イケメン魔獣使いの正体
長い間放置してまことに申し訳ありませんでした。一話から大幅に加筆、修正したので読み直していただけると分かりやすいかと思います。
「えっと…」
だれ?
どう記憶をたどっても見覚えのある顔じゃない。
カーキーの綺麗な髪を肩ほどまで伸ばし、アイビーグリーンの切れ長の瞳は優しくこちらを見ている。
真っ黒いローブという地味な格好なのに、この人が着るとどんな豪奢な服よりも素敵な服に思えてしまう。
……こんなイケメン、会ってたら絶対忘れない。
イケメン魔獣使いのお兄さんが私のつぶやきに答えようと口を開いたとき、金棒をしっかり掴まれていた男がすごんだ。
「な、なんだてめぇ、いきなりしゃしゃり出て来やがって」
お兄さんは片眉をちょっとあげて男に顔を向けた。
周りの男たちも、突然の乱入者に不愉快そうにしていた。
私たちには味方が増えて、敵の注意もそれたから万々歳なんだけど、相手方にとっては応援を呼んだのになかなか倒せないところをさらに邪魔されて、決していい気分じゃないだろう。
不満そうな声が至るところから聞こえてくる。
「そいつらの仲間か?」
「ちっ、邪魔しやがって」
でも、まだ向こうが有利なのには変わりない。
「…まぁいい、なぶる奴が二人から三人になっただけだ」
男の一人がそうせせら笑った。
その言葉で他の男たちもニヤニヤしだす。
金棒を掴むためにお兄さんの片手がふさがっているのをいいことに、両脇から二人の男が武器を降り下ろした。
「あぶな…っ」
しかしお兄さんは全く動じず、口のなかで何やら小さく唱える。
するとお兄さんから見えない"何か"が立ち上って膨れ上がり、そのまま弾けたのがわかった。
その瞬間、金棒を持っていた男をふくめて、三人…ううんその周りにいた男たちもみんな、遠くに吹っ飛んでいった。
まるで何かに押されたかのように勢いよく。
それなのに、至近距離にいる私にはなにも影響がなかった。
空気が震えたのが分かる。
この見えない衝撃波はーーおそらく魔術だ。
でも攻撃魔術はかなりの魔力を使う高等魔術のはずなのに……
この人、何者?
「まったく、うるさくて話も出来ませんね」
怒ったというより、呆れたような口調でお兄さんは呟いて、優しく私の手をとった。
びっくりしすぎてされるがままの私を連れて、同じく呆然としてるクロードのところまですたすたと歩いていった。
そしてまた口のなかで何か唱える。
すると、こんどは綺麗な光がお兄さんから広がってきた。
太陽の光より優しく、けれど力強く清浄な光。
光はどんどん大きくなって、中心にいる三人を包んだ。
私はあまりのまぶしさに目を閉じて、そのまま意識を手放した。
***
「――リア…セシリア」
だれ…?
私を呼ぶ声。
なんだかすごく優しい。
風が頰をくすぐった。
段々と意識が浮上してくる。
薄く目を開けた。
「セシリア、大丈夫ですか?」
目に飛び込んできたのは、青。
気持ちいいくらいの真っ青な空だった。
——そして、ととのった顔の男性。
魔獣使いの……
「お兄さん!」
びっくりして、勢いよく身を起こした。
心配そうに私の顔をのぞきこんでいたお兄さんが、頭をぶつけないように慌てて身体を引いた。
けれど……
「あ……あたまいたい……」
私はすぐにガンガン痛む頭を押さえるはめになった。
そんな私の様子を見て、申し訳なさそうに眉を下げるお兄さん。
「すいません、移動魔術は初めてだったのですね。慣れない人には辛いでしょう」
「いたた…移動魔術?」
これまた高等魔術だ。
辺りを見回すと、さっきのごろつきは影も形も見えなかった。
ごろつきどころか、町や大勢の群衆まで消えてしまっている。
お祭りの浮き足だった空気もかき消え、だだっ広い草原に、私とお兄さんがいるだけ。
そして視線を巡らすと――クロードが倒れていた。
「クラリス!」
私たちからちょっと離れた場所に、クロードがうつ伏せに横たわっていた。
顔は向こうを向いていてその表情は分からない。
「大丈夫、彼も移動魔術に酔って気絶しているだけです」
お兄さんの声を後ろにききながら、クロードに駆け寄った。
「クラリス……クラリス!」
その体に手を差し入れて仰向けにする。
クロードの呼吸は確かで、穏やかな表情をしていたけれど、そのときの私はそれすら気づかないほど動転していた。
焦って揺り動かす。
どうしよう……このままクロードが、目を覚まさなかったら?
