変人と変態と一部無個性の集まる学校
起立、礼と言う挨拶の一連の流れが終わると休憩時間にクラスの誰かが歓喜の声を上げた。
誰かって言うか私様だけど。
体をぐいーっと伸ばして、大あくび。
人の目なんて気にしないっ!
「あんぎゃ~」
「なんて欠伸の声してんのよ」
ぺしっ、と額を誰かに叩かれた。
地味に痛い。
私様は叩かれた額を押さえながら、右横を振り向く。
そこにいたのは、つい先ほどのロングホームルームで学級長になった人がいた。
名前はえーと……。
「なんて名前だったかな?」
「小学校からの幼馴染の名前忘れるっていい度胸じゃないの~!」
ぐりぐり、とこめかみを指の第二関節で押さえられた。
万力みたいなあれだよっ。
って冗談抜きで痛い痛い!?
「いたたたた! 冗談、冗談だってば夜読!」
私様が名前を言うと夜読はぐりぐりを中止してくれた。
危うくただでさえ少ない脳細胞が消滅するところだったよ。
危ない危ないっ。
もしかしたらもう死んじゃってるかもしれないけど。
この委員長の名前は鏡峰 夜読。
お下げ髪に反則的な胸の脂肪を貯えた女子高生だ。
その胸を見ていると、「一割くらいくれよ、マジで」とか思ってくる。
てか本当にくれてもいいんじゃないかな?
と、そんな感じでずっと胸を見ていると夜読が怪訝そうな瞳で私様を見てきた。
冷ややかな視線と言い換えるのもありだね。
返す言葉が思いつかず、あはは~と適当に笑い返した。
夜読は「まったく」と呆れたように言葉を吐く。
「遊李は何か委員会入らないの? 入るとしたらやっぱり風紀委員?」
「あー、考えてなかったかもっ。風紀委員ですかー、ありっちゃ有りかなっ」
風紀委員。
夜読の兄、鏡峰 湊先輩が委員長を努める委員会、別名学園警察だ。
恐らく夜読が風紀委員を進めてくる理由は、自分の兄が委員長をしているからじゃなくて別のもの。
正確に言うと、副委員長である久崎 疾那くんがいるからだね。
私様はつい数日前から久崎くんのことが気になっているのです。
きっかけなんて些細なもので、ピンチのところを助けてもらったなんて、単純な理由。
でもそれだけで恋に落ちてしまう私様はもっと単純だね。
と私様はクラスの隅の方で一人静かに読書をしている久崎くんに眼を向けた。
気になった矢先、クラスが一緒になるとは神様もなかなか粋な演出をしてくれるよねっ。
神様に感謝感謝、都合いいとか言わないようにっ!
「でも遊李凄いわよね。普通好きな人がいるからって、その部活入ったりしないわよ?」
「そうかなっ? 普通じゃない?」
「普通じゃあないわよね……」
夜読は少し引きつり笑いを浮かべていた。
そんなに変なことかな~?
丁度弓道部が「初心者大歓迎!」みたいなポスター張ってたから入っただけなんだけど……。
でも確かに私様が部活に行ったときに先輩とかみんな「なんで二年生が……?」みたいな顔してたけどさっ!
だけど恋の力は凄いってことにして、なんとか自分をごまかしました!
……ごまかし?
「きひひっ、それじゃまるでストーカーだよね」
「だ、誰がストーカーじゃー!」
そんな失礼なことを言ってきた相手を見てみると、それはまたも小学校からの幼馴染である女子の友達だった。
この不思議な笑い方が特徴の空気読めない系女子高生の名前は、日乃崎 李々(ひのざき りり)。
悪い子じゃないんだけど、空気読めない感じとたまに出てくる電波な発言がたまに傷なんだよね~。
本当に悪い子じゃあないんだけどね。
「お兄ちゃんも言ってたよ? 『恋愛なんて所詮勘違い』って」
「相変わらず言葉の一つ一つが心に刺さるよね、虚先輩の言葉って」
李々のお兄さんは生徒会長で今までも会長演説で様々な名言を残してきたことで有名だ。
小学校の頃からたまに出会ったりはしててときどき凄いことは言ったりしてたんだけど、高校に入ってからなんか今みたいな性格になったみたいなんだよね。
なにか凄い出会いでもあったのかな?
「話聞く感じだと遊李は久崎くんのことが好きな感じ? 意外だね~」
「それ昨日言ったつもりだったんだけどなあ……?」
「そうだっけ? くくくっ、忘れてた」
李々は毎日毎日記憶がつぎはぎにくっついているんじゃないかな?
それぐらいに記憶が曖昧だ。
そのくせ無駄なことだけは覚えてるんだよね。
「その久崎くんなんだけどさ、なんか良くない感じの噂があるのだよ」
「ま、まあ立場上そういうのは仕方ないんじゃないかな?」
久崎くんは風紀副委員長と言う立場上、委員長ほどじゃないけどかなり敵が多いんだよね。
そりゃ学園の嫌われ者の役になってみるみたいなもんだから仕方ないってのはあるんだけど……。
あることないこと関係なしにいろいろな噂が流れてるってのは少し許せないかな。
「いや、そう言う真偽不明な感じじゃなくて、普通に何人もの生徒から聞いた情報なんだよね」
「それってどんな感じのやつかな?」
「私もそればかりは少し興味あるわね」
夜読がそれに乗っかってきたのは完璧超人、イチ○ンマスクと呼ばれる久崎疾那についての弱点が聞けるかもしれないと思ったからだろうね。
人の弱点が気になるなんて少し良くない気もするけど、相手が相手だから仕方ないかも、なんて思わせるところが凄いよね。
「それはだね~……」
キーンコーンカーンコーン。
李々が話そうとした瞬間、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
あちゃー、みたいな表情を李々はして私様たちの方を向く。
「にししっ、もう授業始まりそうだし続きは昼休憩にでも話すね」
ひらひら、と手を振って李々は自分の席へと戻っていった。
それを見て夜読も急いで自分の席へと戻る。
学級長として見本を見せよう的な?
本当に真面目だよねっ。
四時間目の授業はかなり退屈だった。
内容は今年一年の授業の組み立ての予定で、去年も受けたような説明を聞いていた。
別に聞かなくても特に問題なさそうだし適当に聞き流しとこう。
そして私様は窓側の一番端の席から真逆である廊下側の席に座る久崎くんを見る。
話を真面目に聞いている姿もどこか凛々しくてカッコいい。
こんな風に私様が見ているのも気づいてないんだろうね。
と、五分くらいずっと見ていると急に久崎くんがこっちを見てきた。
そして目が合う。
数秒間ずっと二人が視線を逸らさずに目が合ったままになる。
目を逸らしたのは私様の方だった。
ずっと見つめ合ってるのが恥ずかしすぎて視線を逸らす。
――――だってあんな表情でずっと見られたら全身真っ赤になるって!
