祭りだワッショイ
クラリスの朝は早い。
小鳥がさえずるのを待たずにベッドから抜け出し、広いベランダで剣の稽古。
侍女が来て服を着替え、朝食のあとは教師が来て王女として知っておくべき教養の勉強。
それが終わると、陛下の無二の親友でもあり、王女の正体を知る数少ない人間のうちの一人である宰相、マリオン様がやってきて、王太子としての帝王学を学ぶ。
昼食をとってから、舞踏や作法の教師が来て、また勉強。
そのあとは貴族の娘たちを茶会に呼んで情報交換。
日が沈めばパーティへ顔を出し、人脈作りにいそしむ。
もちろん専属騎士である私も常に同行しているわけだけど、他人事ながら感心するとともに「ちょっと休んだら」と言ってあげたくなる。調子に乗るから、言わないけど。
「本日もお疲れ様でございました、王女殿下。ごゆっくりお休みくださいませ」
もうしっかり板に付いた騎士モード言葉でテンプレ通りの台詞を述べ、クラリスに向かって一礼する。
クラリスはパーティ用のドレスから寝間着に着替え終わって、部屋でくつろいでいた。
「ありがとう。セシリアもご苦労様」
いつも通りのクラリスの返事。
あとは退室の許可をもらえば、今日の私の仕事もおしまい。
は〜やれやれ、とか思っていると。
…ん?
控えていた何人もの侍女が、一礼して全員下がっていく。
もちろん、王女に仕えられるほど優秀な侍女が主人に無断で出て行くはずもなく——
顔を上げると、思った通り、クラリスが目で人払いの合図を送っていた。
「ちょ、なに?」
「なにって、なにが?」
「いや、だからなんで下がらせちゃうわけ?」
「いけない?」
いけなかないけど……なんで私の手をがっつり掴んでいるんでしょうか。
そしてその思いっきり怒ってると分かる笑顔はなんでなんでしょうか。
……私なにかしたっけ?
「今日」
「え?」
クラリスの後ろから、真っ黒い瘴気のようなものが立ち上っている気がする。
はっきり言って、めちゃくちゃ怖い。
「昼間、ずいぶんと楽しそうだったな」
昼間……というと、クラリスが王女としてお勉強していたときの話だろうか。
いつもは勉強中は静かに壁際で控えているだけなんだけど、今日は違った。
なんでも急に領地に帰らなければならなくなったという貴族が王女に挨拶に来て、その貴族の従者が私の騎士学校時代の知り合いだったもんだから、つい数分程度雑談してしまったのだ。
懐かしさのあまりつい盛り上がってしまって、クラリスがなんとなく冷たい目をしていた気がした。
——ちょっと仕事という意識が足りなかったかもしれない。
「ごめん! 仕事中に雑談するとか、もうしないから。これからは、しっかりプロ意識を持って職務に当たらせていただきます!」
「……そういう意味じゃないんだが。まぁいいか」
素直に謝ったのが功を奏したのか、クロードの怒りは解けたようだった。
ちょっとあきれたような顔なのが気になるけど。
「とにかく、仕事以外は男と喋んな」
「え、それは無理じゃないかと……」
「分かったな?」
「…………あい」
横暴! 職権乱用!! ……とはクロードの迫力に負けて、言えなかった。
***
今日も、まだ夜が明けきらないうちから汗を流して必死に剣を振るうクロードをぼんやりながめながら、ふと気づいた。
「そういえば、もうすぐ生誕祭だね」
麦月の20日は国の一大イベント、生誕祭が始まる日。
この国の始祖である初代アヴァンデント国王、ファンダー陛下がお生まれになったのがこの3日後とされていて、毎年国を挙げて盛大に祝うのだ。
三日三晩飲んで騒いで、最終日の晩に当代の国王が花を撒くのが習わしだった。
一旦休憩することにしたらしいクロードが、椅子にかけてあったタオルで汗を拭いた。
むかつくけど、そんな仕草まで様になる。
「最近やけにお嬢さん方の話題がお菓子作りのことについてなのは、それでかぁ」
「……ほんとにイベントに興味ないんだな。もう七日前だぞ? ずいぶん前から城中が浮き足立ってるし、甘いにおいがそこら中からしてきてただろ」
生誕祭にはジンクスがあって、最終日の晩に手作りのお菓子を意中の人に食べてもらうと、両思いになれるというもの。
どこかのお菓子会社の陰謀のようなジンクスだけど、それで毎年かなりの数のカップルが成立している。
厨房なんかに入ったことがない貴族の娘たちも、この時期だけは四苦八苦しながら自分でお菓子を作るのだ。
「……あんまりいい思い出がないからじゃないかな……」
思わず深い深いため息が漏れる。
さっき言ったジンクスはここ数十年で出来たものなんだけど、これのせいで最近は、無事にお菓子を渡せたり渡されたりした者たちを、お菓子に縁がなかった者たちが恨めしげに眺めるというなんとも悲しい格差が生まれてしまっている。
専属騎士になってからは、私は毎年山のように手作りお菓子をもらうようになった。
一年に一度しかないイベントだから、普段きゃあきゃあ言ってくださる貴族の令嬢たちだけでなく、侍女とか、たまに出かけたりする町のお嬢さんとか、行きつけの鍛冶屋のとこの娘さんとか……既婚者にもらったことまである。
好意はもちろん、嬉しい。嬉しいがしかし、皆さん私の性別間違えてやしませんか。
はい、困るなら貰わなきゃいいじゃんとか思ったそこのあなた!
