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無個性少女とシスコン少年

 夏休み前最後のLHR。

今日は夏休み明けすぐにある、文化祭にこのクラスは何をするかを決めていた。

議長として夜読が教卓にたっている。

学校で上位に入る位に盛り上がるイベントということで、クラスも珍しく協力的に意見交換をしていた。


 「では、クラスの出し物でやりたいものがある人はいますか? いたら挙手して発表してください」


 夜読の言葉にクラスの半分くらいの生徒の手が上がる。

ここまで手が上がるクラスって小学校までだと思ってたよ。

だけどこういう時のチームワークが強いのは弓道部も一緒だからなんとも言えないねっ。

とかなんとか言って私様も上げてるんだけど。


 「じゃあ、日乃崎さんどうぞ」


 「はーい、李々は蝋○形の館がいいと思うよ」


 「そんなもん出来るわけあるかっ!」


 「出来ると思うよ? つまるところお化け屋敷と考えてもらっていいからね」


 「あーそれならまあ候補に上げといてもいいわね」


 「で、幽霊役はもちろん夜読! うわー怖いねえ、キシシ」


 「なんですってえ!?」


 二人のやりとりにクラスがわっと湧く。

相変わらず退屈しないクラスだよね。

夜読が次の生徒を当てた。


 「はい! 僕は、ま○かマ○カカフェがいいと思います!」


 「誰が契約して魔法少女になりますか!? というかそれ実在するからダメでしょ!」


 「というか夜読もアニメとか見るんだねえ、ニヒヒッ」


 「う、うるさいっ! 次!」


 「私は、ナイトリーディングパーティーがいいです!」


 「何それ? 聞いたことないわね」


 「『夜読の会』、つまり鏡峰夜読にいろいろな格好をしてはずかし…………楽しんでもらおうって会です!」


 「そんなもんやるか! しかも一瞬辱めようとか言いかけたわよね!?」


 夜読頑張るなあ。

なんか頑張るのベクトルが違う気もするけど。

さて、私様もそろそろ挙手するかなっ。 


 「はい、遊李どうぞ」


 「私様はコスプレ喫茶がいいと思うかなっ!」


 「あら、遊李にしてはまともな意見ね」


 「私様をどんなキャラに思ってるのかなっ!」


 まったく失礼だよね!

私様はいつでも真面目だってんですよ!

だけどまあ、他の人よりかはまともに見えるかもだね。

流石変人と変態の集まる学校(私様が言ってるだけ)。


 「李々も遊李の意見いいと思うよ。いい絵が撮れそうだし」


 「じゃあ遊李の言ったコスプレ喫茶でいいですか?」


 はーい、とクラス全員が言葉を返した。

って感じに何故か私様の意見は通ってしまった。

これがあんな悲劇を起こすとは誰にも予想できなかった…………っていうとなんかそれっぽいよね。

実際のとこはまだ何が起こるかなんて知ってるはずもないわけで。


 「じゃあクラスの出し物はコスプレ喫茶に決まりました! 準備は夏休み等を使ってしていくので、参加できる人は積極的に参加してください」


 そんなわけで魔の夏休みが始まった。

とか言いつつ私様は親戚の家に帰省していたから一回も参加できなかったってオチです。




 内容の薄かった夏休みを終えて、8月30日。

私様はまだ夏の暑さを余裕で残したアスファルトの上を歩いていた。

熱がじわじわと私様の体温をあげていった。

とりあえず、本当に暑すぎて困る。


 今日は文化祭当日!

ずっと準備してきた結果を出す日だねっ。

まあ私様は一週間前からしか参加してないんだけどね。

だけどできる限りのことはするよっ!


 「おはよ、遊李。緊張してる?」


 「してなんかないよっ。夜読の方がしてるんじゃないかな!」


 「私は小学校二年生の頃お兄ちゃんに『緊張なんてものをしているようでは一生俺を抜くことはできないな』とか言われた影響でしなくなったわよ」


 小学二年ってことは湊先輩も小学四年くらいだよね?

そんな時期からこんなことを言うなんてすごいね……。

流石住んでいる世界が違うならぬ、見ている世界が違うねっ。

夜読はみんなの視点になって話を聞くけど、湊先輩は上からみんなを見下ろしてるからなあ。

比べるところがずれてるとか私も気づいてるけどさ!


 「緊張はしてないんだけど…………ちょっと恥ずかしいかなあなんて」


 「ああ、そういえば夜読は魔女のコスプレするんだっけ?」


 「うん…………。どうしてこうなっちゃったんだろ」


 頭を押さえて夜読は言った。

ちなみに私様はウサギ。

…………またかよっ!

なんだか私様はウサギに縁があるらしい。


 「まあ私自身も寄り掛かった船だし、仕方ないわよね。頑張ろうね」


 「うんっ!」


 口ではいろいろ文句を言っても結局夜読は真面目ちゃんなんだから、頼まれればやっちゃうんだよね。

素直というか、いい子っていうか。

まあ湊先輩の妹なんだからこういう性格にもなるよね。

別に悪い意味じゃあないよ?


 「にしても本当に暑いわね」


 あたりを見ると制服を着崩してる生徒が何人もいた。

風紀委員的にはこれも取り締まるべきなんだろうけど……流石にここまで取り締まる必要はないかなっ。

私様たちも少し着崩してるから取り締まれないっていうのが実際なんだけどね。

まあ今日くらいは見逃してあげようかな。


 「――――っ!? 遊李、右によけて!」


 「え――――」


 「――――遊李邪魔ー!」


 私様が避けると同時にさっきまでいた位置に疾那くんが飛んで来ていた。

で近くにいた生徒に「服装が乱れてるぞ。今日は一般の人も来るんだから服装はちゃんとしとけよ」と注意する。

わざわざ飛んでくる必要があったのかはわからない。


 「疾那くんどうしたの、そんな元気いっぱいに?」


 「いやね、ついさっき湊先輩に俺は書類処理で忙しいから服装を取り締まってきてくれ、って言われてね」


 「湊先輩が仕事を押し付けるなんて珍しいね。今までそんなことなかったんじゃない?」


 「昔は予定が詰まってても無理やり空けて仕事をやってたのにな。夏休みあたりから俺に任せることが多くなったんだよな」


 「確かにお兄ちゃんにしては珍しいわね。何かあったのかしら?」


 私様がいない間にそんなことになっていたとは……。

まあいたところで何も変わらなかっただろうけど。

にしても夜読も原因がわからないとなると、本当に迷宮入りだね。


 「やっほー、皆々様っ!」


 「……おはよー」


 ハイテンションと謎のテンションで走ってくる双子ちゃん。

夏菜ちゃんは制服を当たり前のように着崩していて、瑠奈ちゃんは両手で本を抱えていた。

ちなみに持っていた本は国語辞典、謎である。


 「夏菜、瑠奈、服装が乱れてる。直しておけよ」


 「……「はーい」」


 お兄さんの言うことには大人しく従う二人だった。

やっぱりなんだかんだ言って疾那くんのことが好きなんだなあってわかるね。


 「というわけでそこの胸のでかいお姉さん服直してくれよー! 胸押し当ててくれてもいいんだぜー?」


 「……夏菜だけずるい」


 とか言って夜読に近づく双子ちゃん。

いまいち反応に困ってるねー夜読。

あっ、夏菜ちゃんが胸触った。


 「な、なにをしているのかしら! 人のむ、む、胸を触るなんて!」


 「スキンシップだよ、スキンシップー!」


 「……気にしたら負け」


 「勝ちも負けもないわよっ! これ久崎くんの妹なのよね!? どうにかしなさいよっ!」


 「どうにかって言われても」


 疾那くんには目の前の光景は刺激が強すぎるようで後ろを向いていた。

意外と疾那くん初心なんだね。

流石へたれ!