後ろの方へと視線を向けるとそこにはニヤニヤしている夜読の姿が見えた。
更に横にずらすと笑いを必死に堪えている李々の姿も見える。
あんたら本当に私様の幼馴染かっ!?
指先でシャーペンをくるくると回して暇を解消しようと頑張る。
コントロールが効かなくなって、机の上にコツンと落ちた。
それに気が滅入って机に顔を伏せる。
左側を向いて、窓の外を見た。
窓の外には花壇があった。
花壇は今年作ったばかりでまだ花は少ししかないから土の色が殆どを占領している。
それを退屈そうに横目で見る。
はあ、とため息。
もう一度窓の外に目線を向けると、そこには何かがいた。
窓の外からにゅっと二つの人影が飛び出してきたのだ。
わっ、と悲鳴を上げようとした直前に二つの人影は指でしーっと言うジェスチャーをした。
――――えっ? えっ? えっ? どゆことっ!?
その二つの影はまったく違うどころか、真逆の印象なのにどこか似ていた。
一人は元気で活発なサイドポニーの少女。
もう一人は静かな文学少女のような印象のロングの髪の少女。
二人とも髪の色は茶色で、リボンの色は一年生のものだった。
一人は笑いながら、一人はじとーっとした眼でこっちを見ている。
……意味がわからないんだけどっ。
「こら入戸どこを見て……窓の外にいるのは誰だ!」
先生が私様が外を見ていることと窓の外にいる二人に気がついたようだ。
気づかれたのと同時に二人はやばっ、と言葉を発して窓の外から何処かへと逃げていった。
それと同じか、少し遅いタイミングでチャイムが鳴り四限目の終了を告げる。
先生もどんな反応をしていいかわからず「挨拶は無しだ」とだけ残して教室を去っていった。
久崎くんの方を見てみると、何故かうんざりとした表情をしていた。
知り合いか何かだったのかな?
それとも単純に自分の仕事が増えそうだったか。
どちらにせよ私様には知りえないことだね。
「遊李、お昼にしましょ」
先生が教室を出て行ったのを見て夜読が私様の席の近くに弁当を持って近寄ってきた。
その横には当たり前のように李々も一緒だ。
ただし李々が持っているのは弁当じゃなくてパン二つだけどね。
細けぇこたあいいんだよ!
私様も机の横に掛けてあるスクールバッグから弁当箱を取り出す。
お昼をひょいぱく、ひょいぱくとつまみながら李々にさっき聞きそびれたことを訊ねた。
「結局久崎くんの噂ってなんなのかなっ?」
「にゃははっ、それはねかーなり意外なことなんだよね」
もったいぶる様に李々は愉快に笑った。
手に持ったメロンパンから欠片が夜読の弁当箱の中に入る。
それに夜読は気づいていない。
メロンパンご飯……なかなか斬新かも。
「もったいぶらなくていいから早く言いなさいよ」
「きひひっ、じゃあ言っちゃうよ。久崎疾那はね――――シスコンらしいんだよね、しかもかなりの重度の」
「……え?」
私様はつい李々の言葉を一文字の疑問で返した。
夜読も一緒になって唖然とする中李々だけは相変わらず愉快そうに笑う。
本当に空気読めない子だね、李々ちゃん。
「ほらあそこ、丁度久崎くんが双子の妹ちゃんと話してるよ」
李々が指を指した先には久崎くんの姿があって、その向かいには二人の少女が立っていた。
久崎くんに妹がいたこと今始めて知ったんだけど……。
それに双子ちゃんか~。
初めて見……ってああ!
あれ、さっき窓の外の二人にいた二人じゃないかなっ!
サイドポニーの茶髪ちゃんとロングの茶髪ちゃんの明るい子と文学少女!
絶対さっきのあの二人じゃん!
……あれ、久崎くんの妹は意外と問題児?
「あの明るい印象のサイドポニーの方が双子の姉、久崎夏菜。学業はかなりダメダメだけど運動については天才クラス。どんな運動でも一度見ればマスターできるらしいよ」
少しの息継ぎ。
一気に喋り続けると李々は息切れしやすいのだ!
って普通か。
「でもう一人のボーっとした感じの長い髪の方が双子の妹、久崎瑠奈。運動はダメダメだけど、学業に関しては学年では余裕でトップになるくらいの頭の良さだよ」
えー、とサイドポニーの方が夏菜ちゃんで、ロングの方が瑠奈ちゃんね。
もしくは性格が明るい方が夏菜ちゃんで、ボーッとした感じの空気の方が瑠奈ちゃんかなっ!
今度久崎くんの話で出るかもしれないし、覚えておいて損はないかなっ。
むしろ得なくらい!
「でもさ、シスコンって程には見えないんだけど……。普通に仲がいい程度の兄妹じゃない?」
確かにそうだ。
普通よりも仲よさそうなくらいで、別にべったりって言うほどじゃあないように見える。
この程度でシスコンってちょっと言いすぎだよね。
でも今まで一回も見たことの無い笑顔をあの双子は簡単に久崎くんから引き出していた。
それがなんか悔しい。
もしその原因が久崎くんがシスコンだからなら……私様はどう思うんだろう。
「にっひっひ、その辺はあくまで噂だからね。真偽の程はわからないよ~」
そういった後、メロンパンの残りを一気に口に押し込んだ。
李々は席を立って教室を出ると言った。
その理由は、「お兄ちゃんがなんか呼んでるから行って来る」。
なんだかんだで李々もブラコンなんじゃ……?
いや、李々の場合はそれとは少し違うかな。
そんないいものじゃないと思うしね。
「おい、疾那はいるか!」
久崎くんが双子ちゃんと話しているのとは逆のドアから凛とした男子の声がした。
その声を聞いた途端夜読ちゃんは「げっ」とキャラからは想像できないような声を上げる。
声の主を見てみるとそこには左腕に「風紀委員長」の腕章をした長身の藍色の髪の青年、鏡峰 湊先輩が立っていた。
「あ、湊先輩こっちです」
久崎くんがいつものトーンで鏡峰先輩を呼ぶ。
それを見て双子が自分の教室へと帰って行った。
久崎くんはそれに何かを言っていたようだけど、私様の位置からは聞き取れなかった。
私様はちと手を洗いに行こうと思いまして、席を立った。
久崎くんのいる逆のドア、つまり鏡峰先輩が入ってきたドアから教室を出る。
そして久崎くんのいるドアの前を通って手洗い場へと向かう。
そのときに聞こえた声からして、鏡峰先輩は久崎くんに風紀委員の予定を伝えに来たようだ。
一通りの用件を話した後夜読に視線を向けて教室を後にした。
違う、しようとした。
そこで邪魔が入り、鏡峰先輩が帰ることは叶わなかった。
「やあ湊、元気にしてるかい?」
鏡峰先輩の後ろから近寄ってきたのは、日乃崎 虚先輩だ。
この学校の生徒会長にして、李々のお兄さん。
圧倒的支持率ゆえ黒い噂やあることないことが回り続ける怪しい人だ。
ん、でもさっき李々を呼んだはずなのに、李々の姿が見えないかな……?