そりゃね、最初は断ろうとしたよ? だって女だもの。丁重に丁重にお断りいたそうとしたさ、だって女だもの! ここ、強調しとく。テストに出すからね!
でもね、お断りしますの『おこ』まで言ったところで泣きそうな顔になられてご覧なさい? 口を引き結んで、涙目になって、手を震わせながら「受け取ってくれるだけでいいんです……」とか言われてみなさい?
無理だから! ここで断ったら私が悪者じゃん!!
『女性には紳士に』が骨の髄までしみこんでる私が、なおさら断れるわけがない。
「ありがとうございます、おいしそうですね。あとでいただきます」くらいは紳士スマイルで言っちゃうともさ。
お菓子が嫌いなわけじゃない。けど、毎年渡される信じられないくらいの量を食べられるほど、大好きなわけでもない。
よってこのイベントが来るたびに、お菓子の処理をめぐって頭を悩ませるのだった。
「……あいつもいるしな」
心なしか同情をにじませた声でクロードが呟いた。
……そう、そうだった。
このイベントがあまり楽しくないのは、あの方のせいでもあるんだった。
***
生誕祭初日。
前日までは憂鬱な思いを引きずっていたけど、やっぱりこのお祭り独特の雰囲気は好きだ。
みんなが盛り上げるために団結するこの空気は、いやがおうにもわくわくしてしまう。
「さぁセシリア、行きましょう」
「かしこまりました。殿下」
……まぁ、今日も仕事なんだけどね。
祭りの最中王城では、連日大々的な夜会が催される。
昼間は国民も入れるよう開放しているから、警備も厳しくなり、手はいくつあっても足りなくなる。専属騎士である私は祭りどころではないのだ。
もっとも、王女であるクラリスはもっと忙しい。
これだけ大きな祭りだから、城から遠い領地を持つ貴族や外国からの賓客も来ていて、その挨拶に行かなきゃいけないし、王城を開放してる間は国民に姿を見せてたまに声もかけなきゃいけない。こういう小さいことでも王室の人気を維持するためには大事なことなのだ。
あとは、祭り中の警備に関する総括もクラリスの分担だから、騎士団長・衛兵隊長・近衛兵長・隠密兵長に指示をしてまとめなきゃいけない。
衛兵隊っていうのは、城のなかとか城門とか、あとは国境とかに配置される兵のこと。だから警備に関してはプロと言えるかもしれない。
近衛兵隊は、国王直属の軍隊。いわば国王の私兵だ。祭りのときは人手が足りないので、陛下が毎年貸してくださるのだ。
隠密兵は名前のまま、人知れずこの国のために働く兵たち。敵国に潜り込んだり、謀反の疑いがある貴族のもとに向かわせたりする。なれるのはもちろんエリート中のエリートと言われている。
騎士団は——
「殿下、こちらにいらっしゃったか!」
国民が集まっている城の中庭にクラリスが王女スマイルを振りまきに行き、一旦戻って昼食でもと部屋に帰る途中。非常に威勢のいい声が廊下にひびいた。
クラリスが足を止めると、恰幅のいい男が早足で近づいてきた。
あ、あの方は……
「スコット。どうかなさったの?」
「は。騎士団員の配置についてご再考願いたいところがあって、お探しておりました」
ルビーレッドの短髪に、チャコールグレイの瞳。
大柄ではあるが、決して太っているわけではない。
体は鍛え抜かれ、ほどよく引き締まっている。
声も朗々たるもので、一見すると四十代には見えない。
スコット・リベリー・エリントン。この国の騎士団の団長さまである。
アヴァンテント王国の騎士団は一風変わったところがある。
それは、人数が非常に多いということ。
それもそのはずで、十数年前までは二つの騎士団だったのを合併して出来た騎士団なのだ。
私たちが生まれて間もない頃、バーラー騎士団とボールド騎士団という二つの騎士団があって、王国を守る二つの翼と言われていた。
戦争があった頃は互いが互いを助け、この国におおいに貢献していた……らしい。物心つく前だったから、伝聞なんだけど。
でも戦乱の時代が終わり、平和になると、兵士たちは闘争心を向ける相手をなくし、鬱憤はどんどんたまっていった。