って私様もなんだけどさ。


 「とにかく校舎の中に入ろうよっ! 準備もしなきゃだしさっ!」


 「遊李の言うとおりね。久崎くんの妹二人もクラスに行きなさい!」


 「じゃあ次会ったときはその胸もませてくれよー!」


 「……楽しみに待ってます、本気で」


 「誰がさせるか!」


 今日知ったことは夜読と双子ちゃんの相性が悪いってことだね。

まあ真面目な女子と双子ちゃんはどう考えても合わないか、あはは。

私様は疾那くんと顔を合わせて苦笑いをした。




 「おはよう! 今日は頑張りましょうね」


 『了解しましたマジカルヨヨミ様!』


 「人の恰好を馬鹿にするなぁぁああ!!」


 さっきも言った通り今の夜読の恰好は魔女の姿。

だからマジカルヨヨミね。

マギカとかリリカルってつけないあたりに微妙な心遣いが見える。


 「おはよ、遊李。早速だけど李々と契約して魔法少女にならないかい?」 


 「そのコスプレしてるやついるなら、ちゃんとヨヨミマギカにしてあげようよっ!」



 李々の恰好はセリフから察してほしい。

なんとも説明しにくい感じのコスプレしてるからね。

…………いろいろな意味で。


 「にしても、内装かなりすごいね。よく頑張ったって感じだよっ!」


 「やっぱり店内の彩りがいいと人もいっぱい入ってくるじゃない? だから結構頑張ったのよ」


 えへんと胸を張る夜読。

実際に胸が張ってるとこが憎たら…………うらやましい。

ちょっとだけ双子ちゃんの気持ちがわかったよ。

緑香先輩といい、うちの周りには胸がでかい人が多い人が多いんだよねっ!

なんだかんだ言って瑠奈ちゃんとかもうちより大きいし。

別にぺったんこはぺったんこで需要があるからいいだけどさっ!


 「これならお客さんいっぱい来そうだねっ!」


 「来てもらわなきゃ困るわよ!」


 そのときの夜読の笑顔は湊先輩を思わせるような凛とした笑顔だった。


 そして文化祭が始まった。

私様たちの予想通り客足は多く、かなりの売りあげが期待できそうだね。

内装ももちろんだが、みんなが着ているコスプレもかなり質が高い。

その二つがいい具合に相乗効果をもたらしてるんだろうねっ!


 「抹茶バナナゼリーパフェ一個入りましたー!」


 …………それとメニューの奇抜さも理由だよね、絶対。

何なのかな、抹茶バナナゼリーパフェって!?

いろいろ混ざりすぎてよくわからないことになってるって!


 私様の仕事はレジ係。

実際のとこ意外と忙しい仕事だね。

あれかな、客足が多いから休みが少なくて忙しいと思うのかなっ。

いい傾向だねっ。


 「いやー朝から忙しいね遊李」


 「おやおやこれは宣伝担当の李々ちゃん。お仕事はサボり中なのかなっ?」


 「サボりとは失礼だね。もう十分な人数は連れてきてるから休憩中なんだよ。もうこれだけお客さんが来れば宣伝効果で当分は人足は途絶えないだろうね」


 流石虚先輩の妹、ちゃんとこういうことにも頭を回すんだねっ。

テストの順位とかは私様と同じぐらいな癖に!


 「にしても本当に予想以上に盛り上がってるね。ここまで人が来るとは想像もしてなかったよ」


 冗談でも皮肉でもなんでもなく李々は本気で驚いているようだった。

確かに去年した和風カフェ(ちょっと矛盾してる)でもこれの半分くらいしか来てなかったからね。

これだけ来るなんて、学校中でも結構話題になってるのかなやっぱり。

李々の宣伝効果意外にも何かある気がしてならないね。


 「まあ、そんなの考えても無駄だよねっ」


 「それもそうだね、キシシッ」


 李々は愉快そうに笑った。

珍しく私様も返して笑っていた。


 それから一時間全く人の入りは変わらなかった。

よく見ると中にはリピーターの人もいるみたいで、本当にこの喫茶店は人気みたいだね。

努力したかいがあるってもんですよ!

…………私様ほとんど企画とかに参加してないけどね。


 「ちょっとお客様! そういうことをされると困ります!」 


 不良に絡まれたときの常套句をあげている夜読の声がした。

そんなベタなことないでしょ、と声の方を見る。

すると不良に絡まれていた夜読がいた。

なんで疾那くんに助けてもらった時の不良と言いこの街にはこんな典型的な不良がいるかなあ。

古いのはいいことだけど、何もかも許されるわけじゃないんだよ?


 「うるせえな、いいだろ腕触るくらい」


 「こいつ腕フェチだからな! ぎゃははは!」


 「じゃあ俺は太ももフェチだし太ももをってか? ぎゃはは!」


 汚い笑い声あげてるねえ。

あれ不良じゃないね、ただのDQN。

DQNはリア充以上に爆発するといいよ。


 うーんやっぱり風紀委員として私様が止めに行くべきかな?

疾那くんに頼ってもいいんだけどどこで仕事してるかわからないし……。

でも女子の私様が言っても助けになるとはとても思えないんだよね。

さて、どうしたものでしょう。


 「ほらほら、体は意外と正直だぜ?」


 「見ての通り嫌がって全身から嫌な汗ふきだしてるでしょうが! 早くその汚い手を放しなさいよ!」


 「あんだとコラァ!」


 「喧嘩売ってんのか!?」


 「喧嘩売ってるのはあんたらでしょ! なにその髪型、かっこいいとでも思ってるの? どう見ても鶏のトサカじゃない!」


 あはは、と大爆笑する夜読。

腕をつかまれたままなのに、強気だなあ。

って感心してる場合じゃなくて!


 流石にこれは助けに行くべきだよね。

助けられるかどうかじゃない、助けなくちゃいけない。

風紀を乱す者には誰であろうと鉄槌を、それが湊先輩から教わったことだから。


 勝てるかどうかじゃない、勝利のために何をしたか過程も結果の一部だ。

これも湊先輩の言葉だ。


 私様はやれる!

友達のために何もできなくてなんのための風紀委員か!

なんのための親友か!


