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『規格外の魔女ですが、好きな子に星空を見せたいだけなんです』  作者: カニかま太郎
第2章後編:硝子の学園と、終わらない夜編

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第27話:宣戦布告と、嵐の胎動

 自動監査プログラム『アポリア』の崩壊という前代未聞の事態から数日。


 藤ケ丘女子学園の旧校舎から脱出した私たちは、宝生紫苑が極秘裏に用意した都郊外の古い安全区画《セーフハウス》へと身を寄せていた。

 深い森の奥にひっそりと佇むその洋館は、五家の古い結界術式によって外界から完全に隠蔽されている。外の喧騒や、最高評議会が張り巡らせたであろう捜索網の気配は一切届かない。

けれど、その圧倒的な静寂がかえって、これから訪れる嵐の凄まじさを予感させていた。


 リビングルームのソファに腰掛けた私は、両手で包み込んだカップから立ち上るハーブティーの湯気を、ぼんやりと見つめていた。胸の奥で眠る『流星の魔女』の重力は、あの監査室での衝突以降、結衣の新しい生活魔法によって完全に調律され、かつてないほど穏やかに凪いでいる。


「……少しは、落ち着いた?」


 そう言って隣に腰を下ろしたのは、結衣だった。

 彼女の首元には、いつもと同じ温かなグレーのマフラーがしっかりと巻かれている。あの激しい監査室の攻防で少し傷ついたはずのその編み目を、結衣は愛おしそうに指先でそっと整えていた。


「うん。結衣のおかげで、嘘みたいに心が軽いよ」


 私が微笑むと、結衣はふわりと柔らかく目を細め、私の肩にそっと頭をもたれかけさせた。


「よかった……。あの時、プログラムの光が全部消えていく瞬間、本当に怖かったけど……雫ちゃんと手を繋いでいれば、どんなシステムだって壊せるって思えたんだ」


 結衣の言葉に、胸の奥が甘く、そして痛いほど熱く締め付けられる。一般人である彼女が、最高評議会の誇る冷徹な法務システムを内側からハッキングし、私の暴走を完璧な軌道に収めてみせた。あの瞬間、彼女は単なる「鞘」を超えて、文字通り私の運命を共にする「最強の共犯者」へと昇華したのだ。


 その時、リビングの重い木製の扉が音もなく開き、冷たい冬風と共に紫苑が足早に入ってきた。


 彼女の銀色の髪には夜露がうっすらと降りており、その青い瞳にはこれまでにないほどの険しい緊張と、隠しきれない焦燥の色が宿っていた。手には、本山から極秘裏に傍受したばかりの暗号化された魔導通信端末が握りしめられている。


「紫苑。何か、本山の動きがあったの?」


 私が立ち上がると、紫苑は深い溜息をつき、冷え切った指先で端末をテーブルの上に置いた。


「……ええ。最悪の知らせよ。もう、水面下の駆け引きや『冷戦』の余地なんて、綺麗さっぱり消え去ったわ」


 紫苑の声は微かに、しかし確かな怒りと覚悟に震えていた。


「アポリアの崩壊を確認した最高評議会は、緊急の最高評議会を招集。保守派の長老たちも、これまでの穏便な管理方針を完全に放棄したわ。彼らはあなたたち二人を『管理不能の異端分子』ではなく――明確な『世界に対する反逆者《テロリスト》』として全会一致で指名手配したのよ」


 テロリスト。


 その響きがああまりにも重く、洋館の空気を凍りつかせた。それは単なる罪名ではない。日本全土の魔術社会、そしてすべての五家の人間にとって、私たちは「発見次第、即時抹殺されるべき害悪」になったということを意味していた。


「具体的には、向こうはどんな手を……?」


「一ノ瀬のような査察官でも、法務局のプログラムでもないわ」


 紫苑は血の気のない唇を引き締め、冷徹に言い放った。


「五家それぞれの直属に仕える、人間性を削ぎ落とした最強の武闘派私兵集団――『五剣の粛清部隊』が出動したわ。彼らは法律の論理など最初から持っていない。ただ『異端の完全排除』という絶対命令の下、理不尽な暴力をもってあなたたちをその場で処刑するために動き出している」


 五家の私兵集団。かつて御影が率いていた「猟犬」など比較にならないほどの、文字通りの怪物たちが動き出したのだ。


「いよいよ、全面戦争ってことだね」


 私が呟くと、紫苑は強く、力強くうなずいた。


「ええ。だけど、絶望することはないわ。私も、宝生家の次期当主としての権限と私財をすべて投げ打って、この安全区画の防衛線を極限まで強化した。さらに、九重咲耶様をはじめとする管理派の一部議員も、水面下で私たちの脱出ルートを確保しようと動いてくれている」


 紫苑は私たちをまっすぐに見据え、気高く、美しい笑みを浮かべた。


「私たちは、ただ狩られるだけの獲物じゃない。あの自動監査プログラムを粉砕したあなたたちなら、五家の古い体制そのものをひっくり返すことができるわ」


 その言葉を聞いた瞬間、私の背筋に熱い血が駆け巡った。

 もう隠れる必要はない。怯える必要もない。私には結衣がいて、紫苑がいる。私たちが選んだこの日常と、お互いの絆を守るために、私はこの胸の星の重力を、本当の意味で「自分たちの未来のため」に振るうことができる。


「行こう、結衣」


 私は立ち上がり、隣に立つ結衣の手をしっかりと、二度と離さないように強く握りしめた。


「うん、どこまでだって一緒だよ、雫ちゃん」


 結衣の瞳に宿る光は、夜空のどの星よりも眩しく、温かかった。

 五家との全面戦争の嵐が、今まさにこのセーフハウスの扉を叩こうとしている。けれど、私たちの心はかつてないほど澄み切っていた。

第28話へ続く

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