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ダンデライオンの花嫁  作者: 千鵺
こんにちは異世界
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閑話 その時の黒い人3

ベッドの中で小さく丸まって眠るアキを眺めながら、先程までの騒動を思い出し、嘆息する。

今は泣き疲れて眠ってしまったこの小さな少女は、つい数分前まで大爆発を起こしていたのだ。


人選を、誤ったのだろうか・・・。


さらりと零れる柔らかな頭髪を撫でながら、そんなことを思う。

突然こちらの世界に放り込まれた少女。

彼女のこれからを思えば、事情に詳しく社交性も高いファリースに任せるのが一番だと思っていた。

むしろ神の代理人とも言われる神官長としては、これほど適任な者も居ないはずだった。

それが。


『ふざけんな!少しは申し訳なさそうにしろっつーのよ!!ファリースのばか!!』


激昂して、泣き叫ぶ少女はしばらく癇癪を起したまま、治まらなかった。

ファリースがそれを見ると、こちらへ目線だけ寄こし黙って退室してしまったのは、まぁ仕方ないとしよう。

怒らせた元凶をそのままそこに居させても、どうしようもないだけだ。

謝罪をするにしろ、今はその時ではない。


・・・それにしても、頭が痛い。


ファリースは、アキをわざと煽り、怒らせたのだ。

あえて怒らせるような態度と言葉を選んでいたのは途中から気が付いていた。

どれだけ真摯に説明しようと、結局花嫁たちが理不尽な理由で喚ばれたことには変わりがない。

心優しいものであれば、こちらが必死になればなるほど、怒りと共に罪悪感を覚えるだろう。

こちらが『いい人』であろうとすれば、それが花嫁を追い詰めることもあるのだ。

実際、そうしたことで潰れかけた花嫁も居ると聞く。

その時は周りがどうにか浮上させたらしいが、そういったことがあったのは今は伏せられている。

ファリースは神官長として、闇に葬られていった事実を知識として受け継いでいる。

ましてアキは、今までの花嫁達が十代後半から二十代だったのに対し、歴代最年少とも言うべき幼い少女だ。

余計に、そうなる事態を避けたかったのだろう。

きっと俺以外はほとんど知らないが、ファリースは、実はこどもが好きなのだ。


「・・・まったく、不器用な」


普段社交的で口が上手いとされる幼馴染の、己に劣らぬ不器用さに、溜息が零れる。

自分が嫌われても、ファリースはアキの負担を軽くしたかったのだろう。

それが分かっているのに、自分が彼らの間を取り持つのは難しいことを知っていた。

気も利かず、口下手な己が、なんと口惜しいことか。

ころりと寝がえりを打つアキを見下ろしながら、ぽつり、呟く。


「この国を、恨むか」


触れればさらりと逃げる細い髪を一房持ち上げて、唇につける。

眠っている今しか言えない言葉。

彼女にとっては、きっと投げつけるだけで、凶器に成り得る。

それでも、思わずにはいられない。


「アキ、お前は俺たちを見捨てるか」


当人にしてみたら、酷いとしか言いようのない言葉だと知りながら。

零れる言の葉を止められなかった。

本当のことを知れば、お前は俺達を見限るだろうか。


花嫁は、その意味とはまた別に、救国の役割を担うことがある。


始まりは、本当にただ巻き込まれただけの人間が、居場所を得る為だけだったこの婚儀。

いつしか国が揺れ、倒れそうになると、異世界の人間が現れるようになった。

花嫁は、その存在自体が生ける伝説であり、民の救いと成り得るのだという。

本来は何の力も持たない花嫁達故に、結局それは思い込みでしかないのが現実だ。

それでも、花嫁が現れたというだけで、民意は上がる。

荒れた情勢も、やがては好転していく。

精神面で、民は花嫁に勝手に救われ、国を建て直すことが出来た。


王家は、それを利用しながら、今までを繋いできた。



花嫁達の中には、指導者として頭角を現し、実際に救世主として国を率いた者も居る。

武力面では力ならずとも、真実精神的な救世主として、表舞台で起った者も居る。

だが、そんなことが出来るのは、ほんの僅かな一部だけだ。



「・・・お前は、どうする」


するりするりと、艶やかな髪を弄びながら、呟くように問う。

こんな幼い少女に問うたところで、どうもなりはしない。

それを知りながら、問わずにはいられない己が居ることを知る。


俺は、王に忠誠を誓っている。


それでも、この少女が悲しむことのないよう、願わずにはいられない。



「アキ、お前はお前の望むまま、生きていけばいい」


誰にも支配されず。


誰にも束縛されず。


誰にも屈服することなく。


思うがままに、生きていけ。



涙の乾いた跡が残る、肌理の細かい柔らかな頬を、親指の腹で撫でた。

長いまつげの乾ききらない雫が光を反射している。

象牙色の肌は薄紅色を仄かに残すばかりで、そのあどけなさに知らず目元が緩む。

頬を撫でるこちらの手に、猫のように擦り寄ってくる様をいじらしく思う。

さらりと長い髪が揺れた。

色素の薄い髪は、こちらへ来たときよりも色が落ちてきているように見えた。


「・・時間が、ないな」


変化は既に始まっている。

アキに抗う猶予は、残されてはいないのだ。


いずれその頂に金の光を宿すであろう異世界の少女を見つめながら、アーノルドは静かに息を吐いた。

あれ・・どうしたんだアーノルド。

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