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女騎士の憂鬱  作者: ヒロ
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どうも、女にモテる女騎士です。

 大陸で最も豊かな国、アヴァンデント王国。

 その中心にある王城の一角、日当たりのいいテラスで、貴族の娘たちが数人でお茶を楽しんでいた。

 甘い焼き菓子と淹れたての紅茶を前に、自然と彼女たちの口は軽くなる。

 ここ数年、内乱だの戦争だのという物騒なこともなく、人々の会話もやれどこそこの男爵家の嫡男が素敵だの、妹が社交界デビューしただの、他愛ない内容だったが、話題は尽きなかった。

 初夏の太陽が、彼女たちの茶会を明るく照らしていた。


 突然、のんびりお喋りに興じていた彼女たちが口々に叫び声を上げた。

 しかしそれは悲鳴ではなく、歓声だった。


「まぁ、セシリア様だわ!おひとりかしら?」

「相変わらずなんて凛々しくてらっしゃるの……」

わたくし、以前落としたハンカチを拾っていただいたのよ」

「私なんて怪我をして困っていたら、とっても丁寧に応急処置をして、部屋まで送ってくださったわ」

「素敵……今度のパーティーで踊ってくださらないかしら」

「セシリア様……今日も麗しい」


 娘たちの熱い視線を受けているのは、そこを通りがかった一人の騎士だった。

 耳あたりまであるブラウンの髪に良く映える、意志の強そうなエメラルドグリーンの瞳。ほっそりとした体を騎士服につつみ、颯爽と城の中を闊歩するその様は、まさに騎士の中の騎士と言える。

 “ほっそりとした”という表現を使うと華奢な印象を受けるが、なかなかどうして、国王直属の騎士団長でさえ打ち負かしてしまうという実力の持ち主だというから驚きだ。

 その美貌、その実力、そしてその紳士的な態度から、女性からは絶大な人気を誇っている。

 しかし彼はクラリス王女の専属騎士である。数多の女性から送られる秋波をものともせず、王女ただ一人に忠誠を捧げている。


 名はセシリア・マーシャル・エスカチオン——エスカチオン公爵家の末娘である。
















「……………………なにこれ」

「なにって、新聞でしょう?」

「じゃなくて、この記事!」

「よく書けてるわねぇ」

「ちっがーう!!!!」


 やたら広い王女の自室で、天蓋付きのベッドに腰掛け実に女性らしく笑うクラリス(王女)を、ほとんど涙目になりながら睨んだ。手にしていた王立新聞を、しわくちゃになるまで強く握りしめながら。

 軽くウェーブのかかった金の髪を腰まで垂らし、薄い桃色のドレスを誰よりも着こなしているこいつの姿は、どこからどう見ても女性——誰もが思い描く王女にしか見えない。

 全部、ぜんぶ、こいつのせいだ。


 改めまして、こんにちは。セシリア・マーシャル・エスカチオンといいます。王女の専属騎士、やってます。

 あ、王女にこんな態度なのは、私がこいつの幼なじみだから。


 なににこんなに怒っているかって?

 それは…………王立新聞に特集で組まれた私の記事に、ほとんど載っていないから。私が、女だという事実が。


 まさに騎士の中の騎士と言える……ってなに。確かに騎士だけど、女騎士だから。

 騎士団長でさえ打ち負かし……って、あれただの偶然。運が良かっただけだし。

 彼はクラリス王女の専属騎士……ってこれもう確信犯だよね? 彼って言っちゃってるよね?


 最後の一文を見逃したら、この記事だけで私が女だと思う人はいない。

 これが出回ったおかげで、以前からまことしやかに囁かれていた「エスカチオン家のセシリアは実は男だった説」の信憑性がかなり増したらしいし、城下では「一目合わせて!」と門まで押しかけてくる女性が後を絶たないと門番から苦情が来るしでさんざんな思いをしたのだ。

