77.魔王の咆哮(ロア・オブ・オーバーロード)
図書館の抑制結界がトリトスを締め付け、魔力が奪われていく。
非常階段の入り口を塞ぐ鋼鉄のシャッターが、彼の逃げ道を完全に断った。
魔術的な檻に囚われた三人の魔術師の嘲笑が、通路に響き渡る。
「終わりだ、高位魔族め!この図書館の知識の檻からは、誰も逃れられん!」
トリトスの紫色の瞳に、決意の光が宿った。
彼はアリエルとの約束、そしてイーグルとの仕事の完遂のために、この場を力ずくで突破する必要があった。
もはや、魔力を隠す必要も、人間的な理性を保つ必要もない。
「ならば、見せてやろう。貴様らの『知識の檻』が、我が『魔王の血』にどこまで耐えられるかを!」
トリトスは深く息を吸い込み、長年抑圧してきた魔王の力を、その小さな人間の姿から解放した。
ゴオオオオオオッ!!
トリトスの身体から、まるで太陽フレアのように深紅と紫が混ざり合った激しい魔力が噴出した。
それは、図書館の抑制結界が吸収しきれないほどの圧倒的な量だった。
彼の周囲のコンクリートがひび割れ、廊下の照明が次々と破裂する。
解放された魔力は、まず彼の周囲の抑制結界を標的とした。
バリ、バリバリ……!
空気を満たしていた目に見えない魔力の檻は、トリトスの純粋な暴力的な魔力によって、空間そのものが引き裂かれるような音を立てて崩壊した。
魔術的な抑制が消え、トリトスの力はさらに増幅する。
次に、その魔力は目の前の鋼鉄のシャッターに向けられた。
「次元を歪め、物質を破砕せよ!(アビス・ブレイク!)」
トリトスの両手から放たれた紫色の波動が、鋼鉄のシャッターに叩きつけられた。
それは熱でも、衝撃波でもなかった。
それは、物質の結合エネルギーを揺さぶり、分子構造を崩壊させる次元操作の魔術だった。
鋼鉄のシャッターは、粘土のように歪み、一瞬にして中央からねじ曲がり、巨大な穴が開いた。
そして、その衝撃は、トリトスが作った魔術的な檻に囚われていた魔術師たちにも及んだ。
「グアアアア!?」
魔術師たちの防御魔術は既に限界を超えており、彼らは吹き飛ばされ、廊下の壁に叩きつけられた。
彼らの身体からは、魔力と共に血が噴き出した。
トリトスは開いた穴から、非常階段の暗闇へと飛び込んだ。
彼の背後では、崩壊した結界の残滓と、倒れ伏した魔術師たちの呻き声だけが残されていた。
図書館のシステムは、この壊滅的な魔力反応に完全にパニックに陥り、全ての警報を最大値で鳴らし続けた。
「ハァッ……ハァッ……」
トリトスは階段を駆け上がりながら、人間の姿に戻るために魔力を急速に収束させた。
彼は、一刻も早くこの『夜霧と法の街』から脱出しなければならない。
その魔王の咆哮は、既にグレイパレスの闇に響き渡り、この都市の全ての闇の住人に、彼の存在を知らしめてしまったからだ。