「テメェに会ったせいで元気がなくなった、どうしてくれる?」
「はは、相変わらず湊は酷いなあ。そんなに酷いと妹さんに手だしちゃうよ?」
その言葉がゴングの様に直後、鏡峰先輩の体が蹴りを日乃崎先輩に打っていた。
日乃崎先輩はそれをひらりとかわし、挑発の言葉を続けた。
「いきなり殴りかかるなんて怖い怖いっ。そんなやつが風紀委員長なんて信じられないよ!」
「ゴキブリが生徒会長やってる方が信じられないな! 早くゴキブリホイホイにでも捕まって餓死しやがれ!」
「僕がゴキブリなら湊はフナ虫かな? あはは、なんか僕ら仲良しみたいだね!」
「仲良しか、そうだな仲良しだな。警察と犯罪者が仲良しって言うんなら俺様とお前も仲良しなんだろうな!」
「あー、やっぱりやめようよ仲良しとか。湊と仲良しなんて虫唾が走っちゃうじゃないか、冗談は程ほどにね」
「ブチ殺す!」
会話の間にも鏡峰先輩のラッシュと日乃崎先輩の回避は続いていた。
どちらも少し気を抜けば直ぐに相手にやられそうな雰囲気だ。
あーそか、日乃崎先輩が李々を呼んだのはこれを見られないようにするためかな。
なんだかんだ言って日乃崎先輩って李々のこと大事にしてるからなあ。
いつの間にか廊下にはかなりの数のギャラリーが湧いていた。
最早この二人の喧嘩は学園名物となりつつあるね。
それでも李々が知らないのは日乃崎先輩の気遣いのお陰かな。
……ただの事故保守な気もするけど。
「ちょこまかと面倒くさいな……。疾那手を貸せっ! お前実家が剣術か何かを教えてはずだろう!」
「確かにうちの実家は剣術の道場ですけど、それだけで生徒会長の相手も湊先輩の補佐も出来るとは思いませんね」
久崎くん苦笑いである。
多分お世辞とか冗談じゃなくて、結構本気で言ってるんだろうなあ。
本気であの二人の喧嘩に割り込める人間がこの学校にいるとは思えないしね。
学園最強と学園最悪、二つに割り込める人間なんているはずがない。
「ちいっ! なら仕方ないか。じゃあ部活終了次第、風紀委員室に来るのを忘れるな!」
そのまま久崎くんの返事を聞くことなく、どこか遠くへと二人は走って行った。
未だに歓声が沸いているのを聞く限り喧嘩は続いてるみたいだけど。
久崎くんは大人しく席に着いて、パンをむしゃむしゃと食べ始めた。
私様も早く手洗いに行こうっと。
廊下をぱたぱた駆け足で走った。
廊下はあの二人の喧嘩を見るためかやたらとギャラリーが多くて通りにくかった。
でもある程度を行くと次第に人の数も少なくなっていく。
トイレの前にある蛇口で手をじゃばじゃばと洗い流した。
「あー、本当にこの学校退屈しないね。本当に特徴的な人が多すぎだよ」
本当はそんな変人ばっかり集めた学校なんじゃないか疑いたくなるよね。
……あ、うちが変人じゃなくて凡人だから違うか。
あはは凡人ですみませんね、本当に!
誰が好きで凡人してるかって感じだけどね。
数ヶ月前までよりかはまともになったと思うそれでもまだけどなあ。
それでもまだ地味地味ちゃんなのかな?
個性派までの道のりは長いね。
「特徴的で言ったらあの双子って何者だったんだろ?」
久崎くんの双子の妹。
授業を最初の方からサボってお兄さんを見に来たりするなんて凄いよね。
相当な兄馬鹿?
……それで思い出した。
そう言えば久崎くんはシスコン、と言う噂があったね。
李々から聞いただけで根拠もなにもないけどさ。
でも好きな人の噂なんだから気になるのですよ。
でもこの真偽なんて誰から聞けばいいのかな?
ん……あの双子ちゃんかな、やっぱり。
「やっほーお姉さん! 今もムラムラしてたりすんのー!?」
「……夏菜、卑猥だよ」
「うわぁっ!?」
考えていた本人が突然出てきて私様の頭の中は少しパニック状態です!?
うわっなんで私様のとこに?
タイミングよすぎて少し怖いんだけど!
「えと、えと、えととと何の用かなっ!?」
とりあえず私様は用件を聞いてみた。
と言うよりも動揺して何を聞いていいかがわからなかったんだよね。
頭の中真っ白で何も考えられない感じですよっ。
「用がなきゃ会っちゃいけないのかよ! うちと先輩の仲じゃんか!」
「……そうそう、ボクたちと先輩の仲と言えば黒いネズミと黄色いネズミくらいの仲だよ。……って、どんな仲だっちゅーのー」
ぽこん、と瑠奈ちゃんが夏菜ちゃんの頭を叩いた。
夏菜ちゃんは冗談っぽく「痛っ」と口から声を漏らす。
棒読みっぽい瑠奈ちゃんのノリツッコミは少し可愛らしい。
仲の良い双子ちゃんだな~とか見ててほのぼのとした。
なんだか動揺も少しなくなったかも。
「ってのは嘘でーす! 本当はお姉さんに興味があったから話してみたかっただけなんだぜ!」
「私様に興味……?」
こんな無個性キャラの遊李ちゃんに興味とは珍しいこともあったもんだね。
……自分で言ってて虚しくなってきたよ。
でもこの双子みたいな個性は絶対に無理!
「……うん、興味。……ボクたちはお姉さんに興味があるの」
「そうそう! お姉さんの無個性さにうちらは惹かれちゃったの!」
「ぐうっ!?」
他人に無個性って言われるとかなりの精神的ダメージがあっ!?
ここまで心に刺さる言葉がこの世にあったんだね。
私様は膝からがくりと落ちた。…………もちろん心の中でだけだけど。
瑠奈ちゃんの方がスカートの端を摘んで黒いストッキングに包まれた細い足をこっちに見せていた。
それになんの効果があるのかはわからないけどね。
でその様子を見て夏菜ちゃんはじゅるり、と舌なめずり。
双子の妹に興奮しちゃってる!?
個性的なだけじゃなくて、かなり特殊な性癖も持ってるのかな、この双子!?
