロードにあげるために作ったんだし。

 って違う! 確かにクロードのためだけど、そういうことじゃなくて!

 あーとかうーとか唸り始めた私をご機嫌で眺めるクロード。


「つまり、俺は特別ということだろ?」

「いや、違うでしょ!」

「まぁそう照れるな」

「だから違うってば!」


 そのあとクロードは、私がなにを言っても『セシリアは自分に手作りお菓子を渡した』という見解を覆さなかった。私も意味合いは違うにしてもお菓子を渡したことは事実なので否定しにくく、それがさらに調子に乗らせてしまったんだろう。

 そして、あんな死にそうな顔になるくらい疲れていたくせに、その後夜会ではいつも以上に王女スマイルを振りまき、陛下が国民にお言葉を授けるときは完璧な王女ぶりで脇に控え、花をまくときも色んなところを飛び回ってはまきにいくという、有り余るほどの元気さを見せたのは、お菓子に入った生姜とハチミツが効いたんだろうと思うことにした。


***


 例年よりも濃いものとなった生誕祭もようやく終わろうとしていた。

 遅くまで点いていた町の明かりも、一つ消え二つ消え、民たちが眠りについていくことを教える。

 きっと明日から皆日常に戻って忙しく働くのだろう。

 その様子を見るとはなしに見ながら、私はグラスに葡萄酒を注いだ。

 お酒はあまり好きではないけど、今日は飲みたい気分だった。


 祭りで王族としてのつとめを果たしたクロードを部屋まで送り届けた私は、与えられた王宮内の自室に戻っていた。

 もともとこの城は山の一角を切り崩して建てたものなので、城自体が高い位置にある。よって王城からの眺めはかなりよかった。

 特に私の部屋として与えられたここはかなりいい場所で、窓を開けてバルコニーに出れば下に広がる城下町がよく見える。

 城で働き始めてから、バルコニーで景色を眺める時間は私にとっての至福の時となっていた。

 専属騎士になってよかったと思えることのひとつである。


 一人になって考える時間を得た私は、ぼんやりとアゼルさんの言葉を思い出していた。


『命を狙われている身の上で簡単に私を信用しないのは、一応の自覚はあるからなのでしょう。それは認めます。ただあんなごろつきを挑発して、逆に危機に陥るなど滑稽もいいところです』


 ぐうの音も出ない正論だ。

 アゼルさんはクロードを説教するために言ったのだろうけれど、責任は私にも充分にある。

 あのときーー柄の悪い男たちに絡まれたとき、なぜ挑発するクロードを止めなかったのか。小金を掴ませて穏便に済ませるのが最も賢い選択だったはずだ。あるいは、囲まれる前に一目散に逃げればよかった。いや、そもそもお忍びで町に出るというクロードを無理にでも止めていれば。

 思い返せばきりがなかった。

 アゼルさんが助けてくれなかったら、今頃一体どうなっていたんだろう。

 私たち二人が怪我をして終わりならいい。

 訓練をしていれば怪我なんか日常茶飯事だから、王女を危険にさらしたと私が叱責されるだけですむ。

 だけどもし、変装がばれて万が一にもクロードの正体が知られてしまったら、クロードは再び命を狙われることになる。

 そう考えるとゾッとした。


 今までは何とかなるだろうと考えていた。

 専属騎士になってもう何年も何事もない。

 王弟派や他の王族たちも今のところなにも動きを見せず、国は平和そのもの。

 何かあったときだって私が剣でクロードを守れる。そう思っていた。

 ーー甘かった。

 私は弱い。

 いくら剣の腕を上げても、どうしても体力的に男に劣る。

 それを痛感した。


『クロードを守りたい』


 その気持ちは変わらない。

 でも、それだけじゃ駄目なんだ。

 実際に守り切れなければ何の意味もない。

 クロードの置かれている立場がそれを許さない。


 パキッという音で我に返った。

 手元のグラスにひびが入っている。無意識に力を込めていたらしい。


「あーあ…」


 中の葡萄酒がこぼれるほど割れたわけではないが、これではもう使えない。

 …これ、気に入ってたのに。


 グラスをテーブルの上に戻して、再び視線を町に向けた。

 もう明かりの点いているところはほとんどない。

 それを眺めながら、私は一つの決意を胸に固めていた。

 その決意を知るものは、私を上から見下ろしている大きな月だけだった。

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