97. 崩壊の余韻
「……っ!? ヴァレス、離れろ!」
トリトスの叫びが店内に響く。
安定していたはずの次元の扉が、突如として黒い渦を巻き、牙を剥くように膨れ上がった。
穏やかなJAZZがレコードの針を弾き飛ばしたような不協和音に変わり、BAR【プラチナ】の床、壁、そして磨き上げられたグラスたちが、重力に逆らうように浮き上がる。
「なっ、何が起きてやがる……!」
イーグルがカウンターを掴んで踏み止まろうとするが、足元の床が液状化し、奈落のような闇が顔を出した。
「計算外よ……! 二つのコアを同時に消滅させた反動!? 因果の揺り戻しが来てるわ!」
ローズが必死にタブレットを叩くが、画面には砂嵐しか映らない。
「次元の均衡が崩れたの。この店ごと、時空の狭間に引きずり込まれるわ!」
「冗談じゃねぇ……!」
アリエルがカウンターの奥にある重厚なレバーを引き下げた。
「緊急防衛システム、全出力! 空間を固定しろ!」
BAR【プラチナ】全体に青白い電磁バリアが展開されるが、渦巻く闇の力はそれを容易くねじ曲げていく。
ヴァレスは次元の扉に吸い込まれそうになりながら、必死にトリトスの手を掴んだ。
「トリトス様……! 申し訳ありません、私の魔力が、不安定に……!」
「気にするな……。ヴァレス、手を離すなよ!」
トリトスの瞳が、かつてないほどの金色に輝く。
だが、その背後に現れたのは、先ほど地下で倒したはずの『刻の番人』の巨大な腕だった。
番人は滅びていなかった。
コアが消滅する瞬間の「無」の時間に隠れ、彼らが最も油断した瞬間――安息の地であるBAR【プラチナ】を狙って、最後の道連れを仕掛けてきたのだ。
「しつけぇんだよ、ブリキの玩具が……!」
イーグルがボロボロのコートから、最後の一発――トリトスが異界から持ち帰った「魔力結晶」を装填した特殊グレネードを取り出した。
「アリエル、店の修理代にこれも加えとけ! ローズ、座標は任せた!」
「……ええ、最高の死に場所にしましょう!」
ローズの瞳が赤く燃え、歪んだ空間の「穴」を指し示す。




