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女騎士の憂鬱  作者: ヒロ
6/8

手紙と誓いとアゼルさん

引き続きアゼルのターン

 アゼルさんはのんびりとお茶を口に含んだ。

 クロードもアゼルさんに話す意思があると悟り、ようやく剣から手をはなす。

 それを見て、私はほっとため息をついた。


「私がなぜ王太子の正体を知っていたかというと、簡単です。聞いたからです」

「聞いた? 誰に」


 クロードが詰問する。

 クロードが生きていること、そしてクラリスという名で王女として暮らしていることを知っているのは、本当に限られた人だけだ。

 陛下はもちろん、ご側室のお二人、三人の王女様、私と私の家族、陛下の親友であるマリオン宰相、それから、城内の侍女や女官を取りまとめる女官長。

 みんな陛下が信頼をおかれる人たちばかり。

 クラリスの正体が知れたらクロードの命が危ないから、当然といえば当然の話だ。


「先に言っておきますが、私はその人に拷問したわけでも、ましてその人の口が軽いわけでもないですよ」


 アゼルさんは訝しむ私たちの心を読んだように苦笑した。


「その方に、セシリアはどうしているかを私が何度も聞き、根負けして話してくださったのです。ルーカス様がね」

「父さまが!?」

「エスカチオン公爵がか?」


 アゼルさんの口から出たその名は、何を隠そう私の父の名前だった。

 ルーカス・エスカチオン。先代のエスカチオン公爵ーーつまり私のお祖父さんーーが亡くなったあとその後をつぎ25歳という若さで公爵になった。

 その後私の母であるグレゼルと出会い結婚。私を含め五人の子供をもうけた。

 我が家は代々王国を支える大貴族として公爵のなかでも高い立場を確立していたけど、父さまはそれ以上に類い希なる忠誠心を買われ、陛下からの信頼も厚い。

 そんな父さまが、国の重要機密を話すとは思えないけど…


「事情を分かっていただくには、少し昔話をする必要がありますね」

「昔話だと?」

「セシリア。実は私は、ずっとあなたのことを知っていたのです」

「えっ?」


 どういうことだろう?

 さっきアゼルさんは、直接会ったことはないって言ってたし、私にも以前に会った記憶はない。

 自信をもって言えるけど、こんなものすごいイケメンに会っていれば、忘れようにも忘れられないと思う。


「えーと…」


 記憶の引き出しを開けたり閉めたりしても、アゼルさんの顔は見たことがないという結論に変わりはなかった。

 困っている私に助け船を出すように、アゼルさんは問いかけた。


「アズ、といえば分かっていただけますか?」

「アズ?」


 なんだそれ、アゼルさんのあだ名かな?

 でもまだあだ名で呼び合うような仲じゃ…うん? アズ?


 頭の中で何かが引っかかる。

 相変わらずアズという名に聞き覚えはないけど…見たことならあるかもしれない。それも、何度も。


「もしかして、私と文通してました…?」


 自信のないまま問いかけると、アゼルさんはどんな女性でも虜にしてしまいそうな、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「覚えていてくれましたか。嬉しいです」


 それは、私も例外ではなく。

 体中の血がカッと熱くなった気がした。…心臓に悪いよ、このイケメン。


***


 アズとの文通を始めたのは、偶然だった。

 あれは、私が6歳くらいの頃だったと思う。

 当時の私は、隙あらば花瓶や皿を割る、重要書類を紙飛行機にして飛ばす、料理長のカツラを隠すと、大変ないたずらっ子だった。

 その日も、お祖父さまが出かけているうちに書斎に忍び込み、本の順番をめちゃくちゃにしてやろうと考えていた。


 エスカチオン公爵だったお祖父さまは、王城へ出仕する日も多い。

 その日がチャンスだった。

 お祖父さまを乗せた馬車の音が聞こえなくなったら行動開始。

 いつものように忙しく動き回る侍女たちの目をかいくぐり、お祖父さまの部屋へ侵入した。

 中には誰もいなかった。

 しめしめと思いながら足音を殺して本棚に近づき、扉に手をかけた。


 開かなかった。

 鍵がかかっていたのだ。


 行動が読まれたのかとも思ったけれど、お祖父さまはここにある本を侍女にも触らせないほど大切にしていたから、きっと出かける時はいつもかけているのだろうと結論を出した。