そんな考えにとらわれて、名前を呼び続けた。
幸い、四度目の呼び掛けでクロードは目をさました。
僅かに身動ぎし、目を開ける。
「……セシリア……?」
まぶたの隙間から見慣れたコバルトブルーの瞳がのぞき、私はようやく息をついた。
「クラリス…良かった」
安堵のあまりちからが抜ける。
クロードはゆっくり身体を起こして、すぐに私と同じように頭を抱えた。
「いっ……てぇ。なんだこれ。というか、ここは……」
痛む頭を押さえながら大草原を見回す。
そうだった。
「あ、移動魔術だって、あのお兄さんが…」
私がそう言ったとたん、クロードが厳しい顔になる。
「移動魔術だと? 王室つき魔術師でもほんの一握りしか使えない高等魔術だぞ」
「それに、私の名前も知ってた」
「なに?」
ますますクロードが警戒心を露にする。
高等魔術を使いこなし、私のことも知ってるこの人はいったい…
私たちの視線がお兄さんに集まる。
興味と警戒がない交ぜになった二人の視線を受けて、お兄さんが苦笑しつつこちらへやって来た。
「とりあえず、二人とも無事で良かったです」
その言葉ではっとして、慌てて頭を下げた。
「助けていただいて、ありがとうございましたっ!」
どんな人でも、危うくクロードもろとも袋叩きにされるところを助けてくれた恩人であることに変わりはない。
何度頭を下げても足りない気がした。
「セシリア、そんな正体の分からない奴に頭なんか下げるな」
「なに言ってんの、あんたの分もお礼言ってるんだからね!」
クロードが不満そうに言うのを振り返って小声で反論した。
王族のクロードが簡単にお礼言う訳にいかないしね。
「いいんですよ、セシリア。あなたがお礼を言わなくても」
お兄さんは優しくそう言った。
――うう、なんていい人……
と思いきや。
なんだか、とっても冷たい視線をクロードに向けているような――
お兄さんは凍りつくような、それでいてどこか意味深な目をしながらクロードを見据え、口を開いた。
「……しかし、あなたからは謝罪が欲しいですね。――クロード王太子」
「なっ!」
「!?」
ど、どどどどどどどどうしてお兄さんがその名を――!?
いや、クロードの名前を知っていてもおかしくはないんだけど、あれ、おかしいのか!?
まてまて落ち着け、深呼吸だ。
ここはどうにか誤魔化して……クラリスは王族なんかじゃないよ☆
クロード? だれ? しらなーい。
ね、クラリス!
あれ、クラリスって名前出していいのかな……いいよね、よくある名前だし。……って駄目じゃん! いま男の格好してんじゃん! 思いっきり女の名前じゃん!
危ないあぶない、呼ぶとこだった。セーフ。
ってさっきクラリスって呼びながら揺り起こしてたよ私!
大パニックになっている私をよそに、クロードは腰を浮かせて険しい顔でお兄さんに詰問していた。
すでに手は腰の剣にかけられている。
「何者だ、貴様。なぜ俺をその名前で呼ぶ?」
お兄さんは変わらず冷たい目をしながら、静かにため息をついた。
「……殿下、あなたの軽率さにはほとほと呆れました。セシリアを無理やり専属騎士にしたのも噴飯ものだというのに」
「なに?」
クロードが不愉快そうに顔をしかめた。
お兄さんはふいにわざとらしいほどに恭しくお辞儀してみせた。
「申し遅れました、私の名はアゼル・リベルティ・チェンバース。セシリアの父上の兄の息子で、セシリアから見ると従兄にあたります」
「「従兄ぉ!?」」
私とクロードは声を揃えて、目を丸くした。
だってさっきも言ったけど、私の頭のなかをどう探してもこんなイケメンと会った記憶なんかない。
従兄どころか、父さまに兄――つまり私にとっての伯父だけど――がいたことすら聞いたこともない。
「……ほんとか?」
「し、知らない!」
クロードが半信半疑の表情でこっちを見たけど、慌てて顔を横に振った。
私が否定したことで疑いの色を濃くしたクロードが、お兄さん――アゼルさんに胡散臭そうな視線を向けた。
私も不安そうにアゼルさんを見る。
アゼルさんはそれに苦笑して答えた。
「セシリアが知らないのも無理はありません。直接会ったことはありませんし」
「じゃあ、なんで私が分かったんですか?」
アゼルさんは優しく笑った。
……さっきから思ってたんだけど、アゼルさんの態度が私とクラリスで温度差があるような……? 気のせいかな?
