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ダンデライオンの花嫁  作者: 千鵺
こんにちは異世界
19/24

悲嘆とあんしん

ぱちり、目が覚めて、違和感を感じた。




「・・・・・アーノルド?」


前回同様端正なお顔が眼前にあるのは、まぁ初めてではないので置いておく。

違和感の正体は、きゅっと握られた、左手。


胸の内から湧き上がる、どうして、という思いと、瞬く間に満たされる心に、戸惑いが隠せない。


過保護なのは、きっと最初から。

無愛想だし、喋らないし、扱いが大雑把なおかげで一番最初は怯えたけれど。

抱き上げられるのも頭を撫でられるのも、既に慣れてしまった。

こどもの姿なのだ、扱いが幼い子に対するものなのは仕方がないし。

本当は、慣れてはいけないと、内心思ってはいた。

慣れてしまえば、それがなくなったときが恐ろしくなるのは目に見えていたから。

そう、思っていたのに。


「・・・・・」


すり、と繋がれている手に頬を寄せる。

無意識下で自分とは違う大きな手に擦り寄りながら、身を包む安心感に、目を閉じた。


安心、する。


今、たった一人で目覚めなくて、良かったと思った。

初めてアーノルドの過保護っぷりに感謝をして、そう考えた自分に苦笑する。



世界を勝手に超えさせられたことは、今もとても腹立たしい。


元の世界に戻れないと言われたことが、何より悲しくて仕方ない。


未来の夫まで決められてしまったことに、ひどく虚しさを感じる。


愛する人たちに会えないことが、苦しくてたまらない。


それでも。



「・・・目が覚めたか」


すぐ傍で聞こえた声に、閉じていた眼を開き、視線だけをそちらへ向ける。

こちらを見つめてくる静かな湖面のような青い眼と視線が絡まった。

無表情な、綺麗な顔。

けれど今では、その声音に、その眼に、こちらを気遣う心があることを知っている。


「アーノルド」


「なんだ」


小さく、名を呼んだ。

繋がれた手をそのままに、もう片方の手で頭を撫でつつ、アーノルドが返事をする。

その手の温もりを甘受しながら、尚もすりすりと繋ぐ手に頬を擦りつけた。


「・・・アーノルド」


「あぁ」


意味もなく、名を呼ぶことを繰り返す。

不思議と凪いだ心からは、ただ恋しさだけが沸くようだった。

何を言うでもなく、責めるでもなく、応えてくれる声とこの手があることが、有り難かった。


「今、一緒にいてくれて、ありがとう」


傍にいてくれて、ありがとう。


きゅ、と握る手に力が込められたのがわかった。

本来ならば、現状に憤って然るべきだと思うのだ。

アーノルドは所詮この世界の人間で、極端に言ってしまえばアキの敵ともいうべき人間だ。

信頼すべきではない、そう考える自分がいる。

なのに、心から湧き上がる、この思いはなんなのだろう。


どうしてこんなに嬉しいの?


じわり、視界が滲んで、アーノルドがぼやけて見えなくなった。

ぽろぽろと眼の端から零れてゆく涙をそのままに、ただ呟くように繰り返した。


ありがとう、ありがとう、ありがとう。


「・・・・・・泣くな、」


そっと涙を拭う無骨な、けれど優しい手に、思わず目を瞑った。

押し出された涙が、またころりとシーツに落ちた。


頭の片隅で、傷ついたところに優しくされて、絆されただけなのかもしれないと思った。

優しくされて然るべきなのだ、こちらは被害者なのだから。

そう思うことは簡単だ。

優しくされて泣く必要がどこにあるのかと。

なのにアキは、涙を止められなかった。


悲しくて悔しくて寂しくて腹立たしくて、たまらなく苦しい。


けれど。


愛おしくて恋しくて、泣きたいくらい、嬉しい。



「アキ、泣くな」


不器用な手が頬を拭う。

不意に繋がれていた手を放されて、その喪失感に胸を突かれ、思わず動揺した。

けれどもすぐに両頬が温もりで覆われ、アーノルドの両手に包み込まれたことを知る。

親指の腹で涙を拭いながらのアーノルドの声が、何故か泣きそうに頼りなく聞こえた。

瞑っていた目を開けて、アーノルドの顔を見つめる。

きゅ、と眉根が寄せられた様は、きっと常なら怒っているように見えるのだろう。

端正な顔なのに、その厳つさからアーノルドは周りに誤解されがちなのだろうということが目に浮かぶ。


「泣くな」


アキがじっと見つめるその先で、青い湖面は悲しげに揺れていた。

零れる涙は、もはやアキから離れて止められようもない。

そのことを申し訳なく思いながらも、アキは両手を伸ばしてアーノルドの頬に触れた。


泣くな、と幼子にいうのは、とても酷なことなのだ。


なのに言った本人のほうがひどく傷ついた目をするから。


「泣いてません」


「・・・泣くな、」


「泣いてないです。

 泣いてないんですよ、アーノルド」


目から流れてゆくものは、この際無視することにした。

彼が悲しむからと、思わず相手を慰めたくなってしまう己の愚かさを内心で嗤う。

でも、この後はきっと大丈夫だと思う自分がいることも、また事実だった。


この人は、何があろうと傍にいてくれる気がするから。


確かにこの心を守ってくれようとしているのがわかるから。



「わたしは泣いてません。大丈夫ですよ、アーノルド」



零れる滴を無視して、アキは朗らかに笑った。

人間側が誰も知らない事実その①


花嫁は、こちらの世界の人間を恨むことや憎むことは出来ない。

ただし怒りはそれに付随しない。

これは神の加護の1つ。

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