「ってのは冗談でー! あははっ、騙された感じ?」
夏菜ちゃんは愉快に笑った。
李々のようなどこか含みがある笑いじゃなくて、心からちゃんと笑っている感じだね。
でも結局私様は騙されたわけだからあんまり良い気分じゃないかもっ。
「……本題に移るよ。先輩は多分お兄ちゃんのこと好き」
「ええっ!? なななななな何を言ってるのかなっ!?」
「ここまで古典的にわかりやすいと逆にビックリしちゃうぜっ」
少し引き気味だった。
私様の反応はそんなにわかりやすかったかな?
自分ではよくわからないねっ。
「じゃあさ、うち達が協力してあげるぜ。お兄ちゃんとお姉さんの仲を」
「だ、誰が義姉さんかなっ!」
「……言ってない、言ってない」
瑠奈ちゃんに両手で×印をつくり、否定された。
冗談じゃん……半分くらい。
まあでもこの双子ちゃんに義姉さんって呼ばれたってことはそれはつまり久崎くんと結婚してるってことで……。
嬉しいか嬉しくないかで言えばもちろん嬉しいわけでっ。
むー、なんとも言えない心境ですね。
「だから明日の朝、体育館裏に来てよお姉さん」
「……たいまんしようぜー」
夏菜ちゃんが明るく言うと、それに乗っかるように瑠奈ちゃんがファイティングポーズをとった。
でも手と足の出るのがどっちも右手になっていて、少し迫力がない。
むしろ可愛らしいくらいだね。
「まっ、まあ断る理由もないからいいけど。へ、変なことしちゃ嫌だからねっ!?」
「変なことぉー? まったく意味がわからないじゃん? ちゃんとお姉さんの口から言ってくれよ」
「えっえっ?」
夏菜ちゃんが私様の目前にジリジリと迫る。
そして細く長い指が喉を軽くなぞった。
それに反応してきゃっ、と短い悲鳴がなる。
背中がゾクゾクと冷たくなった。
ひやひや、とはまたなんか違う感覚。
夏菜ちゃんの息が私様の耳に何度も当たる。
その度に「あぁ……」と声が出た。
抑えようとしても何度もあふれ出てくる。
止める方法は……ない。
「これよりももっと過激なこと? うちにはわからないなあ……。教えてよ、お姉さん」
「ひゃんっ」
夏菜ちゃんが耳をかぷッと噛んだ。
当たり前のように私様は悲鳴を上げる。
な、な、な、なんなのこの状況!?
なんで私様は夏菜ちゃんにこんなに迫られてるの!?
だって女の子同士なんだよっ!?
それで迫られるって、それってなんか百合百合した感じの……。
ん? もしかして夏菜ちゃんは百合趣味なんじゃ……?
さっきも瑠奈ちゃんに興奮してたし、こうやって今も私様に迫ってきてるし。
まさか……ね?
「夏菜ちゃんってもしかして……百合趣味な人かなっ?」
「ん、違うけど?」
よ、よかったー!
やっぱりそんなわけないよね!
これもただの悪ふざけだよね!
「うちはレズだから! そこ勘違いしないで!」
「え、えー!?」
そこっ!?
まさかの怒るとこそこなのっ!?
百合とレズってどう違うんだろ……。
濃いか薄いかの差とか?
うーむ、わからない。
「じゃ、そゆことでまた明日の朝体育館裏でっ!」
「……ばっははーい」
それだけ言うと満足したように二人はどこかへと走っていった。
まるで嵐のようだ、とは比喩でよく使うけどあの二人はまさにそれだね。
嵐どころじゃない気もするけどさ。
さっき噛まれた耳を指先で触るとまだ少し湿っぽい。
思い出してまた頬が赤く染まる。
首や耳に掛かっていた吐息を思い出すと、また体がゾクゾクした。
あれだけの時間で私様はすっかりあの双子ちゃんの虜になったんだ。
レズの毒牙に掛かった、そういうことかな。
「あは……あはは……あはははは。」
なんと言うか、笑うしかなかった。
からからと渇いた私様の笑い声が手洗い場付近の廊下に響く。
それが静かになってきた廊下に小さく停滞する。
滑稽なのは、笑い声かそれとも、私様自身か。
私様は一種の諦めに近い感情を抱きながら、廊下を歩いた。
目的地はもちろん私様の所属する、二年一組。
休憩時間は教室に着くころには十分を切ってると思う。
うーむ、なんかいつもの数倍は濃い昼休みになってる気がするね。
――――これも恋のお陰かなっ!
まさに濃いだけに!
……すみません、嘘です!
と言うか恋のお陰でレズの毒がに掛かってちゃ理不尽すぎるよね。
思い出すとまた背中があああ!
うう……一生もののトラウマ植えつけられた気がするよ……。
あの双子ちゃんなんなのさー。
本当に久崎くんの妹なの? って疑いたくなるようなアブノーマルさだったよ。
でもまあ久崎くんもアブノーマルな疑惑があったわけですけど。
むー、恋愛って難しいなあ。
「あっ、遊李お帰り! 随分遅かったわね」
「あーごめんごめん。ちょっとレズい人に絡まれて」
「レズい……?」
「いやいやなんでもない!」
危ない危ない、夜読にこんなこと教えたら鏡峰先輩に怒られちゃうよ。
ギリギリセーフ。
命は大切にねっ!
教室に入って自分の席に着いて一息。
飲むものも吸うものもないけどとりあえず落ち着くのです。
教室をぐるりと見渡すといつの間にか李々も帰ってきていたようで、席に着いて寝ていた。
多分昼からの授業も寝るんだろうなあ。
私様もそうさせてもらいますかね。
「入戸、話があるんだけどいいか?」
後ろからいきなり久崎くんが話しかけてきた。
寝ようと思ってたから余計にビックリっ!
私様の心臓ドッキドキしてきちゃったよ!?
すーはー深呼吸準備、ひーひーふー。
「ってそれラマーズじゃんかっ!?」
「……入戸、いいか?」
久崎くん若干うんざりしてる感じ。
本当に落ち着いてよ私様っ!?
せっかく久崎くんと仲良くなれるチャンスなんだから!
このチャンスを逃しちゃったら女が廃るっ。
誰の真似かは察して下さいな。
「いいけど……何かな?」
「ここでは話しにくいから、廊下へ出ようか」
そういって教室を出た久崎くんの背中を追いかけた。
教室のどこかで李々と夜読の笑い声が聞こえたけど気のせいだろう。
と言うか気のせいであって欲しい。
で廊下の壁に久崎くんがもたれかかってその正面に私様が立った。
すると久崎くんは、話を始める。
「さっき、夏菜と瑠奈に何をされた?」
「え?」
なんで久崎くんが私様があの二人と話したことをなんで知ってるわけ!?