 「やめなよっ」


 「んだテメェは!」


 私様は思い切り夜読をつかんでいる腕を払った。

それに不良は見るからに嫌そうな顔をしたが私様は気にしない。

むしろわかってしているんだから、気にしても仕方ない。


 「んだよ、この胸の大きいのお姉さんの代わりにつるぺたなあんたが相手してくれんのかよ」


 不良たちが下種な笑いを浮かべる。

夜読も小声で「最低ね」とつぶやいていた。

ここまで下種だと笑えてくる。


 「違うよ、あなたたちの相手は警察」


 「警察ゥゥ? なんだそれ冗談か?」


 「こんな学校に警察なんかいるかよ!」


 私がこんな話をしているのにも理由がある。

この平和な学校でこんなことがあったならすぐに話題になる。

例えば、日乃崎李々の情報収集能力があれば学校の噂なんて数分で伝わってくるだろう。


 「ところがいるんだよね。いないと思うなら――――私様を襲ってみろよチキンくん達」


 「んだとテメェ!」


 そう、私様がしているのは時間稼ぎ。

学校中に噂が広まるまでの時間稼ぎ。

学校中に噂が広まれば、警察が動く。


 「もういいぜ、こいつからやっちまおうぜ」


 「そうだな、覚悟しろオラァ!」


 ――――学園警察がね


 直後男の体の動きが止まった。

すぐに両隣の男の動きも止まる。

私様の前には一つの影。


 疾那くんの姿があった。


 「お前ら、何をしている」


 キッと不良を睨む疾那くん。

だが三人のうち二人はすでに意識はないようだった。


 疾那くんがこの教室に来た直後にしたことを私様はなんとか視認することができた。

まず私様に殴りかかっていた男の鳩尾を思い切り殴り、動きを止める。

そして次に右隣にいる男の顎をアッパー気味に打ち、軽く脳震盪を起こす。

すぐさま逆の方向に行き、最後の一人の股間を思い切り蹴り上げた。

ここまででかかっている時間はおよそ三秒である。


 「テ……テ……テメェェ!」


 不良は考えもなしに疾那くんに突撃する。

だけど数秒後には床に伏せていた。

踵落とし、それを疾那くんは不良が動いた直後に打ったのだ。

類稀なる運動能力と経験則から導き出された結果に教室にいる誰もが息をのんだ。


 「遊李、結崎(ゆうざき)笹音(ささね)蔵野(くらの)に連絡をしろ。このクズ共を湊先輩の元へ連れてってもらえ」


 「え、あ、うん」


 私様は言うとおりに風紀委員である三人に連絡を回した。

すると五分もかからずに三人は集まり、不良三人をおそらく風紀委員室に連れて行った。

流石学園警察としか言いようのない手際の良さだった。


 「怪我はないか鏡峰? それと遊李」


 「ないわ」


 「私様もないよっ」


 「そうか、よかった」


 私様と夜読に怪我がなくて疾那くんは安堵したみたいだ。


 「よくやった遊李。お前が勇気を出してくれたおかげで鏡峰を助けることができた」


 「いやいや言われるほどのことなんてしてないよっ。ただ時間稼ぎしただけだし」


 「それだけで十分すぎるよ。風紀委員とか言っても遊李は女子なんだ、無理はしなくていい」


 「そっか……。うん、これからもがんばるよ」


 私様がそういうと疾那くんは頭をぽんぽんと撫でてくれた。

猫みたいな扱いを受けてるけど、不思議と嫌だとは思わない。

むしろ…………嬉しい、かな。

うわああ、私様何言ってるのかな!?

心の中とはいえ、いやむしろ心の中だからおかしな人みたいだよっ!

妄想乙とか言わないでぇぇぇえええ!


 「ん、遊李どうした?」


 「な、な、な、な、なんでもない!」


 なんとか動揺を隠す。

多分隠しきれてないけどねっ。

顔は間違いなく朱に染まってるよ。

あー恥ずかしいっ!


 「久崎くん、貴方宛ての封筒が置いてあったのですけど」


 「俺宛ての? どれだ?」


 偶然クラスの客として来ていた桜さんが一通の封筒を持ってくる。

それには間違いなく久崎疾那殿へ、と書かれていて疾那くんに向かって向けられたメッセージだと理解できた。

こんな固い文章書く人なんてまだいるんだね。


 封筒を開けてみると中には手紙が入っていた。

それを見た瞬間に疾那は目を点にした。

そしてすぐに表情を怒りへと変える。


 「ど、どうしたの疾那くんっ?」


 疾那くんは言葉もなく手紙を私様の前に掲げてきた。

それを見た瞬間疾那くんが怒った理由を理解する。


 『妹は預かった。返してほしければ私の命令を遂行せよ』


 「桜さん、これは誰からもらったのかな!」


 「さっき気づいたらそこの机に置いてあったんですの」


 机の上ね……。

さっきまでは置いてなかったはずだよね。

てことはあの不良が?

なんのために……?

復讐?


 いやそれはおかしい。

さっき襲われたばかりでそんな手紙を用意しているはずがないからっ。

じゃあ誰が……?


 「考えてもわからない……か」


 いつの間にか疾那くんは冷静になっていた。

いやそうなのは表面上だけ、だね。

双子ちゃんが誘拐されて内心が穏やかなはずがない。

だけど、だからこそ冷静にならなくちゃダメなんだよね。


 それが最善の結果につながるから。


 「まあ考えても仕方ないか。なんだかもう一通あるみたいだからそっちも見てみよう」


 封筒の中に入っていたもう一枚の手紙を取り出す。

その手紙には、

『四時三十分の体育館の使用許可を得よ』

と書かれていた。

体育館の使用許可?

なんでそんなものを誘拐犯さんが?


 「四時三十分だと……? 一番の体育館使用激戦区か」


 ってことは犯人は学生……?

にしてもやりたいことが不明すぎる。

爆発事故を起こしたかったり問題を起こす気なら、どう考えても人はいた方がいいのにそれをのける目的ってなんなんだろう。

やっぱり疾那くん個人相手に用があるのかな?

だからこそ名指しでの指名。


 それに疾那くんも気づいたみたいで、表情を暗くした。

自分のせいで双子ちゃんに迷惑がかかっちゃったんじゃないか、と悔いてるんだろうね。

でも私様はそれを違うとは言い切れなかった。

まだ情報が少なすぎるから。


 疾那くんは申し訳なさそうにこっちを見て、頭を下げながら言葉を口にした。


 「遊李、頼みがある。俺に協力してくれ。夏菜と瑠奈を助けたい」


 「言われなくても協力してあげるつもりだったよ! 絶対に助けるよ!」


 疾那くんの肩をぽん、と叩いて頼りがいのあるお姉さんを装う。

だけどそれはすぐに無理があると悟った。

私様はやっぱり疾那くんの妹の位置にきっちり収まればいい器だよね。


 「じゃあ、犯人を見つけてぶんなぐるか」


 「賛成、賛成っ!」




 私様と疾那くんは教室を出て犯人捜しを開始した。


 廊下に出てとりあえず、実行委員会の元へと行って体育館の使用割り当てを聞く。

実行委員会はいつもの生物室に場所をとっているという話を聞いて向かう。

生物室に行くと実行委員長はいなくて、代わりに副委員長の名前を覚えてない先輩(確かバスケ部の加藤先輩だった気がする)に体育館使用割り当てを確認する。

すると四時三十分はやはり他のクラス(三年二組)が使うことになっていた。

私様小さく呻いた。


 「佐藤先輩、体育館の使用割り当てって許可を取れば譲ってもらうことも可能なんですよね?」


 加藤先輩じゃなくて佐藤先輩だったようだ。


 「おう、取れるぜ。そのときは一応確認のためにその本人もつれてきてくれよ」


 「わかりました。ありがとうございます」


 それだけ言って疾那くんと私様は教室を出た。

既に他の学年のクラスが使用割り当てに当てられているのに関わらず、疾那くんの表情は明るかった。


 「正直状況的にきついんじゃないかなっ? 使うの三年生だから簡単に譲ってくれるとは思えないし……」


 「いや他の三年が使うよりも全然よかった。三年二組には俺たちの知り合いがいるだろ?」


 知り合い……?

