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ダンデライオンの花嫁  作者: 千鵺
こんにちは異世界
4/24

はじめましてとこんにちは

草を踏みしめながらアキの側までやってきたのは、大きくて真黒の人影だった。




目の前で立ち止まったその人の、得体の知れない感じが怖くて、座った体勢のまま固まり、眺めていた体勢から顔をあげることが出来ない。

どきどきとうるさくなり続ける心臓が煩わしい。

見下ろされているから余計に怖いのかもしれないが、このままで居ても埒が明かないと知っていた。

なので、アキはなけなしの勇気を振り絞ると、ゆっくりでいいからと自分に言い聞かせ、まずは視界に入ってきた足から徐々に上へと視線を移すことにした。


丈夫そうな大きな長靴に、がっしりした脚と硬そうな生地の黒いズボン。

足の太さはアキの両手でようやく一回り掴めるかというところ。

ゆっくりあげた視界に入った腰には、焦げ茶の細いベルトが幾重にも巻きつけてあり、小さな袋がいくつか提げられているところで一度目線が止まった。

頑張ったけれど、これ以上進むのが怖くて堪らない。

しかし、束の間の躊躇の後、アキは恐る恐る再び視線を移動させ、マントで隠し切れない上半身へと視点を移して行った。

ゆっくりゆっくり、目線を動かしているアキに、何故か黙って付き合っている目の前の黒い人。

その服の上からも分かるほどの腹筋の割れ具合に目を留め、アキは内心で悲鳴をあげた。

アキは今まで生きてきて、こんなにムキムキな体を持つひとには出会ったことがない。

ボディービルダーとまではいかない、けれどきれいに付いた筋肉から目が離せない。

がちむちだ。むっきむきだ。

こんなひとに殴られでもしたら、きっとアキは即死してしまう気がする。

体の造りから、男性なのだろうと思う。

これで女性だったら、失礼だが詐欺にも程がある。

重そうなマントが風に揺れる様を目の端に止めながら、しかしアキは目を逸らすことも出来ず、内心で酷く困惑していた。


どうして、怖いのに、目を逸らせないの。


怖いなら見なければいい。


そんなことは、わかっているはずなのに。


そんなことを思いながらも、アキはやがて覚悟を決めて、遂に顔を拝むことにした。

しかし、ぐ、っと首を仰け反らせなくては、彼の人の顔は見えなかった。

それほどまでに高身長なのだろうと思いながら、その顔を見て今度こそ完全に思考が止まる。


堅そうな黒い髪を短く刈り込み、さわさわと風に遊ばせている様は何処かこの草原にも似ている。

意思の強そうな眉に、切れ長の青い瞳は、さながら猛禽の目だ。

太陽を背にしているおかげで、顔に落ちた影がより恐怖を煽ってくる。

その眼力だけできっと子どもは一瞬で泣きだすだろうと、呆然とした頭の端で考えた。

薄い唇は真一文字に結ばれ、怜悧な印象を与える。

おかげで、暖かい草原にブリザードが襲っているような気分になった。


見てくれだけを言えば、きっと整っている。




でも、なんだろう。




人の顔見て、こんなに怖い思いするのは、初めてです。









ピキーンと固まったアキをじっと見下ろしてくる黒い人と、アキは図らずも見つめあう形で暫し止まった。

アキは何もいえなくなっているし、何故か黒い人は無言でアキを見下ろすだけである。

じわりと目の端に涙が溜まってしまっても、アキはきっとこれだけは誰にも責められないだろうと思った。

アキ本人にしても、不可抗力である。

だってこのひとこわい。

お互い微動だにせず暫しの時間が流れた後、漸く黒い人が動いた。


「・・ひっ」


す、とその身を屈め、アキの顔を覗きこむ。

不意の動きに、思わずアキの口から短い悲鳴が漏れてしまった。

その悲鳴を聞いてか、ぴくりと黒い人の眉間に皺が寄る。

それを見たアキは、続けざまに放ちそうになった悲鳴を、自身の手で塞ぐことによって飲み込んだ。

内心では悲鳴が迸っているけれど、外に出す前に塞ぐことができた。

しかし、涙目だけは容易く直ってはくれない。

これは無理だと早々に諦めることにした。


ふるふると小刻みに震えだしたアキをじっと見つめ、黒い人が更に体勢を低くした。





…低くしたって、怖いものは怖いのだ。



むしろ顔が近くなって余計怖い。察してください。



ていうかなんかもう気絶したい。




アキの脳内をぐるぐると、相手に聞こえていたら大分失礼な言葉が巡る。

完全にパニックに陥っている為、アキにも何が何だかわかっていない。

しかしそれを口にしないだけの理性は未だあるようで、それが言葉として口から零れることはなかった。


それから、お互いに一言も発しないことに嫌気が刺したのか、動いたのは黒い人のほうだった。

ちなみにこの時もアキは指一本すら動かせなかった。


「…ひっ……っうきゃーーーーーー!」


次の瞬間には、アキの悲鳴が草原へ響き渡った。

黒い人が軽々とアキを抱き上げ、俵のように肩に担いだのだ。

突然の浮遊感と現状を理解したくない脳内は、先ほどよりももっとパニックに陥った。

何も考えられず、ひたすらじたばたと暴れた。


「やーーーいやーーーーーーふぎゃーーーー!!!」


「…煩い、それ以上暴れると落とす」


錯乱して奇声を上げ続けるアキに、ようやくぽつりと黒い人が言葉を投げつける。

それはあんまりじゃないか、なんて正気なときなら思っただろうが、今のアキにそんな余裕はない。

しかしその声にびくりと体を震わすと、瞬く間に大人しくなった。

そうしてそのまましくしくと泣き出す。


黒い人はちらりとアキを見たが、やがて黙って歩き出した。






この出会いは、色んな意味で忘れられない思い出となった。

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