もしかして見ていた……はないかな、流石に。
多分あの二人にメールか電話で聞いたんだろうね。
でもなんでここまで聞いてくるのかな?
やっぱり妹が心配で?
だとしたら質問が少しおかしいかな。
逆に私様を心配して?
それは妹のレズ趣味を知っているから。
だから私様がその毒牙にかかっていないことを確かめたかったから。
もしくは……自分の大好きな妹が何を話していたから気になったからとか?
「だからあの二人に何を言われたか、と聞いているんだよ」
久崎くんは少し柔らかい笑顔で私様に問いかけた。
でもね……目が笑ってないんですよ!
それが超怖いんですけどっ!?
「な、な、何も言われてないよ!?」
「そうか……。なら良かった」
そういうと久崎くんは次こそ目も笑った。
さっきのは本当に獣みたいな目だったからね……。
怖い久崎くんは嫌だよ。
「それでだ入戸。委員会何に入るか決めたか?」
「えっ、いやまだだけど?」
久崎くんの突然の話題に私様は少し戸惑いながら冷静に答えた。
そう聞くと久崎くんは少し嬉しそうに、少し安心したようにその意図を答えた。
「だったら風紀委員に入らないか? 入戸は多分瑠奈と夏菜に眼をつけられているからな。俺が出来るだけ長くお前の近くにいないと何をされるかわかったものじゃない」
「入るます! あっ、いや、入ります!」
理由はともあれ久崎くんと多くの時間近くに入れるなんてかなり良い提案だもの!
そんなの断る理由がないよ!
だからこその即答だった。
でもそんなにあの二人は危険なのかなあ……。
確かにレズいから危ないとは思うけど、そこまでとは思えないし。
それに夏菜ちゃんはそうなんだろうけど瑠奈ちゃんの方はかなり大人しい感じの子みたいだしね。
やっぱり久崎くん過保護なのかなあ……。
「そうか、よかったよ」
一段と笑顔になって私様の方を見る久崎くん。
やめてっ、その笑顔は邪な気持ちの私様の心を惑わせるっ!?
……って久崎くんの方も邪なんだっけ。
じゃあお相子ってことで。
「じゃあ、授業始まるし教室に戻ろうか」
「あっ、はい!」
「さっきからなんで敬語? タメ口でいいから」
「あっ、は……うん!」
「あと」
「何かなっ?」
教室に真っ直ぐ向かっていた久崎くんは顔だけをこっちに向けてこう言った。
「俺のことは疾那でいい。よろしくな遊李」
ドキンッ!
私様の心は打ちぬかれた。
なにこの天然ジゴロさん!?
遊李ちゃんのハートはブロークン寸前ですよ!?
ふらふらと足元が覚束無い。
ゆるい意識の中教室に戻ると、李々と夜読が揃ってこっちを見て笑っていた。
ああ、このパターン授業終わったら弄られるね。
嫌な予想は大体当たるのです。
さて、とりあえず……先生に風紀委員の立候補を伝えなきゃね。
私様は席に着いた。
昼休憩が終わって最初の授業はロングホームルームだった。
する内容は学級長以外のクラス役員決め。
私様はもちろん風紀委員に立候補、他に立候補者はいなかったから簡単になることが出来た。
疾那くんがこっちを向いて笑いかけてくれたのに少しドキってきちゃった。
……本当に疾那くんはジゴロだね。
そして自己紹介の五限目。
私様の出席番号は5番。
結構最初の方だから少し緊張しちゃう。
ちなみに夜読は12番、疾那くんは14番、李々は27番だ。
誰よりも緊張するであろう、一番目の逢上 陸樹くんの自己紹介は、名前、部活、趣味、最後によろしくお願いしますと言う至ってシンプルなものだった。
続いて二番の藍裂 染乃ちゃんは、おどおどとしながら名前と部活とあいさつだけの簡潔な自己紹介。
やっぱり私様みたいな無個性さんは自己紹介での第一印象がかなり大事だったりする。
だからぐっ、と人の心を掴むようなインパクト大な自己紹介をしなくては!
むむむ、悩みますなぁ。
悩んじゃいますなあ。
とか考えているうちに出席番号4番の言語 言話ちゃんの自己紹介が終わった。
次は私様の出番!
やっべ、何も考えてないよっ!?
どうする私様ぁぁぁ!
このまま無個性な自己紹介だけは避けなくては!!
言話ちゃんが座ったのを見て、私様は席を立ち上がる。
何を言うか考えてないけどとりあえず立つ。
うわー、何言おう!?
陸樹くんみたいなシンプルなものでいいのかな!?
逆に個性派なあいさつじゃ、みんなに引かれそうだし……。
八方塞がりじゃんかああ!!
……仕方ないシンプルなものにしよう。
「えーと入戸遊李です。部活は弓道部、趣味は裁縫と料理! 今年一年間よろしくお願いしますっ!」
本当に簡単なものになっちゃった。
これで私様の一年間はまた地味な印象で決定だね!
…………笑えないや。
私様は礼をして席に着く。
それから他の人の自己紹介を聞いてるのか聞いてないのか微妙な興味で耳に入れる。
だけど視線は窓の外。
誰もいない。
双子さえも。
「鏡峰夜読、真面目じゃないことは大嫌いです! このクラスの学級長になったからには真面目に勤めます! よろしくお願いします!」
夜読の自己紹介にクラス中の男子が湧く。
反則的な胸とルックス、そしてその真面目キャラに歓喜しているのだろう。
夜読は私様と違ってかなりの個性があるからね。
私様もそれぐらい胸があればなあ……。
ぺたぺた、相変わらずぺったんこの胸が妬ましい。
それから木林 森くんの自己紹介を挟んで疾那くんの自己紹介が始まる。
「久崎疾那。みんな知っていると思うが風紀副委員長だ。遊李と一緒にこのクラスの風紀も取り締まっていこうと思う、よろしく頼む」
キャー疾那くんかっこいいー!
みたいな古典的な黄色い声はないけど、代わりに一部の女子が小声で隣の席の女子とキャーキャー言っていた。
まあ、私様もその一人なんだけどさ。
それから去年クラスの一緒だった子や、中学時代に一回同じクラスになったことのある子や、初めて同じクラスになった子の自己紹介などを聞き流す。
印象に残った名前は特になかったかな。
それに目立った特徴も。
やっぱりこの学校が奇人変人だらけってのは少し考えすぎだったみたいだね。
こんなにも無個性が溢れてるし!
…………その筆頭はもちろん私様な訳ですが。
自虐ネタばっかりとか嫌だぁぁぁ!