誰かいたっけ?

三年と言えば三権分裂の三人で…………あっ!


 「そうだ、緑香先輩のクラスだよっ!」


 「そう、これだったら湊先輩や虚先輩がいるクラスなんかよりもよっぽど話がしやすい」


 なんだかんだ言って疾那くん虚先輩苦手なんだもんね。

湊先輩を今嫌がってる理由は単純にどう考えても許可が取れそうにないからだよね。

それに比べて緑香先輩は後輩が困ってると聞けば普通に許可をくれそうだった。

一応三権分裂の一人なんだから、発言力はそれなりにあるはずだしね。


 「だけど……緑香先輩に夏菜と瑠奈が誘拐されたことは言わないように頼む」


 「えっ、なんでなのかなっ!?」


 言った方が簡単に協力を頼めるはずなのに。

いやそれが嫌だとか?

違うね、双子ちゃんが関わっているのにそんな悠長なことを言うはずがない。


 「緑香先輩に必要以上の迷惑はかけたくないんだ。二人が誘拐されてなんて言ったら緑香先輩は無条件で協力してくれるはずだ。それじゃダメなんだ。いつまでたっても緑香先輩に頼ってちゃ俺は成長できない」


 「そ……っか。わかったよ、じゃあ話さない」


 「ありがとな」


 私たちは緑香先輩のいる三年二組へと向かう。

今日は他校の人もいっぱい来ているということで校舎内は人であふれていた。

速く移動したいのに、人の波がそれを許してくれない。

手がかき分けるのにも限界がある。


 そのせいでいつもの倍以上の時間がかかってしまった。

これでも一応急いだつもりではあるんだけど。


 緑香先輩のクラスは展示物をやっていた。

だからもしかすると教室に緑香先輩がいないかも、と思ったのだがその心配は杞憂に終わる。

見張りというか教室待機の三人のうちの一人に緑香先輩はいた。


 「お、どしたんや遊李ちゃんに疾那くん」


 いつも通りの悪戯な表情で手をひらひらと振った。

それに疾那くんは頭を下げて、私様は会釈で答える。


 「緑香先輩折り入っての頼みがあります」


 「ん、なんや? もしかして私と夜遊びしたいとかやったりして」


 きゃぴきゃぴとはしゃぐ緑香先輩。

いつもに増してテンションが高いのはお祭り好きだからだろうか。


 「体育館の使用割り当てを譲ってください」


 疾那くんの言葉に緑香は言葉を止めた。

そしてクラスにいる他の二人を呼んで小声で話す。

もしここで借りれなかったら疾那くんはどうするのだろう。

やっぱり事情を話して仕方なく借りるのかなっ?


 「いやな、当日にいきなりそんなこと言われても困るんよ疾那くん。私としては貸しても構わへんねんけど、クラスメイトの意見もあるんやよ」


 そういう緑香先輩の表情は辛そうだった。

苦虫をかみつぶしたように、もどかしい表情。

それに疾那くんも歯噛みした。


 「そう……ですか」


 その言葉を聞いて私様はいてもたってもいられなくなった。

気づいた時にはもう体は動いていた。


 「お願いします、どうしても必要なので割り当てを譲ってください!」


 私様はいつのまにか土下座をしていた。

頭を床に着けて、頭を下げていた。

他のみんなの表情は見えないけど、やっぱり驚いてるんだろうね。


 「ちょ、遊李ちゃん人もおるんやから頭あげて!」


 って言われて私様はおとなしく頭をあげた。

これでどれくらい効果があったかはわからないけど、それでも土下座は一番効果的なはずだよねっ。

私様は大切な人のためなら平気でプライドなんて捨てられる。


 「それぐらい緊急事態なんやよね。わかったわ、みんなはなんとか説得する。せやから許可は譲ってあげるわ」


 「いいんですか?」


 「私を誰やと思ってるんや? 二人の先輩やよ」


 そのときの緑香先輩の表情は何よりも頼もしかった。

私様と疾那くんはもう一度頭を深く下げる。

あとの許可の譲り受けは緑香先輩がやっといてくれる(緑香先輩は実行委員長だから自分のクラスの割り当てを変えるくらいのことは造作もないらしい)ようで私様たち要らないらしい。

でもそうなると、あの手紙の件はどうなるんだろう……?

もしかしてこれで終わり?


 「あ、そいや疾那くん」


 「なんです先輩?」


 「さっき来た人から封筒預かったんやけど」


 それはさっきみた封筒とまったく一緒のものだった。

恐る恐る封筒を破り、中の手紙を確認する。


 「はあ? なんだこれ」


 手紙の内容を見た疾那くんはそんな声を上げた。

気になってみてみると確かにそれはおかしな内容だった。


 『日乃崎虚を一発殴る。制限時間は一時間』


 「これって……どういう意味なのかなっ?」


 「まあ、その通りの意味だろうな」


 虚先輩を殴る……?

そんなことが可能だろうか。

技術的にじゃない、『現実的に考えて』ね。

おそらく虚先輩相手なら殴ることも可能だと思う。

だけど、殴った後に何も起こらないわけがない。


 それこそ双子ちゃんがどんな目に会うかわかったもんじゃない。

それでも今助けるために殴らなきゃいけないんだよね。

というか凄いこと考えてるよね、私様。


 「まあ、とりあえず虚先輩のとこに行くか」


 「そうだね。犯人って虚先輩にどんな恨みがあるんだろ……」


 通りがかる生徒に情報を聞きながら虚先輩の元へと向かった。


 虚先輩くらいの有名人となれば学校内での位置なんてものはすぐに割れてくる。

三人聞けば一人は絶対に知っているくらいにだ。

それを探すのは大した苦労にはならなかった。


 「ん、どうしたの入戸と久崎? 僕に用かな?」


 私様たちが近づくと同時に虚先輩はそんなことを言った。

気配に気が付いた、みたいな感じだったね今のは。

相変わらず敵意にだけは敏感なんだね。


 「用、というほどではないのですが……一発殴らせてください」


 「久崎、そういうところまで湊に似ちゃダメじゃないか」


 そういいながらも虚先輩の表情は笑顔だった。

喰えない笑う方、とでも言うのかな?


 「理由は言えません、ですが殴らせてください」


 「ねえ久崎、そういうのなんて言うか知ってる? 理不尽って言うんだよ?」


 「理不尽も無茶も承知してます。でも、それでもしなきゃいけないことがあるんです」


 「その様子だと、僕を殴ることは目的じゃなくて、手段みたいだね」


 全てを見透かしたような目で虚先輩は言った。

まあ、実際に見透かしてるわけがないんだけどね。


 「だからと言って、僕はみすみす殴られてやるようなお人よしじゃあないんだよ?」


 「わかっています。だから、俺は全力で先輩を殴ります」


 「いいねその表情、本気の顔だ。いいだろう、かかってきな久崎。完膚なきまでに避けきってあげよう」


 その言葉を合図に二人は構え合った。

疾那くんは一般的な構えに、少しアレンジを加えた形。

虚先輩は両腕をだらんと下げたままの前屈姿勢。

異質な二人はにらみ合った。


 「おい、こっちで真実喰い対嘘吐き殺しの弟子が戦おうとしてるぜ!」


 「マジかよ! そんな対戦カードもう二度と見れねえんじゃねえか!?」


 「黙って早くこっち来いよ! 後悔するぜ!」


 いつのまにかギャラリーが集まる。

相変わらずこの学校の生徒は他人の喧嘩が好きなようだね。

性格が悪いことこの上ないよっ!

