79.BAR『プラチナ』:報告と清算
イーグルとトリトスがBAR『プラチナ』の裏口から戻ってきたのは、夜明けからさらに数時間後、街が騒がしくなり始めた頃だった。
静寂が戻ったはずの店内に足を踏み入れると、カウンターの中ではアリエルがグラスを磨いていた。
彼は顔を上げることなく、二人の帰還を察知していた。
「無事か。随分と図書館を荒らしてくれたようだな。グレイパレスの警備システムが、今朝から完全にパニック状態だとニュースで報じている。」
イーグルは清掃員のユニフォームを脱ぎ捨て、荒い息を吐きながらカウンター席に座り込んだ。
そのユニフォームは、埃と血と、かすかな魔力の焼け焦げた匂いが混ざり合って、原型を留めていなかった。
「チッ、あんなに堅い場所だとは思わなかったぜ。まるで、知識の砦だ。
トリトスが手間をかけさせたせいで、屋上では少々派手に暴れちまったがな。」
トリトスは人間の姿に戻り、イーグルの隣に静かに座った。彼の疲弊は深刻で、普段の冷静さは影を潜めていた。
「我は、図書館のシステムと、ローブの魔術師の結界を力ずくで突破した。
本は無事、組織に引き渡されたはずだ。だが、イーグル、貴様、我を置き去りにしたな。」
イーグルはタバコに火をつけ、紫煙を大きく吐き出した。
「置き去りじゃねぇ。任務の優先順位だ。報酬が詰まった『星渡の古書』を運び出すのが俺の仕事。
お前のバーボン代は命がけで自分で稼げってことだ。」
トリトスは眉をひそめたが、反論はしなかった。彼はポケットから小さな赤いルビーを取り出し、カウンターに置いた。
「貴様の言うバーボン代はこれで清算した。これで貸し借りはないな。」
イーグルはそのルビーを手に取り、まじまじと見つめた後、鼻で笑った。
「相変わらず律儀な魔王だ。だが、俺が本当に欲しいのは、これじゃねぇ。」
イーグルはアリエルに向き直った。
「アリエル、確認しろ。報酬の1000万クレジットと、バーボン10年分のツケは、本当に俺の口座に入ってるんだろうな?」
アリエルはグラス磨きの手を止め、静かに答えた。
「確認済みだ。報酬は全て振り込まれた。そして、アンタのツケは、この店の最上級のバーボン、『ブラック・アビス』10年分で、しっかりと計上されている。」
イーグルは満足げに笑い、トリトスを一瞥した。
「ほら見ろ、トリトス。これが俺の『救済』だ。
金と酒。お前の魂と世界の平和よりも、よっぽど確実な対価だ。」
トリトスは、ルビーを手のひらで転がすイーグルを見つめ、静かに答えた。
「貴様は、そのルビーを私腹を肥やすために使わず、教会に寄付した。
そして今、命を懸けて得た報酬のほとんどを未来の酒代に費やした。
本当に金が目的なのか、イーグル。」
イーグルは皮肉めいた笑みを浮かべたまま、アリエルに声をかけた。
「余計な詮索はなしだ。アリエル、この1000万の成功報酬に、ブラック・アビスをロックで頼む。
もちろん、ツケじゃねぇ。これは現物支給だ。」
アリエルは黙って頷き、棚の奥から重厚なボトルを取り出した。
グラスに注がれた琥珀色の液体が、カウンターの薄暗い光を反射して輝く。
イーグルはグラスを手に取り、トリトスと、店を出て行ったシスターダリア、そして今もグレイパレスの図書館で混乱している魔術師たち、全てに捧げるかのように、静かに酒を飲み干した。




