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ダンデライオンの花嫁  作者: 千鵺
こんにちは異世界
7/24

喪われたじかん

泣き止む為には相当の努力が必要だったが、ようやく目から涙が落ちることはなくなった。


ただし、あまりにも泣きすぎた為に目はぱんぱんに腫れ上がって、今はやや視界が狭い。

おまけに頭がちょっと痛みを訴えつつ、朦朧としてしまうことは否めなかった。

そんな状態でも、この体勢が地味に辛いということだけはわかる。


というか・・腹が・・腹が圧迫されてそのうち何か出ちゃいそうです・・・。


広い肩に乗ってるのでピンポイントよりは多少負荷は減らせているとは言え、腹部に全体重がかかっているのは事実である。

どれだけ時間が過ぎたのかは定かではないが、それなりに時間は経っているはずだ。

何しろ、こちらに来たときは中天にあった太陽がいつの間にか沈み、辺りには夜の帳が訪れようとしているのだから。

そして現在は断崖絶壁に囲まれた、なかなかに広い谷を移動中だ。

相変わらず、黒い人の歩行には微塵も揺らぎがない。

きっとあまり負担にはなっていないか、この黒い人が相当なポーカーフェイスの達人だということなのだろう。

いつしか、心苦しいという気持ちがじわりじわりとアキの心中を侵すように拡がっていた。

お荷物すぎる自分が痛い。


ていうか、いくらなんでも、このままは色んな意味で辛いです。


というわけで。


よし、降ろしていただろう。


意を決したアキは、震えそうになる体を叱咤しながら、黒い人へ初めて声をかけた。



「あ、あの・・・」


「・・・・・」


規則正しい、ざっざっざと聞こえる足音が、やけに大きく聞こえる。

返事も反応もないことに内心で項垂れた。

声が小さかったのか、と、ぐっと腹に力を入れなおす。


「あっあのーっ」


「・・・・・・・・・・・・・」




えっと・・・・すいません、ちょっとは反応が欲しいです。





「・・・・あのっちょっとすいませんっ!!・・・・うひぃっ」


些か耳元に近いところで叫ぶように声をかけると、その瞬間にぴたりと黒い人が立ち止まってしまい、うっかりまた悲鳴を上げてしまった。


や、だって怖いんだもの。

怒らせたら私死亡決定ですよねわかります。

でもうっかり声が出ちゃうのはもう仕方がないんだ。

本能で生きている女なんですチキンですみません。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ」



沈黙長いわっ!



ようやく返ってきた答えに、思わず脳内で突っ込む。

しかし、ここで怯むわけには行かないのだ、と再び腹に力を籠めた。



「あの、そろそろ降ろしていただけませんか」



恐る恐るそう告げれば、また沈黙が続いた。

どうやら何か考えているらしい黒い人を見ながら、ふつふつと疑問点が湧いてくる。


何でそんなに悩むんだ。

降ろした途端に逃げると思われてるのか。

それとも私が足手まといになるのが目に見えてるからか。

そこは正解かもしれないが、それでもずっとこのままでいけるわけがない。

どこに向かっているか知らないが、歩いてすぐ着けるような場所ではないように思う。

それにそろそろ日が暮れるのに、何処かで野営をするのなら、そろそろ準備すべきではないのか。


悶々と考えていると、するりと肩から降ろされ、眼前に黒い人の顔が現れた。

右手は背中に、左手は両足を支えている。

つまりは、お姫様だっこというやつに移行したらしい。


なんで!!