「あなたは有名ですから。エスカチオンの血に連なる人間で知らぬ者はいません」
「えぇ!?」
有名って……なんで!? 王女の専属騎士だから? それとも、男っぽいことで有名とか!?
自分の考えに落ち込んでいる私を優しく眺めるアゼルさん。
「でも私、父さま…父に兄がいたなんて知らなかったです」
「それはそうでしょうね。父は先代のエスカチオン公爵――お祖父様に勘当された人間ですから」
あっさり言ってのける。
「か、勘当!?」
「とりあえず、座ってお茶でも」
実は私のいとこであるとか、お父様が勘当されたとか、衝撃的なことを次々聞かされて驚いている私たちをよそに、アゼルさんはのんびりとしていた。
口の中で小さくなにやら呟いたかと思うと、なにもなかった草原に突如テーブルと椅子、それにティーセットが出現した。
アゼルさんはてきぱきとお茶をいれ、「どうぞ?」と椅子を引いて見せた。
困惑しながら着席するクロードと私。
自分で入れたお茶を飲んで微笑んでいるアゼルさん。なんだかすごくマイペースな人みたいだ。
「あ、あのう。それで、勘当というのは…」
おそるおそる切り出すと、アゼルさんはああ、と呟いて続きを話してくれた。
「父は長男でしたから、本来ならエスカチオン公爵家を継ぐ身でした。母に出会うまでは、お祖父様もそのつもりで父を育て、父も特に異論はなかったそうです」
「アゼルさんのお母さま?」
「父と母は出会ったとたん恋に落ち、どうしても離れることができなかったそうです」
「それが、どうして…」
「――母は、領地に住まう領民だったのです」
私は思わず息をのんだ。
それならどうしたって結婚出来るわけがない。
この国は身分社会なのだ。
庶民と公爵家の跡継ぎでは、どうやっても結ばれることは許されない。
「父は母を連れて家を出ました。家を継ぐのは弟――つまりセシリアの父上に任せて」
「それでアゼルさんが産まれたんですね」
「そういうことです。先代の公爵は父の駆け落ちに大層怒り、勘当した後もその怒りが解けることはなかったそうですから、きっと名を出すことがはばかられて、セシリアたちも知らなかったんでしょう」
なるほど。これでアゼルさんに正体が分かった。
突然の親戚の登場に、私はにわかに喜びを感じていた。
父も母も一人っ子だと思っていたから、親しい親戚がいなくてなんとなく寂しいと思っていたのだ。
アゼルさんみたいな優しい人がいとこなら、嬉しい。
そう思う私の隣で、クロードは仏頂面を崩さない。
「それで、それがお前の嘘でないとどう証明する?」
「ちょ、ちょっとクロード」
「お前もなにそんなに簡単に信用してるんだ。こいつの話が本当だという証拠もねぇんだぞ」
信用できないとばかりにアゼルさんを睨んだ。
やたら不機嫌なのは気のせい?
