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95.二つの世界の境界線

次元の裂け目から吐き出されたトリトスとヴァレスを、オレンジロードの冷たい湿気が迎え入れる。

背後の裂け目が閉じる間際、そこから「カチリ」と、世界の歯車が噛み合わないような不快な音が響いた。

「トリトス様、ここは……」

ヴァレスが肩で息をしながら、初めて目にする「現代の街」の異様な景色に目を細める。

「ああ、我々の拠点、BAR【プラチナ】がある街だ。だが……」

トリトスは視線を落とした。足元では、コンクリートの床が細かな砂となってさらさらと流れ出し、その下から見たこともない異界の植物の根が這り出してきている。

「見てな。あんたが連れてきた『お客様』が、街の時間を食い荒らしてやがる」

イーグルがタバコの火を靴底で踏み消し、愛銃を構え直した。彼の視線の先では、数多の時計の文字盤を顔に張り付けたような、異形の群れ――『刻の番人』が、音もなくこちらへ滑り寄ってきている。

「ローズ、状況は?」

トリトスが背後の闇に向かって問いかける。

「最悪よ」

通信機越しではなく、数メートル後ろの瓦礫の陰からローズが顔を出した。タブレットの画面は真っ赤な警告図形で埋め尽くされている。

「異界のコアと現世のコアが共鳴して、このエリア一帯の次元の壁が『紙』より薄くなってるわ。今のままだと、あと数分でブラックボックスの半分が異界に飲み込まれる。……ねぇトリトス、その手に持ってるコア、少しの間だけ暴走を抑えられる?」

「……やってみよう。ヴァレス、支援を」

「承知いたしました!」

ヴァレスが再び赤い魔力を解放し、トリトスの周囲に防御障壁を展開する。

トリトスは右手に握った「異界のコア」を天に掲げた。

「静まれ、狂った歯車よ! 我は理を知る者、トリトスなり!」

トリトスの魔力がコアを包み込むと、激しく逆回転していた歯車の動きが一瞬だけ鈍る。

その瞬間、現世のコアを守っていた番人たちが、一斉に耳を刺すような金属音を立てて咆哮した。主を汚されたと認識したのだ。

「――来たぜ。イーグル、ヴァレス嬢ちゃん。正面は任せた!」

アリエルが叫ぶと同時に、イーグルが前方に踊り出た。

「ヴァレスと言ったな。あんたの火力を俺の弾丸に乗せろ。……文句は後だ、やるぞ!」

「……っ、無礼な男! ですが、背に腹は代えられません!」

ヴァレスが放った紫色の魔炎が、イーグルの放つEMP弾と空中で絡み合う。

青い放電と紫の炎を纏った特殊弾が、番人の一体を直撃した。

本来なら物理を透過するはずの番人の体が、EMPの電磁干渉と異世界の魔力によって無理やり「こちらの世界」に実体化され、炎に焼かれて崩れ落ちる。

「はっ、案外脆いじゃねぇか!」

イーグルが次々と弾丸を叩き込む。その横でヴァレスが優雅かつ苛烈な魔術で、実体化した敵を次々と粉砕していく。

「トリトス、今よ!」

ローズが叫ぶ。

「二つのコアの位相を合わせるの! 異界と現世の波形が一致する瞬間に、コアの『時間を止める』。そうすれば次元の衝突は回避できるわ!」

トリトスは歯を食いしばり、現世のコア――琥珀色の結晶へと手を伸ばした。

指先が触れそうになったその時、地下通路の奥から、今までの番人とは比較にならないほど巨大な、漆黒の時計塔のような影が立ち上がった。

『刻の番人』の本尊。

それが振り下ろした「秒針の剣」が、トリトスたちの頭上から次元ごと切り裂こうと迫る。

「させねぇよ……!」

イーグルが特殊弾の残りを全て装填し、コートの中に隠していたライフルの銃口をその影に向けた。

「トリトス、ツケにしておくぜ! 明日のバーボンは一番高いやつを奢りな!」

光と音が地下通路を埋め尽くす。

二つの世界の境界線で、科学と魔術が真っ向から衝突した。

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