 計画が失敗して地団駄を踏む。


 ふと、お祖父さまの書斎机の隣にあるゴミ箱が目に止まった。


 本棚がダメなら、あの中のゴミを散らかしてやろう。


 いたずらしか頭になかった私が、2秒で出した答えだった。

 気を取り直して、忍び足でゴミ箱へ向かう。

 ゴミ箱の中には、丸まったちり紙や細かく割かれた書類と思しきものがたくさん入っていたが、その一番上にちょこんと白い封筒が乗せてあった。

 明らかにゴミと分かるものがいっぱい入っているのにも関わらず、その封筒は封が開いているだけで、他は綺麗なものだった。

 幼かった私もさすがに違和感を覚えた。


 机から落ちてゴミ箱に入ってしまったのかと思ったけれど、いつも書斎机の上は何も置かない状態でいたがるお祖父さまが、落としてそのまま気づかずにいるとは考えにくかった。

 つまり、これは捨てたものなのだろう。

 そう自分を納得させて、好奇心に任せて封筒を手にとった。


 中には一通の手紙が入っていた。

 こう書いてあった。


『おじいさまへ。おとうさまと、なかなおりしてください』


 幼い字だった。

 といっても、当時の私のミミズがのたうちまわっているような字と比べれば、はるかに綺麗な字だ。

 封筒に書いてある住所なんかも、時々間違っているものの一生懸命書いたんだろうと思わせる字だった。


 『おじいさまへ』ってことは、兄さまたちが書いたんだろうか?