とか言って、私様も見に行くタイプではあるんだけどね。


 「遊李、一応……あれを頼む」


 「了解、使わなければいいけどね」


 ここに来るまでに、もしかしたら使うかもしれない作戦として一個の手段をあげていた。

出来ることなら使いたくなったけど、そういうわけにもいかないんだよね。

だって双子ちゃんの命(?)がかかってるし。

ということで私様はその人にメールを送信した。


 「どうした、来ないの?」


 「行けるなら今すぐにでも行きたいんですけどね、ダメですね隙が見当たりません」


 「まったく湊と違って久崎はビビりだなあ。じゃあ僕から行くよ」


 すると次の瞬間、虚先輩の体が深く沈んだ。

そしてだらりと伸ばした片方の腕を思い切り振り、疾那くんの右の膝を叩く。

それによりバランスが崩れたのを見計らって逆の腕で首筋を振り払った。


 「がっ」


 虚先輩の全体重が乗った攻撃を受けた疾那くんは壁へと叩きつけられた。

だけど、ダメージはそんなにはないようだ。

ダメージはないけど……やっぱり右膝ががくがくと震えていた。


 やっぱり、虚先輩の狙いは疾那くんの行動停止だ。

体の部位をピンポイントに鞭の要領で叩くことによって、疲労をためる。

それはいつもの虚先輩の戦法でもあった。

湊先輩と正面から戦っても勝てない、身体能力を生かした最高の戦術。

それがこのヒット&キルだった。


 「さあ、さあ殴れるものなら僕を殴ってみなよ。もしかして、湊に身体能力で大きく劣る僕になら余裕で攻撃は出来ると思った?」


 心の中を見透かされた気分になった。

実際に見透かされてるのかもしれないけどね。

日乃崎虚という人間は、本当に人間かわからないね、本当に。


 だけど実際に私様の認識は甘かった。

虚先輩相手に攻撃を当てるのは問題なくて、本当の問題はそのあとかなんて思ってた。

違う、そんなことは問題じゃない。

まず問題にすら達していない仮定の話だ。


 「僕を殴ったからその後に何かをしようなんて思ってないからさ。だから、全力で手を抜かず来いよ。俺を殴ることもできなければ湊の後なんて継げないぜ?」


 「わかりました、本気を出します。俺の本気は少しばかり痛いですから我慢してくださいね」


 そして疾那くんは構えた。

さっきまでとは違う構えだね。

右手を剣の用に左の腰に構えて、それに左手を添える形。

居合抜き、その構えだった。


 「そういえば久崎は剣技の道場してるんだっけ。これなら、ちょっとは楽しめそうかな」


 虚先輩は不気味に顔を笑顔に変形させた。

ニタリという音が張り付いてそうだね。


 「じゃあ、行きます」


 その刹那、疾那くんの右腕が薙がれた。

瞬間的に反応した虚先輩は、紙一重で回避し、髪の毛を数本奪われるだけで済む。

しかし次に踏み込んだ勢いで疾那くんはもう一回剣を振った。

袈裟切りのような姿勢で振り下ろされたそれを虚先輩はやっぱりバックステップで回避しお返しとばかりに手の鞭をさっきと同じ右の膝に打たれる。

二人の距離はそれによって元の距離へと戻った。


 「今ので結構決めるつもりだったんですがね。流石、としか言いようがありませんね」


 「僕も完全に避けて五発は打ち込むつもりだったのに、大きく予定を変更したんだよ。これなら湊の後は継げなくとも、後に着けるかもしれないね」


 「どういう……意味です?」


 「まあ、気にしなくていいよ。そういう意味だから」


 言葉の終わりと同時に虚先輩の腕は右膝を再び打ち抜いていた。

もはや疾那くんはそれに表情を歪めてすらいない。

さっきと同じポーズを構えていた。


 「次で決めます」


 すう、と疾那くんは大きく息を吸った。

そして息を吐き出す。

その数秒後、虚先輩は反射的に腕を動かしていた。

身の危険を感じたから、生存本能の最高位と言えた行動だったのだろう。

反射的な攻撃は疾那くんの顎を打ち、その体を後ろへと倒していた。


 「疾那くん!」


 「ちょっと遊李、これはどういうことなのかな?」


 「李々! いいところに……疾那くん、李々が――――」


 「――――いや、大丈夫だ! そのカードを切るのは最後の最後、時間ぎりぎりになってからでいい!」


 そう、さっき言っていた『あれ』とは李々のことだ。

虚先輩と言えど、妹が人質にとられていれば殴るくらいのことはさせてくれるだろう、との読みだった。

だけどそれは同時に最悪の手段でもあった。

ここで出来た亀裂は最後まで尾を引くだろうし、できる限り取りたくない手段なんでだよね。


 でも疾那くんが今断ったのはそれが理由じゃないみたい。

多分、自分の力でどこまで虚先輩に通用するかが試したいから、余計なことはするなってことなんだろうね。

湊先輩でも勝敗が付かない相手に自分が攻撃を当てることが可能なのか、それを試したいんだろう。

まったく、これだから男って生き物は。


 「喧嘩……じゃないよね。だったら別に李々が干渉することでも鑑賞することでもないね、きひひ」


 「自分のお兄ちゃんが巻き込まれてるのにやたら冷静だねえ、李々」


 「当たり前だよ。お兄ちゃんが勝負で勝たれるはずがないもん」


 まあ唯一勝つ可能性があるとすれば湊先輩くらいかなあ、と李々は付け足した。


 勝たれるはずがない、ねえ……。

それは確かに言えてるかもっ。

虚先輩は勝負に勝つこともないけど、負けることもない。

