あいはんする心と頭
宗教批判がしたいわけではないこと、ご了承くださいませ。
理解出来ないってことが、こんなにも辛いものだったのか、と涙が出そうになった。
「待って下さい、ちょっと待って・・・神様って何ですか。選ばれたってどういうこと・・」
非現実的すぎて理解できない。
内心の興奮を必死で押し殺し、なんとか自分を保つことに成功する。
アーノルドに抱きあげられたままの体勢で、片手で顔を覆いながら問うた。
頭が重くなって、横になりたいという気持ちに潰されそうになる。
せっかく頭痛が治まったというのにぶり返させないでほしいと頭の片隅で嘆息した。
「・・・国王家に異世界人の血を入れる為、定期的に繰り返される儀式がある。
選ばれた人間は国内の何処かに現れるが、その場所は神から王へ伝えられる。
神の選定により託宣が行われ、俺は王の命に従い、お前を迎えに来た」
・・・・・あ、今までで一番長いセリフ。
あんまりな事情に、聞きながらくだらないことを考える。
アーノルドの言葉がひとつも理解できなくて、現実逃避をした。
王様とか神様とか本当に信じられない。
王制国家があるということは理解しても。
百歩譲って、ここが異世界であるということを認めても。
神様が実際に存在して、人の世に介入してるだなんて、信じたくない。
おまけにそのせいでこんな目に遭っているなど、容易に許容は出来なかった。
「・・託宣って、実際王様が神様に会って教えてもらうんですか」
「それは歴代の王のみにしかわからないことだ」
「神様って本当にいるんですか。
正直、居るって言われても、わたしには信じられません」
「・・・お前の世界ではいなかったのか」
「そういう概念とかはあるんじゃないですかね。
興味がないので詳しくはわかりませんけど。
宗教だって腐るほどありますし、それが国政にがっつり絡んでる所もありますし。
縛りのきつい所だと国教以外は選択できませんけどね。
わたしの国はその辺緩くて、他の国の宗教を取り入れてごちゃまぜにしちゃったりとか。
神道や仏教、キリスト教、イスラム教ヒンドゥー教・・新興も宗派も挙げれば切りがありません。
今では宗教の自由を認められた国も多く、無宗教の人間もたくさん居たはずです」
・・わたしだって無神論者とまでは行きませんけど、でも信じ難いのは確かですね。
現実逃避から戻って来れず、遠くの景色を眺めながら答えた。
年始には神社へ行くし、墓参りで寺にも行くし、誰かの結婚式がチャペルなら協会にも行く。
仏教の檀家で産まれながら、通った幼稚園はカトリックだった。
だからと言って、どれがどうとかはアキにとっては然程意味を成していない。
そういうものだからそうした、理由はただそれだけだ。
もし、本当に神様が居るというのなら、別に居ても良いとは思う。
小さな奇跡が起きたという話は結構好きだし、誰か見てるのかななんて考えると少し楽しい。
しかし、こんな風に人の世に手を加えていると聞くのは、正直受け入れ難かった。
つい、何様だと思ってしまうのだ。
相手が神様だと、わかってはいても、なんとなく反発心が起こる。
もともと、人の世は人で作っていくものだという考えが、アキの根底にあるからだ。
「お前の世界では、神というものは精神論でしかないということか」
「んー・・まぁわたしがあまりそういったことに興味がないだけで。
そういう不可思議なものが居てもいいとは思いますけど。
身近でなかったことは、確かですね」
目に見えず実感も出来ないものを容易に信じろと言われても、難しいでしょう。
「・・・ふむ」
アーノルドはアキの言葉に暫し黙考する。
考えがまとまったのか一つ頷くと、そのまますたすたと歩き始め、慌ててアキが抗議した。
「ちょっ、人の話聞いてましたか!」
「聞いた」
「だから!行かないったら!そんな得体の知れないもんに誰が従うのっ」
あんたの国には行かないってばーーーーーーー!!
叫びながら、べしべしとアーノルドの肩を叩く。
しかし、屈強の体を持つ大の男に、小さな身であるアキの攻撃が効くはずもなく。
ただ徒にアキの手を痛めるに留まった。
悔しさと戸惑いから、頬が朱に染まる。
「俺ではお前を納得させることが出来ない。
国にはそれに適任のやつが居るから、会わせよう」
「いいよ会わせなくて!
お家帰してぇえぇえええ!!」
「ここでお前を放置しても、野垂れ死ぬのが落ちだろう」
そう言われてはぐうの音も出ない。
1人でサバイバルする知識もスキルもないし、そんな気力もない。
神だかなんだかわからないものに縋る気はないが、それに逆らって死ねと言われても困る。
自尊心も生きたいと思う心には負けるのだ。
「・・・・うぅ~!」
アーノルドの肩に頭をつけ、力なく唸る。
背に腹は代えられない。
しかし、これは行ってもいいものか。
簡単に行ってしまって、その後どうにもならなくなったらどうしよう。
問答無用で花嫁として王様に献上されてしまえば、無力なアキは逆らうことすら出来なくなる。
「・・・・そんなに嫌か?」
「嫌でしょうよ!」
不思議そうなアーノルドの疑問に間髪いれず叫び返す。
花嫁なんかなりたくない。
誰が顔も知らない人に嫁げるのか。
いくら相手が王様であっても、豪華な生活にそこまで興味はないアキにとっては何の旨味もない。
むしろ王制と言って思いつくものが一夫多妻制であろうことを思えば、妃同士の確執等が想像出来、果てしなく面倒だった。
好きでもない人に嫁げと言われて、金だけを目的に頷ける程、荒んでもいないつもりだ。
思わず駄々っ子のように喚いてしまうのも無理はないと思いたい。
「やだやだやだっ花嫁なんてやだぁぁあああ!」
「王族に嫁ぐのは名誉なことだろう。
ある程度は贅沢も出来るのではないか?」
「そんなくっだらない理由で簡単に嫁げる程性格破綻してないわ!」
「王は人格者だ。悪いようにはしないだろう」
「そんなもん慰めになるかぁあああああああああ」
わたしはわたしの身の丈に合ったもんがいいんだよーーーー!
ついにうわぁああんと泣き出してしまったアキの頭を、アーノルドがよしよしと撫でる。
その青い眼に顔を真っ赤にしながら泣き喚くアキを映しつつも、彼の足は淀みなく国元へと進んでいた。
アキの抵抗などなんのそのだ。
アキは、泣き喚く頭の冷静な部分で、アーノルドに身を任せるしかない自身の現状を理解していた。
こうなってしまっては、なるようにしかならない。
現状を覆せるような力もない。
まずは、王とやらに会ってみればいい。
考えるのはそれからだ。
頭の中では、そう冷静に考えられる自分が居るのに。
どうしても現実を認めたくない幼い自分が居ることも、アキは知っていた。
そしてそれらの自分を、今はどうすることも出来ないアキ本人も、また。
その後、またもや泣き止むきっかけを見つけられなかったアキは、力尽きるまで泣き続けると、不本意ながらもアーノルドの腕の中で眠りに落ちたのだった。