 何が悲しくて自分の性別を疑われなくてはならんのか。


 目の前にいる王女と、その他の貴族のお嬢さんたちからはものすごく好評だったらしいけど。


 ——やっぱり、こんな奴の口車に乗せられて専属騎士なんかになるんじゃなかった。

 そしたらいまごろ、私はこんな新聞に載ることなく、どこかの貴族と結婚して悠々自適に生活できたのに。


「良かったじゃねえか、これでお前の人気もうなぎ登りだ。前からモテたいって言ってただろ?」


 ふいにクラリスから低い声が発せられる。声変わりを終えた男そのものの声。

 悪戯っぽく笑う表情も、ドレスの中で偉そうに足を組んだその様も、全く女には似つかわしくないものだった。

 それだけではない。

 長く垂らしているウィッグの下には、同じ金色の、短い髪の毛が隠れていることを知っている。

 白くて細長く、一見するとかよわく見える腕は、剣を持てばすさまじい力をふるう。

 そして、今は優しく光るその瞳が、常に周囲を油断なく観察しながら、有事の際には誰よりも鋭い光を放つことを、私は嫌というほど知っていた。


 彼女——いや、彼の名は、クロード・フォン・ガーバン・アヴァンデント。

 世間ではクラリスという名の王女として知られているこいつは、正真正銘、アヴァンデント国の王太子殿下なのである。


「この記事で私を好きになってくれる男がどこにいる! 女性にモテたいなんて一言も言ってないよ!!」

「……へぇ、男にモテたいのか」

「そ、そりゃ、女の人よりかは……」


 私だって女の端くれ。いつか素敵な男性と出会って、恋をして、結婚——なんて夢を持っていたりするのだ。

 でも機嫌が悪くなって、より低い声を出すクロードに、思わず声がちっちゃくなってしまう。

 がんばれ、私!


「クロ……クラリス、そんなに低い声を出すと、男だってばれちゃうよ?」


 ぎこちなく笑いながら話をそらすと、クラリスがにっこり微笑んだ。


「セシリア、だからいつも言っているでしょう? 早く私のものになりなさいって」

「王女口調で口説くなっ!!」

「俺のものになれ」

「うわあいきなり男に戻るな!」


 力一杯突っ込みをし続けて息切れしている私に対して、クラリスはあきれたような視線を向けてきた。


「男になれ女になれと、うるさい子ねぇ」

「誰のせいよ……」


***


 王太子であるクロードが、こんな少女趣味満載のドレスを着て女のふりをしているのは、女装趣味だから…というわけじゃない。


 時をさかのぼること15年前。

 現国王エルヴィス陛下のご正妃、アイリーン様が身罷みまかられたのがすべての始まりだった。


 陛下とアイリーン様の間には二人の子供がいたけれど、どちらも王女様で、男子にはめぐまれないまま王妃様は亡くなられた。

 他にも陛下にはカミラ様とシャーリーン様という二人のご側室がおられるけれど、シャーリーン様のお子も王女様で、結局陛下の血を引いた王子はカミラ様がお産みになったクロードだけ。