そして知らない間に自己紹介は李々の番まで回ってきていた。
「日乃崎李々、私のお兄さんは生徒会長だよ。キヒヒっ、だから……ね?」
それだけを言って李々は席へ座る。
教室がマ○ャドをうったみたいに凍る。
恐怖と威圧に押しつぶされていた。
流石李々、空気の読めない子……。
本当に恐ろしいね、ある意味。
今もみんなが凍ってる中一人だけケラケラ笑ってるのとか特に。
あれもお兄さんの影響なのかな~、なんて少し考えたり。
でもありえそうかもっ。
そこまででこのクラスの私様の親しいと言える人間の自己紹介は全部終わったため、完全に今の授業に興味はなくなった。
暇を呪うように口から欠伸が洩れる。
ん、口からじゃなくて喉からなのかな?
よくわかんないから、今度ググってみよう。
キーンコーンカーンコーンともう十年聞き続けたメロディが授業の終わりを宣言した。
私様はまた伸びをして、欠伸を鳴らす。
今日は五限の授業で終わりだからこれで今日一日の授業は終わり。
六限はどうやら職員会議でつぶれたみたいだねっ。
私様は鞄の用意をして、部活へ行く。
夜読と李々に「さよなライ○ン」と言って、教室を出た。
そこには疾那くんが立っていて、私様の顔を確認すると気さくに声を掛けてきた。
「こんにちワ○」
「こんばんワ○」
ふ~ふ~、とどこからか聞こえそうな挨拶をさっきからし過ぎかも。
AとかCとかつく、公共的な広告機構さんに怒られちゃうよ。
というか疾那くんそんなこと言うキャラだったんだ……。
なんか意外、というか超ビックリ!
「せっかく同じ部活なんだ、一緒に行こう」
「え、あぁそう。じゃなくてっ、いいの!?」
「逆になんでダメなんだよ」
疾那くんは面白がって笑う。
そう言うところが…………何といいますか、ずるいよね!
だってそんなこと言われたら言い返せないし……。
「じゃあお姉さんさっさと弓道場へレッツゴーしようぜ!」
「……そこの倉庫で……ぽっ」
「流石瑠奈、妄想がエロエロだぜ!」
「……えっちくないから」
いつの間にか私様の前に双子ちゃんが立っていた。
また瞬間移動!?
これもなにかの運動技術なのかな……。
どっかの漫画で見た知識を参考にするなら剣道辺り?
「なんでお前らがここにいる」
ため息交じりで、額を押さえる疾那くん。
あれ、昼休憩のときとは随分反応が違うんだね?
むむむ、もしかすると昼休憩のあれも疾那くんの双子だったり!?
……双子がいるならとっくに話題になってるよね。
「お姉さん、お兄ちゃんはね人前ではあんまりべたべたしてこないんだぜ」
「ひゃあ!」
夏菜ちゃんが耳元で話しかけてきた。
その言葉は凄くありがたいんだけど、伝え方をもうちょっと工夫して欲しいよね。
また背中がゾクゾクくるぅぅ!?
「……だから安心して。……何を?」
自己疑問の瑠奈ちゃん。
小首を傾げて困る姿が愛らしい。
その横では夏菜がじゅるりと舌なめずり。
……本当に見境ないなあ。
「まあまあお兄ちゃんいいじゃんか! あっ、今日はうちがご飯作っとくぜ!」
「……どうせ出来ないから。……実質的に作るのはボク」
「なにおー! うちだっていろいろ料理は出来るんだぜ! UFOとかー! チキンラーメンとか! 札幌一番とかー!」
「……それ全部インス――――痛い痛い」
夏菜ちゃんの、こめかみぐりぐり!
瑠奈ちゃんに対しての効果は抜群だ。
というか瑠奈ちゃんに対しての攻撃は全て効果抜群になりそうだよね。
瑠奈ちゃん見るからに虚弱体質だし。
そして夏菜ちゃんの攻撃は全て二倍になる!
つまり瑠奈ちゃんへのダメージは計り知れないものに!
……って何私様マジで語ってんの?
ちと自己嫌悪。
「だーかーらー! 風紀委員のお仕事は急がずじっくりやって来ていいぜ」
「……帰ってきたらまず――――あああああ」
「誰の飯がまずいって!? 聞ーこーえーねーなー!」
「……冗談冗談」
もはや瑠奈ちゃん涙目である。
涙目って言うかもう泣いてるね、絶対。
なんと言うかご臨終?
いやいや学校内で人死にはダメぇぇぇぇ!?
「悪いな。じゃあ、部活行って来る」
「いってらー!」
「……いってらっしゃいー」
二人のハーモニーが妙に耳にはまった。
声も綺麗だなあ、二人にMa○netとか歌ってもらいたいかもっ。
意外と頼めば歌ってくれるかも……?
今度覚えてたらダメ元で頼んでみよっと。
それから歩いて十分弓道場に着いた。
弓道場は学校の敷地ないから少し出た場所にあるため、移動に時間がかかるのがネックだった。
そして何よりクラスに弓道部の女子がいないから移動のときが酷く暇で暇で!
でも今日からは違う。
今日からは疾那くんも一緒に行くから暇じゃなくなった!
毎日の楽しみが一つ増えた、と言ってもいいね!
――――でもよく考えたらここまで疾那くんと仲良く出来たのって、あの双子ちゃんのお陰なんだよね……。感謝感謝。
満面の笑みで心の中だけで双子ちゃんにお礼を言っておいた。
よく考えたらあの双子ちゃんにセクハラされてるからこれでお相子だよね!
だから感謝しなくても……よくないか。
「どうした遊李、考え事か?」
「いやいやいや、なんでもない!」
「そうか? なんか考えてるみたいだったが?」
「気のせいだよ、気のせい!」
別に隠さなくてもいい気がしたけどね。
でも説明するとまためんどうなことになりそうな気が……しなくもなかったから一応。
疾那くんが双子ちゃんの話で盛り上がるのはあんまり楽しくないし。
なんか今の私様少し、醜いかも。
少し……かっこわるいね。
いや元々かっこよくないけどさ。
「着いたぞ、遊李」
「おー、着きましたね天竺!」
「それだと俺が孫悟空か?」
「で、私様がベ○ータ?」
「それは孫悟空違いだろう」
軽く笑う疾那くん。
私様もそれに答えて笑った。
夜読や李々と一緒にいるときのような大笑いじゃないけど、笑った。
にゃははは、と李々が使いそうな笑い声でけらけらと。
あれ、なんか文章矛盾してる?