今度は悲鳴を上げることもなかったが、びくりと体が震えてしまったのは許して欲しいと思う。

しかし、次の瞬間には、なんだか面白いものが見れた。


「・・っ!」


あんまりにも酷い顔だったからだろうか。

黒い人が驚愕に瞠目し、固まったのがわかった。

純粋に、本気で驚いていることがこちらにもわかるくらいの、そんな表情だった。


泣き過ぎれば大体はこうなるんですよ、乙女の顔見て怯まないで頼むから。


どれだけ酷いんだ自分の顔。

悲しくなりつつも、鉄下面のように見えた黒い人が、そんな普通の人のような反応をするのが、なんとなく愉快に思う。

そうして、次に自分の心に湧いてきた思いに困惑した。



あぁ、この人もただの人間なんだなぁ、なんて。



私は一体彼を何だと思っているのだろう。

いくら人攫いまがいな人でも、ひとはひとであることに変わりはない。

自分の傲慢にも似た思いに戸惑いながらも、小さく息を吐く。

落ち着いたと思ったが、どうやらまだ混乱が続いているらしい。

まぁそれも当然だろうな、なんて1人で結論づけると、ひとまず黒い人の反応を待った。


「・・・・気をつけろ」


暫し後、ぽつりとこちらを心配するような言葉を寄越しながら降ろしてくれる黒い人にちらりと目を向け、数時間ぶりの地面に降り立つ。

脚が頼りなくふらつくのを必死で堪えていると、黒い人がさり気無く側に立って支えてくれた。

上から見下ろしてくるその目には、なんだか労わりの色が見えるような気もしてくるから不思議だ。

最初に見たときは、あれだけ恐ろしいと思ったのに。

そのことにまたちょっとびっくりしながら、少し慣らしのつもりでその場足踏みをし、大丈夫そうなことを確認すると黒い人を見上げ、その意を示す。

やがて浅く頷いた黒い人が、ゆっくりと歩き出したのを見て、その後ろに続く。

コンパスの違いからどうしても小走りになりがちなアキを気遣うように、ちらちらと伺ってくる前方の人を見て、アキは既にこの黒い人を恐れていない自分に気づいていた。

顔は怖いが、雰囲気そのものには慣れたらしい。


刷り込みの一種だろうか。


初めは最悪だと思った。

いきなり現れ、掻っ攫うようにアキを連れてきたのだ。

不審に思いこそすれ、慕うことなど通常なら在り得ない。


しかし今は、この人が私に多少なりとも気を使ってくれているのがわかる。





我ながら単純すぎると思った。




暴力を振るわれたわけでも、睨まれたわけでも、罵られたわけでもない。





だから、信用したい、なんて。




他に縋る者が居ないからだ、なんて無理矢理自分に理由づける。

そう、このわけのわからない状況で、他に頼る者など居ない。

私はこんな状況を1人で乗り越えられる程の強さもない。



騙されたら、それは私が勝手に騙されたのだ。



そう思えばいい、と内心で自分を納得させた。














「今日は、ここで寝る」


「・・・はぁ、」



しばし歩いた先で見つけた岩棚の前で、黒い人はアキにそう告げた。




野宿。



なんとも言えずに間の抜けた返事しか出来なかったアキは現代っ子である。

産まれた頃から、文明の利器に囲まれて育った。

テントで寝たことがあるのは1度だけ。

アウトドアは、大変苦手な分野だ。

それが。



野宿?



呆然と立ち尽くすアキを放置して背を向け、黒い人は手早く準備を整えていく。

あちこちにまばらに生えていた枯れ木を集めると、懐から取り出した火打石らしきものを使って、火を熾す。

そして今度は腰に下げている袋から、なにやら葉っぱのようなものを取り出すと火にくべた。

余った薪は、近くに積み上げておくらしい。

それからアキのほうを振り返ると、小さく手招きをした。

アキは黒い人の側まで小走りで近寄ると、岩棚の側に大きな亀裂が走っていることに気づき、てっぺんまで見上げた。

それは大人1人が十分通れるような広さがあり、奥へ奥へと続いていた。

アキが近づいてきたことを確認すると、黒い人はその亀裂の中へ入っていく。

何処へ行くのかと疑問に思いながら着いて行くと、水の匂いを感じて、思わず歓喜の声をあげた。


「わぁっ」


ちょっと歩いた先には、綺麗な泉があった。

黒い人がいつの間にか手に持っていた筒に水を汲んでいるところを見ると、これは飲用していいものなのだろう。

しかし、ぱたぱたと泉に走り寄り、その淵へと膝をついて、鏡のように澄んだ水面を覗き込んだところで思わずびしりと固まる。



「・・・あ・・・あれっ・・・・」




えっと・・こちらを見返してくる女の子は、一体誰でしょうか。



透明な水面からこちらを見返す幼い瞳。

一瞬茫然とし、そのまま勢い良く手を水面へ突っ込む。

瞬く間にかき消された女の子は、水中に誰かが居て、アキの見つめているわけではないらしい。

水面が落ち着くまで待つと、その女の子はまた現れる。

今度は水へ手を入れることなく、眼前でひょいひょいと手を振ってみた。

ついでにぐい、と頬を抓って、痛い思いをする。

水面の女の子は痛そうに顔を歪めていた。


同じ行動をする・・・・つまりこれは、認めたくないけれども、私なんですね。



「っえーーーーーーーーーーー!!!」








今、気づきました。




どうやら、私・・・縮んでしまっているようです。

展開が果てしなくゆっくりな予感(今更)

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