青いめ
シーツの海から頑として出てこなくなってしまったアキに、どうすることも出来ず、ファリースはまたすごすごと退出していったようだった。
本当は、昨日のことも、起こされたことに対しても、もう怒ってはいないのに。
そう、これはただのやつあたりが正解で。
誠心誠意、ファリースが申し訳ないと思って、謝りに来てくれたことはわかっていた。
けれど、それを素直に受け入れることが、今のアキにはどうしても出来なかった。
「・・・アキ、」
ぽん、と頭の上に温かな重みが加わると同時に、ぽつりと落される声。
ファリースが出て行った後も、アーノルドはやはり部屋に残っていたようで。
静かにベッドへと歩みよるとアキの頭があるだろうと思わしき所へ手を置いた。
名を呼びはしても、それ以上のことは何も言わないので、アキも歯を食いしばったまま無言を貫く。
申し訳なくて、悲しくて、吐き気がするほど自分が嫌いになった。
「・・・・・」
「・・ふ、ぇ」
優しく撫で摩る温もりに引き摺られるかのように、泣き声が口から零れていく。
泣きたくない、こんなことでアキが泣くのは間違っているとわかっていて。
「・・・やだぁ~・・うええぇ」
ぐずぐずと鼻を啜りながら、か細い声で呻く。
こんな自分が、信じられない。
昨日あれだけ泣いて、あれだけ怒鳴って、すっきりしたはずなのに。
どうしてこんなに弱いのだろう。
どうしてこんなに面倒臭いんだろう。
どうしてこんなに汚いんだろう。
どうしてこんな、
ぱさり、
「・・アキ」
身体全体を覆っていたシーツが取り払われ、次の瞬間には引き起こされていた。
両脇の下に手を入れられた形で、膝から下はまだベッドにくっついている。
アーノルドと顔を合わせたくなくて、合わせられなくて、ひたすら下を向いて泣き続ける。
こんな顔、見せられない。
「アキ、上を向け」
「・・・や~」
弱弱しく頭を振りながら、震える声で、尚も拒否をした。
呼ばないで。呼ばないで。
お願いだから、触らないで。
・・・優しくしないで。
これ以上、頼ってしまいたくなる前に、その手を放して欲しい――――――――。
「アキ」
「っ!」
ぐいっ
突然の浮遊感と身体を拘束される圧迫感を感じたと思った次の瞬間には、顎を掴まれて上を向かされた。
身体も、いつの間にかベッドに腰かけていたアーノルドの膝の上。
片腕で腰を拘束され、もう片方で顎を掴まれていた。
強制的に絡ませられた視線が、どうしてか、放したくても放せない。
「・・・あー、のる、ど・・」
舌ったらずな呼び声に欠片も反応をくれず、ただ真っ直ぐ、射抜くように見詰められた。
頬を温かい涙が伝ってゆく感覚が、何故か今は遠い。
どうして、どうして、どうして、
困惑する頭はしっかり動いてくれず、ただ疑問だけが巡り続けている。
アキは今まで、目を見れば大体相手の気持ちがわかると思っていた。
なのに。
今、アーノルドの気持ちが、さっぱりわからない。
どうして、そんなに苦しそうなの。
どうして、あなたが
「アーノルド・・泣きそう?」
「・・いや、」
え、もしや、もらい泣き?
何処からか突発的に出てきてしまった発想に不意を突かれ、涙が止まる。
ようじょに だいのおとなが もらいなき。
「ふふっ」
一瞬きょとん、とした後、思わず笑ってしまった。
おまけに、アーノルドの泣き顔まで想像して、無駄にダメージを食らう。
まだ彼は泣いていないというのにも関わらず。
しかし、やっぱりどうしても、アーノルドに泣き顔は似合わないのだ。
「・・・どうした」
さっきまで泣いていて、いきなり笑いだしたアキを前に、アーノルドが静かに問う。
その眼はもう、いつものアーノルドだ。
たったそれだけのことに、何故か酷くほっとした。
「んーん、なんでも」
くつくつと笑いを押し殺しつつ答えるも、込み上げる笑いが地味に腹筋を攻撃する。
重力に引かれるように、アーノルドの肩へ額を押し付けた。
何を言うでもなく、それを黙って受け入れてくれることに、胸が温まるような心地になる。
さらりと頭を撫でてくれる手も。
重さなど関係ないというように抱き上げる腕も。
アーノルドの側が、心地好い。
・・・あぁ、そうか。
不意に、合点が行く。
笑いを納めて、真っ直ぐにアーノルドの目を見つめた。
涼やかな、透き通る湖の様な青い瞳。
この目を見ていると、何故か不安定だった心が落ち着いて行くのを実感して。
「・・・アーノルド、ファリースのお部屋はどこですか?」
「・・・・・・・・行きたいのか」
「というか、お部屋に戻られてるんじゃないかなと思って」
「多分、今は神殿のほうだろう。お前の体調が許すなら、連れて行く」
「ありがとうございます、お願いします」
抱き上げてくる腕に抵抗することなく身を任せ、見つめてくる目を見て微笑んだ。
この人の側なら、きっと大丈夫だと思う自分は、きっと依存傾向にあるのだと思う。
未だ不安定で、自分に対しての不信感は拭えないけれど。
例えどうなったとしても、この腕が拾い上げてくれるような気がするから。
「アーノルド、お昼は3人でご飯が食べたいです」
にっこり笑って、おねだりをした。
人間側が誰も知らない事実その②
花嫁が一番最初に出会った異性に、刷り込みのような現象が起こる。
その後、その人間は花嫁の精神安定剤としての役割を併せ持つ。