 妾腹の生まれとはいえ、貴重な直系の男子。

 アイリーン様が亡くなられるまでは、それはそれは大事に育てられていた。


 しかし、アイリーン様が亡くなられると、王弟であるマコーリー公爵が、自分を王位継承権第一位にしようと、当時四歳だったクロードの暗殺を謀ったのだ。

 間一髪でなんとかクロードは助かって、その事件が明るみに出た公爵は失脚し、領地に幽閉。

 ことの次第をお知りになった陛下は深く悲しまれ、同時にただ一人の男子であるクロードの身を危ぶまれた。

 主犯である公爵は幽閉されたものの、公爵が王にふさわしいと考える貴族たちや、他にも王位継承権を持つ王族は多く、クロードの命が狙われる可能性は充分にあった。

 しかもクロードの生みの母であるカミラ様は元々男爵家のご出身なので、クロードをしっかり守れるほどの後ろ盾はない。

 そこで陛下は一計を案じた。

 クロードはその事件の怪我がきっかけで死んだことにし、これ以降は王が過去戯れに手をつけた侍女が産んだ子、王女クラリスとしてひっそり育てると。

 そして時期が来れば真実を発表して、正式に王太子にすると。

 その日から、クロードの女装生活は始まったのだ。


 私が王女の専属騎士に選ばれたのは、単に都合が良かったから。

 曰く、事情を知り、信頼が置け、そして腕が立つ、と私はとっても条件が良かったそうな。


 私の母、グリゼルはカミラ様の昔からの親友で、二人とも同じ年に妊娠したもんだから、私とクロードはそれこそ生まれる前からの幼なじみ。

 まだ女として育てられる前だったけど、女の私が悔しくなるくらい可愛かったわよ。昔のクロードは。

 その上私は公爵家に生まれながら、五人兄弟の末っ子という、いてもいなくてもいいような立場に生まれた。

 自分で言ってて悲しいけど、家は兄さまたちが継ぐし、家と家同士をつなぐ結婚をするのも姉さまがいる。自由でいいと言われれば、そうなんだけど。

 もちろん仮にも大公爵の娘だから、それなりの結婚は出来たんだろうけど、私は結婚はしたいくせに、お茶や舞踏や作法より、父さまが護身術のつもりで教えてくれた武芸に興味を持っちゃったもんだから、父さまもちょっと私をもて余してたみたいだった。


 そこで、あの事件が起きた。

 いくら自分より可愛くて女の子らしくて羨ましいからといっても、やっぱり幼なじみ。大丈夫だろうかと心配してたところに、陛下からのお召しがあった。

 父さまに連れられ王城へ行くと、陛下直々に事情を説明され、これから騎士学校に通い、卒業したら王女の騎士になってほしいという。

 父娘ともに仰天したけれど、もともと騎士学校には行きたいと思っていたから、どうするかは卒業後に決めると返事をして、騎士学校に入学した。


 騎士学校での生活は——それはもう、夢のように楽しかった。

 父さまより強く、教え方のうまい教官たち。広い稽古場で、誰にも咎められず思いっきり体を動かせる喜び。ただひたすら強くなるために努力する楽しさ。

 女で騎士学校に通うのはやはり少数派で、辛いこともあったけれど、友達もでき、家に帰るのが嫌になるほど学校生活を満喫した。

 私はめきめき強くなって、卒業する頃には騎士学校で私に勝てる人はいなくなっていた。


 クロード——クラリスに再会したのは、卒業してからだった。

 手紙のやりとりはしていたけれど、私は騎士としての修行、クラリスは王女としての教育と、こっそり帝王学なんかも学んでいるため、お互い忙しくて会う暇がなかったのだ。

 手紙のなかのクロードは、昔の生意気さはすっかり鳴りを潜めていて、再会したときもひどく殊勝な態度だった。

 政敵とはいえ実の叔父に命を狙われたんだ、やっぱりショックだったんだろうと同情した。


 しかしこいつは、その同情心を利用して、言葉巧みに私を専属騎士にした。

 そして、私が専属騎士になることに同意した途端、元の傲岸不遜な態度に戻ったのだ。あぁ、いま思い出しても腹が立つ!

 こうして、ほぼ騙し討ちのような形で私はクラリス王女専属の女騎士となった。


 それから4年。私は全く意図しないところで城内の人気を集めていた。主に、女性からの。


 男・男・男・女・女という兄弟構成で生まれてきた私は、初めての女の子ということで蝶よ花よと可愛がられていた姉さまとは違い、何故か兄さまたちといっしょくたにされ、父さまに女性には優しく紳士的に接するようにと、耳にタコが出来るほど言い聞かされて育った。

 なもんだから、ハンカチを拾ったときもつい「綺麗なハンカチですね」とか紳士スマイルで言っちゃったし、怪我してるのを見つけたときもうっかり侍女を呼ぶことを思い付かず手当てして、「お部屋までお送りいたします」とか言って紳士にエスコートしてしまったのだ。

 ちなみに、これも仕事のうちと割り切って練習を始めたダンスは、男性パートを覚えてしまった。自分で言うのもどうかと思うが、私がパーティーに出た日には女性からのお誘いが殺到してしまうので、極力踊らず、王女のもとで脇役に徹しているのだけど。……嬉しくない。

いろいろとご都合主義的展開なのは私の力不足です。どうか暖かい目で見てください。

加筆修正にともない、クラリスの本名を変更しました。

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