常に勝負は平行線を辿っている。


 だとすればこの勝負って……。


 「どうしたの久崎。立ちなよ」


 「言われなくても立ま……。は?」


 「無理はしなくていいよ。顎を叩いて間接的に脳を揺さぶったんだから、視界はぐにゃぐにゃでしょ?」


 その言葉の通り、疾那くんはまっすぐ立っていなかった。

壁に手を付けて立つのが精いっぱいに見える。

正直、そんな姿を見ているのが辛かった。


 「そう……ですね。立つのがやっと――――というか立つのも限界を超えてる感じです」


 「ならなおさら――――」


 「――――だからと言ってそれが俺が動かない理由にはなりません。限界は超えれているんです、だから出来ます。それが俺の理論です」


 「根性論はあんまり好きじゃないんだよね。……でも嫌いじゃあないよ」


 そういいながら虚先輩は疾那くんの胴体に攻撃を叩き込んだ。

だけど疾那くんは動じなかった。

それどころか、むしろ集中力を増してるみたいだね。


 そして目を瞑る。


 「行きます」


 「来なよ」


 そしてにらみ合いの刹那、疾那くんは大きく踏み込んだ。

思い切り振った『左手』を虚先輩の顔面へと打つ。

もちろんそれは避けられ、虚先輩は疾那くんとの距離を詰めていった。

読んでいた疾那くんは踏み込んだ足とは逆の右足を突き刺す。

間一髪で避けた虚先輩はそのまま全身をしならせ、左手でさっきと同じように顎を狙った。


 「遅い……です」


 急激に姿勢を低くすることで疾那くんは虚先輩の攻撃を避けつつ、最後の攻撃を放った。

ずっと貯めていた『右腕』で、鋭く研ぎ澄ませた右腕で虚先輩を思い切り狙う。

虚先輩は避けられない。

いや、避けるタイミングを失っている。


 「これで……終わりです!」


 疾那くんの攻撃は虚先輩の胴体に思い切り突き刺さった。

体の中の空気をすべて吐き出し、吹き飛ぶ虚先輩。

それとほぼ同時に疾那くんの体も前へと倒れる。

廊下へ響く二つの落下音、それが誰のものかなんて言うまでもない。


 床から立ち上がった虚先輩はいつものような食えない笑顔で、倒れて顔を上げることができない疾那くんに向けて手を伸ばした。


 「久崎、君は手紙に書かれた条件をクリアした。つまり、君の勝ちだ」


 「正直…………勝った気がしませんけどね」


 その手を疾那くんが掴み、起き上がる。

そして敬意を示すように二人は握り拳同士をぶつけた。

それで、試合に決着はついた。


 「疾那くんの…………勝ちだよ!」


 うおおおおと廊下にいたギャラリーが沸いた。

実際の喧嘩や勝負であれば、まだまだ決着はついていないだろうけど、これはゲームなんだよね。

だからこれで疾那くんの勝ちでゲームセット。

これで双子ちゃんに一歩近づいたね!


 「じゃあこれが最後のミッションだよ。はい、あげるよ」


 と言って虚先輩が渡したのはあの封筒だった。

それに私様と疾那くんは表情をゆがめる。

だってこれってつまり……。


 「まさか、夏菜と瑠奈を誘拐したのは虚先輩なんですか?」


 「違うよ、僕じゃない。手紙の指示に従えば、真実にたどり着けるよ」


 そう言って虚先輩はニコッと笑顔を浮かべた。

怪しく思いながらも疾那くんは封筒を開ける。

その中に入っていたのはやはり一枚の手紙だった。

指令は、『四時三十分に体育館に来い』だ。

今までのとは違ってかなり命令的な文章だった。


 「四時三十分ってさっき開けてもらった時間だよな?」


 「そうだよっ! 虚先輩これっ――――あれ?」


 気づくともう虚先輩は廊下にはいなかった。

それに気づいた一人目のギャラリーが廊下から消えると続けて二人、三人と消えていく。

嵐、というか火事のような人だよね虚先輩って。


 「ここで待ってても仕方ないか……。行くぞ、遊李」


 「えっ、あ、うん!」


 私様と疾那くんは最終関門の待つ体育館へと走って行った。


 疾那くんはやっぱりかなり急いでるみたいで、階段を一気に八段ほど飛ばして移動していた。

真似して四段飛ばしで飛ぶと、スカートがひらりと舞ってなかなかせくしーな状態に!

双子ちゃんがいたら発狂してたね、絶対。


 ……知らない間にあの双子ちゃんも私様の生活の中に組み込まれてるね。

やっぱり私様にとってあの双子ちゃんも、みんなもなくちゃいけない存在みたい。

捨てられないし、捨てちゃいけない。

こんな大事なみんなを欠かしちゃいけないよね。

だから、絶対に双子ちゃんを助ける!


 「そろそろ着くぞ。何があるかわからないからな、注意はしとけよ」 


 「うんっ、わかったよ!」


 そして体育館へと到着した。

ドア越しに熱気が伝わってくる。

中に何人もの人がいるのだろうね。

疾那くんがドアに手を掛ける。


 「行くぞ……」


 「……うんっ」


 もう一つ深呼吸だけして、体育館のドアを開け放った。


 開けたと同時に叫び声が上がった。

誰かが叫び口笛を鳴らしていた。

あまりの声量に無意識でつぶっていた瞳を開き、目の前の景色を見る。


 そこには何十人という生徒がいた。

いやもしかするとほぼ全生徒いるかもしれない。

それほどに体育館に人があふれていた。


 『よく来たな疾那! 早くここまで来い』


 マイクを使った声で疾那くんを呼ぶ声。

それは聞き覚えのある声だった。

というよりもこの声は……湊先輩!?


