閑話 その時の黒い人
ぐすぐす、と鼻を啜りながら、肩の上の少女はようやく泣き止みかけているようだった。
行くべき場所を指示され、出向いた先で見つけた1人の少女は、広大な草原の中でへたり込んでいた。
目の前まで行きつき何も言わずにいると、少女が足元へと視線を寄せてきたことを受け、したいようにさせてみることにした。
それからこちらを見定めるかのようにゆっくり頭をあげていくのを、尚も黙って見守っていると、何を思ったのか腹あたりまで行ったときに一旦視線が止まった。
ぴくりと小さく身体が揺れる様は、怯えた野生動物を思い起こさせる。
暫し逡巡の後、少女がぐっと首を起こしこちらの顔を見つめ瞠目し、今度こそ完全に固まった。
昔ならまだしも、成長してからは、対峙した相手にこんな反応を返されることが度々あった為、そのこと自体には何の感情も湧いてこない。
まぁそうなるだろうな、と内心でひとりごちながら、とりあえず少女が復活するのを待つ。
待ちながら、することもない為少女を観察することにした。
色素が薄いのか、綺麗な茶色の髪は背中の半ばあたりで風に遊ばれている。
さらさらと揺れる柔らかそうな髪質は思わず触りたくなってしまうものだったが、そんなことをすれば怯えられるのは明白だったため、ぐっと堪えた。
太陽の光をきらきらと反射しているためか、見ようによっては後光を背負っているようにも見え、少女がここに居る理由について、表情に出すことなく1人で納得する。
少し黄色がかっているが充分白い肌は肌理細やかで、これもまた触り心地が良さそうだった。
じっと目を見つめると、図らずも少女と目が合う形になった。
ぱっと見で黒いように見えた目はよくよく見ると焦げ茶色をしていて、それが少女に柔らかい印象を与えている。
大きい目は零れてしまうのではないかと思うほど開かれ、顔色は青白い。
形のよい唇は色を失い、今にも倒れてしまいそうだ。
それでも見つめ続けると、少女の瞳にじわりと薄い膜が張られた。
あ、と思う間もなく、見る見るうちに少女が涙目になった。
見下ろすから余計怖いのか、と少女の目線にまで下りるためにその場にしゃがみ込む。
そう早くはない動作で腰を下ろせば、一緒に少女の視線もくっついてきた、が。
「ひっ」
小さく悲鳴を上げられてしまった。
その声を聞いて無意識に、そして瞬間的に、眉間に皺が寄る。
それを見た少女は慌てて自身の口を自分の両手で塞ぎにかかった。
どうやら余計怖がらせてしまったらしいことに、今更気づく。
ふるふると震えだした少女を前に、尚も姿勢を低くしたが、それでも変わりはないようだった。
しばらく待ってはみたが、少女の様子が落ち着く気配がなさそうな為、次の行動に移ることにした。
「・・ひぃ・・・っうきゃーーーーーーーーーーーー!」
ぐっと少女に近づき、その体を持ち上げ、肩に担ぐ。
少女から悲鳴が迸ったのをなんとなく頭の片隅で聞きながら、来た道を引き返すためにくるりと体を回転させたが、それで余計に恐怖を煽ってしまったらしい。
「やーーーいやーーーーーーーふぎゃーーーーーーーーー!!」
猫の子のようにじたばたと暴れだす。
その抵抗は正直に言えばなんてこともなく。
しかしいくらこちらに落とすつもりはなくても、このままではなんとも心許ない。
おまけに耳の傍で叫ばれて、鼓膜が震えた。
「・・・煩い、それ以上暴れると落とす」
ぽつり、呟くように告げれば少女の体がびくりと震えたかと思うと、ぴたりと止まる。
瞬く間におとなしくなった少女に内心で驚いていると、そのまましくしくと泣き出してしまった。
・・・・・・泣かせたい、わけではなかったのだが。
そんなことを思いながらも、自分ではこれ以上何しても無理だろうと結論づける。
国へ帰れば、自分よりも彼女を宥めるに相応しい者が居るのだ。
ちらりと肩の上の少女に視線を向けると、今はとにかく早く帰ろうと足を踏み出した。