69.清掃員控室の潜入
図書館の裏口から潜入したイーグルとトリトスは、薄暗いサービス通路を進んだ。
周囲は冷たいコンクリートと、微かに漂う古い紙と埃の匂いが混ざり合っている。
イーグルは地図とIDの情報を基に、すぐに清掃員用のエレベーターを見つけ出した。
「まずは控室だ。ユニフォームに着替えたばかりの俺たちに、早朝から汚れ仕事が割り当てられるのは不自然すぎる。
本物の清掃員から、この図書館の『流れ』と、『星渡の古書』の手がかりを得る。」
トリトスは人間の姿のまま、周囲の魔力の流れに意識を集中させている。
「了解だ、イーグル。だが、長居は無用だ。この図書館の結界は、我の魔力の痕跡を吸収しようとしている。
魔族である我にとって、非常に居心地が悪い場所だ。」
エレベーターで地下1階へ降りると、そこには簡素な清掃員控室があった。扉を開けると、コーヒーの匂いと、中年女性の笑い声が聞こえてきた。
部屋の中には、コーヒーを飲みながら談笑している二人の女性清掃員がいた。
二人はイーグルとトリトスを一瞥したが、特に警戒する様子はない。
彼らも清掃員ユニフォームを着ているからだ。
「おや、新しい人たちかい?早いわね。私はマーサよ、こっちはスー。」
優しそうなマーサが、慣れた様子で二人に話しかけてきた。
イーグルは少し猫を被った、ぶっきらぼうではない口調で答えた。
「ええ、今日からです。イーグルって言いいます。こいつは…トウキです。」
イーグルは咄嗟にトリトスの偽名を作った。トリトスは微かに眉を動かしたが、すぐに無表情に戻り、軽く会釈した。
「トウキさん、寡黙なのね。まぁ、清掃は言葉がいらない仕事さ。あなたたちの持ち場はどこだい?」
イーグルは地図に示された場所を見せる。
それは、通常エリアから隔離された「特別閲覧室」の区画だった。
マーサは顔色を変え、コーヒーカップを置いた。
「えっ、あそこの持ち場?あなたたち、運が悪いのね。」
スーが小声で付け加える。
「あそこは『幽霊区画』と呼ばれてるのよ。古文書が大量に集められている場所だけど、誰も触ろうとしない。特に『星』が付く文書の近くは空気がおかしいんだ。」
イーグルは注意深くマーサの言葉を引き出した。
「幽霊区画?そんなに埃が酷いのか?」
「埃どころじゃないさ。たまに深夜、誰もいないはずなのに、紙がめくれる音や、誰かの囁きが聞こえるんだ。警備員も避けて通る。そしてね、」マーサは声を潜めた。
「そこの特別閲覧室の奥に、『禁断の書庫』があるのよ。そこは私たちの仕事範囲外。
でもね、警備員の話だと、その書庫の扉を定期的に『ローブを着た研究員』が出入りしているらしいの。夜中にね。」
トリトスは静かに反応した。
「ローブを着た研究員、ですか。魔術師の可能性がありますね。」
「魔術かどうかは知らないけど、とにかく怖い人たちよ。彼らが扱う文書は、絶対に触っちゃいけないって言われているの。」
イーグルは目的の『星渡の古書』が、その「禁断の書庫」に厳重に保管されていることを確信した。彼はマーサに優しい笑顔を向けた。
「忠告、感謝します。俺たちは腕利きの清掃員ですから、幽霊なんて一瞬で拭き取ってみせますよ。」
イーグルはトウキ(トリトス)に視線を送った。
「トウキ、まずは仕事だ。特別閲覧室に向かうぞ。」
二人は清掃道具のワゴンを引きながら、図書館の最も厳重なエリア、「特別閲覧室」へと向かった。彼らの任務が、単なる本の回収ではなく、「古き神の知識」を巡る魔術師たちの争奪戦に巻き込まれていることが明確になった。




