三人の王女様
くるくる、くるくる。
きらびやかなドレスを着たご婦人と、正装でばっちり決めた殿方が、音楽に合わせて優雅に踊っていた。
生誕祭二日目。
昨日の夜と同様に、城では大広間を貸し切って大々的なパーティーが開かれていた。
集まった貴族たちは踊ったり、食事をしたり、あるいはここぞとばかりに人脈を広げようと躍起になっていた。
特に熱心なのは年頃の娘たちだ。
こういう夜会は貴族の娘たちにとっては格好の出会いの場だった。
普段王城には来られないような遠いところから来ている好条件の男性なんかもたくさんいて、おしゃれにも一層気合いが入っていた。
もちろん男性側もそれは同じで、自分の将来のお嫁さん候補を探して、さっきから積極的に女性を踊りに誘う姿があちこちで見られた。
いやー、若いっていいね!
私はそんな風景を、優雅に座るクラリスの横でほほえましく眺めていた。
何人かの令嬢から踊りの誘いはあったけれど、「申し訳ありません、殿下の警護中ですから」と紳士スマイルですべて断った。
専属騎士1年目なんかは、『断ったら主人であるクラリスに対しての心証が悪くなるかな…』とか殊勝にも思って誘いを受けていた。
でも一つ受けたらそのあと他の令嬢からの誘いが殺到して、断ろうとしたら誘いを受けた子をひいきしてる! と暴動が起きかけるような大変な事態になってしまったのだ。
あの頃から考えると大変な成長よ、うん。
……今も昔も男の人からの誘いは一個もありませんでしたけどね。
クラリスは人の波を泳ぎながら外国からの賓客に挨拶に行ったり、遠いところからきた貴族を一通り労うと、あとは陛下の近くに位置するこの椅子でニコニコしながら夜会を見守っていた。
男の人と踊るのは、さすがのクラリスも苦手だしね。
理由は違えど同性と踊らなければならない同志として、私はそっと同情した。
「コーデリア殿下、クラウディア殿下、フィオナ殿下のお成りです!」
さきほどから招待客の到着を知らせていた小姓の声が、一際大きく広間に響き渡った。人々の視線が扉に集まる。
ついにきたか、と私は覚悟を決めた。
大きな扉が開き入ってきたのは、三人の美しい女性だった。
一番右側に立っている女性は栗色の髪の毛をひとつにまとめ、理知的な顔を堂々と上げていた。
左側にいる女性はこの国では珍しい黒髪を背中まで垂らし、気まずそうに下を向いていた。
そして、真ん中にいる女性はクラリスと同じ金色の髪をくるくる跳ねさせながら、生意気…ごほん、勝ち気に微笑んでいた。
右から、コーデリア王女・クラウディア王女・フィオナ王女殿下である。
コーデリア王女とクラウディア王女は今は亡きアイリーン妃殿下のお子で、フィオナ王女はご側室のシャーリーン様がお産みになった王女様。
それぞれご自分の領地のお仕事があるから、昨日の夜会には来られなかったみたい。
ちなみにクラリスが領地を与えられてないのは、表向きは母親の地位が低いからという理由。ほんとは、陛下のお手元で守り育てるためなんだけど。
三人の王女殿下は招待客に笑顔を振り撒きながら、まっすぐこちらにやってきた。
クラリスが立ち上がり、スカートの裾をもって会釈する。
「久しぶりね、クラリス」
「えぇ、コーデリア姉様。最近のご活躍、聞き及んでおります」
「クラリス……あ、あの……」
「フィオナ姉様もお久しぶりです。お元気そうで何よりですわ。ご領地で素晴らしい成果をあげられているとか」
「そ、そんなことない…よ。で、でも、ありがとうっ」
いやー、こんな美人が四人(クラリスも一応含める)も集まると壮観ですなぁ。
とか、
「セシリア!会いたかったですわ!」
現実逃避はさせてくれませんね、ははは……
内心の嘆きを押し隠し、紳士スマイルで答える。
「殿下、ご無沙汰しておりました」
「ほんとよ。まったくクラリス姉様ばっかりセシリアを独り占めして」
可愛らしい頬をぷくっと膨らませて、口を尖らせるクラウディア様。……ひっじょーに愛らしい。
「クラウディア。まずはクラリスに挨拶なさい」
「はぁい」
陛下のお子のなかで最年長のコーデリア様にたしなめられ、クラリスに身体を向けるクラウディア様。
あ、ちなみに生まれた順番はコーデリア様・フィオナ様・クラリス・クラウディア様の順。
「クラリス姉様、お久しぶりですわ」
素直に挨拶しつつもクラウディア様は相変わらず仏頂面のままで、さすがにクラリスも困った顔になる。
「クラウディア。それが久しぶりに会った姉に対する態度なの?」
「だって、私は領地を動けないからセシリアを連れて来てって何度もお願いしたのに、クラリス姉様ったらちっとも来てくれないんですもの。ひどいですわ」
いやー、会いたがってくださるのは嬉しいけど、会いに行ったら最後、帰してくれないじゃないですか……。
という本音はもちろん言えず、私は紳士スマイルで突っ立っているしかなかった。
このクラウディア殿下は、私がクラリスの専属騎士になって初めてご挨拶に行ってからこの方、私に激しい好意を寄せてくれている。
会うなり突然自分の専属騎士にならないかとお願いされたり、王城に滞在されている間は私の側を片時も離れようとしなかったり。
いまや会員が一万人を越えたという私の『ファンクラブ』とやらもこのお方が立ち上げ、みずから会長になられたほどのお人なのだ。
生誕祭には恐れ多くも毎年手作りお菓子を賜り、夜会で必ず一度はダンスのお相手をさせていただいていた。
その好意はもちろんありがたいのだけど……
「セシリア。最終日は残念ながら用事があって会えないから、お菓子は今日あげますわ。一つ一つ心を込めて作ったから、食べてね」
と王女が頬を染めつつ言うと、侍女が大量のお菓子が載った大皿を運んできた。
……あれ、全部食べるの……?
「毎年ありがとうございます、殿下。大事にいただきます」
顔を引きつらせないように最大限努力しながら答える。
お菓子のジンクス作った奴、呪ってやる……
私がクラウディア様を苦手としているのは、その好意がおも……おっほん、深ーい愛情を寄せてくれるからというだけではない。
クラウディア様は、男性から非常に人気がおありになる。
陛下のお子はクラリスも含めみんな美人だから、それぞれ人気はあるんだけど、クラウディア様は特にファンが多い。
クラウディア様には、女の私でさえ守ってあげたいと思わせるような不思議な魅力がある。末っ子故か、どこか甘えっ子で我が侭なところもその人気に拍車をかけていた。
王族と結婚して地位向上を目指したい野心家な男はもちろん、大貴族の嫡男から他の国の王子さままで虜にしていて、殿下を巡る争いは苛烈を極めていた。
そのクラウディア様に熱烈に好かれている私は、彼らにとって目下のところ一番の敵なのだ。
今だって男性からの視線が痛い痛い。
あちこちから「またあの女騎士……」「なんてうらやましい」「俺と代われ!」とか聞こえてくる。怖い。
クラウディア様はそんな状況はまったく知らずに、はじけるような笑顔で親しげに話しかけ、手を差し出してくださる。
「一曲踊ってくれますわよね? セシリア」
…そんな天使の笑顔で言われたら、断れるわけないじゃないですか。
私は男性からの羨望と女性からの嫉妬の視線を痛烈に感じながら、得意の紳士スマイルでクラウディア様のお手を取ったのだった。
やっと王女たち出せました…。