84.アリエルの休日:静寂と、次の嵐への準備
アリエルにとっての休日は、「BARのカウンターの静寂」そのものだった。
彼は、席に着くことなく、淹れたてのコーヒー片手にカウンターにもたれかかり、過去数時間の出来事と、それによって生じた波紋を静かに分析した。
彼の目は、イーグルが置いていった空の『ブラック・アビス』のグラスと、トリトスが清算として置いた小さな赤いルビーに向けられた。
ルビーは、トリトスの律儀さと、彼が組織の「捨て駒」という非情な扱いを静かに受け入れたことの証明だ。
そして空のグラスは、イーグルが命懸けの仕事の対価を、現実の金銭ではなく未来の酒代という形で確保したことの証。
アリエルは、この二人の相棒の行動を計算していた。トリトスは魔王の力をグレイパレスのシステムに露呈させ、イーグルはその情報を PMC の残党に追われる形で持ち帰った。
「1000万クレジットとバーボン10年分か。高くついたもんだ。」
彼は内心で呟いた。報酬は得たが、その代わりにBAR【プラチナ】は、グレイパレスの魔術師勢力に目をつけられた。
それは、情報屋である彼にとって最も避けたい事態だった。
アリエルは立ち上がり、店の隅々を見回った。
彼の「バーテンダー」という顔の下には、このブラックボックスという街の裏のシステムを設計し、管理する「調律師」としての顔がある。
彼は、トリトスの魔王の咆哮が引き起こした魔力の乱れを、カウンターの下に組み込まれた微細な調整装置で鎮静化させた。
目に見えない魔力の波紋を打ち消す作業は、彼にとってグラスを磨くのと同じくらい重要なルーティンだった。
そして、ローズが外で感じ取ったであろうグレイパレスからの追跡者の気配に対処するため、彼は壁の裏に仕込まれた広域警戒センサーの出力を調整した。
「イーグルとトリトスは、暴力でツケを払う。ローズは情報でツケを払う。そして、俺は空間でツケを払う。」
彼の休日は、次の「嵐」が来たときに、彼らが再びこのカウンターに戻って来られるように、BAR『プラチナ』という「砦」の防御を強化する時間だった。
アリエルはコーヒーを飲み干し、静かに目を閉じた。彼の心の中には、イーグルの次の酒代が尽きる頃、必ず新たな依頼が来るという確信があった。
そしてその時、彼は完全に調律された空間と、磨き抜かれたグラスと共に、彼らをカウンターで迎えるだろう。