そして、手近にいる"敵"にそれを向けるようになる。——つまり、もう一方の騎士団に。
もともと比べられることの多かった二つの騎士団は、切磋琢磨できる程度のライバル心は持っていた。
しかし長い平和という、戦いを生業にする者にとってはあまりありがたくない状況が続き、そのライバル心は嫉妬や憎しみに変わり、小競り合いが頻発した。
それをおさめたのが、この目の前にいるスコット様なのである。
当時32才という若さで二つの騎士団を渡り歩き、両騎士団にいた穏健派を味方につけ、過激派を説得し、合併という形にして見事に統一してみせた。
さらに、元バーラー団員・元ボールド団員というくくりではなく、守りに特化した者と攻撃に適した者とに団を二つに分け、王国の“矛”と“盾”という名をそれぞれに与えた。しかも、何千といる団員一人ひとりの性格を把握して、スコット様お一人で盾と矛に分けたというからすごい。
陛下がその手腕を大きく買われて騎士団長に任命したのも、自然な流れだと思う。
ちなみに、専属騎士は一応騎士団長の配下なんだけど、直接的な指示は王女が下す、いわば派遣社員みたいなものだから、団員や団長との関わりはあまりない。
「どこか手薄なところがあったかしら」
「いや、俺も殿下のご采配は正しいと思いました。ただ今日の人の出入りを見る限り、やはり城門から中庭までもう少し人数がいる気がしましてな。ま、今のままでもうちの団員ならなんとかやりましょうが」
そう言って豪快に笑った。
やっぱり、団員と信頼しあってるんだろうなぁ……。
王女について回ってばっかで基本ぼっちの専属騎士としては、ちょっぴり羨ましい。
配置図を見ながら考え込んでいたクラリスが、何やら書き込んでスコット様に示す。
「これでは?」
スコット様はそれを見て、ニヤリと笑って見せた。
「…なるほど、正しい判断ですな。至急このように手配いたします」
うーん……ほめたくないけど、それほどの人物であるスコット様を納得させられるだけの指示をすぐに出せるクラリスも、すごい。
配置図を持って立ち去ろうとしたスコット様が、何を思ったかふときびすを返して、大きな手のひらを私の頭にのせた。
そして、優しい声が降ってくる。
「セシリア。祭り中も、殿下を頼むぞ」
「……はい」
スコット・リベリー・エリントンといえば、全ての騎士にとっての憧れ。もちろん、私にとっても。
そんな方に、いま一人の騎士として扱ってもらっている。
そう思うと、自然と頰に熱が集まった。
頭に載せられている手のひらの重みで自然にうつむく。
大理石で出来た王城の床が、いつもより数倍綺麗に見えた。
スコット様は静かに歓喜している私の頭をそのままほんぽんと叩くと、行ってしまった。
「……男と喋るのは禁止って言ったはずだがな」
「……え? えぇ!? 今のもだめ!?」
あこがれていた騎士に声をかけられて、余韻にひたっていた私に、冷たい視線を向けるクロード。
そんなにほいほい男に戻っていいんですかー。ぶーぶー。
……とか、言えたら苦労しないのになぁ。
でもクロードも今回はそんなに怒っていないようで、すぐに王女の顔に戻った。
「それにしても、さすがスコットね。自分を負かした小娘相手にあんなに自然に接せられるなんて」
小娘て……。間違っちゃいないけどさ。
「だから、あれは偶然だって」
三年くらい前に、大規模な武闘大会が開催された。
クラリスに勧められて参加したところ、決勝まで残ったのが私とスコット様だった。
その時の私は騎士の憧れ、スコット様を間近で見られたことによる緊張でがくがくだった。
そして、うっかり、勝ってしまった。
偶然に偶然が重なって、奇跡と呼べるようなことが起こって、優勝してしまったのだ。
『はっはっはっは!! やられたなぁ!』とか笑っているスコット様の声を後ろに聞きながら上がった、トロフィーを貰うための壇上。
思えばあそこから始まった女モテの日々……。
ちょっぴり黄昏れてしまったお祭り初日であった。
生誕祭はバレンタインとクリスマスを足して二で割ったようなイベントです。
「イベントを憂鬱にさせるあの方」は今回出せなかったので次回。