細かいことは気にしなーい。
「と言うか遊李、ずっと気になってたんだが……。その『私様』って一人称はなんなんだ?」
「あーこれはね、話すと長くなる訳があるんだよ」
「長くなるなら止めておくか」
「これは確か三年前のことでした~」
「話すのかよ」
私様は昔話の語り始めのようなおじいさんのような喋り方で話し始めた。
私様が一人称を『私様』にし始めたわけを。
…………と言ってもそこまでいい話なわけでもないんだけどね
口では皮肉を言いながらも疾那くんは私様の話しに耳を傾けようとしてくれていた。
「三年前、私様は中学二年生でした~。そのとき私様は三編みお下げの眼鏡といういかにもな地味子ちゃんでしたのじゃ~」
「その喋り方はどうにかならないのか?」
「で! 教室ではいつも本を読んで……いるわけでもなく! 委員長キャラとしてみんなをビシバシ指導する……わけでもなくて!」
「どうにかなるのかよ」
「で、私様は眼鏡で三編みお下げなのに! 文学少女でも委員長キャラでもなかったからとある男子から……『入戸、お前個性が無いよな』と言われたのです!」
「で?」
「それから私様は個性をつけようかと思いまして、その結果が一人称『私様』ってわけなのですよ!」
「…………………………からの?」
「からの? からのもなにも何もないけど?」
「ええっ!?」
疾那くん本気で驚いてる!
私様の話しのオチの無さに本気で驚いてるよ!
まあそりゃこんな至って普通で無個性な話じゃあねえ!
私様だってこんなオチのないエピソードにしたいわけじゃないから!
もっと中身のあるエピソードが私様にもあればいいのにねえ!
「まあ年頃の女子が無個性って言われるのは傷つくか…………。………………かあ?」
「そんな無理矢理に納得しなくてもいいよ。まあ納得できないと思うし。あははは」
空笑いも調子が悪いみたいだね。
そんな会話があって私様と疾那くんは弓道場の中へと入る。
そこには既に何人かの弓道部員が袴に着替えていた。
部員全員の半分くらいかな?
て言っても部員全員で10人しかいないけど。
「こんにちわ」
「こににちわー! 今日もしつこくやってきました!」
「やあやあ、いらっしゃいお二人。今日も元気に部活やってこな」
あいさつした私様たちに声を返したのは緑香先輩だった。
正確に呼ぶなら、花岡 緑香。
緑のポニーテールに明るい調子の軽い感じの姉御肌の先輩。
明るい調子の軽い感じの姉御肌って言うとなんかもの凄く矛盾してる感じだけどね。
まあ、メリハリのある先輩ってことで!
「ですね。じゃあ俺着替えてきますね」
「あっ、じゃあ私様も着替えてきます!」
「覗かんようにな、遊李ちゃん」
「普通逆ですよね!?」
更衣室は男女共に向かい合ってるから、部屋に入るまでの道は一緒だから疾那くんと隣合って歩く。
ああっ、幸せ!
これなんて幸せなの!
これがずっと続けばいいのにっ!
だけど更衣室は近づいている。
行きたいのに行きたくないってこれいかにっ!?
そうだっ、何か話せば止まってくれるかも!
でも何を話せばいいのかな……。
んー、恋ばな?
いやショック受けそうだしやめとこ。
じゃあなにっ!?
うーん……あっ、そうだ!
「ねえねえ疾那くん」
「ん、どうした?」
「疾那くんってさ、なんで弓道部入ろうと思ったの?」
「理由、理由か……」
私様の質問に疾那くんは腕を組んだ。
そして指を唇に当てる。
考える人の像の手の位置がかなり下がった状態みたいな?
名づけて『考える疾那くん』!
まんま過ぎる名前だけど気にしない!
……誰だー! 無個性なネーミングって言ったやつ!
「理由なんか……ないよ。強いて言うなら、弓道に惹かれたからかな」
「惹かれた……?」
「うちの実家さ、剣術の道場をしているんだよ。それでさやっぱり日本の技、みたいなやつには自然と惹かれるひたいでさ。だから弓道」
ああ、そう言えばやってるって今日の昼に言ってたね。
理由的には私様と大差ないかな。
って言ったら失礼か。
だけど惹かれたって言う一点で見れば似たようなもんじゃん!
「そうだったんだ……。じゃあ私様と仲間だね!」
「仲間……?」
ってああ!?
思考が口に出ちゃった!
どうやって言い訳しよう!?
ええと、ええと……働け私様の頭!
「そ、そう仲間だよ! 私様と疾那くんは弓道に惹かれた仲間!」
「ん、遊李も弓道に惹かれたのか? だとしたら仲間だな」
疾那くんの柔らかスマイル入りましたー!
この笑顔を見れればもう満足っ。
無理矢理話題提示した価値もあるってもんだよ!
その後はちょっとした世間話をしようかな~って思ったら更衣室に着いちゃった感じ。
じゃあ、と別れようとした瞬間男子更衣室の方から一人の人間が飛び出した。
「うわあ……」
出てきた人間に私様は思わず感嘆の声を漏らした。
あまりに美しすぎるその人間の姿に声を止めることが出来なかったのだ。
強く凛々しく伸びた金髪の髪、人形の様に端正な顔立ち。
どれを取っても、一般的な女子中学生と比べても美しい。
「あらあら入戸さん、ごきげんよう」
「こんにちわっ、桜さん!」
この子は茜井 桜さん。
同級生で私様が唯一『ちゃん』、じゃなくて『さん』を付ける子だよ。
こんなに落ち着いた様子なのに、同級生だから驚きだよねっ。
と言うか信じられないレベルだよ。
でも桜さんの驚くべきところはそこではないんだよっ。
よく桜さんが出てきた部屋を思い出してみて……?
『男子』更衣室から桜さんは出てきた。
つまり、桜さんは男の子だ。
あ、男の娘でもいいけど。
「いつも通りに美しいですね、桜さん」
「あらあら、言葉が上手ね。ありがとう」
手を口の前に当てお嬢様の様な口調で喋る桜さん。
これが男の子……ねえ。
とてもじゃないけど信じられないよ。
なんかさっきからこれしか言ってないかもっ。
「じゃあ私は先に行っていますね」
それだけ残して桜さんは弓道場へと向かった。
私様と疾那くんはそれぞれ更衣室に入る。
更衣室に入ると名前の書かれたロッカーがあって、それを開けて中に入っている袴を確認する。
制服を脱いでロッカーのハンガーへと掛ける。
そして露になった自分の胸を触って一言。
「…………だ、断崖絶壁!」
自虐気味に言ってみたが虚しさが積もっていくだけだった。
むー、牛乳とか飲もうかな。
疾那くんは大きいのと小さいのどっちが好きなんだろ?
双子ちゃんはどっちも大きいとは言えないサイズだから小さい方がいいのかな?
今度機会があったら聞いてみよっ。
……違うね、今度度胸があったら聞いてみようの間違いだ。
少し落ちたテンションを無理矢理あげようと鼻歌を聞きながら袴に着替える。
最初は結構時間がかかったけど、今では大分早く着れる様になった。
これも成長なのかなっ。
でも相変わらず胸は成長してないけどね!
…………成長してなくて悪かったなぁあああああああ!
