仲直りして、ようやく
「・・・さて、落ち着きましたか?」
「あい・・ごべんなざい」
ぐじゅぐじゅと鼻を啜りながら、しょんぼり頭を垂れた。
全くもって申し訳ありません。
「いえ、構いませんよ。
わざわざこんな所まで来て下さってありがとうございます。
それで、どうしたのですか?」
にっこり笑いながらそう問うてくるファリースが、何故かこちらを拒絶しているように感じて、思わずうるりと涙が滲む。
それを見たファリースが若干顔を強張らせたのを見て、ぐっと唇を噛んだ。
情けなくてたまらない。
勿論、自分に対してだ。
・・あ、ちなみに席はやっぱりと言うかアーノルドの膝の上です。
これデフォルトにされると困ると思うんだがどうか。
あと涙拭いてくれるのは有り難いけど袖口の布が堅くてちょっと痛いです。
「泣かないでください・・・」
心底困った様に、ファリースが項垂れる。
声にも張りがない辺り、疲れているようだ。
「ご、ごべんなざい・・・でもあの、ち、ちがむぐぅ」
「はい?」
「んぶぶ・・あり、ありがとう、ございます、アーノルド・・。
あのわたし、ファリースに謝りたくて、来たんです。
困らせたいわけじゃなかうぶぶ」
「アキ、鼻をかめ」
「うー」
「・・あの、アーノルド、ちょっと手を出さないで頂けますか」
こちらが必死で言葉を続けようとしているのに、背後のアーノルドが涙を拭ったり鼻をかませてくれたりするおかげで、なかなか進まない。
思わずファリースも止めに入る程、見るに見かねる状況だったらしい。
ものすごい微妙そうな顔をしてこちらを見ている。
ていうかアーノルドがナチュラルに世話をしてくれるおかげで、うっかり為すがままになっていた。
しかし乙女としては父親でもない男性に鼻水の処理までされるとは如何なものだろうか。
素直に従ってちゃいかんだろう自分よ。
「すみません、ありがとうございます・・・。
・・えと、さっきは話をちゃんと聞かないで我儘言っちゃいました。
ファリースの立場なら、そう気軽に呼べるわけじゃないのも、考えればわかったのに。
早朝から叩き起こされて眠くて、完全に八つ当たりでした」
だから、ごめんなさい。
ファリースの真正面に向き直って、ぺこり、と頭を下げる。
お許しの言葉が出るまでそのままの体勢でいると、ぽん、と頭の上に手が置かれた。
ちらりと見上げれば、それはアーノルドの手で、そのままなでなでされる。
・・・和む、和むが、それを今やっちゃうのはどうなの。
アーノルドはKY(空気読めない)とAKY(あえて空気を読まない)のどっちなの。
真剣な空気が一気に弛緩しましたよ。
しかしここは無理やり戻す!
「未だに、腹が立つものは立つし、王様や神様にお会いしたらどうなるかわかりません。
だからと言って、それを全てあなたに押し付けるつもりもないんです。
だってそんなの重すぎるでしょう」
「・・いえ、あなたには、泣いて怒る、正当な権利があります。
謝る必要はないのですよ。
元はと言えば全て私に責が、そういう立場に在るのですから。」
「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。
わたしには難しいことはわからないけれど、でもさっきのは明らかにわたしが悪いんです。
だって謝りに来てくれたのに、それを話も聞かずに追い返したわけですから。
昨日のことも、呼び方も、一度謝って下さったから、わたしはそれでもう良かったんです」
「アキ様・・・」
あ、戻った。
その速い反応に、笑いがこみ上げる。
ふと悪戯心が疼いて、ファリースの顔を覗き込みながら、願望を口にしてみた。
「本当は、アーノルドみたいに呼び捨ててくれると尚嬉しいんですけど?」
「いえ、申し訳ありませんが、無理です」
にっこり笑顔で、どきっぱり断られました。
うむ、しかしそれでこそファリースだ。
でも無理っていうな寂しいじゃないかこんちくしょう。
「うん、じゃあいいです」
「・・やけにあっさり引き下がるな」
背後から、ファリースじゃなくてアーノルドから突っ込みを頂いた。
おっと珍しい。
そんなに違和感ありましたか。
てかなんか暗にわたしが頑固でわがままて言ってるかもしかして。
「いいんです、本当は無理させてまで我儘を押し通したいわけではないので」
うん、これで本当にすっきりした。
胸の閊えがなくなって、おかげでじわじわ顔が崩れていくが、それも仕方ないと思う。
終わりは微妙だが、実際仲直りにはなっただろうから。
誰かと不和なままで居るなんて耐えられない性分なのだ。
やっと人心地つけるような気がした。
そうして一区切り出来たところで、今は昼に近いことに気付いてしまった。
「お腹が空きました・・」
くきゅ~と情けない腹の鳴き声が辺りに響いた。
実はここに来てから、泣いたり寝たりしてたおかげで一食しか食べてない。
寝てる間はそう問題もなかったが、如何せん子どもの体は燃費が悪かったりする。
今まで勢いでなんとかなってはいたが、ここですっかり力が抜けてしまった。
アキの身体は、空腹になると完全に力が入らなくなるがそれは小さくなっても変わらないようだった。
ファリースが苦笑して、アーノルドに凭れるアキの頭を緩やかに撫でて言った。
「では、少し早いですが、食事に致しましょうか」
その言葉に押されてか、余計空腹感が募ったのには心底参ったアキだった。