98. 虚無へのダイブ
イーグルが放り投げた魔力結晶グレネードが、歪んだ次元の「穴」へと吸い込まれた。
直後、BAR【プラチナ】の贅沢な内装を、青白い閃光と暴力的な衝撃波が白く塗りつぶす。
「――飛べぇ!!」
アリエルの咆哮と共に、店の防衛システムが限界を超えてスパークした。
空間を固定していた最後の楔が外れ、メンバーたちは、解体されていく店の残骸と共に、色彩を失った「虚無の回廊」へと放り出された。
耳を刺すような静寂。
次にイーグルが目を開けた時、そこは上下も左右も判別できない、銀色の霧が立ち込める異空間だった。
「……トリトス、生きてるか」
「ああ……。だが、ここはひどい場所だぞ」
少し離れた場所で、トリトスがヴァレスの腕を掴み、浮遊していた。
彼の周囲には、バラバラになったカウンターの木片や、空中で静止したバーボンの滴、そしてアリエルが磨き上げていたグラスの破片が、まるで宇宙遊泳のように漂っている。
「ここは次元の吹き溜まり……。異界でも現世でもない、『無』の領域だ」
トリトスの声が、実体のない空間に何重にも反響する。
「みんな、無事……?」
瓦礫の陰から、ローズが割れたタブレットを抱えて現れた。彼女の赤色の瞳は、この空間に漂う「存在しないはずの電子信号」を必死に追っている。
「アリエル、あそこにいたわ!」
虚無の闇から、浮遊する巨大な「時計」の残骸を足場にして、巨躯のアリエルが姿を現した。その手には、奇跡的に割れなかった一本のボトルが握られている。
「店はボロボロだが、酒さえあればそこがBARだ。……だが、歓迎されざる客が追ってきているようだな」
アリエルの視線の先。
虚無の霧を切り裂いて、巨大な錆びた歯車と、数千個の時計の針を継ぎ接ぎしたような「影」が這い出してきた。『刻の番人』の怨念そのものだ。
「……あいつ、俺たちと一緒にここへ落ちてきやがったのか」
イーグルが愛銃のシリンダーを確認する。残弾はわずか。
「トリトス、出口はあるのか?」
「一つだけある。あの化け物の体内だ」
トリトスが黄金の瞳で番人を指差す。
「あいつは、この空間に散らばった『時間の残滓』を喰らって形を保っている。あいつの核を撃ち抜けば、凝縮された時間が爆発し、出口となるゲートが開くはずだ」
「……単純明快でいいな。おい、ヴァレス嬢ちゃん。立てるか?」
イーグルの問いに、ヴァレスはトリトスの傍らで力強く頷いた。
「もちろんです、イーグル殿。我が家名にかけて……こんな塵溜めで朽ちるつもりはありませんわ!」
「決まりね」
ローズが壊れたタブレットを強引に起動させ、周囲に浮遊する店の残骸の座標を書き換え始める。
「アリエル、店の防衛システムの『余熱』を使える?」
「ああ。短時間なら、この瓦礫を足場として固定できる。……お前たちの道は、俺が作る」
アリエルが虚空に向かって手をかざすと、バラバラになっていた床板やテーブルが吸い寄せられ、番人へと続く一本の「不安定な道」を形成した。
「さあ、ラストオーダーの時間だ。……最後の一杯まで、存分に暴れてこい!」
アリエルの合図と共に、イーグル、トリトス、ヴァレスの三人が、虚無の空間を蹴って影の巨像へと躍り出た。