 声につられるように生徒の波が開き、体育館ステージへの道ができていた。

そしてその先にはマイクを持って仁王立ちをする湊先輩。

後ろには縄で縛られた双子ちゃんとそれを見張るように立っている、緑香先輩と虚先輩がいた。


 「夏菜! 瑠奈! 湊先輩、これはどういうことですか!?」


 『まあ、この距離で話すのもなんだろう。早くこっちまで来い』 


 言われた通り湊先輩のいるステージに上がる私様と疾那くん。

お互いにぎりぎり手が出せない距離を保ちながら話を始めた。


 「で、どういうことなんです?」


 「これはお前を試す試験だったんだ。お前が俺の後を継げるかのな」


 「湊先輩の後……? ってことは風紀委員長ってことですか?」


 「そうだ。俺はもうじきこの任を降りなくてはいけない。予め李々と決めていた日乃崎のように俺も元々お前を風紀委員長、入戸を副委員長にしようと考えていた」


 地味に私様も副委員長っていう重大な役目に就かされていたけど、まあ気にしないよ。

この二人の話に口出しできる立場じゃないしね。


 「そのためにこんなことをしたと。で、どうだったんです俺は?」


 「まあ仮合格だ。手を抜いていたとはいえ日乃崎に一撃食らわすとはな」


 手、抜いてたんだ……。

私様はまったく気づかなかったけど、表情を見る限りわかってたみたいだね。

だからもうあんなところにいたんだ。


 「仮、って言いますと?」


 「最終試験、俺を倒せをクリアしたら仮卒業だ」


 「待ってください! 俺が湊先輩に勝てるとでも!?」


 「勝たなければ……お前の妹は返さん。手は……抜かないからな」


 湊先輩の言葉に仕方なくだったやる気が、やるしかないという風に変わっているのが目に見えた。

それが目的だったようで湊先輩の表情がニヤリと笑顔になる。

そして暑苦しそうだった詰襟を投げ捨て、シャツのボタンを2、3個外し、ファイティングポーズをとる。

湊先輩は完全に戦闘態勢に入っていた。


 対峙するように疾那くんもさっき虚先輩を倒したときの構えを取る。

湧いていたはずの歓声がいつの間にか静寂に変わっていた。

体育館にいる全員が試合開始を待っている。


 「入戸、スタートの合図を頼む」


 「えっ、はい!」


 すうはあ、と息を吸って最後の呼吸を整える。

手を大きく掲げて、私様は高らかに宣言した。


 「試合、始め!」


 合図と同時に会場が再び歓声で踊り、音がはじける。

にらみ合いなんてものはなく、速攻と言っていい速度で湊先輩が右拳を振り疾那くんの腹へと打ち込んだ。

かはっ、と空気を吐き出したのを見て足で蹴り飛ばす。

更に追撃とばかりに、後ろ回し蹴りを当て、体育館の壁へと打ち付けた。

ここまでなんと、三十秒もかかっていなかった。


 「どうした? お前の力はそんな程度か?」


 「……がっ」


 さっきの虚先輩との戦闘のダメージなんてもう残ってないはず。

なのに、もう疾那くんのダメージは深刻に見えた。

ガードさえ出来ずに湊先輩の暴力を喰らったんだからそれも納得できるね。


 だけど疾那くんは立ち合がり、再び構えを取った。

その姿を見て湊先輩は小さく笑い間合いを取った。


 「妹と信頼できる親友の前なんでね……。ちょっとかっこつけさせてもらいますよ」


 「それでいい。先輩に花を持たせようなんて思うなよ」


 疾那くんの構えが少しだけ変わった。

左手は水平に腰の横に構え、逆の腕は立てるようにチョップみたいな持ちかた。

一変すると奇妙だけど、よく見てみると刀を構えているようにも見えなくもない。

疾那くんは剣技を使う気だ!

刀を使わず、手刀だけで剣技を使う気だね!


 「じゃあ……いきます」


 次に攻撃を仕掛けたのは疾那くんだった。

左手を思い切り突出し、湊先輩の喉を狙う。

それを体の捻りのみで避けた湊先輩のカウンターを読み、それをかわしつつ裏拳で再カウンターを当てた。

掠っただけとはいえ、湊先輩が初めてダメージを喰らっているところを見たよ……。


 少しだけよろついた湊先輩に延髄蹴りの要領で思い切り足を振るった。

それを飛んで避けたのを見て、返しの回し蹴りで床へと叩き落とす。


 湊先輩も負けじと転んだままの体制から飛び跳ねるように疾那くんの懐へともぐりこみ、アッパーカットを打った。

一瞬の隙を見逃さず、目に見えないほどのスピードで数発の拳を打ち込んだ。

わずかに浮き上がる疾那君を踵落としで叩き込む。


 倒れたままじゃ追撃が来ると悟ったのか疾那くんは体を転がして、距離を取りつつ立ち上がる。

だけど湊先輩はそんな行動を当たり前のように読んでいて、立ち上がったばかりの疾那くんに容赦なくとび蹴りを当てる。

一瞬ガードの体制に持っていこうとしていたみたいだけど、間に合わずに体に攻撃を受ける。


 飛ばされながら手刀で湊先輩の頬に傷をつけるがそれもダメージには繋がらず、切り傷をつけるだけに終わる。

体育館の壁に背中をぶつけ、そのまま床へと座り込む。

頬の傷を腕で拭った湊先輩が疾那くんへと近づく。

表情に色はなく、ただ無表情。


 疾那くんに0距離にまで迫ると胸倉をつかみあげた。

手刀で対抗しようとするけど、片方は右ひざで壁へと押し当て逆の腕は掴んでいる逆の手で押さえつけているから打つことすらできない。


 「疾那、お前の1年半はその程度か? お前の高校で過ごしてきた1年半はその程度だったのか? だとすれば……、果てしなく無意味なものだったな」


 直後、体育館に鈍い大きな音が響いた。

湊先輩が思い切り頭突きをしたんだ。

それを受けた疾那くんはゆっくりと膝から床へと倒れる。


 そしてついには起き上がらなくなった。


 「この程度……か。まあ1年半でこれなら上出来だろう。まあ、俺の後を継ぐには大きく及ばんがな」


 そう言って湊先輩は疾那くんに背を向けて、双子ちゃんの元へ向かった。

コツンコツンと湊先輩の靴と床が音を奏でる。

会場がまた静まっていた。


 双子ちゃんの元へと歩いていく湊先輩の前に私様は無意識のうちに立ちふさがっていた。

あれ、私様何してるんだろ?

なんで湊先輩の前に立ってるんだろ。

普通こんなことをするよりも先に疾那くんの元へ行くはずなのに。


 「何をしている入戸。早く疾那の元へ行って助けてやれ」


 そんなこと私様だって思ってる!

だけど体が動いちゃったんだよ。

多分、私様はなんでこんなことしたのか理解した。


 疾那くんとまだ戦ってほしいからだねっ。


 まだ疾那くんは戦える。

根拠はないけど、闘えると思うんだよっ!

だから、湊先輩の動きを止めた。


 「勘違い……しないでくださいよっ。私様は湊先輩を止めてるんですよ。先輩が勝負から逃げるのをですっ」


 「何……? どう見ても疾那はもう起き上がれないだろう。 自分で言うのもなんだがあれだけ攻撃を続けて倒れない方がおかしい」


 「ですけど……。せめて、3分だけ、あと3分だけ待ってあげてください! そうすれば絶対に起きてきますから!」


 「3分か。いいだろう3分間だけ待ってやる」


 これで少しだけ時間は稼いだよ、疾那くん。

だから立ち上がれるよね?

これで立てなかったら…………後でおしおきよっ!


 そして1分が経過した。

疾那くんが起き上がる気配はない。

体育館にいるすべての人間が息の、唾を飲んで疾那くんが立ち上がるのを待っていた。

もしくは残り二分が速く経過するのを待っていた。


 更に30秒が経過する。

やっぱり疾那くんは動かない。


 無謀……だったのかな。

こんな賭けをするのは無謀だったんだ。

私様の勝手な言葉のせいで、疾那くんに余計な恥までかかせて……。

私様、最低だ……。


 「いつまで寝てる気だよ……」


 誰かがそう呟いた。

呟いたといっても静まった体育館の中だからそれなりの声量で私様の耳にまで届いた。

いや、理由はそれじゃないね。

言ってる本人が近くにいたからだ。

呟いたのは、夏菜ちゃんだった。


 「……そうそう、ボク達がつかまったままなのに何ボーっと寝てんだよー」


 続けて瑠奈ちゃんが言った。


 「そうだよ、僕に勝ったくせに湊にはそんなあっさり負けてちゃつまらないじゃん」


 虚先輩が笑いながら冗談っぽくそう言う。

呟きはだんだんと声の大きさを増していく。


 「そうやよ。鏡峰にそこまでやられて言われて悔しくあらへんの?」


 緑香先輩が言った。

そのとき疾那くんが少しだけ動いた気がした。

気のせいかもしれないけど、確かに少しだけ動いた。


 「久崎、立ちなよ、キヒヒっ」


 体育館のどこかから李々が言った。

その笑い方を聞き間違えるはずだがない。


 「お兄ちゃん早く立てよー!」


 夏菜ちゃんが叫ぶ。

私様はその言葉で全身が震えたのがわかった。

これだよ、私様が望んでいた一番の展開は!