 でも、父さまとお祖父さまは喧嘩なんかしてない。


 散々悩んだけれど分からなかったので、返事を出してみることにした。

 自分に出来る精一杯の綺麗な字で、


『かってに、てがみをみてごめんなさい。あなたはだれですか? わたしはセシリアです』


 と書いて、封筒にあった住所に送った。

 しばらくして、返事が届いた。

 手紙の主はアズといい、三つ年上の男の子であることが分かった。

 聞き覚えのない名前だったので謎は深まった。

 最初の手紙の『おじいさま』と『おとうさま』が誰なのか、聞いてみようかとも思ったが、そうするともう手紙は来なくなる気がして聞くのをやめた。

 その後定期的に手紙のやり取りをするようになったが、最初の手紙の内容のことをアズは触れなかったので、私も特に話題に出さず、そのうち忘れていった。


 こうした形で始めた文通に、私は夢中になった。

 アズとこうして文通をしていることは、私とアズだけの秘密。

 兄さまたちと泥んこになって遊ぶか、一人でいたずらするしかなかった私には、二人だけの秘密というのがとても新鮮で刺激的だった。

 段々といたずらは飽きてやめてしまったけど、文通は全く飽きなかった。

 思えばこれのおかげで大分字がうまくなった気がする。


 騎士学校に入っても、文通は続けていた。

 ただ、騎士学校は寮制なのでプライバシーはほとんどない。

 男の名前で手紙が来ると、からかいの種になったり根も葉もない噂を呼んでしまう。

 そこで私は、いつも身の回りの世話をしてくれるロゼという侍女に文通していることを打ち明け、アズからの手紙をロゼの名前で転送してくれるよう頼んで、文通を続けた。


 アズとは手紙のなかでたくさんのことを話した。

 友達のこと、好きな食べ物、家族のこと。

 詳細はぼかしたが、幼なじみがいることも。


 アズから手紙が来なくなったのは、騎士学校に入学して三年が過ぎた時だった。

 いままでは遅くても一月(ひとつき)のうちに返事が来ていたのに、三月過ぎてもまったく返事が来ない。

 ロゼに確認してみても、返事は来ていないという。


 もしかして、嫌われてしまったんだろうか。

 アズからの手紙が来なくなって半月が過ぎた頃、私はそんなことを考えていた。

 最後に出した手紙には、そんなに変なことを書いたつもりはない。

 いつも通り、近況や世間話や雑談を書いたと思う。

 でも返事が来ないと言うことは、その手紙の中になにかアズの怒りに触れる言葉を書いてしまったのかもしれない。

 いやいや、もしかしたら病気や怪我をして、手紙を書くどころではないのかも。

 一人で悶々と考えても、分からなかった。


 アズからの手紙に書いてある住所を尋ねてみようと思いついたのは、卒業間際になってからだった。

 なぜ返事をくれなかったのか、怒っているのか、それとも単に出し忘れただけなのか、真実を知るには会いに行ってみるのが一番だと思えた。

 しかし、卒業してすぐにクロードに専属騎士にされ、日々の仕事に忙殺されるうち、そんな時間も取れず現在に至った。


***


「あのアズが…アゼルさん? ということは、アズは、いとこだったってこと!?」


 回想が終わり、呆然と呟いた。

 対するアゼルさんは平然としたものだ。


「そういうことです」

「はー……」


 なんてこと。衝撃の事実。

 もはや声もなくしてしまった。

 隣ではすっかり蚊帳の外にされたクロードが不満げに私たち二人を見ていたが、私は気づきもしなかった。


「で、でもなんでそれでクロードのことを知ったんですか?」


 アゼルさん=(イコール)アズというのはもう疑いようのない事実だ。

 アズの名前を知っているのは、私とロゼを除けばアズ本人だけ。

 私は誰にも話してないし、ロゼにも厳重な口止めをしてある。

 なのでこれは間違いない。


 でも、私はアズへの手紙に幼なじみがいることは書いても、それがクラリス王女として生活していることは愚か、王子であることさえも洩らさなかった。

 文通を始めたころは幼かった私だけど、それくらいの分別はあった。

 だから、アズ…アゼルさんがクロードのことを知っているはずはないんだけど。


「きっかけは、あの王立新聞の特集記事でした」


 げっ。

 思わず顔が引きつるのが分かる。

 私の中ですでに黒歴史と化しているあの記事がここで話題になるとは。


 あれが出回ってはや一ヶ月だ。

 そろそろみんな忘れてくれても良さそうなものなのに、クラウディア様が創設された『セシリアファンクラブ』の会員の増加は止まるところを知らないと言うし、モテな…生誕祭最終日にお菓子をもらえる可能性が限りなくゼロに近い男たちは、「なんか御利益ありそう」という理由で私の髪型を真似しだしたらしい。

 やめてー! これ以上私の黒歴史を更新しないでー!!


 あの特集記事に関するいろいろなことが思い出されて一気に疲れてしまった私をよそに、アゼルさんは真剣な顔で話を続けた。


「あの記事を見たときは、本当にびっくりしました。あなたの名が、クラリス王女の専属騎士として載っていたのでね」


 ああ、そうか。

 アズには騎士学校までの近況までしか知らせていない。返事なかったし。

 クラリスと私の関係を知らなければ、騎士学校を卒業したばかりのただの新米騎士が、いきなり一国の王女の専属騎士になるのはかなり奇異に映るだろう。

 実際、やっかみやコネで無理矢理なったという噂はあった。

 武闘大会で恐れ多くも騎士団長に勝ってしまってからは、だいぶその噂も聞こえなくなったけど。


「大きくなってから、父が爵位を捨て、お祖父様との絶縁に至った経緯を知り、その過程でエスカチオン家の五人兄弟の話を聞きました。末の娘はセシリアという名であることも。そこで初めて私は、今まで文通をしていた相手がいとこであることを知りました。そして、手紙のやりとりをしなくなってからも、いつもあなたがどうしているかが気になっていました。そんなとき、あの記事を見たのです」


 気にしていてくれたんだ。

 嫌われているわけではなかった…。


 こんな時だけど、私は安心してしまった。

 私の中でアズは、すでにクロードと同様幼なじみのような位置だ。

 だから、そんなアズが私を嫌って返事を出さなかったのではとどこかで不安があった。

 それが違うと分かって、心の中のしこりがなくなっていくようだった。


「セシリアが専属騎士になったと知り、私は驚きました。騎士学校に入ったというのは手紙で知っていましたけど、このまま騎士団に入るか、でなければどこかの貴族と結婚でもしているのだろうと思っていたので。私は我慢できずに、エスカチオン公爵に会いに行きました」

「よくすんなり会えたな?」


 ずっと黙って話を聞いていたクロードが口を挟んだ。

 その表情にさっきまでの不機嫌さはない…ように見える。

 とりあえず話を聞くのが先だと思ったのかも知れない。


「父が家を出るとき、エスカチオン家の物はほとんど持って行きませんでしたが、唯一封蝋をするときに用いる指輪だけははずさなかったそうです。エスカチオン家の家紋が刻まれているので、それを見せれば簡単に面会ができました」


