神様とはらぐろ
戻ってきたアーノルドとファリースとアキの話し合いの場は、結論から言えば、ほとんど進まなかった。
その原因は八割アキで、残り二割はファリースのせいだと思う。
「――――――――で、もう一回お聞きしてもいいですか?」
「えぇ、何度でもどうぞ」
「わたしが王様の花嫁?」
「はい、と言っても、別に相手が王でなくとも良いのですよ」
「それをやめることは出来なくて?」
「いえ、一応意思決定は花嫁の自由ですよ、相手選別に対してだけですが」
「元の世界には戻してもらえない?」
「まぁそこは我らには如何ともし難いのが現状でして」
「・・・・・・・ちょ、も、もいっかい・・ちょっとほんと嘘はなしでお願いしたいのですがっ」
「嘘など申しておりませんが、アキ様にご満足頂けるまでお付き合い致しますよ?」
ご存分にどうぞ?
にっこり。
「・・う、うわああんっ何度聞いたところで満足するわけないでしょうがあああぁ!!」
ばっかやろーーーーーーーー!!
延々と繰り返された何十回めの問答は、遂にアキの堪忍袋の緒がぶち切れたことによって終わりを告げた。
ファリースに向かって半泣きになりながら暴言を吐き、足が満足に床に触れない椅子から飛び降りる。
そのまま扉に向かって走り出そうとしたところで、横から腹を掬うように持ち上げられた。
「ファリース、あまり苛めるな」
「人聞きの悪いことを言わないでください、アーノルド」
えぐえぐと泣くアキを腕に抱え上げながら、アーノルドがファリースを窘める。
にっこり笑顔を崩さずそれに返答したファリースには外道の称号を与えたい。
思わずひしっとアーノルドの胸板にしがみ付いたアキは、そのまま顔を押し付けた。
何度も何度も繰り返し教えてもらっても、納得出来るわけがない。
誰が花嫁で、ここがどこだっていうんだ。
そんなアホな話、認められるはずがないし認めない!
苦笑したファリースが、ふるふると頭を振って拒否を示し続けるアキを見ながら、穏やかに語りだす。
「ここは王国エディナール、神が最初に作った人間が建国しました。
国は他にもいくつかありますが、その全てが信仰しているのは唯一神アリアロスです。
彼はこの世界を創造した原初の神であり、万物の父です。
世界を創り、植物や動物を造り、最後に人を作りました。
彼は己の手掛けたものを遍く慈しみましたが、特に人に対しては、その愛故にちょっと暴走するところがあるといいますか」
「・・へ?」
「溺愛するというか偏愛するというか」
「え?」
「・・まぁなんというか、人が大好きな神なんです」
「・・・・はぁ」
話を聞きながら、内心では、だからなんなのとしか思えない。
なんか一瞬不穏な言葉が聞こえたような気もしたが、結局人が好きな神様なら別に良いのではないのか。
被造物を慈しむ創造神、ないことはない。
そもそも、嫌われるよりよっぽどましだろう。きっと。たぶん。
頭をアーノルドに凭れさせたまま、気のない返事しかしないアキに、ファリースが苦笑を濃くする。
「それだけならまだしも、悪いことに、その愛の方向がこちらの世界だけに留まらないのですよね」
「あ、なんか聞きたくない」
これ以上聞いたらなんかやばい気がする!
直感から、アキはさっと両耳を塞ぎ、顔面をアーノルドの胸板へ押し付けた。
いつの間にか乗せられていた膝の上にちんまりと縮こまって、ふるふると震える。
聞きたくない聞きたくないと小さな声で呟く様は、まるで生まれたての子羊の様で。
「はい、残念ですが、聞いてください」
「やだやだやだああぁ!!!」
まじむりほんと怖い手ぇ放してーーーーー!
容赦なくも実力行使に出たファリースが、ぐいー、とアキの手を掴み、耳から引き剥がす。
嫌がっている幼子に無体な真似はやめなさいよこの鬼畜神官がぁ!
にこやかに笑ったままなのに、その笑みがひたすら恐ろしい。
必死で塞ごうと抵抗するアキの努力も虚しく、ファリースは問答無用で言葉を紡いだ。
「通常、神はこちらの世界に留まっているわけではなく、気ままにふらふらしているらしいのですが。
問題は、他の世界を覗いたときに自分好みの人間が居ると、勝手に連れて帰ってしまうのですよ。
連れ去られた人間は、こちらの世界で居場所を与えられ、以後元の世界に戻ることは叶いません。
連れてこられた人間を元の世界へ返還して差し上げる力を持つ人は今も昔も居りませんし、例え出来たとしても神が許さないでしょうね。
困ったことに、慈愛神としての面もありますが、気に入ったものに対しては執着心も激しくて。
そう、万に一つ、神が滅びることのない限り・・・つまり、死ぬまで戻ることは叶いませんねぇ」
「いやああああああぁ!!」
それ誘拐して拉致監禁ってことなんじゃないでしょうか!犯罪!
つーかなんかいきなりホラーになった!
遂に恐慌状態に陥ったアキが泣き叫ぶと、アーノルドが苦しくない程度に抱き締めてきた。
青ざめてガタガタと震えるアキを腕の中で宥めつつ、呆れたようにファリースを睨む。
「・・・やりすぎだ」
「おや、そうですか?
しかし現実は厳しいものですから。
嫌でも知っていて頂かねばならないことですし。
まぁ嗜虐心を刺激されるということは否定致しませんが」
「鬼畜ドSは滅びろばかーーー!!」
一見柔和なにっこり笑顔がデフォルトなのに、鬼畜発言を繰り出すファリースは、この日よりアキの天敵となった。
アキの幼児退行ぶりが激しい。
しかしギャグを目指したわけではなかったのにどうしてこうなった。