着替え終わったら、急いで外へ。
既に外には疾那くんが待っていた。
あはは、ごめんごめんと軽く謝って、弓道場へと向かった。
その間もどこかに双子ちゃんがいないか、と疑っていたのは内緒だ。
そして次の日。
私様は朝早く体育館の裏に向かう。
いつもより三十分くらい早い登校だ。
ちょっと、早く出過ぎたかな?
とか思いながら体育館裏に向かう。
体育館の正面を通ると中から「うおおお!」とか「てりゃあああ!」とか「どっせええええい!」とか何部かもわからないような声が上がる。
というか本当に何部かな?
そんなスポーツ見たこと無いんだけど。
とかそんな感想を抱き、ながらグランドの方を見てみると野球部とサッカー部も朝練をしていて「青春だねえ」と軒並みな感想も抱く。
私様もそろそろ青春がしたい季節なのです。
「おはよーっ、双子ちゃん!」
体育館の裏に着くと同時に私様はそんな言葉を口にした。
その言葉の返事は返ってこず、まだ来てないのかな?
そう思い、目の前を見据える。
「え、ええええ!?」
目の前の光景は私様の想像を越えていた。
双子ちゃん、夏菜ちゃんと瑠奈ちゃんが抱き合っていた。
それだけならまだいい。
……まあよくないけど。
その上二人は二人共服がはだけていて、しかもき、き、き、キスをしていたんだよ。
目の前の光景が信じられないっ。
意味がわからないしっ!
なんで姉妹で!
なんで女の子同士で!
なんでこんなことをしてるの!?
私様の想像を異常なくらいに逸していた。
「あー、お姉さんじゃんか。おっはよー!」
「……おはようさん」
二人は唇を離して、こっちを見て笑顔であいさつをしてきた。
つい数秒前まで二人でキスしてたのになんでそんなに笑顔!?
流石過ぎる双子である。
最早さすがってレベルじゃないかもだけど。
「あ、あはは、おはようっ」
「予想外に来るの早かったねお姉さん。お陰でキスしか出来なかったじゃんか」
「だけって何をする気だったのかなっ!?」
「……それを聞いちゃう? えっちー」
「それって私様が悪いのかなっ!?」
「悪いか悪くないで言えば……悪くないとは言い切れない!」
「言い切れるからね!?」
「……判決、しけー」
「そこまでの重罪なのかなっ!?」
「うちと瑠奈の濃い絡みを邪魔した罪は重いぜー!」
「……遊李ちゃんマジ遊李ちゃん」
「つまり私様は重罪人キャラがスタンダートって訳でっ!?」
「え、そうなの?」
「ええっ!?」
「……自意識過剰乙ー」
なんと言うかこの双子のキャラに私様飲み込まれまくりだよ。
そのうちおぼれちゃうんじゃないかな?
この二人に飲み込まれるってなんなんだろ。
…………レズになるとか?
是非とも注意しよう。
「でさでさ!」
「……なにさなにさ?」
「なんで私様をここに呼んだのかなっ?」
「えとさ、遊李ちゃん今度の日曜日暇?」
「え、多分暇だけど?」
いきなりの話題だったからちょっとビックリ。
もしかして私様をレズに改造するつもりとか!?
入戸遊李は改造レズである! みたいな!?
改造レズってなんやねん! って感じだけど。
「じゃあさ、うちらとデートしない?」
「はぃぃい!? デートっ!?」
「……うん、デート。でも二体一だよ」
「えーとそれって遊びに行くって解釈でいいのかなっ?」
「そだぜー!」
「じゃあ最初からそう言ってよ……」
「……小っちゃいことを気にするんじゃねー」
「はい、ごめんなさい……」
なんで私様謝ってるわけ!?
理不尽だよ、理不尽ー!
まあ理解不能なのは目の前にいるけどさ。
にしてもまたなんで私様みたいなのを誘おうと思ったのかなっ。
わざわざ私様なんて誘わなくても他に五万と人はいるのに。
「実はうちらさ、遊李ちゃんのこと少し気になってるんだよね」
「気になってる?」
「……好きになりかけてるってことだよ、言わせんなー恥ずかしい」
「あははは、まったく冗談がお得意で」
「本気、って言ったらどうする?」
「え?」
…………。
………………。
何このシリアスな空気!?
いきなりラブコメらしからぬ異常な冷たい空気になったよ!?
瑠奈ちゃんもそんな目で睨まないで!
そんな「ボクの夏菜ちゃんを……」みたいな目で睨まないで!
えーと、多分これも双子ちゃんの冗談だよね?
というかそう納得しないとこの空気耐えられないよ!?
でもなんだか夏菜ちゃんの表情も真面目な感じだし。
いや~嘘……だよね?
そうだと言ってよねえ!?
「えーと、冗談だよね?」
「それ、本気で言ってる?」
えええ!?
なんでこんな本気の表情なの!?
え、夏菜ちゃん本気で私様のこと!?
嘘ー!
嘘ぉぉぉおおおおおお!?
「え、いや、ええ!?」
「いや嘘だけどさ」
「あんまり先輩を舐めてんじゃねぞー!」
流石に温厚で有名な遊李ちゃんも切れちゃうぜ、おい!?
一瞬マジで思いつめちゃったじゃんか!?
でもまー、少し安心したかも。
どっちかと言えば、安堵?
何がって自分の身の安全に。
「まあ理由はともかく目的は本当だぜ」
「目的って言うと?」
「遊李ちゃんと仲良くなりたいってことだよ」
「ほうほう。それなら、一緒に遊びに行きましょうかなっ」
「……やっほー、マジで嬉しいぜー」
「相変わらずその棒読みっぽい口調どうにかならないのかな……?」
「……細けえこたぁいいんだよ」
何回聞いてもどこか気の抜けるような棒読みだ。
でもそこが瑠奈ちゃんの特徴と言うか、チャームポイントだよね。
うまい棒、というかなんと言うか。
「じゃっ、日曜日楽しみにしてるぜー!」
「……首洗って待っとけよー」
「何、私様殺されるの? そうなの?」
私様の小ボケを無視して、双子ちゃんは笑う。
そしてどこかへと二人手を繋いで走り去っていった。
私様の普通で平凡な人生はキシキシと音を立てて形を変えて行く。
それがいい変化なのか悪い変化なのかはわからない。
でも普通を嫌っていた私様からすればどちらに転がっても問題ないような気がする。
普通が嫌いな人もいれば好きな人もいる。
同じように普通じゃないことが嫌いな人もいれば好きな人もいる。
普通で異常で平凡で非日常な人々が集まり、毎日を作る。
それが好きな私様が確かにここに存在していた。
これぐらいの毎日じゃなきゃつまらないよね。
私様は教室へと向かった。