 「……お兄ちゃん早く立てよー」


 「久崎、立て!」


 「疾那くん立ちぃよ!」


 瑠奈ちゃんと虚先輩と緑香先輩が叫びに続いた。

ゾクゾクと体が何かを感じている。

一つの呟きから、いくつもの呟きになり。

いくつもの呟きが、一つの言葉へと繋がり。

一つの言葉が、一つの叫びへと昇華して。


 「久崎、いつまで寝てやがるんだ! だらしねえぞ!」


 「久崎いつもの元気はどこへ行ったコラァ!」


 「俺たちを取り締まってるときの強気なお前を見せてみろよ!」


 一つの叫びが、誰かも知らない人の心へと順に火をつけていく。

そしていつの間にか体育館中のすべての人が叫び声をあげていた。

全ての人が疾那くんに味方している。


 「ふはは、ふはははは! 面白いな! 流石俺が認めた人間だ! ここまで言われて立ち上がらない程…………つまらない人間じゃないよな?」


 湊先輩が嘲笑い悪役を演じていた。

それさえ引き出してるのは、疾那くんの能力だよね。

みんなが応援してるのに、私様が応援しないのは……おかしいよね。

お腹に精いっぱい力を込めて、せーの!


 「疾那くん起きてきてえぇぇぇぇぇえええええ!!」



 そして体育館の隅で倒れていた疾那くんの体が少しずつ動き始める。

手を床に着け持ち上げる。

膝を持ち上げ、体を起こす。

そしてよろよろのままに全身を立たせた。


 「お兄ちゃん遅いよ!」


 「……いつまでかかってんだよー!」


 「久崎が立ったぞぉぉぉぉぉおおおおお!!」


 ぼろぼろの体を必死に動かして右手を振り上げる。

そして全員の声援に応えた。


 「後輩も、先輩も、同級生のみんなも。夏菜に、瑠奈に、虚先輩に、緑香先輩に、日乃崎! もちろん湊先輩も! そして…………遊李も!」


 息を大きく吸い込み、思い切り叫んだ。


 「全員ありがとぉぉぉぉおおおおおお!!」


 再び会場がドッと湧いた。

ここまでの一体感を引き出せる人間なんていない。

これが、風紀委員長に、みんなを引っ張っていく者のカリスマ性だよねっ!

まさか湊先輩は…………ここまで見越してこれを…………?


 「流石だな疾那! 俺はお前を信じていたよ」


 クールに笑う湊先輩。

それに疾那くんも同じ様にクールに笑った。

しかし言葉はない。


 「最初の信頼、次の戦闘能力、そして最後のカリスマ性。どれをとってもお前は合格だ! 俺は安心して引退できる」


 「ありがとうございます」


 切れ切れの声で言葉を返す疾那くん。

本当にボロボロだね。

だけど今にも戦いだしそうな空気もあるんだよね……。

まさかね?


 「じゃあこれをやる」


 そういって湊先輩はポケットから『風紀委員長』と書かれた腕章を投げた。

疾那くんはそれを受け取ってしまう。


 「とりあえずは受け取ります。だけど――――これで終わりなんて言いませんよね?」


 その言葉を聞いて湊先輩は待ってました、と言わんばかりに笑う。

同時にファイティングポーズをとったのは言うまでもないよね。


 「じゃあラストお互いに一発、全力で打ち込むぞ」


 「はい、全力で行きますから」


 「じゃあ来い!!」


 体育館に快音が2つ響いた。

私様はその音を聞きながら考え事をする。

そういえば、私様も副委員長になるんだよなあなんてことを考える。


 なったらこれまで以上にみんなに迷惑をかけるだろうなあ、なんてことを今から心配してみた。

でも、みんななら助けてくれるよね。

甘えても……いいよね!


 今日もこの学校は変人が集まり、奇人が集っている。

でもそれ以上に、いい人がたくさんいるんだよね。

だからこの学校は最高なんだ。

だから、この学校の平和を守る風紀委員でよかったと思える!


 「じゃあ、これで決まったね。勝者は――――」


 虚先輩が勝者の宣言をしているのを聞き、私様は走り出した。

体育館のステージの真ん中で一人立っている疾那くんに向かって飛んで行った。

流れに任せて疾那くんに抱き着いてみる。

それを綺麗に受け止めてくれる疾那くん。


 「遊李、ありがとな。俺が誰よりもこの言葉を言いたいのはお前だよ」


 「私様も疾那くんに言いたいことがあるんだよっ!」


 「ん? なんだ?」


 まったく何を言われるかも予想してないみたいな疾那くん。

流石の鈍感さだね。

どこかで緑香先輩がくすくす笑ってるのが想像できるね。


 私様は最高級の笑顔で疾那くんに言う。

人生で初めての告白を。

今までで一番好きな人に向けて言う。

私様は口を開いた。


 「疾那くん、私様ね、ずっと疾那くんのことが――――大好きでした! だから、付き合ってください!」


 疾那くんの顔が真っ赤に染まった。

そして体育館が一斉に湧く。

あ、ここみんなの前だってこと忘れてたぁああ!? 

うわっ、凄い恥ずかしいじゃん、これ!


 でも、今更気にしても仕方ないよね。

私様はもう告白したから。

だから、恥ずかしいなんて言っても仕方ない!

ってかっこいいこと言ったけど、ものすごく恥ずかしいです!


 「返事は……まだかな?」


 「いや……ちょっと……なあ?」


 「お兄ちゃん早く答えだせよ!」


 「……女々しいぜー」


 「ちょっ、お前らは静かにしてろ!」


 悪戯に笑う双子ちゃん。

思えばこの二人にもいろいろお世話になったなあ……。

今度お礼でもしようかなっ。

…………とか言ったら「セクハラさせろー!」とか言うんだよね、絶対。


 「付き合えば、いいと思うよ」


 「笑えばいいと思うよみたいに言わないでもらえますか、虚先輩」


 虚先輩も冗談とか言うんだねえ。

思えばこの人にお世話になった記憶がないね。

だからお礼は無しっ!


 「もう、女々しいなあ疾那くんは。さっさと抱けばいいんよ」


 「緑香先輩は本当に軽いですねえっ!?」


 さっきの双子ちゃんの様に笑う緑香先輩。

この人のお蔭でこの告白があるみたいだからね、ある意味一番感謝しなくちゃいけないね。

いつか一日悪戯にでも付き合ってあげようかなっ。


 「で、返事はどうなのかな?」


 私様は笑顔で聞き直した。

振られてもオッケーされてもどっちでもいい。

この場所が、みんなのおかげであるからその時点で幸せなんだもん。

だから私様は精一杯の笑顔で疾那くんに問い直す。


 「俺は…………」


 「俺は?」


 「俺も、遊李のことが好きだった! だから、俺で良ければ付き合ってくれ!」


 「えっ」


 そうして私様は疾那くんと付き合うことになった。

色々な経験が重なって、色々な出来事が重なって今がある。

だったら私様はみんなに言わなくちゃいけない。


 「みんな……」


 さっき疾那くんが言っていたことと同じことを私様は言う。

疾那くんみたいな大きな声は出せないけど、それでも大きな声で叫ぶ。


 「ありがとうございましたぁぁぁああああ!」


 こうして、波乱の文化祭は終わって、私様と疾那くんは付き合うことになった。

これからどんなことが起こっても私様は疾那くんと頑張れると思う。

だってみんながいるから!

未熟な私様たちを助けてくれるみんながいるから!


 だから私様たちは変人と奇人でも幸せを目指す。

みんなと一緒に幸せを目指す。

一緒なら目指せる。



 変な愛でも確かな幸せを目指して私様と疾那くんは笑った。

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