アゼルさんは私に優しくほほえみかけ、クロードに冷たい視線を当てて答えた。
「証拠なら先ほどお見せしましたよ」
「は?」
「攻撃魔術と移動魔術。そしてこの魔獣」
アゼルさんがおもむろに立ち上がり、手を振ると、なにもない空間からなにかが飛び出してきた。
それはさっき町中で見た、白い虎に似た魔獣。
魔獣はテーブルの周りをぐるりと一周すると、アゼルさんの隣で大人しく座った。
アゼルさんに白と黒の縞模様の背中をゆっくり撫でられ、気持ち良さそうに目を細めている。
「これを従わせるのも、先ほどの魔術も、かなりの魔力を必要とします。そして、エスカチオン家には膨大な魔力を持った人間が生まれる事が多いのです」
「セシリアには、魔力のかけらもないが?」
その通りなんだけど、そんなにはっきり言わなくたって。
「わ、私はないけど。父さまと兄さまたちはみんな魔力あるよ」
「そのようですね。元々女性が魔力をもって生まれることの方が少ないですから、セシリアの姉上やセシリアにはなかったのでしょう」
アゼルさんの説明に私は納得するけど、やっぱりクロードはまだ信用できないみたい。
いつでも立って剣を抜けるように警戒してるのがありありと分かる。
「お前が魔力を持っているのも、セシリアの家が魔力を持つ人間を輩出するのは分かった。だが、それのどこが証拠になる? 魔力を持つ人間なんて他からも生まれる。それに、何故あの場にいた? 俺の正体をどこで知った」
それは確かに気になる。
特に最後…限られた人間しか知らないはずのクロードの素性をなんでアゼルさんが知っていたんだろう?
それに、会ったことのないはずの私を見てなんでわかったのか…
王立新聞の特集記事を読んだんだとしても、あれには写真がのってなかったし、庶民の格好をした私とすぐに結び付くわけはない。
厳しい顔で矢継ぎ早に質問するクロードに怯むことなく、アゼルさんは冷ややかに見つめ返した。
さっきから感じていたけど、この二人の険悪さはなんだろう?
クロードは信用できないという以上に厳しく接している気がするし、アゼルさんもクロードに対する態度が冷たい、というより敵意みたいなものを感じる。
私に好意的なのは、いとこだからだと思うけど…。
「私は別に、あなたに信用していただかなくても結構ですから、それを説明する必要性は感じませんね」
「ああ?」
「命を狙われている身の上で簡単に私を信用しないのは、一応の自覚はあるからなのでしょう。それは認めます。ただあんなごろつきを挑発して、逆に危機に陥るなど滑稽もいいところです」
「なんだと!!」
「要するに、そんなちゃちな変装ごときで軽々しく城を出るような人間に信用するだのしないだの言われる筋合いはないと言っているんです」
「だから! なぜそれをお前が知っているんだ。大体、いきなり出てきた怪しい人間がセシリアのいとこ? ふざけるのもいい加減にしろ」
やばい。本格的な喧嘩に発展しそうになってきた。
なんで出会って数十分でこんなに仲悪くなれるのー!!
とはいえ放置するわけにもいかず、仲裁を買ってでた。
「あ、あのうアゼルさん。城を出てしまったのは、クロードを止められなかった私がいけないんです。私がお祭りをのぞいてみたかったから…」
火花が出そうなくらい激しく睨み合っていた二人。
私がおずおずと切り出した途端に、アゼルさんがとろけるような笑みを惜しみなく私に向けてくる。
「いいえ、セシリア。あなたが努力していることは知っています。大方この傲岸不遜な王太子が無理に押し切ったんでしょう」
「なんだと!?」
いきり立つクロードだったけど、私はあえて何も言わなかった。
ごめん、クロード。傲岸不遜という言葉については弁護できないや…
「…さっきから、お前喧嘩売ってるのか?」
「売ったつもりはありませんが、買うというなら受けて立ちますよ」
二人の睨み合いはさらに激しくなり、クロードは今にも剣を抜きそうだし、アゼルさんはいつでも魔獣をけしかけられるように構えている。
ますます悪くなる雰囲気に、慌てて割って入った。
「そ、それで! アゼルさんはなんでクロードのこと知ってるんですか?」
アゼルさんは困ったように形のいい眉尻を下げた。
クロードを見慣れてるから、美形には耐性があるつもりだったけど、一瞬くらっとなってしまう。ああ、イケメンだ。
「そうですね。あなたに疑われるのは悲しい。お話ししましょう」
「あ、いや別に、うたがっては…」
本当に悲しそうなアゼルさんを見て思わず弁解してしまうけど、その瞬間ものすごい目でクロードに睨みつけられた。怖いって!
長くなったので一応これで一区切り入れます。