 クロードはなるほどな、と呟いてまた聞く姿勢に戻った。

 二人が会話しても険悪な空気にならなかったことに安堵する。


「公爵は私を歓迎してくれました。しかし、私がセシリアが何故王女の騎士なんかになっているのかと尋ねると、答えてはくれませんでした。私は何度も公爵家に足を運び、今までセシリアからきた手紙を見せ、教えて欲しいと頼み込みました。あなたのことが心配だったのです。何度目か公爵家を訪れたとき、公爵に尋ねられました。『秘密を守ることが出来るか』『守れなかった場合死ぬことになるが、それでも知りたいか』と」


 ごくん、と喉が鳴った。


「私は迷いなく『命をかけても秘密は守る』と答えました。そして、公爵と“魂の誓い”をして王女ーー王太子の秘密を知ったのです」


 今度はひゅう、という音が出た。

 知らずに息をのんでいた。


 “魂の誓い”とは、文字通り、魂同士の誓いのことだ。

 行えるのは魔術師同士のみ。

 詳しくは知らないけど、絶対に破れない誓いだと聞いたことがある。

 もし誓いを破った場合は、その者は死ぬとも。


 本当に『命をかけて』いるんだ。

 どうして、そこまでして…?


「話を聞いて、私はさらにあなたが心配になりました。ただでさえ、王女の騎士というのは危ないこともあるというのに、そんな秘密を抱えた王太子を守るなんて危険きわまりない。せめて、騎士団の“矛”か“盾”のどちらかなら、セシリアの兄上もいることですし、少しは安心できたのですが」


 そう言って、アゼルさんはまたクロードに冷たい視線を送る。

 でも、これでようやく分かった。アゼルさんがクロードに冷たいわけが。

 アゼルさんは、本当に私を心配してくれているんだ。

 だから、ほぼ無理矢理王女の専属騎士という危険な職に就けたクロードに腹を立てているんだろう。

 その気持ちは、とてもありがたい。


「…アゼルさん、心配してくれてありがとうございます。すごく嬉しいです。でも、私は今の仕事で良かったと思っています」


 確かに、専属騎士になったのはクロードが騙し打ちしたからだけど、その後で辞めるチャンスはいくらでもあった。

 それでも続けているのは、こういう危険な仕事で自分の力を高めたいというのもあるけど、やっぱり『誰かを守るために剣をふるう』というのが私の性に合っているからだと思う。そのせいで無駄に女性にモテるようになったのは、さすがにあんまり嬉しくないけど。


「私は、今の王女の専属騎士としての仕事を気に入っています。それに、この重要な役に任命してくださった陛下の信頼に応えたいのです。だから私はこれからも、クラリス王女の…クロード王太子の専属騎士です」


 胸を張って言えた。

 それに…なんだかんだ言っても、やっぱりこの幼なじみが心配なのだ。


「セシリア…」


 クロードが、びっくりした顔で私を見ていた。

 きっと私はいやいやこの仕事をしていると思っていて、驚いたんだろう。

 本人を目の前にこんな宣言をしてしまってかなり恥ずかしいので、あえて目は合わせなかった。


 アゼルさんはそんな私を困ったように眺めて、小さく嘆息した。


「そうですか。あなたがそう言うのなら私はもう反対しません。ただ、何かあればどんなことでも協力します。いつでも声をかけてください」


 アゼルさんの優しい瞳が、苦笑しながらこちらに向けられている。

 私は認められたことに嬉しくなって、思わずにこにこしてしまった。


「ありがとうございます!」



 その後、すっかり日が暮れてしまったので、慌てて帰りたい旨をアゼルさんに告げると、移動魔術で送ってくれた。

 それから魔動電話(魔動機の一種で、魔術を使って遠くの人と話せる機械)の番号を交換して別れた。ちょくちょく会いに来てくれるとも言っていた。

 別れ際に、何故手紙の返事をくれなかったのかと聞いてみると、アゼルさんはなぜか複雑そうな顔をしながら謝罪をしたけれど、理由は教えてくれなかった。

封蝋というのは、封筒をとじる時に溶かした蝋を垂らして、固まらないうちに印を押すものです。分からない方はシーリングスタンプで調べて見てください。


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